「ふぁあ……おはよ」
起きて小屋から出ると、朝食の準備をしているアルラに挨拶をした。アルラは恭しくおはようございますと、綺麗な発音で返してくる。アンドロイドということもあって所作が洗練されていた。
ナオやマキナもボクより一足先に起きていて、自分たちが使っていたベッドを畳んでいた。
「おっはー、二人とも。よく寝れた?」
「おはよう、サティ。私はぐっすり。ナオもスヤッスヤだったわ」
笑顔をパッと咲かせてマキナが言う。寝起きだろうに顔色が良くて元気だ。
「そっか。なら良かった良かった」
我儘を言ったのはボクだけど、客人用のエアーベッドとやらはそんなに悪い寝心地ではないらしくて安心だ。とはいえ、ずっと気になっていたことがある。
倉庫にベッドを仕舞うナオを見ると、その腕にあるのは一つのエアーベッド。見たところサイズも一人用だし、普通に考えるなら二人は一つのベッドで身を寄せ合って寝ているということになる。それに小屋のベッドも一人用のが一つだけだし、二人は普段からそんな感じで寝ているのか……。
うん。まあ。それが別になんだって話ではあるけど。
「今日も一日中、修理作業?」
マキナに聞くと彼女は頷いた。
「ええ。ありがたいことに仕事が溜まってるのよね。サティは今日も観察?」
「うん。何か思いつくまで見させてもらうよ」
ボクはそう言ってアイディア帳を見せた。
ナオ達の家に泊めてもらって数日が経っていた。
ボクは曲のアイディアを練りながら修理屋がどんな仕事をしているのかをずっと観察していた。修理屋なんてボクの周りにはいないし、何かインスピレーションが貰えるかもと期待していのだ。
ナオはネットに広告を出しているそうで、こんな辺境にしては依頼がそこそこ舞い込んでくる。ホームレスっぽい人が自分の足で訪れたり、ドローンで依頼品が届けられたり。
今日もナオ達をジッと観察する。
作業のほとんどはナオが行っているようで、アルラは道具の片付けや休憩中のナオのマッサージなんかを担当していた。世話係的なのを得意としているモデルっぽいし、アルラの働きはそんなもんだろう。問題はマキナの方。
マキナは謎が多かった。依頼品を手に取って正確に壊れてる部分をナオに伝えたかと思ったら、そこから先はナオに任せて、自分はあまり修理作業をしていない。何度か「マキナは何担当?」と聞いてみたけど、「ハンドパワー担当」とか適当なことしか教えてくれなかった。あれかな、ちょっとイタイ人なのかな。
ボクは道具作りや修理なんて微塵も詳しくないけど、ナオの手際を見てなんとなくその道のプロって感じがした。最初は見窄らしい見た目をしていたロボットや家電が見た目も綺麗に直されていく。素直にその腕に感心されられる。
ナオの仕事っぷりを見てぼんやりと思い浮かんだイメージや言葉をアイディア帳に記し、また何か思いつくまで待つ。そんなことを今日も朝からやっていた。
ジッと観察するボクを手持ち無沙汰だと思ったのか、もしくは邪魔だと思ったのか、ナオが倉庫から子供用のラジコン組み立てキットを持ってきた。
「せっかくだし作ってみるか? 簡単だし、暇つぶしになるだろ」
「おもちゃ作りの体験ツアーに来たわけじゃないんだけど……んー、まあいっか。やる」
慣れない作業をしていれば、何か閃くかもしれない。ボクはナオからキットを受け取って、作業場の隅でラジコン作りに挑戦した。
ラジコンは古いスポーツカーの見た目だった。いかにも子供向けっぽく炎のマークなんかが書かれている。普通にダサい。
説明書通りにパーツを切ったり、張り付けたり、配線を組んだりして組み上げていく。時々、ナオやマキナに分からないところを聞きながら手を進めていると、意外にも熱中してしまって、没頭していた。
細かいパーツの扱いに手間取ってイラつきながらも、なんとか夕飯の前に完成させることが出来た。
床にスポーツカーを置いて、コントローラーで走らせてみる。そこそこの速さで床を動き回って右折、左折、バックも完璧にこなす。
問題なく動くことに喜びを覚えてマキナに見せた。
「出来た! ねえねえ、出来たよ!」
するとマキナはいかにもお姉さんみたいな優しい顔で微笑んだ。
「おー、カッコいい。良かったわねえ」
甘やかすような褒め言葉に、ハッとする。
何をはしゃいでるんだ、ボク。急に恥ずかしくなってコホン、と咳き込みナオにラジコンを渡した。
