実家に到着したのは夜に差し掛かる頃だった。
夏休みにラジオ体操をやらされる小学生ぐらい早起きして兄さんの家を出ても、それだけ時間が掛かる。兄さんが『ワンチャン、シュリのクレカで皆んなで超高速タクシー乗れない?』なんて言ってたけど、流石に私以外の人があのカードを使うと学校に怒られそうだから諦めてもらって、兄さんに運転してもらった。ずっと運転していたせいで兄さんはクタクタになっていた。
「ただいま」
玄関に足を踏み入れると私と兄さんの声が重なった。
靴を脱いで片付けていると廊下の奥から母さんが出迎えた。
「おかえり。……ってお客さんもいるの?」
母さんは私と兄さんの後ろにいるマキナとアルラを見て言った。そういえば二人が来ることを伝えていない。母さんは困った、という顔を私達に向ける。
「お客さん来るなら言ってよ。何も準備してないわ」
「私達のことはお構いなく。勝手に付いてきただけですので」
マキナがひょこっと兄さんの背後から顔を出した。アルラも軽く会釈で挨拶しながら二人は名乗る。
「初めまして、ナオのお母さま。マキナです」
「アルラです。しがないアンドロイドですのでお気遣いなく」
「あら、ご丁寧にどうも。ナオの母です。大したおもてなしは出来ないけどくつろいでいって」
母さんは柔らかく微笑んで二人を家に上げてリビングまで案内した。
その後ろから私と兄さんが付いていく。チラリと兄さんの顔を見るとどこか居心地悪そうだった。
パソコンの修理は明日やるみたいで、今日は兄さん達もゆっくりしていくらしい。久しぶりに家族が揃ってちょっとソワソワする。
父さんが仕事から帰ってくると皆んなで晩御飯を食べた。マキナとアルラの追加分を母さんが慌てて作って、いつもより豪華な食卓になった。
食事中、兄さんと母さんは話すどころか目も合わせなかった。口も聞きたくないっていうより、単純に気まずいんだと思う。その代わり、マキナがずっと喋っていた。兄さんと普段どんな仕事してるかとか、この前初めてニュー・セントラルに行ったとか、アルラの料理が美味しいだとか、よくそんなに話題あるなっていうぐらい喋っていた。
父さんと母さんも楽しそうにマキナの話を聞いていて、もはや私や兄さんより親子っぽい。
アルラは黙々と食事を進めて、時々誰かのグラスが空くとスッとお水やお酒を注いでいた。
食事中は普通に見てたけど、冷静に考えると、マキナやアルラはどうやって食べ物を消化しているのだろう。喉を通った物はどこに行って、一体どこから……いや、これ以上はやめよう。二人とも人間じゃないし生物の尺度で考えるのが間違っているんだ、きっと。
食事同様、布団の用意も出来ていなくてマキナは私と一緒に寝ることになった。マキナは空中に浮けるから寝床は必要ないみたいだけど、母さん達には正体を明かしていないから、大人しく私の部屋にお邪魔するということで話を合わせた。
一方のアルラは兄さんの部屋で夜を過ごすらしい。アンドロイドだから母さん達もさほど気にならなかったようで、同じ部屋で過ごすことをサラッと受け入れていた。……なんというか、実家に来てまで変なことしてなきゃいいけど。
「絶対、エロいことする」
私の思考を見透かしてマキナがポツンと呟いた。私のベッドで布団を被って不満げな顔をしている。マキナもあの二人に混ざりたそうにしていて「今日は大人しくしておいて」と釘を刺しておいた。
私と兄さんの部屋は二階にあるから一階にいる母さん達には聞こえないだろうけど、それでもすぐ近くに家族が居る場所でそういうのはやめてほしい。落ち着かない。
部屋の電気を消して、私もベッドに入ると、マキナが天井を見ながら過去を振り返るように言った。
「なーんか色々思い出しちゃったわ。家族ってこんな感じだったわね」
「そういえばマキナって家族いるの? 神様にもそういうのあるの?」
「シュリちゃんには言ってなかったっけ。あんまり面白くない話だけど聞く? 私が神様になった話」
神様に"なった"。その言葉の意味がよく分からなかったけど、とりあえず頷いた。
するとマキナはわざと柔らかくしたトーンで自分の過去を教えてくれた。
人間だったこと。
四百年間、神座に閉じこめられていたこと。
信仰を受けて神様になったこと。
