※この作品はR-18です。

道具の愛され方   作:ハルバードマカロン

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小さな旅人

 コンコンコンとペン先でノートを叩いて音を立てる。落書きのように音符や詩が書かれたページにインクの点が刻まれる。

 かれこれ考え初めて二時間ほど経っていた。部屋に篭ってひとり格闘しているというのにあっと驚くような展開も、脳を揺さぶれるようなフレーズも出てこない。考えれば考えるほど迷路に迷い込んだようにゴールが遠のく感覚がして、ボクは思わずペンを机に転がし頭をぐしゃぐしゃに揉んだ。

 

「あー、あー! んあー! もう! なーんにも思いつかない‼︎」

 

 ボクが出せる最大ヘルツで叫ぶ。窓を揺らすほどシャウトして、ノートを引きちぎり、丸め、ゴミ箱に叩き込む。

 八つ当たりしたらある程度スッキリした。少し落ち着いたらまた作業に戻ろう、と思ったのも束の間。一階から母さんの声が聞こえてくる。

 

「ちょっとサティ? こんな夜中に大声出さないで。近所迷惑よ」

 

 いかにも母親っぽいセリフに腹が立って、自室から言い返す。

 

「うるさい! こっちは曲が思いつかなくてムカついてるんだってば」

「だからうるさいのはアンタだって」

 

 母さんが正論を口にするたび、ストレスが溜まって仕方なかった。

 近所迷惑だなんて分かりきっている。分かったうえで大声を出しているのだ。周りがどうなろうと、今、自分がしていることの方が大事だ。

 ボクは物心が付いた時から音楽が好きで、自然と作曲を人生の中心に据えていた。今までに作った楽曲は何百とある。ネットに投稿してそこそこ再生が伸びたものもあるし、コンテストで賞を取った曲も中にはあった。客観的に見てもボクの才能はプロの大人とも渡り合えるほどのものだろう。

 そして今日もプロの作曲家を目指して楽曲と向き合っているわけだけど、スランプなのかチープな曲すら浮かばないほど苦戦してるうえに、家族というストレス源に苦しめられている。

 

「はあ……」

 

 思わず深々とため息を吐いた。

 ずっとここで騒いでいても新曲のネタは浮かばないし、何より雑音が気持ち悪い。そこでボクは決心して椅子から立ち上がり、すぐさまトランクに最低限の服と作曲道具を詰め始めた。

 

「これと、これと……これは要らないか」

 

 要る物、要らない物をパッと選別して出来るだけ身軽に動けるように荷造りした。

 そしてトランクを持って一階に降り、玄関へと向かう。ガサゴソと物音を立てるボクに気づいて、母さんがリビングから様子を見にきた。

 

「サティ? 何してるの」

「家出」

「は?」

「こんなとこにいたら曲なんて作れない。ボクは家を出てく。ずっとずっと遠いところに行って思うがままに曲を作るんだ。ってことで、んじゃ」

 

 それだけ言ってボクはドアを開け、逃げるように家から飛び出した。

 さあ。ここからは自由。どこへ行こう。

 

 ◆

 

「だいぶ遠いとこまで来たな」

 

 行き先も決めずに船に乗り、電車に揺られ、歩き、時に見知らぬ人の車に乗せてもらってひと月経った頃。ボクは生気を失ったような町に着いた。

 長閑な町でゆっくり曲を作ろうと思っていたけど、今の時代どこもかしこもテクノロジーが喚いていて騒がしい。

 もっと静かな場所へ場所へと進んだ末に、人も歩いていないゴーストタウンのようなこの場所に流れ着いた。

 町を見渡すと高い煙突や、町工場のような建物がチラホラあった。しかしどれも今は稼働していないようで廃墟と化している。

 普通の人間なら近づく気も起きないが、あいにくボクはこういう特殊な環境にワクワクするタイプの人間だ。物静かだし、雨風を凌げるところがあれば作曲に専念出来そうだ。

 探険気分でトランクを引きずりながら町を歩いてみる。

 

「誰もいないなー。完全に閉じた町かな」

 

 住宅もポツポツと建っているものの、当然のようにもぬけのから。都会から離れているから自然と過疎ったのかもしれない。最近じゃよく聞く話だ。

 ぶらぶらと十分ほど散策していると、大通りに出た。両サイドに露店やレストランの残骸が残されていて、昔は車や人が騒がしいほど通っていたのかなと想像して、なんだか寂しくなった。とはいえこういうのもノスタルジー。悲しさや寂しさからは名曲が生まれやすい。やっぱりここはボクにとってインスピレーションをくれる最高の遊び場かもしれない。

 

「おい」

 