「はい。完成した。ま、暇つぶしにはなったかな」
ナオはニヤニヤと口角を上げる。
「素直に喜べばいいのに」
「別に。ガキのおもちゃで喜ぶとかないし。いいからさっさと受け取ってよ」
「元々あげるつもりで渡したんだ。サティが持っておけばいい」
「こんなダサいの持ってたところで使わないし、飾る気も起きな――」
「マキナ。アルラとご飯準備してくれ。工具は片付けておくから」
要らないからナオに返そうと思ったのに、ナオはボクに預けたまま台の上を片付け始めた。ボクは手に持ったラジコンに目を落としてため息を吐く。
マジで要らない。
ゴミ箱に捨てる感覚で作業場の棚の上に置いておいた。
その翌日。ボクは朝から小屋にこもっていた。
ナオ達の仕事を眺めていてなんとなく曲のアイディアが浮かんで、今日中に仕上げようと思った。
小屋は普段、寝る時ぐらいしか使っていないらしく、あまり家具もなくてゴチャゴチャしてないうえに、騒ぐ人もいないから作曲に専念出来る。
ボクの家にもこういう場所が欲しい。家族ってのはどうしてああもここぞという時に邪魔してくるのやら。集中マックス状態のタイミングで「サティー、ご飯よー」とか一階から声を掛けられた時のストレスったら他にない。あれで思わずパソコンを叩き割りそうになったことが二万回ぐらいあった。
アイディア帳を見ながらミニキーボードでメロディを編んで、ぼんやりとしたイメージを鮮明な楽曲へと変えていく。
散らばっていたピースがひとつ、またひとつと組み合わさっていく感覚が気持ちいい。思考が深くなるにつれ、世界観が広がっていく。
「ひひっ」
思わず笑い声を溢してしまうほど楽しい。何にも邪魔されず、好きなことに向き合えるというのはなんと素晴らしいことか。
気づいた時には何時間も経っていて、おやつ時になっていた。お昼ご飯をアルラが持ってきてくれたようだけど、集中しきったボクは全く気づいていなくてポツンとパンとビーフシチューが机の隅に置かれていた。アルラもボクの邪魔をしないように気を遣ってくれたみたいだ。
「さんきゅ」
聞こえていないだろうけど一応礼を呟いて、パンを食べながら録音作業に入った。
ひと通り出来た曲をキーボードで弾いて、レコーダーに録音。再生して軽く手直しして、また聴き直すと納得のいく出来になった。
「うし!」
完成品を持ってバッと小屋を飛び出た。作業場ではいつも通りナオ達が各々仕事している。昨日までは邪魔しないよう大人しくしていたけど、今はそうも言ってられない。
「はいはい、作業ストップ! 曲出来たから聴いて!」
いきなり現れて声を上げたボクに三人は三者三様のリアクションをした。マキナは「お。聴きたーい」と前のめりになって、アルラは「今度はどんな曲でしょう」とマキナほどじゃないにしても興味あり、といった感じ。
「……まあ、休憩に良いタイミングか」
ナオは若干呆れながら、でも作業の手を止めてくれた。
ボクはレコーダーの再生ボタンを押して、録音したばかりの新曲を三人に聴かせた。
新曲は暗くて、重い曲調だけどスッと心に忍び込む優しさを感じさせるものだった。ここへ来て最初に三人に聴かせた曲とはまた違った曲で、我ながら才能の幅広さに感心してしまう。ボク、凄い。
それは当然聴いてる側も感じているようで、特にナオはマジでお前が作ったん?みたいな顔を浮かべていた。
「サティ、歳いくつ?」
「ピッチピチの十四歳」
「その年齢でこんな複雑な曲作れるんだな」
「ふふーん。驚いたっしょ」
胸を張って見せるとナオは「ああ。本当に大人顔負けだ」と褒めてくれた。
新曲はナオの心にぶっ刺さったようで、再生が終わってもナオはリピートを求めてきた。作業用BGMにするつもりらしい。
ボクはそんなナオに気を良くして「そんなに気に入ったんならその曲あげる」とナオに言った。
「あげるって、データをくれるってことか?」
「んにゃ、
ボクの言葉にナオは唖然とした。今日はナオの驚いた顔が何度も見れるなあ、なんて思っていたら当の本人は恐縮したように首を横に振った。
「貰えないってそんなの。作ったのはサティなんだから、サティが大切にしなきゃ」
「別にいいって。ボクはね、曲を作るのが好きなだけで、作ったものはどうだっていいんだ。誰がどんな金儲けに使おうと知ったことじゃない」
