※この作品はR-18です。

道具の愛され方   作:ハルバードマカロン

11 / 40
アンドロイドは愛されたい

「おはようございます。マスター」

 

 朝、目が覚めるとアルラが恭しく挨拶をしてきた。昨日はカップを割って取り乱していたが今日は落ち着いているようだった。

 

「おはよう」

 

 短く挨拶を返していつも通り朝食を摂る。トーストに目玉焼き、ベーコン、サラダと絵に描いたようなモーニングを寝ぼけながら咀嚼した。台を挟んだ向いでマキナもサラダだけ食べていた。彼女は食事を必須としないから俺の食費にダメージを与えない程度にご飯を食べている。サラダだけ食べる姿がなんとも悲しくてベーコンを分けてあげた。

 

「今日のご予定は?」

「いつも通り、依頼品の修理だな。今預かってる分は今日で終わると思う」

「どれぐらい掛かりそうですか?」

「んー、夕方には片付いてるんじゃないか?」

 

 言いながらマキナに目をやると向こうも頷いた。

 

「そうね。夜までは掛からないでしょ」

「そうですか……。では夕方以降は私に時間をくれませんか?」

 

 不安そうな、でも覚悟を決めたような表情でアルラが言った。

 

「珍しいな。アルラがそんなこと言うなんて」

「話がしたいのです」

「……分かった」

「ありがとうございます。空いたお皿、お下げします」

 

 皿を取って音も立てずに小屋の方へと消えていく。

 具体的な内容は分からないが、話というのは間違いなく昨日に繋がることで楽しい話ではないというのは読めた。聞きたい気もするし、掘り下げたくない気もする。

 所有者として受け止める心構えが必要だろうか。アルラは俺に何を望んでいるのだろう。

 考えても答えは出ない。当然だ。今までアンドロイドの所有者としての意識なんて考えたことがないのだから。

 

「そんなに身構えなくていいわよ。重く受け止める必要も軽んじる必要もない。いつものナオとして聞いてあげればいいの」

 

 悩んでいることが顔に出ていたのか、トマトをフォークで突き刺しながらマキナが言う。

 考えても分からないのなら、神様のお告げを信じるのが一番賢いのかもしれない。

 

 

 

 言った通り夕方には作業が終わって、手ぶらになった。俺の手が空いたのを確認すると、アルラは散歩に行きましょうと誘ってきて、マキナに留守番を任せ二人で外へ出た。

 オレンジ色に染まる町を二人で歩くのは二回目だった。あの時は確か神座を拾ってマキナと初めて会ったんだったか。今やあの全裸の少女がうちでくつろいでると思うと人生何が起こるか本当に分からないものだ。

 行き先も決めずに歩いていると廃墟と化した工場が密集する場所へとやってきた。昔は職人やエンジニアが集まって乗り物やアンドロイドなんかが量産されていたらしいここも、今では寂れた建物と雑草の存在しか確認できない。

 ドアも窓も吹っ飛んだようなスカスカの建物に入る。小さな工場(こうば)だったようで、壊れてクタクタになったロボットアームの残骸が何機か横たわっていた。

 アルラはそっとそのロボットアームに近づいて優しく触れながら静かに語り出した。

 

「マスターに出会う前のことです。私はある大企業の社長の息子の元に仕えていました。業務内容は今と変わりません。掃除、洗濯、お食事の用意などの身の回りのお世話、それと性処理についても担当していました。……彼はマスターとは正反対の方でした。感情を分かりやすく表に出す方で、上手くいかないことがあると道具や女中に八つ当たりして、それで気分を晴らしていました。私が仕える前は女中以外にも学校の教師や生徒に当たることも少なくなかったと聞きます。私は就任してすぐ人間に代わって彼の怒りを受け止めていました。人間と違って私はどれだけ殴られようと、罵られようと痛みを感じませんから。何かあるたびに食器や椅子が投げつけられ、物を投げるのに飽きると身体を求められました。でも私に出来るのはせいぜい、手や口で気持ち良くさせるだけ。次第に彼は私の性処理に物足りなさを感じて、更に怒りを募らせるようになって、より暴力的な性格になってしまった」

 

 話に聞いたことはあった。アンドロイドはどこまでいっても"モノ"でしかないが故に、酷な扱いを受けることは多いと。

 アルラの言う暴力や罵声とやらがどれほどのものなのか俺には想像し難い。それでも俺がどんな想像をしてもそれを超えてくるような日々を過ごしていたことだけは、彼女の表情から読めた。

 

「私は人間に仕えるには力不足でした。こんな身体では彼を満足させられなかったんです。そんなある日、彼の元へ一体のアンドロイドが来た。それは私と同じメーカーの新機種で、私より表情豊かで、私より愛らしくて、何より私にはない性器があった。……彼女が来てから、私が殴られるような日がパッと消えた。彼は新型のアンドロイドと交わることでストレスを発散して、癇癪を起こさなくなったんです。そして、碌に性処理も出来ない私はいつの間にか居ない物として扱われた」

「それで捨てられた?」

「はい。もう用済みだと」

 

 自分でその言葉を口にして、アルラは苦悶の表情を浮かべた。ここまで苦しそうな顔を見るのは初めてだった。それほど『用済み』という事実は彼女にとって精神的苦痛なのだろう。

 

「殴られたり、罵られたり、そんな扱いに苦しみを覚えたことはありません。そういったものもまた、道具が受け止めるべき役目……所有者に尽くすというのはそういうことです。ただ、処分を言い渡された時……何かが痛かったんです」

 

 胸の真ん中辺りを掴んで彼女はうずくまる。

 

