俺を殴って走り去っていったサティは二時間経っても帰ってこなかった。自分がした事に気が動転していたみたいだしそっとしておくべきかと思っていたが、陽が落ちて辺りが暗くなると、放っておくわけにはいかなくなった。
あまり遠くへ行っていないことを願いつつ、町中を走って探す。アルラとマキナもサティを探そうとしていたけれど、どうしても俺が見つけたくて二人には留守番を頼んだ。……マキナは大人気なく子供を睨んだ自分が不甲斐ないのか頭を抱えて落ち込んでいたが、多分アルラが慰めていることだろう。
路地裏、大通り、工場跡地、住宅街に空き地。手掛かりもないからひたすら足を動かして探し回る。
危険な輩すらいない場所ではあるものの、万が一ということはあり得る。どうか無事でいることを願って息を切らす。
そして町の北端、海沿いの道でようやく深緑のショートカットを見つけた。小さな背中をこっちに向けた少女は手すりにもたれかかって、穏やかな波を眺めている。
「やっと見つけた」
そっと後ろから近づいて声を掛けてみたが、サティは俺に背中を向けたままピクリとも反応しなかった。
サティの隣に立って彼女の顔を盗み見た。薄暗くて面白いものなんか何も見えないだろうに、ジッと水平線の向こうを見つめていた。
「何か気になるものであったか?」
「なんにも。せっかくの海なのに暗いし、なんか汚いし、この町面白くない」
その面白くない町に好き好んで住んでる俺に向かってサティは言う。
生意気な少女に苦笑いを浮かべつつ俺も手すりの向こうを眺めた。
何も言わないでいると、サティは自分から口を開いた。
「ボクは作曲家になりたい。たくさんの曲を作って、作って、作り続けて……ただそれだけの人生を送りたい。多くは望まない。自分が偉い人になりたいなんて思わないし、ボクの曲をあらゆる人間に聴いてほしいなんてのも思わない。もちろん作るからには人類史で最高の一曲を作るつもりだけど、でもそれはあくまでモチベーション的な意味合いで、本当に教科書に載るような音楽家になりたいわけじゃないんだ」
暗い表情のままだったが、夢を語る目だけは力強かった。子供とは思えないほど、いや。子供だからこそ自分の願望がハッキリしている。
サティは海に背を向けて、両膝を抱くように座り込んだ。
「一刻も早くプロになりたくて、色んなオーディションに曲を出したんだ。ボクの曲は毎回良い評価を貰った。でも、最後にはいっつもおんなじことばっかり言われる。『曲への愛情を感じない』『もっと自分の曲を大事にしたほうがいい』なんて、そんなことばっか」
グッと握り拳に力を入れてサティは息を吸った。
「そんなの。そんなの無理に決まってる! 自分の曲なんかどうやって愛せっていうのさ! 曲なんか作ってるのが楽しいんだよ! 作ってるだけで楽しいんだよ! 完成したものなんかどうでも良い! 愛なんか注いだところで良い曲になんてならないよ! なんで作ってるだけで満足できるボクを認めてくれない⁉︎ どうして……どうしてボクはこんなことで悩んで……」
そういうことかと、ようやく理解出来た。サティが俺を殴った理由が。
自分が作った物、直した物に愛着が湧いてしまう俺に自分に足りないものを感じてムカついていたのだ。
天才と呼ばれる部類の人間だからこその悩みなんだろう。楽しいという感情だけで成し得てしまうから、それ以外の感情を必要とされることに戸惑っている。
「サティは変わりたいのか? 今の自分のままでいたいのか?」
「分からない。このままでいいでしょって思うのに、変わることを求められてるんだ……。変わらなきゃいけないと思う」
俺もサティの隣に座ってそっと話した。
「さっき勿体ないって言ったけど、あれはあの人形が勿体ないっていう意味じゃない。『大切にするっていう楽しさを知らないなんて勿体ない』っていう意味だ。物を大事にしているとどんどん可愛く見えてくるぞ。この前はなかった傷に気付いたり、違う表情を見せたり」
「そんなの、アンドロイドみたいな顔や感情がある一部の物だけ。ただのコップや紙、机にペン、それと音楽みたいな形のないものに可愛いも何もない」
「そうでもない。思うに愛情とか愛着っていうのは、そこに『エピソードがあるかどうか』だと思うんだ」
「哲学くさい授業は嫌い」
「まあ聞いてくれ。マキナを抑えてあげたんだからさ」
マキナに睨まれたのがよほど怖かったのかサティはビクンっと肩を跳ねさせて、口を閉ざした。
