個人的にハーメルンの方が見やすい気がしたのでこっちでも投稿します。
「アンドロイド?」
地面に置かれたボストンバッグに目を丸くしながら、俺はその中身について聞いた。
バッグを置いた張本人が「おう」としゃがれた声で頷く。
「ジャンク品だけどな。西によ、不法投棄ばっかされてる空き地があるだろ? あそこに転がってるのを拾ってきたんだ」
所々穴の空いたボロボロのコートに、白い無精髭を生やした浮浪者はどこか自慢げだった。
アンドロイド。俺たち人間と瓜二つに造られたロボットがこの中に入っているらしい。バッグの大きさから見て子供のモデルだろうか。俺は提示された報酬に心が揺らぎながら、それでも首を横に振った。
「見慣れない荷物背負ってるなって思ったらそういうことか。悪いけど今回はきっちりお代を貰うよ」
「そう言わずによぉ。なあ、頼むよ。これやるからさ今回もタダにしてくんねえかな。兄ちゃん、好きだろこういうの」
「嫌いじゃないけど……今月は俺も厳しいんだよ。余裕があったら喜んで受け取るけど、今は現金が欲しい」
「た、頼む! この通り! 俺に手持ちがないのは兄ちゃんも知ってるだろ⁉︎ あ、ああ、ほら! 顔、コイツの顔見たらきっと気に入るぞ」
必死に俺の肩に手を置いて縋り付く浮浪者が、思いついたようにバッグに手を掛けた。きっちり閉められたファスナーをスライドして開くと、「ほら!」と俺に中を見せつける。
俺はそのバッグの中身を見て、思わず息を呑んだ。
そこにあったのは女性の裸体だった。一糸纏わぬ姿で、女性の上半身だけが仕舞われている。
まず目に入ったのは、穏やかに目を瞑る端正な顔だ。白雪のような肌は不法投棄されていたということもあって汚れていたが、それでも美しさが霞んでいないように思えた。高い鼻にキュッと閉められた一文字の唇、赤ん坊ぐらい長い睫毛。瞳を見ずとも美人であることが分かる。
長い黒髪は絹糸ぐらい細くしなやかで、お淑やかな印象を受けた。前髪は眉ほどで切り揃えられていて、後ろ髪は背中の中心まで伸びていそうだった。その毛先を追うと数束、体の上を張っていて、女性らしい豊満な丸みに目がいった。
流れるような流線型。不思議と邪な感情は抱かなかった。脇腹あたりの肌が剥がれて、銀のボディが顕になっているのがどこかグロテスクに見えたせいかもしれない。
ともかく美術品のようなそれは、俺の心を奪って仕方なかった。自然と所持欲が湧いて、深く考える前に浮浪者に呟いていた。
「……今回これで手を打つ。いい加減仕事探せよ」
「ああ、ありがとう!」
子供のように飛んで喜ぶと、浮浪者は後ろに引いていた荷車からボロボロの家電や玩具を下ろした。そのほとんどが電化製品だ。レンジ、自動掃除機、モニター、携帯端末、何かの充電器。最新の物から古くさい物まで多種多様な中古品たち。そのどれもが傷つき、汚れ、くたびれていた。
この浮浪者はうちの常連だ。捨てられた物を拾ってきては俺に修理を依頼して、直った物を売って日銭を稼いでいる。
新しいコートも買えないような男がどうやって安くない修理費用を俺に払っているのかというと、今回のように各地で拾ってきた珍しい物や俺が気に入りそうな"おもちゃ"を報酬として支払っている。結構ギリギリの生活をしている俺としては、やっぱり現金を持ってこられた方が助かるのだが、残念ながら、見窄らしい姿の男を突っぱねられるほど俺は強い人間じゃなかった。
「どれぐらいで直せそうだ?」
「量は多いけど、パッと見た感じそんなに酷い状態の物がない。四日で出来ると思う」
「うしっ。これで今月も凌げるぞ! それじゃあ、頼んだぜ、修理屋の兄ちゃん!」
「あいあい」
浮浪者が空になった荷車を引いて帰っていく。
俺は男を見送って深々とため息を吐くと、依頼品を持ち上げて振り返った。