「もう用済みなんだ、価値がないんだと……それがずっとここに残った。マスターに出会ってもう一度役割を貰って私は嬉しかった。まだ使ってくれる人がいるんだって。やれることがあるんだって。でも最近になってまた怖くなった。以前と同じように自分がマスターのこと満足させられなくて捨てられるかもしれないと」

 

 アルラがポケットから、いつか食べたジェラートのスプーンを取り出した。

 

「まだ持ってたのか」

「捨てられませんでした。同じ食べ物を共有しただけなのに世界が光って見えた。特別な瞬間とはこういう時のことを言うんだと、初めて理解できた」

 

 そういうことかと、ようやく腑に落ちる。

 俺がジェラートの味に感動しているのを見て、アルラは『なるほど』と言っていた。あれはマキナの『誰かと食べるって特別な事よね』という言葉に共感したセリフだったのだろう。

 スッとアルラが立ち上がる。

 

「……マスター、私からの勝手なお願いです」

 

 真正面から俺に向き合って、彼女は切実な顔で言った。

 

「捨てないでください。何があっても私を側に置いてください。他の誰でもない、あなたの側に居たいんです。……お願いします」

 

 きっとそれは、所有者の意のままに仕える道具としては度が過ぎた願いなのかもしれない。捨てる、捨てないの判断を決めるのは所有者で道具は黙ってそれに従うものだ。

 アルラ自身、それを自覚しているから体が震えている。

 それでも、過ぎた願いだと自覚していてもなお、アルラは俺に言った。その想いをしっかりと受け止めて、慎重に、でも確かに俺の言葉で彼女に返す。

 

「俺が物捨てるの苦手なのアルラが一番知ってるだろ。間違っても捨てないし、売りもしない。他の人には勿体ないからな。ずっと俺の道具として側に置く」

「マスター……」

「それにアルラが優秀過ぎるせいで、一人暮らしにはもう戻れないしな。抱き心地いいし」

「…………」

「あ。変な意味じゃなくて。あくまで抱き枕的な意味合いで言ってるだけだから。……いや、下のお世話的な意味でも凄く助かってるのは事実なんだけど、その……」

「……台無しです」

「ごめん」

 

 格好がつかない俺にアルラはクスッと笑った。

 彼女の笑顔を見たのは初めてで、あまりに眩しくて、思わず目を逸らしてしまう。

 もう一度見ようと視線を上げるとアルラは笑いながら、どこか泣きそうな顔をしていて彼女自身驚いていた。

 

「ご、ごめんなさい。こんな顔で……自分でもよく分からなくて……」

 

 泣き顔を見られたくないのか顔を隠すように背中を向ける。

 一瞬しか見えなかった表情に率直な感想を述べた。

 

「綺麗だ。俺が一目惚れしただけはある」

「そ、そうですか」

 

 何度か聞いたフレーズだが、照れ隠しのようなトーンのものは初めて聞いた。

 これからはもっと彼女の色んな感情を見られそうだ。

 

 ◆

 

 散歩から帰宅したナオがシャワーを浴びている時だった。

 夕飯の準備を終えたアルラがマキナに頭を下げる。

 

「アップグレードをお願いします」

「しつこいなあ。嫌って言ったでしょ」

 

 マキナは再度頼みに来たアルラを心底鬱陶しそうに手で払った。

 いつものように宙で寝転がり、関心が無いようなフリをしながらマキナはアルラの目を見た。ナオと話して憂い事がなくなったのか、今朝より晴れやかな顔をしている。マキナにとっても、それは喜ばしいことだった。

 アルラの記憶の中には暴力的に身体を求められるような記憶も多かった。神座に閉じ込められる前、複数人の教会関係者に"玩具"にされたマキナにはその痛みがよく分かる。

 

「(アルラは痛いとも思ってなかっただろうけど)」

 

 それでも幸福とは言えない日々を送っていたのは間違いないはずで、そんな彼女が一緒に居たいと思えるマスターと絆を深められたのは自分の事のように嬉しかった。

 だがそれはそれとして、マキナはアルラの願いを叶える気はなかった。性器があろうと無かろうとナオがアルラを捨てるはずがないし、何よりナオが修理したボディにナオに無断で手を加えるのは彼に悪い。ナオの大切な物に悪戯をしたみたいでどうしても乗り気になれなかった。

 改めてマキナは冷たくアルラをあしらう。

 

「あんたはもう大丈夫でしょ。私が何かする必要はない」

「この前とは違う理由です」

 

 しかしアルラは一切引く様子を見せなかった。

 

「私はもっとマスターに愛されたい。もっとマスターを愛したい。今のおままごとのようなぬるい触れ合いではもう満たされない。深く繋がって互いの愛を感じたいのです」

 

 花も恥じらい、月も隠れるほど美しい乙女の笑みを見せてアルラはこの場に居ない彼を想った。

 同性ながらマキナはアルラの微笑みに目を奪われて固まってしまう。

 なんて美しい――。

 しかしマキナがそう思ったのも束の間、次の瞬間にはアルラはマキナに鋭利な視線を向けて、言葉を続けた。

 

「それに、あなたには私の要求を吞まなくてはならない義務があるんですよ」

「何よそれ」

「私に無許可でマスターの童貞を奪った」

 

 マキナの背に強烈な悪寒が走った。

 

「神であっても大罪です。償うチャンスは今回、一度しか与えません。死にたくないなら黙って私の願いを叶えるように」

 

 四百年以上生きてきて、初めて殺意というものを感じた瞬間だった。

 恋する乙女の表情からは想像もつかない意志にマキナは顔が強張る。だが、それもほんの数秒のことで、はっ、と笑うと母親のように慈悲深い笑顔を見せてアルラの頭を撫でた。

 

「可愛くなったじゃない」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。