「たかがボールひとつでも、それが好きな人からのプレゼントだったり、家族の形見だったりしたら大事にしたくなるし、ふとした時に愛おしく感じたりする。結局のところ、その物に宿るエピソード次第で人は何かを愛せるんだと思う」
この前直した猫のリリカを思い出した。あれもマキナから依頼主のエピソードを聞く前と聞いた後とじゃ、ただのオンボロロボットの見方が変わってくる。
「とりあえず大切にしてみたらいい。愛情がなくても。可愛くなくても。サティが大切にしたってその事実がすでに、そこに宿るエピソードだと思うよ」
言いながら俺自身、アルラのことを想った。もし出会ってから今までのストーリーが何かの拍子になくなったとしたら、きっとアルラをただの人形と変わらない価値に感じるに違いない。それはとても恐ろしいことで、同時に彼女との思い出の重さを再確認した。
ズズッと鼻を啜る音。サティが腕で涙を拭いてる。
「帰ってご飯食べようぜ」
「……うん」
小さく頷いて立ち上がったサティと暗い夜道を歩いて帰った。
作業場に戻るとアルラが作業台の上に夕飯を並べていた。
「おかえりなさい」
アルラが俺とサティを見て安心したように目を細めた。
その一方。
「あ、ああ、その、あの……えっとぉ……」
マキナはダラダラと汗を流しながらサティになんて言おうか戸惑っていた。今回の件は彼女にとってかなりの失態だったらしい。あまり見たことない焦り方でちょっと面白い。
「さ、さっきはごめんね。怖がらせた」
マキナが真っ直ぐにサティの目を見て謝った。
「ううん。悪いことしたのはボクだから」
サティももう怖がっていないようで、マキナはホッと胸を撫で下ろした。
無事に全員の抱えていた問題が解決し、平和に食卓を囲んだ。
◆
風呂から上がるとサティが小屋に俺を招いた。サティが自室代わりに小屋を使っているせいで、自分の家だというのに数日ぶりに入る。
ベッドに座るよう言われて腰を下ろすと、サティは床に正座して深々と頭を下げた。
「殴ったりしてごめんなさい」
「もういいって。気にしてない」
「ありがとう。……それでなんだけど」
少しだけ顔を明るくしたサティが立ち上がった、と思ったら彼女は部屋の明かりを消した。そして俺の隣にそっと座って顔を耳元までグッと近づける。
急に近づいたサティになんの遊びかと疑問に思っていると、サティは予想だにしない――出来るはずもないセリフを囁いた。
「謝罪とお礼を兼ねて……オナニー手伝ってあげる」
「――え?」
およそ十四歳の少女から出てくるワードではなくて、頭がフリーズする。カチンと固まる俺にクスクスと笑いながらサティは言った。
「こんな子供が一ヶ月もどうやって生活してたと思う? そんなの、ひとつしか方法ないじゃん」
「まさか」
「カラダで稼いでたんだよね。とは言っても手でしかしたことないけど」
財布が重かったのはそういうことか。お小遣いというのもそういう事をして大人から貰った金。
子供にしては大人相手に堂々としているなとは思っていたが、同世代の子よりずっと経験豊富ならそれも合点がいく。
口をつぐんでしまった俺のズボンをサティは勝手に脱がせようとした。
「ほら。脱いで」
「無理だって! まだ子供だろ。こういうのは止めよう」
「本当に反省してるんだよ。ナオにはちゃんと償いたい。こうでもしなきゃ新曲作ろうって気分になれないよ。だから、さ……お願い」
潤んだ瞳に上目遣いで見つめてくる。
急に女を纏わせたような表情に、不覚にも心揺さぶられる。そんな俺にサティは生意気な笑みを浮かべて煽った。
「それにさあ。ボクがいるからかナオ、最近我慢してたでしょ。あの二人とムフフな事するの」
「な、なんのことか」
「女の子二人と同棲してて、なんもしないわけないじゃん。それぐらい、子供でも分かるよ」
そしてトドメのひと言を放つ。
「貞操は差し出せないけど……その辺の女よりシゴくの上手いよ、ボク。きっとあの二人よりも、ね♡」
そんなわけないはすだが、試してみたいなんて思ってしまった。
サティはもう一度クスクスと笑って、俺のズボンを脱がせると、下着越しに小さな手で股間を撫でた。
「手でちょっと触るぐらいただのスキンシップだよ。大丈夫、だいじょーぶ」
「……普段からこんな感じで金稼いでんの?」