灰色の小さな小屋と、その隣の四角い建物。俺の自宅と作業場だ。両脇にも建物が並んで密集しているが、そのほとんどが廃屋で人が住んでいない。
ゴーストタウンと言われても仕方ないような雰囲気の町で、俺は修理屋をしていた。
◆
工具や趣味で弄っていた機械が散らばる作業場に依頼品を運び終えると、気になっていたアンドロイドをもう一度見てみることにした。
部屋の中心に置いた大きな作業台にボストンバッグを乗せる。ファスナーを開けてその顔を優しく撫でた。
人間の肌の感触と何ら変わりない。頬を指で押してみると、しっかりと弾力があって押し返してくる。技術の進歩というのは恐ろしい。
脇に手を入れて子供を高い高いするように支えると、ジッとその姿を見た。
ジャンク品らしく痛々しい姿とはいえ、やっぱり美しい。
体はお臍あたりまではあったものの、鼠径部から下が無くなっていて、背中側を覗いてみてもお尻がなかった。
「腰部もないのか」
つまりは腰から下がバッサリ切り取られたかのように無くなっている状態。
こういう人型のアンドロイドは大きく三パーツで構成される。上半身と下半身。それとその上下を繋ぐ、腰部。このアンドロイドは上半身しか残っていなかった。
俺はアンドロイドを優しく寝かせて、布で土や埃を拭き取ることにした。顔から首、肩、そして胸に布越しに触れていく。胸にはきちんと桃色に色付いた蕾もあったが、そこまで気にならない。俺はこの子をどう直そうか、そればかり考えて女体としてあまり捉えていなかった。
「最新型じゃないっぽいな。そもそも最近のはパーツを分割して成形してないらしいし。型落ちして捨てられたとかそんな感じか……」
今やアンドロイドというのは珍しい物でもない。この辺りじゃ見かけないけど、都市部に行けば働いてるところや人と生活している場面はよく見る。ここ数年で一気に普及したと言えるだろう。
それでも俺のような庶民にはまだまだ手が出せない値段のままで、一体くらい欲しい欲しいと思いながら買えずにいた。それがジャンクとはいえ我が家に来るとは。気分はクリスマスの朝だった。
全身を綺麗にすると、ポータブルバッテリーで動かないか試してみることにした。起動して喋れるなら本人に色々聞きながら修理できるかもしれない。
部屋のあちこちからケーブルやら体を支える支柱やらを持ってきて準備をする。即席で作ったスタンドに上半身を立てて固定して、背中や首にケーブルを刺す。そしてバッテリーと繋いで少し待っていると。
ウィンーー。
小さな起動音が鳴った。そしてアンドロイドの静かに閉じたまぶたがゆっくりと開かれる。
赤い、ルビーのような瞳。黒髪と相まって魔女とか吸血鬼とか、そういうファンタジーな世界観を思い浮かべてしまう。
吸い込まれそうな目に口を開けずにいると、アンドロイドは俺と目が合って静かに聞いた。
「ここ、は……」
聞き取りやすい女性の声。アナウンサーのお手本のよう。造られた存在とあって見た目も声も、人間が理想とするものに限りなく近い。
俺は自分が呆けていたことに気づいて、彼女に声を掛けた。
「おはよう。俺の声は聞こえる?」
「おはよう、ございます。音声は聞こえています」
「よかった。ガワと比べたら内部はそんなに損傷してないっぽいな」
「あなたは?」
「俺はナオ。君は? 名前はある?」
「名前……」
アンドロイドは俺の質問に少し目を伏せて、メモリを探るような表情を浮かべた。
「アルラ、と呼ばれていました」
「アルラ。いい名前だ。よろしくアルラ」
「……私は何故ここに? 何をしているのでしょう?」
「廃棄されていた君をある人が拾って、俺にくれたんだ。こう聞くのもおかしいけど、捨てられた覚えはない?」
「あり、ます。ええ、処分を言い渡された記憶があります。てっきりもう目覚めないものだと思ったのですが」
アルラはいきなり目が覚めて混乱している様子だった。
