『――でさあ。気になって集計してみたわけ。母さんが一日に何回ひとりごとを言ってるのか。何回だったと思う? ボクが聞いただけでも十三回はあったよ。ため息なんか二十はあったね。聞いてるだけでこっちがため息吐きたくなるよ』
電話口でまくしたてるように家族の愚痴をこぼすサティ。俺はまあまあ……と宥めたがサティは止まらず口を回した。
『父さんも父さんだよ。一人が好きなのはボクもよく分かるけど母さんの機嫌が悪い時に限ってホームセンターなんかに行くんだ。おかげでボク一人で母さんの愚痴を聞く羽目になる』
「親子そっくりじゃないか」
『どこが?』
「今俺に愚痴ってるところが」
『それとこれとは違うって。ボクが言ってるのは母さんの愚痴はひとりごとみたいな雰囲気出してるくせにこっちに聞かせにきてるって話。普通に話しかけられるよりうるさくてムカつくじゃん。ナオだって気持ちは分かるでしょ?』
まあ俺も母親のひとりごとにうんざりしていた時期はあったけど。
このまま共感すると更にサティの口が加速しそうで、話を変えることにした。
「今は家で大人しくしてるのか?」
『うん。帰ってきてから軟禁状態。何度か抜け出そうとしたけどことごとく失敗した』
「余計なことしなければすぐに出られるだろ。あまり家族に心配かけるもんじゃないぞ」
俺が言えたことじゃないが。
『はーい。ところでボクの部屋は作ってくれた?』
「作ってません」
『なんでさ⁉︎ また行くって言ったじゃん! 今度行った時は二十曲ぐらい作るんだから部屋ないと困るよ!』
「そんな軽いノリでリフォームできるわけないだろ。ていうかあれ本気で言ってたのか」
『チッ。少しずつそこを快適空間にして拠点として乗っ取るつもりだったのに』
「俺らのこと追い出す気?」
『そんなことしないよ。食事とか掃除とかしてもらわないといけないし』
「召使いか」
『ちゃんとご褒美はあげるからボクの下で働いてよ』
「何くれるんだ」
『ボクの生演奏と新曲をいち早く聴ける権利。エッチなご褒美期待してた?』
「別に……」
『ひひっ。分かりやすすぎ。ナオってばあの二人がいるのにまだ足りないんだね』
悔しいことに何も言い返せない。
『真面目な話さあ。その作業場、改築必要だと思うんだよね。元々はナオ一人だったから良かったのかもしれないけど、同居人もいるし、最近は仕事も増えてるんでしょ? このままだと窮屈で生活し辛くなると思うよ』
「確かにな」
預かっている依頼品の量も以前と比べてかなり多い。床の見えている面積は日に日に狭まってきていた。
『それにあのちっこい小屋がラブスペースも兼ねてるんでしょ? あんな狭くてベッドも小さい場所じゃエッチも盛り上がんないよ』
「真面目な話か? これ」
『真面目な話だよ。作業場でヤってるのかもしんないけど、仕事で使うスペース汚すのってどうなのさ。匂いとか気になるし』
「耳が痛いです……」
『そういうわけで部屋はもうちょい広い部屋増やした方がいいんじゃない? ラブホみたいな部屋で、でっかいベッドに女の子並べて一人ずつハメるなんて男の夢じゃん』
「なんで十四歳女子が男の夢語ってるんだ」
『女の子だって男の気持ちが芽生える瞬間はあるよ。特に綺麗な人を見た時なんかはね。ボクにも生えてたら喘がせてやりたい、みたいな』
「どう考えてもそっちが特殊ケースなだけだ」
『ナオだってあるでしょ。カッコいい俳優とか渋いアーティスト見た時に抱かれてみたいって思う瞬間が』
ない、とも言えなかった。そこまでハッキリとは思わないだろうが、漠然と乙女心みたいなものは生まれていたかもしれない。
『男女両方魅了するから美人やイケメンは崇められるんだよ』
「なるほど」
『そういえばアルラとマキナって凄く美人だよね。二人ともスタイルも一級品。最初に見た時はボクも顔と胸と、安座型の腰付きに目がいっちゃった』
