『はじめまして。アダラ高校でロボット研究部部長を務めております、ハボタンと申します。私は現在、近々行われるロボットコンテストに出場するため、ロボットを制作中なのですが、知識、技術ともに半人前にも達しておらず、完成までほど遠い状況にあります。どうかなんでも屋の皆さんの手をお貸しいただけないでしょうか。依頼内容の詳細や報酬について直接お会いしてご相談できればと思います。よろしくお願いします』
◆
突然、シュリから送られてきたメッセージに俺はぱちくりと瞬きをした。
立て続けに『仕事、頼みたいって』と砕けたメッセージが画面に現れる。
俺は何度かメッセージを上から下へと繰り返し読んだ後、アルラと顔を見合わせた。
「……宣伝してみるものですね」
アルラも驚いているようだった。俺も状況を信じ切れず「詐欺とかじゃないよな?」と思わず溢してしまった。
シュリが学校に許可を取り掲示板に広告を出してわずか三日後。ロボット研究部部長なる方から依頼が舞い込んだ。
一度、水を飲んで心を落ち着かせて改めて依頼文を読む。何度読んでも俺達へ仕事を頼む内容。夢じゃないことを飲み込むのに数分かかった。
シュリに学校での宣伝を頼んで二日で掲示板に広告を載せた連絡を貰い、そしてその三日後に効果が現れる。たった五日でこうも上手くいくとは。ひと月経っても依頼が来ないことだって覚悟していただけに、この誤算は感動するほど嬉しい。
「どうします? 生徒からの依頼のようですし、いい金額は期待できませんが受けますか?」
アルラに言われて冷静さを心掛けつつ、考える。
ここで池の鯉のように雑に食いつくのは危険だ。場合によっては作業費や移動費が高くなる可能性だってある。依頼が来た、やったー! で飛びつくと、帰ってきたときには赤字だった、なんて羽目になりかねない。慎重に動かなければ。
「宣伝し始めて初めての連絡だ。無下に扱うわけにもいかない。会って話を聞いてから引き受けるか考えよう」
「シュリ様の高校となると、ここから半日以上かかりますよ。内容的に一日で終わるようなものでもなさそうですし、仕事を引き受けるとなると学校の近くで宿泊する必要があるかと」
「……そんな金あ「ないです」……」
聞き終わる前に答えられた。だろうなとは思ったけど。
「まあ、格安のサービスが悪いホテルなら泊まれるかもしれません。それか前払いにしてもらいますか?」
「学生相手に前払いはなんかちょっと気が引ける、けど……うーん」
前払いだとして、報酬の金額が宿泊代や諸々の経費以上の額にならなければ黒字にならない。いち学生がそんな額を払ってくれるとは思えなかった。だがここで断ってしまうとイメージが悪くなる気もするし……考えれば考えるほど結論が遠のく。
するとマキナがアルラの頭の上からぴょこんと顔を出した。
「とりあえず行ってから決めたらいいじゃない。最悪、ビークルで寝泊まりするとかでもどうにかなるわよ」
「そうだな……」
マキナとアルラはぶっちゃけどんな環境でも構わないだろうし、俺が狭いビークルで寝るのを我慢すればいいだけだ。
シュリに直接依頼者と話したいとメッセージを送って、仕事のない俺は散歩に出かけた。
シュリの通うアダラ高校は、国内でも人気の高い進学校だ。俺が通っていた高校より偏差値が高く、生徒数も多く、部活も多様で、校舎も大きい。俺が通っていた高校もそこそこ人気があったし綺麗な学校ではあったが、アダラ高校はそれをグレードアップさせたような学校だった。
六階建ての校舎は緩やかに湾曲していて、校門側はほぼガラス張りになっている。校舎の周りにはグラウンドや体育館の他に、ティーパーティーでもお開きになるんですか? と聞きたくなるほど美しい花園や、なんで学校の敷地内にあるんだと言いたくなるほど有名なカフェチェーン店の店舗がある。
知らない人が見たらショッピングモールかと勘違いしそうな立派な校舎の前で、下校していく生徒達を横目に俺とアルラ、マキナの三人はシュリの姿を探した。
「正面玄関の前って言ってたけど……人多いな」
「人気の進学校って聞いてたけどこんなに居るとはねー」
マキナが素直に驚いたように言う。この時代の学校を知らない彼女は困惑すらしていた。
人の流れに逆らって玄関前まで来るとようやく柱の側に立つ、セーラー服姿のシュリを見つけた。向こうも俺達に気付いて軽く手を上げる。
「兄さん。こっち」
校舎内へ入っていくシュリの背中に付いて行って、目的地へと進んでいった。
外観と同じように内装も信じられないほど綺麗で、新設というわけでもないのに埃ひとつ見当たらない。ゴミ箱、消火器、掲示板、ドアや照明、空調までどれも最新鋭の物ばかり。俺とマキナは目に映る物全てに惹かれた。
「勝手に分解したりしないでね」
「しないって」
前を歩くシュリに釘を刺された。
一階の最奥にその部室はあった。玄関前は生徒が多くてにぎやかだったのに、ここまで奥に来るとシンと静まり返っている。居残りで校舎内に残っている生徒も多いだろうに耳を澄まさないと聞こえないほど、喧騒が遠い。
「ここ」
シュリがドアの前で立ち止まって言った。銀のドアの上部には細長い電光板が嵌められていて、『ロボット研究部』と書かれている。
「活気がないな……作業場の周辺みたいだ」
「あそこよりは綺麗で彩度があるよ」
遠回しにあんな所と一緒にするなと言われてしまった。
シュリがコンコン、と軽くノックすると「はーい!」と澄んだ声がドアの向こうから聞こえた。
ウィン……と自動でドアがスライドして一人の女生徒が出てくる。