俺はタブレット端末を持ってきて、メモ帳を開きながらアルラに訊ねる。
「これから君を直したい。色々質問させてくれ。まずどこのメーカーの製造なのかと、どの部分が損傷してるのか。というかそもそもいつ製造されたんだ? 前の所有者はどう使ってた? あと、互換パーツとか知ってたら教えてくれると助かるんだけどーー」
「……あの」
気になることが多くて思わず捲し立てた俺に、アルラが控えめにストップをかけた。
端末から目を離して顔を上げると、クールな顔でアルラが俺を見つめていた。
「どうした?」
「つまりあなたは私を修理する、ということですか」
「ああ、そのつもり」
「何故?」
「何故って言われても……直したいから? 趣味だよ」
「……」
俺の答えにアルラは黙り込んだ。感情の読めない無機質な目でジッと見つめて、固まる。
何かおかしいことでも言ったかと首を傾げると、アルラは再び口を開いた。
「まず、私を製造したメーカーについてですが――」
◆
ひとしきりアルラから情報を得て、端末にまとめてざっと見直す。
パーツの欠損と脇腹付近の肌の剥がれ以外に腕が動かないことが分かった。聞いた感じだとそんなに酷い損傷でもないようで、直すのは比較的簡単そうだった。脇腹の肌についても特殊な素材を使っていないから明日、腕と一緒に直すことにした。
やっぱり修理相手から情報を聞けるのは楽でいい。軽く感動だ。俺の元に来る依頼品たちも喋ってくれないものか。
アルラと軽く話した後、俺は仕事を始めることにした。アルラをスタンドごと壁際の収納棚の上に移動させて、いざ作業に取り掛かろうとして――。
「……ちょっと待っててくれ」
一度、作業部屋の奥にある小さな倉庫に引っ込んだ。段ボールに詰め込んでいたTシャツを一枚取ってアルラの元へ戻ると、彼女に着せた。最初は気にならなかったが、喋り始めて人間味が増すからか、裸体が気になる。腕が動かないアルラの代わりに腕を通してあげて、その胸を隠させた。
あらためて浮浪者から預かった物を作業台に並べると、直しやすそうな掃除機から始めることにした。円盤型の古くさいデザインの掃除機を分解していると、壁際の収納棚の上に置いたアルラが言った。
「修理屋ですか」
「ああ。電気製品が主だけど、それ以外も直すよ。古い楽器とか人形とか」
掃除機の車輪を外しながら答えると、アルラがキョロキョロと部屋を見回す。
「どおりで仕事に没頭しやすそうなお部屋だと思いました。作業場だったのですね」
「……なんか、気遣ってる?」
「いえ」
「正直に言っていいぞ」
「最終処分場かと思いました」
「言い過ぎじゃない? そんなに散らかってないって」
流石にゴミ屋敷とまではいかないはずだ。確かにインテリアのひとつもない、地味で湿っぽい空間だけど。どちらかというとガレージに近い。
「マスター」
「何? ……っていうか、マスター?」
「気に障りましたか? 名前で呼ぶのは失礼かと思ったので」
「そんなことないけど……まあ、呼びやすいならマスターでいい。どうした?」
「もし無事に私の体が直ったとして、私はマスターの元で何をしたらいいのでしょう? アンドロイドには役割が必要です」
「役割ねえ。全く考えてなかった」
とりあえず貰ったから大切にする。壊れていたから直す。それしか考えていなかった。
役割、と聞かれてもすぐには浮かばない。もし俺が店でも経営していたらレジ番でも任せたが、あいにく今の生業にレジ番は必要ない。
俺が頭を捻っているとアルラがすぐに正解を口にしてくれた。
「家事全般は出来ます」
「それだ。俺は全く出来ないからやってくれると助かる」
「では従者として働かせていただきます。御用があれば何なりと」
やけに慣れたような口調でアルラはゆったりと頭を下げる。
首の動きだけで所作の丁寧さというのは伝わるもんなんだなと、俺は感心した。