 不意にしゃがれた低い声で話しかけられた。

 

「ひゃいっ⁉︎」

 

 さすがに驚いて思わず肩をびくつかせる。

 声のした方を見ると、道沿いにある家のガレージの前で一人の男が酒瓶を片手に地面に座り込んでいる。白髪に長く伸びた髭。厳つい顔がただならぬ雰囲気を出していて、ボクは体をこわばらせた。

 

「見ない顔だな。どこから来た」

「う、え、えーっと……海の向こうのめちゃめちゃ遠いところからです。ちょっと旅をしていまして、はい……」

「……この町に留まる気か?」

「そ、そのつもりです……だ、ダメだったら速やかに帰宅しますので! 失礼しました!」

「通り過ぎるも滞在するもお前さんの勝手だが、こんな町だ。自分の身は自分で守れ。危害を加える輩すら絶えた町だがな」

 

 悪い人ではないようで酒瓶を煽りながら忠告してくれた。恐る恐るボクの方からも訊ねてみた。

 

「あのぉ……ここってやっぱり人いないんですか? おじさま以外見かけないんですけど」

「用があって来るヤツはいる。不法投棄か、捨てられたものを拾いにくる連中がほとんどだ」

 

 確かに、至る所にゴミが捨てられている。この大通りにも道の端にボロボロの冷蔵庫なんかが転がされていた。

 

「あとは、修理屋に依頼しにくる連中か」

 

 おじさまがポツンと呟く。ボクは気になって「修理屋?」と首を傾げた。

 

「向こうへ進んだ先に、この町に住んで道具の修理を請け負う男がいる。今はアンドロイドと赤い髪の女も手伝ってるはずだ」

「こんなとこで修理屋なんてやって儲かるんですか?」

「儲ける気がないんだろう。最近は真面目に宣伝してるのか、仕事は増えてるようだが」

「ふーん……」

「興味あるならこれを持って行ってくれ」

 

 そう言っておじさまはボクに古いラジオプレイヤーを投げて渡した。そしてそのまま家に引っ込んでいってしまう。

 これは、あれか。

 

「ボクをお使いに使うために話しかけたな……」

 

 めんどくさ、と思うものの。修理屋とやらには少し興味がある。どんな男なのか想像しながら、修理屋を目指した。

 おじさまが指した方角に歩いていると、廃屋と廃屋の間に小綺麗な建物が建っているのを見つけた。その隣には小屋もある。外観だけでもなんとなく人が住んでいる雰囲気を感じる。よくよく耳を済ませば建物の中から物音も聞こえた。

 

「ここかな」

 

 人が居るようだし、とりあえず邪魔してみよう。ドアをコンコンと叩いて開けると、中はまさにエンジニアの作業場といった場所だった。あちこちに機材やパーツが置かれていて、壁や棚には工具が並んでいる。真ん中には大きな台があって、作業中なのか二十代前半ぐらいの男の人がドリル片手にメカを弄っていた。

 男がボクに気づいて目が合う。

 

「仕事の依頼か? 子供が来るなんて珍しい」

 

 作業の手を止めて男はボクの方へやってきた。なんとなくさっき会ったおじさまみたいな厳つい人を想像してたけど、青年って感じでちょっと安心した。

 ボクは預かったラジオプレイヤーを男に渡す。

 

「その辺で酒飲んでた人から預かった。多分、君に直してほしいんだと思う」

「酒飲んでた……ああ、あの人か。悪い、ありがとう。それで、君は? お使いに来ただけ?」

「んーん。こんな辺鄙な場所で修理屋やってるヤツがいるって聞いて見にきた。面白いもんあるかなって興味湧いてさ」

 

 ボクがそう言うと男はなんだそれ、と言いたげな目で首を捻った。

 

 ◆

 

「どうぞ。粗茶ですが」

 

 黒髪の綺麗なアンドロイドがボクの前に紅茶を置いた。どーも、と礼を言ってひと口飲んでみる。確かに粗茶っぽいけど、まあまあ美味しい。アンドロイドだから淹れ方が上手いのかも。

 

「曲作りのために旅を、ねえ」

 

 軽く互いの自己紹介を済ませてここへ来た目的を話すと、ナオと名乗った修理屋は訝しむようにボクを見ていた。その顔にムッとして、眉間に皺を寄せる。

 

「何さ。怪しいことなんかひと言も言ってないよ、ボク」

「怪しいとは思ってないけど、女の子ひとりで旅ってのは危なすぎないか。どこから来たんだ」

「遠いところ」

「ざっくりとしてるなあ」

「全然人の居ない町に住んでまで道具の修理を生業にしてる怪しい男に、ボクが素性の全てを明かすと思う?」

 