「たまーにだよ。どうしてもお金が必要になった時だけ。……何? 大人らしく心配なんかしてくれてるの? 気にしない気にしない。ナオはただキモチ〜って思ってくれればいいの。ほら。ボクの手がパンツに忍び込んじゃうよ?」
サティの手が俺の下腹部を撫でてそのまま下着の中に侵入してくる。こそばゆい感覚を感じながらサティの指先が降りてくるのを待った。
ついに息子を直で握られる。緩急をつけてギュッ、ギュッと揉まれる。本当に手慣れた様子で弄んできてサティの経験値を思い知らされた。
「ね? もうこの時点で上手いって分かるでしょ?」
自慢げな顔の彼女に頷くのも癪だ。俺は何も言わずに目を逸らした。
「ふふふ、顔を逸らしたってこっちは正直だよ。硬くなってきてるぞぉ♡」
一々腹の立つ言い方で、でもそれが心地いい気もして屈辱的だった。
悔しかったり、背徳的だったり、単に気持ち良かったり。色んな感情と感覚が背中に走って、ビクビクと反応してしまう。
ガチガチに硬くなったところでサティはゆっくりと下着も下ろし、俺の竿を外に出した。
「バキバキだ。カッコいいねえ♡ でもこの前抜いた人のより小さいかも」
「うぐっ……」
サイズなんか気にしたことないが、大ダメージを受けた。サティは笑いながら「冗談。冗談だって」と誤魔化す。
「大きさなんて気にしなくていいと思う。ボクはナオのおちんぽの方が好きだし。……ううん。おちんぽだけじゃない。他のところも」
少し背伸びをしてサティは俺の頬にキスをした。そしてジッと俺の顔を見つめた後、心の底から声を発した。
「口、切れちゃってるね。ごめん。ホントにごめん……れろっ」
唇の傷口を舌で舐められた。ズキっと滲みるような痛みが走る。なのに俺より痛そうな表情でサティは舐め続けた。
唇全体がサティに湿らされた後、ちゅっと触れるだけの口付けをされた。
「チューしたの、初めてだ♡」
「ま、魔性の女が」
「ひひっ」
表情、声色、セリフ。どれをとっても男を堕とすのに十分な力量を要していた。
グッと竿を握られる、と同時にもう片方の手で玉を握られた。上下に軽く擦り上げられながら、揉みほぐされる。
先端やくびれの弱いところも強弱をつけて弄られて、本格的に抜きにかかられた。
「れろっ、ん。ちゅっ、ん、んぷっ、ぢゅぅ♡」
首筋や耳、鎖骨なんかにキスを見舞われて勝手にキスマークを刻まれる。
二人になんて説明したらいいんだと思いながら、サティから身を引く気は到底起きなくてされるがままになっていた。
じんわりと先端が濡れてくるとサティは手のひらでクルクルと撫でた。強烈な刺激になんとか耐えていると、彼女は囁いた。
「ねえ、目瞑って。それでね、想像して。ボクのおまんこに挿れてるんだって。そっちの方が気持ちいいよ」
小悪魔の囁きに抗う術なく、俺は目を閉じた。
何も見えない暗闇の中、感じ取れるのは竿を擦られる感触とサティの声だけ。
「おっ♡ おっ、おぅ♡ おくっ、おく、来てる♡ ナオのおちんぽ来てりゅう♡」
わざとらしい喘ぎ声。なのにどうしようもなく興奮させられる。
「うう、おおっ♡ い、いぐぅ♡ ナオ様のデカちんでイカされるう♡ こんな、こんなのメスになっちゃいます♡ 赤ちゃん産むだけの孕み袋にされちゃいますう♡ ナオ、ダメっ! 子宮降りちゃう♡ 孕ませてほしくなっちゃう♡」
「さ、サティ、やばいって……!」
「ナオっ! ママにしてぇ……ナオのおちんぽで、ボクのことママに、ママにして♡ そしたらもっとナオのこと甘やかしてあげるから♡ ママがいっぱいミルク飲ませて、おちんぽ撫で撫でしてあげるからっ。今日も頑張ったねって……偉い偉いって毎日してあげるからっ♡ あ゙うっ♡ い、いくぅ♡」
両手で息子をシゴかれる。強い圧迫感を与えられて、根元から先端まで満遍なく包まれる。
サティの声も荒いものになってきて、ラストへ向けて一気に拍車を掛けてきた。
「んおっ♡ おお゙っ♡ ……いくっ! いく、イクイクイクイグっ♡ ナオ好きぃ♡ ああっ! おほ♡ おおおおお゛〜〜〜〜っ♡♡」
サティの果てた声と共に解放する。目を開けると自分の息子が何度も脈打っていて、上に向かって白濁液を打上げている最中だった。
サティの手や俺の太ももに飛び散るその量は尋常じゃない。
「うわあ、エグい出てる。こんなに溜め込んでたんだ。気持ち良かった?」
「悔しいけど……うん」
敗北感を噛み締め頷くと、サティは満面の笑みを見せた。