そう言ってのけるとナオは困ったような顔をして「……データだけ貰うよ。曲で稼ぐとか考えたことないし」と。
――どうにも。
どうにもその反応が気に入らない。
昨日のラジコンの件もそうだ。ナオが"そういうタイプ"なのだと分かるたび、気分が害される。
ささくれ立った心を出来るだけ隠しながら、
「あっそ」
と、ボクはそっぽを向いた。
十六時前には完成させてしまったから、夕方から暇になった。気持ち的にはもっと曲を作りたいけど、飛ばし気味に曲を作ったからか体がだるいし、頭も重い。
ナオ達も溜まっていた作業を終わらせたようでダラダラと映画を観たり、紅茶を飲んだりしていたから、ボクもクッキーを食べたりしてぼんやりと天井を眺めて過ごしていた。
なんだか凄くつまらない。さっきのナオのせいだ。向こうはなんの悪気もなかったんだろうけど、でもそのせいでボクはこんな憂鬱になってしまった。
天井から目を離すと、真向かいにナオが座っている。タブレットをいじりながらブツブツと「なんでこんなに高いんだ……」とかなんとか言いながら日用品をポチっている。その側でアルラもタブレットを覗き込みながら、ナオの買い物の相談に乗っていた。
まさにご主人様と従者、といった光景を眺めているとボクはアルラに疑問を覚えた。
「ねえ、なんでアルラはさ。そんな顔するの?」
アルラはボクの方を向いて首を傾げる。
「そんな顔、とは?」
「こんな顔」
精一杯の笑みを浮かべて見せると、アルラは「そのような顔をしていた自覚はないですが」と答えた。
「まあ、実際には能面みたいな顔だけど。でもこんな顔に見えるんだよ。凄く楽しそうで、嬉しそうで、穏やかな顔。まるで温泉に浸かっているみたいな顔だ。特にナオの隣に居る時はね」
「ああ……それは単純にマスターといると幸せなだけです」
アルラが平然とそんなことを言うから、ナオはくすぐったそうにしていた。
二人の間には強い結びつきがあるように見えて、ボクの心はまた濁る。
「……アルラってアンドロイドなんだよね?」
「ええ。マスターが直してくれたんです」
「そう……」
腑に落ちた。二人の間に結びつきがある理由。
アルラはナオが直した、謂わば作品なんだ。そしてナオは自分の作品を大切にしていて、大切にされたアルラはナオを大切にしている。
作った側。
作られた側。
互いが互いを想い合っているのが痛いほど伝わってくる。
ああ……むしゃくしゃする。もう何もかもぶっ壊したい気分。でもアルラに八つ当たりするわけにもいかないから、ボクは棚の上にある自分で作ったラジコンのスポーツカーに目をつけた。
おもむろに棚まで歩み寄ると、スポーツカーを右手で掴んで大きく振り上げる。
「サティ様?」
不思議そうなアルラの声。ボクは無視してそのまま地面を目掛けて叩きつけ――
「…………なんで、止めるの?」
叩きつける寸前でナオに手首を掴まれ、止められた。
ナオを睨みつけるとナオは落ち着いた声で答えた。
「自分で作った物壊そうとしてるから何事かと思って」
「……気に入らないんだよ、そういうの。作った物への愛とか、愛着とかそんなの全部意味分かんない。自分で作ったんだから捨てるも壊すもボクの勝手じゃん」
「そうかもしれないけど、勿体ないと思ったんだ」
「――っ!」
その言葉に吐き気がした。ボクは空いていた左手でナオの顔を殴った。
「マスター!」
後ろにのけぞって倒れたナオにアルラが駆け寄る。アルラはアンドロイドとは思えないほどに青ざめた顔をしていた。
やめてほしい。そんな風にボクの前で愛とか絆とか見せつけないでほしい。
そんな感情が渦巻いてグッと自分の胸元を鷲掴み、ナオを見下ろしていると、聞いたことないほどドスの効いた声がした。
「おい、ガキ。何してやがる」
ハッと振り返ると、マキナがボクを睨んでいた。その目に思わず後ずさる。
殺される。
本能的にそう思った。
「ぅ、あ……」
一歩、ボクとの距離を詰めたマキナに気圧されて、小さな悲鳴が溢れる。
また一歩と足を繰り出そうとしたマキナだったけど、
「マキナ。いいから」
ナオが口元を押さえながらマキナを止めた。
唇を切ったようで口元に血が滲んでいる。痛そうに口元を拭うナオを見て、ボクはようやく自分がしたことに気づいて、いても立ってもいられず走ってその場から逃げた。