 ナオは困ったように眉をハの字にして黙った。そんなナオにボクはふふん、と鼻を鳴らす。大人を言い負かすのは楽しい。

 もう一度紅茶を飲みながら、作業場を見渡す。物の多さといい、住み慣れているナオの雰囲気といい、確かに長い間この場所を拠点にしているみたいだ。

 てっきりもっとボロボロの宿で修理屋をしているのだと思ったけど、かなり整った場所だ。機械油臭いのを気にしなければ住めなくはない。なにより周りに人がいない分、自分のやりたいことに集中出来そうな環境で羨ましいと思った。

 こういう場所に作曲部屋を作れたらボクも作業に没頭出来るのかな、と考えていたらナオの隣で興味深そうにボクを見つめる赤髪の女に気づいた。

 

「何? ボクの顔に何か付いてる?」

 

 ボクが訊くと赤髪は朗らかに微笑んだ。

 

「曲を作ってるんでしょう? せっかくだし聴かせてよ」

「ボクの曲に興味あるの?」

「あるある! 演奏とか出来る? それともパソコンとかで作ってるのかしら」

「どっちも出来るよ。いいよ、試しに聴かせてあげる」

 

 トランクを開いて、小さなキーボードを取り出す。持ち歩ける楽器にはどうしても限りがあるからこのサイズが精一杯だった。それでもこれと音を録音するレコーダーさえあれば作曲は出来る。

 あまり演奏向けのスペックじゃないけど、目を輝かせてボクの音楽を聴きたがっている赤髪のために作ったばかりの曲をその場で弾いた。

 落ち着いた民謡のようなメロディ。牧歌的な景色をイメージしたその曲は、この色気のない空間を草原と青空に幻視させるほどの魔力を秘めていた。

 一番だけさらりと弾いてみせると、赤髪だけでなくナオも、アンドロイドさえも感心したように目を丸くした。

 

「凄い……。とても良い曲ね。正直こんなに上手いと思ってなかったわ」

 

 赤髪が言うとアンドロイドも頷く。

 

「音楽の良し悪しはあまり分かりませんが、とても響きのいい曲だと思います」

 

 アンドロイドに楽曲を聴かせたのは初めてで、好感触をもらえるとは思っていなかった。悪くない感性を持ってるアンドロイドらしい。

 ボクは気分を良くして胸を張った。

 

「でしょー。子供だからってみんなボクのこと舐め腐ってるけど、大人顔負けの作曲と演奏スキルなんだよ。君たち、名前は?」

「マキナよ。こっちのアンドロイドはアルラ」

「マキナとアルラね。うん、覚えた。それじゃあこれからよろしく」

「ええ、よろしく……よろしく?」

 

 マキナが……いや、他の二人も首を捻る。頭に疑問符を浮かべる三人にボクは言った。

 

「これから暫くここに泊まるから。最近はどこもうるさくて曲作りなんか出来なかったから、静かな場所探してたんだよねー。丁度いい宿が見つかって助かったよ」

「泊まるって……そんな急には泊められないぞ」

「なんで? ベッドとかないの?」

「あるにはあるけど、ひとつだけだ」

「客人用の簡易ベッドとかないの?」

 

 訊くとナオの代わりにアルラが答えた。

 

「あります。たまにマスターの妹様が来られるので、最近エアーベッドを買いました」

「じゃあそれ使って」

「あれ? 俺らが客人用使うの?」

「最近野宿とか、電車で寝るとかそんなんばっかだったからそろそろまともなベッドで寝たい」

「食事はどうするんだ。良いもん出せないぞ」

「最低限食わせてくれれば良いから」

「いや、でもなあ……」

 

 どうしてもボクを泊まらせたくないようで渋い顔をするナオ。何をそんなに困ることがあるのかと思ったけど、少し考えればすぐにその思考が読めた。

 

「……あー、なるほど。なるほどなーん」

「なんだその見通したような顔」

「いきなり来たガキに金使いたくねーって顔だ」

 

 ある程度図星だったようでナオは目を逸らす。ま、そんなに稼いでいるように見えないし気持ちは分からんでもない。ボクはトランクをまさぐって、財布を取り出しナオに投げた。

 

「宿代は出すよ」

「なんでこんなに財布が重い?」

「最近の子供はお小遣いたくさん貰ってるんだよ。……隣の小屋ってナオ達のでしょ? 荷物置かせてもらうんで。んじゃ」

 

 そう言ってトランクを小屋まで運ぶ。ナオはずっと何かを言いたげだったけれど、金を握らせて黙らせてやった。やっぱり世の中、金だ。

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