おっさんか。普通に呆れてため息を吐いた。
『……あれ? 特に反応なし? ボクの中の男が暴れて二人に変なことしちゃうかもだぜ、っていう遠回しな煽りだったんだけど』
「何も思わなかった」
『なんだよ、つまんねーなー。俺の女に手出すな的なこと言うかなって期待したのに』
「女子に言われても不快感とかないって。同性から見てもあの二人って色気あるんだなあってぐらいで」
『ボクが男だったら?』
「殺す」
『こわ』
「冗談だ」
『絶対冗談のトーンじゃなかった。でもやっぱり自分の女って意識は強いんだね』
「これだけ一緒にいて何度も身体重ねてるからな。独占欲が湧かないはずもない」
『ちゃんとオスだねえ。立派立派』
「誰目線なんだよ」
『でもそんなに大事なら危機感持ちなよ。女の子が寝取りに来ることだってあるでしょ』
「そう言われてもな」
『それともあれ? 寧ろ女の子同士で盛り上がってるのに興奮しちゃうタイプ?』
「だな。実際マキナがアルラと乳繰り合ってるとこ見るの好きだし」
『うわあ。激ヤバ異常性癖者だ。でもそれだってあれでしょ? 最終的に自分が混ざるっていう安心感があるからでしょ? 自分のこと完全にそっちのけで二人だけの世界に入られてたらそうも言ってられない』
「うーん……想像つかないからなんとも」
『あ、アルラ……ダメっ♡ そこ弱いから……あっ♡ そこっ、ナオが触ってくれない一番弱いとこなのにぃっ……!』
「殺すぞ」
『ほらダメじゃん。やっぱり百合の間に挟まるのが前提だから許容できてるだけだよ。百合の間に挟まる男は嫌われるよ』
「外野に嫌われても百合に好かれてたらこっちの勝ちだから」
『確かに』
「ところで」
『何?』
「いつになったらこの電話終わるんだ」
もうかれこれ三時間は話していた。
夜中に急に電話がかかってきて何事かと思えば、曲のアイディアが浮かんでこないからなんか喋ろうとかいう緊急を要しているようには思えない内容から始まり三時間の雑談だ。俺の人生で間違いなく一番長い電話になっている。
スヤッスヤのマキナを起こさないようそっと外へ出て、月明かりの下、夜風に当たりながらサティと話しているが、いい加減戻らないとアルラに強制的に連れ戻されそうだ。現にアルラが「まだ電話してるんですか?」と言いたげな顔で何度も様子を見にきていた。あと五分ほどしたらまた顔を覗かせにくるはず。
『あと十分付き合って。曲のイメージがもう少しで降りてくるんだ』
「一時間前も同じこと言ってたぞ。流石にもう眠い。これ以上付き合えん」
『……ナオの声、ずっと聞いていたいんだよ。言わせないでよぉ♡』
「小悪魔モードになっても無駄だ」
『ちぇっ。つまんないなあ。おちんぽイライラしてる時は小悪魔モードでイチコロなのに。もしかしてマキナが寝る前に抜いてもらった?』
「よく分かったな」
『賢者モードかよー。そんな萎えチンで女の子と長電話なんてサイテー』
「勃った状態で電話してる方がサイテーだろ。もう本当に電話切るからな」
『うん。ありがと。良い息抜きになった。おやすみ』
「おやすみ」
ようやく電話を切ろうと耳からスマホを少し離した瞬間。
『好きだよ』
鼓膜が拾えるギリギリの声量で言われ、思わず手が止まる。ゆっくりとスマホを持ち直して訊ねた。
「……それは素か? 小悪魔モードか?」
『三時間も話してる時点で明白だと思うよ』
「そ、そう」
『ひひひっ。賢者モードの時は素の方が効くんだね。覚えとく。それじゃあ、おやすみ』
軽く弾むような声を最後に通話が切れた。
さっきまで話したりないという様子だったのに最後はやけに爽やかだった。おまけにストレートに心を射抜いてくる言葉を残して。
やっぱりあいつは危険すぎる。手のひらで転がされないよう気をつけなくては。