「あはっ♡ でしょでしょー? テクはマジもんなんだよね」
確かに手淫の技術だけで言えば、アルラやマキナ以上かもしれない。後が怖いから絶対に二人には言わないけど。
「ねえ……」
「ん?」
「もっとチューしていい? 嫌だったら、いいけど……」
ついさっきまで楽しそうにしていたのに、今度は不安げな顔で求めてくる。……こういうのも全て計算してやっているのだろうか。
流石に我慢の限界で無理やりサティの唇を奪った。
「んんぅ⁉︎ …………んぢゅ、ちゅぅる…………んちゅ、じゅるるる……んぅ、ぁ……♡」
舌を貪るたび、サティの余裕のあった顔が段々蕩けていく。そして最後には力尽きたように俺の体にしなだれかかった。
「ひひっ。オトナになっちゃった♡」
上目遣いでそんな言葉を溢してサティは俺の息子をツンと突く。
コイツは危険すぎる。まんまと沼りそう。
◆
サティに弄ばれた後、彼女とそのままベッドで眠ってしまっていた。
朝、目を覚ますとサティはすでに起きていて、机に向かい合ってキーボードで何かを優しく弾いていた。ヘッドフォンを付けているせいで俺には音色が聞こえない。
俺は体を起こしてサティに後ろから声を掛ける。
「もう起きてたのか。こんな朝方から作曲?」
「うん。で、いま出来上がったんだけどどうかな? 衝動に任せて作ってみたんだ」
サティがレコーディングしたばかりの曲を俺に聴かせた。
それはポップな曲だった。転がるようなピアノの音に気持ちが晴れやかになる。
子供らしい、でも決しておままごとの域に留まっていない音楽に俺は驚かされた。
「だいぶ雰囲気変わったな。今までのとかなり違う」
「分かるー? まだ大事にするとか分かんないけど、自分なりに可愛がってみた。上手い曲じゃないけど、良い曲になったと思うんだ」
「ああ。この前聴いたのよりこっちの方が好きだ」
俺がそう言うとサティははにかんで頬を掻きながら「へ、へへへ……ひひひっ」と笑い声を溢す。特徴的な笑い方に思わず引いてしまう。
「昨日から思ってたけど、笑い方気持ち悪いな……」
「だってナオが好きって言ってくれたから……良いエピソードだ。ふふっ」
そんな調子でずっと笑ってばっかりだった。よく分からないが朝から機嫌が良いようで何よりだ。
ササっと着替えて作業場へ向かい、今日も活動を開始する。昨夜の事をある程度察した様子のアルラとマキナが「ロリコン癖もあったんだ……」みたいな悲しい人を見る目で俺を見てきたが、必死に無視する。
「さてと。今日も仕事するか」
「はいはーい」
返事をしたマキナがタタンとタブレットを操作した。
仕事をすると言っても昨日で溜まった依頼は終わらせていた。メールで新しい依頼が来ていないかマキナが確認していたが、「ん?」何かを見つけたようで彼女は目を細める。
「ねえ、これってサティじゃない?」
そして俺たちに画面を向ける。向けられた画面を俺とアルラ、サティが顔を近づけて見た。
そこに写っていたのは爆発的に拡散されているSNSのとある投稿を、ネットニュースが取り上げた記事だった。
その投稿にはこう書かれていた。
『拡散希望。十四歳の娘を探しています』
そして見覚えしかない子供の顔写真も載せられている。
驚いて隣の少女を見ると、当の本人は呑気に口を開く。
「あー、母さん達探してるっぽいなあ」
「探してるっぽいってお前、家族に黙って来たの?」
「うん。GPSとかで探されたら面倒だから、スマホも家に置いてきた」
「それただの家出じゃねえか! いつから⁉︎」
「一ヶ月ぐらい前かな」
「さっさと帰れ!」
「えー! あと十曲ぐらい作るつもりだったのに……」
まだまだ滞在する気満々のサティに荷物を無理やり持たせ、作業場から押し出す。
サティは不快に頬を膨らませて大きく叫ぶ。
「むーっ。絶対、ぜーったいまた来るからな! ボクの作曲部屋も作ってやる‼︎ むぎゃー!」
最後まで喚いた彼女に気を付けて帰れよ、とだけ言ってドアを閉めた。
改めて記事を見ると、SNSの投稿の影響でかなりの大事になっているようだった。面倒ごとに巻き込まれませんようにと祈ってタブレットをアルラに渡す。
アルラは冗談混じりに言った。
「作曲部屋を作るそうですよ。リフォーム業者でも探しますか?」
「向こうが適当に言ってるだけだ。真に受けるな。もう来ないだろうし……来ないよな?」
「どうでしょう」
冷や汗を流す俺をアルラは揶揄って、掃除を始めた。