あまりに現実離れした話にお伽話みたいに受け入れてしまって、同情とか、どれだけの苦痛だっただろうとか、そういう感情や思考は出てこなかった。ただ、気安く触れていいものではないことは分かる。「そうなんだ」と軽い相槌だけ打って、私の方から掘り下げるのはやめようと決めた。
「長い間、ひとりぼっちだったから人の営みとか、愛情とかそういうのが新鮮で楽しいのよね」
もしかすると兄さんと一緒に住んでるのは、人との繋がりみたいなのに飢えてるからかもと思った。明るいキャラクターだけどその裏にはずっと寂しさが隠れていてるのかもしれない。
私もマキナと似たような感覚を知っている。
「分からなくもないかも。私も孤児で家族っていうのが分からなかったから、この家に来た時は衝撃だった。こんなにあったかいんだって。朝起きておはようって言ってくれて、一緒にご飯を食べて、帰ったらおかえりって言ってくれる。世界の全てを集めたぐらいの幸福がこの家にあって、こんなに幸せでいいのかなって思ったぐらい」
「やっぱナオが帰って来ないの寂しい?」
「……うん。昔はよく一緒に遊んでくれたし、勉強も付き合ってくれた。ずっと何をするにも一緒で、居なくなるなんて思いもしなかったから、出ていった時はショックだった。言い出したのも凄く急だったし。高校卒業する直前に今週中には引っ越すって言い出して、母さん達もびっくりして言い合いになって……でも『もう決めたから』って反対押し切って、私と話す間もなく居なくなったの」
「あらら。なんでそんなに強引に?」
「たぶん今まで我慢してたんだと思う。本当は子供の頃から物作りとか修理とか、そういう仕事に憧れてたのをずっと隠して、母さんの言う通りに人生を歩んでた。母さんは兄さんを立派な職種に就かせようとして進学校に入学させたけど、兄さんは肩書きとか給料より優先したい事があるって気付いて、合格貰った大学も全部蹴って出てった」
今でも二人が大喧嘩してた時の事を覚えている。今まで家族のそんな光景見たことなかったから、どうすれば良いか分からなくて私はずっと自分の部屋で喧嘩が終わるのを待っていた。
落ち着いたら二人に声を掛けてあげようと思っていたのに、いざそのタイミングが来たら、なんて言えばいいのか分からなくて何も出来なかった。もしかしたら私の言葉で怒っちゃうかもとか、傷付けちゃうかもってそんな考えばかり浮かんで、口が動かなかった。
「それからは気まぐれにしか顔を出さなくなったから、修理屋始めるまでどこで何してたのかも私は知らない。どっかの技術者に弟子入りして色々勉強してたみたいだけど」
私だけじゃなく、母さんも父さんもそう。半分行方不明みたいな状態になって、誰も兄さんの所在を知らなかった。
「だから凄く、凄く心配だった。連絡全然返してくれない時もあったし、何かあったらどうしようって。怖くて本当に泣いちゃうことだってあった。……なのに知らん間に廃れた町で修理屋始めて可愛いアンドロイドと神様とエッチなことして毎日ハッピーに暮らしてるとか、私の心配返してほしい」
「なんか、ごめん」
マキナから謝る気がなさそうな謝罪が飛んできた。
私も本気で怒っている訳じゃない。実際には何事もなく幸せそうに暮らせてるみたいだし、安心している。
それはそれとして、エッチなことにかまけているのはどうかと思うけど。
「そういえばチューは出来た?」
「出来てない。昨日の今日で出来るわけない」
「次いつ会えるかわかんないんだから、今のうちにしておいた方がいいんじゃない?」
「そんなこと言われても……」
「明日、シュリちゃん休みなんでしょう?」
「うん」
「なら私とアルラが協力して二人きりの時間作ってあげるわ。その時にタイミング見計らってやっちゃえ」
軽い調子でマキナが言うけど、私はすんなりとは受け入れられなかった。
「ど、どうやって? キスなんかしたことないし、タイミングなんて分からない」
「教えてあげようか? 私とかアルラがいつキスしてるか」
兄が女の子とキスしてるエピソードなんて聞きたくもないけど、でもちょっと聞きたい気もして、たっぷり五秒悩んだ。
そして恐る恐る渇いた口を開いて聞いてみた。
「……一応、参考程度に」
「まず朝は寝てるナオのおちんぽ舐めて起こしてあげて」
「やっぱいいです」
私は布団を顔半分まで掛けると、マキナに背中を向けて目を瞑った。