「こんにちは。ロボット研究部部長のハボタンです」
ダークブルーのストレートヘアを揺らして、ハボタンと名乗る女生徒は真っ直ぐに腰を折る。
顔を上げたときの物腰柔らかな笑顔に、俺とマキナが思わず「「かわいい……」」と呟くと、なぜか俺だけシュリに肘打ちされた。
どうして……。
ロボット研究部の部室は小さめの空き教室を使用していた。
スペース確保のために必要ない机や教卓は片付けられていて、最低限の椅子と机、それと工具棚が壁際に並んでいるぐらいの質素な空間だった。
部室に入ってすぐ右手には黒板があった。今では殆どの教室が電子黒板になっているが、紙の本と同じようにアナログな黒板も根強い人気がある。消えそうで消えない物の筆頭だ。
ハボタンが用意してくれた椅子に着いて軽く自己紹介を済ませると、早速本題に入るため切り出した。
「まずは、ハボタン……さん」
「ちょっと言いにくいですよね。気軽にボタンでいいですよ。友達からもそう呼ばれてます」
ボタンはピンと背筋を伸ばして柔らかく笑う。気を抜くと手を伸ばしてしまいそうなほど、ボタンの笑顔は眩しかった。
ひまわりのような、と言うよりもっと控えめで自然な……道端にそっと咲いているような笑顔だった。
真っ直ぐに伸びた髪と一切着崩れしない制服姿から清廉潔白という言葉がよく似合う。
顔立ちは実に整っていた。が、アルラと違い、はっと息を呑むような美人ではなく自然な美しさだった。街ですれ違っても気にしないが、何かの拍子に意識してしまうと心奪われる――そんな印象だ。周囲にいないタイプの美少女で緊張する。
「じゃあボタン。依頼の話だけどコンテストに出すロボットの制作の手伝いでいいんだよな」
「はい。実はこのロボ研、部員が私しかいなくて廃部の危機に追い込まれてまして……」
苦笑いを浮かべながらボタンは事の経緯を話した。
聞くにこのロボ研は元々人気のない部活で、ボタンがその存在を知った頃にはすでに部員数がゼロだったらしい。それからボタンが入部して一人で活動していたものの、増えすぎた部活の数を減らそうとした学校側の判断によって、ロボ研も廃部リストに名前が載せられた。
廃部を免れるには部員数を増やすか、活動実績を挙げるかの二択しかなく、元々人気のない部活にいきなり新入部員が来てくれるとも思えなかったボタンは活動実績を挙げる方を選択し、コンテストへ応募した。
「去年からこの部に所属してプログラミングとか、設計とか勉強していたんですけど、受験の準備で忙しかったのもあってあまり技術が磨けず……。ちょこちょこ小さいコンテストに作品を出してはみたものの、完成度が低くて賞が獲れませんでした。そのまま一つも実績を上げられず、気付いたら廃部目前、という状況です」
「今、三年生なんでしょう? 部員もいないならこのまま廃部になってもそこまで困らないと思うけど」
ボタンはシュリの一つ上、三年生だった。確かに今年で学校を去るなら、廃部になったところであまり気にならない気もする。
「マキナさんの言う通りです。正直新入部員が入ってこないなら自然消滅的に消えても仕方ないと思います。でもそれとは別に、コンテストで賞は獲ってみたいなって思ったんです。部に所属していた証明として最後に小さな賞状だけでも欲しい。コンテストの規模感とか制作期間とかを考えると、今応募してるコンテストがラストチャンスなんですよね……」
「確かにせっかく部に入って勉強してたのに何もなく終わっちゃうのは寂しいわよね」
「はい。それでここ数ヶ月制作に打ち込んでいたんですけど、実力不足で制作がストップしてしまって……改善策とか考えているうちに作品の提出締め切り間近まで来てしまいました」
「いつまで?」
「あと四日です」
ギリギリだ。
「実は皆さんに依頼する前から、力を貸してくれそうな人やサービスを探していたんですが、私が動き出したのが遅かったせいもあって、すぐに協力してくれそうな人が見つからなかったんです。そんな折にたまたま学校の掲示板でなんでも屋の皆さんのことを知って、機械のことに詳しいならと、シュリさんに連絡して依頼を出しました」
ボタンはスッと立ち上がり、アルラばりに綺麗に腰を折った。
「報酬はきちんとお支払いします。どうか協力してくれませんでしょうか?」
下げられた頭に、俺は背中を向けてアンドロイドと神と義妹に小声で相談した。
「どう思う? 気持ち的には『喜んで』と言いたいところだが」
「どこに泊まるか問題よね。ここからナオの実家まで電車一本で行けるんでしょう? シュリちゃんも電車で通ってるんだし。なら数日実家で過ごせばいいじゃない」
「却下です」
「却下」
マキナの提案はアルラとシュリによって即却下された。
「なんでよ」
「マキナ様を連れて行くとまたあらぬ誤解を受けます」
「しばらく母さんにマキナを会わせたくない」
納得できないという顔のマキナをアルラとシュリは冷たくあしらった。二人の意見はともかく、俺としても実家は遠慮したい。まだ母親と顔を合わせるのは気まずい。
どうしたものかと悩んでいると、話が聞こえていたのかボタンがそっと声をかけてきた。
「あのー。もし泊まる場所がないのでしたら私の家に来ますか?」
「ボタンの? 俺らが急に行ったら家族が困らない?」
「大丈夫です。通学のために実家から離れて暮らしているので。徒歩で行ける距離ですよ」
「一人暮らしってこと? ……それだとよりボタンが困るんじゃ」
「ああ、いえ。一人暮らしというか、なんというか……」
なぜか説明しづらそうに頬を掻くボタンに、俺は首を傾げた。