主人がいない。それどころかマキナの姿も見えない。
もしかして小屋で遊んでいるのだろうか。ややささくれ立ちながら小屋のドアを開けるが、そこにも誰もいなかった。
「マスター。マキナ様」
声を軽く張って全ての部屋に聞こえるように呼びかける。しかし何の反応も返ってこない。
胸騒ぎがした。
急いであらゆる扉を開けた。倉庫、風呂場、トイレ、クローゼット。
「マスター! マキナ様!」
どこを探してもいない。どれだけ声を上げても自分の声が反響するだけ。彼らの気配はどこにもない。
消えた。
そんな言葉がアルラの頭によぎった。
どうして?
捨てられた?
何の根拠もないのに最悪なイメージがアルラの脳を侵食する。
しかし彼女はすぐに冷静さを取り戻した。単に二人で出かけている可能性だってある。というよりその可能性の方がよっぽど高い。マキナはナオを独り占め出来ることに喜んでいたし、彼女がナオを連れ回しているのだろう。
「はあ……」
そう考えると二人の姿が見えないだけで取り乱した自分が馬鹿馬鹿しくなる。一旦落ち着いて、作業場を片付けよう。午前中は作業をしていたのか道具も散らばっている。
と、そこで台の上のある物が目についた。
「これは……」
銀の円筒状の物体。幾何学線が入っていてナオがタンブラーと呼び、マキナが神座と説明していた物。
それが半ば分解され、内部の細々としたパーツが外に露出している状態にされていた。
「まさか」
アルラは椅子に座ると、今までの記憶を頼りに分解された神座を触り始めた。
◆
目の前に銀の円筒状の機械がある。青白い光を放つ幾何学線が全身に走っていて、上部はタンブラーの蓋のように捻って外せそうな見た目だった。
俺は誤ってその上部を捻ってしまわないよう気をつけながら、神座と呼ばれる円筒の分解を試みた。
一つひとつ外装パーツを外しながら頭の中でその造りを分析する。半身、露わになった神座は黒い本体部に幾つもの小さなパーツが取り付けられていた。
「凄いな。さっぱり分からない」
見ただけで何の役割を果たしているか分かるパーツと、予想もつかない未知のパーツとが半々で、宝箱を開けた気分だった。
つい先程アルラが外出したばかり。ほんの数日アルラが居なくても大丈夫だと思っていたが、いつも隣にいる彼女が居ないとやはり寂しい。気を紛らわせるために神座の解体に挑んだわけだが、どうやら正解だったようで未知のテクノロジーに心が躍っている。
そんな俺の頭上をマキナが退屈そうにクルクル回転して通っていく。
不思議そうに俺の手元を見て彼女が訊ねた。
「何してるの?」
「前から思ってたんだ。何かに有効活用できないかなって。対象を閉じ込めて封印するなんて使い方さえ間違えなければ便利アイテムだろう?」
「ふーん。さっさと捨てちゃえばいいのに」
マキナにとっては忌々しい物でしかないからか、俺の考えに共感してくれなかった。
「ねえ、ひまー。せっかく二人きりなんだから面白いことしたーい」
「映画でも見ててくれ。今は趣味が忙しい」
「うわっ、冷たい。結婚三年目って感じ。ナオも私に愛想つかしちゃったのね。悲しい」
「夜は相手するから」
「はー! 身体しか見てないんだ! サイテー! ヤリチン!」
「嫌なら今夜はやめとこうか?」
「嫌とは言ってないもん」
ベーっと舌を出してマキナは拗ねた。適当な軽口のやり取りが楽しい。向こうもそう感じているようで頬を膨らませながら、クスクスと笑っていた。
とりあえず調べられるだけ調べてみようと分解を進めていく。ここがこうで、ああで……とひとりごとを溢しながらパーツを外していくとウィンッという小さな音と共に、電源が切れたように幾何学線の光が消えた。
今外したのは重要なパーツだったらしい。どんな役割持っているのか不明だが、とりあえずもう一回取り付けてどう動くか見てみるかと軽い気持ちでパーツを元に戻すと。
カチン――。
「あ」
鍵が開くような音がした。直感的にやらかしたのを悟る。
瞬時に幾何学線が光り出すが、その光はいつもより強いものだった。マキナを封印するように作動させてしまったか、という俺の勘は見事に当たり、神座から眩い光が解き放たれる。
「うぎゃ! なんで⁉︎」
マキナの体が神座目掛けて飛んできたと同時、
そしてようやく光が落ち着いて瞼を開けると。
「…………ん?」
俺は何もない――本当に何もない、真っ白な部屋に立っていた。さっきまで居たはずの作業場の風景はひとつもない。
「ナオ」
不意に背後から声をかけられる。振り返るとマキナが居た。しかしいつもの明るい表情から打って変わって、血の気が引いた真っ青な顔だった。
「終わった。閉じ込められた」
そのひと言で俺は理解した。
ここは神座で、自分の身ごと神座の中に封印してしまったことを。
「マジか……」
理解すると同時に目眩が起きる。俺の人生史上一番の失敗かもしれない。
無闇に神座を弄りすぎたせいだ。万が一マキナを封印してしまったとしてもすぐに元に戻せると高を括っていたから起きた事故……と、そこまで考えて気づく。
「待て。待ってくれ。おかしい。確かに神座をいじって起動させたのは事実だけど、なんで俺まで封印されてる? これは元々神を閉じ込めるための物だろう?」
「忘れたの? 封印された時、私は普通の人間だったわ。神でなくても神座に飲み込まれる」
「それでもだ。何回か神座でお前を出し入れしたのにその時は俺も隣にいたアルラも吸い込まれなかった。なんで今回に限って俺も巻き込まれてるんだ」
「確かに。それはおかしいわね。基本的に神座って対象一人を閉じ込める物だから、最初に入れられた私だけを認識して、以降は私以外封印できないはずなのに」
マキナもこの状況がおかしいことに気づき、二人して腕を組んで考えた。
十秒ほど経ったところでマキナが小さく呟く。
「もしかして」
「何か分かったか?」
「あれかも。ナオと繋がりすぎたせいかも。肉体的にも精神的にも同化しすぎて、神座がナオと私を区別できていない可能性があるわ」
「んな馬鹿な」
「強力な力があるとはいえそれでも神座は人間が作った機械よ。些細な要因で間違った動作をしても不思議じゃない」
言われてみると腑に落ちる気もした。所詮は機械でしかない。想定外なんていくらでも起こりうる。
しかし俺まで封印されている理由については分かったものの、心はまるで落ち着かない。
「一応聞くけど、出られるのか」
「内側からは絶対に無理。外から鍵を開けてもらわないと」
マキナが力強く言う。俺よりこの場に詳しい彼女が言う以上、それは紛れもない事実なのだろう。
俺はまた目眩を起こしそうになったがマキナはフッと余裕ありげに笑った。
「ま、ちょっと焦っちゃったけど大丈夫でしょ。アルラが帰ってきたら察し良く勘付いて開けてくれるわ」
確かに外から開けてもらえば出られると考えると、焦る必要はないように思える。ただし、問題はその開ける方法で。
「……いや。厳しいかもしれない」
「え?」
「元の状態の神座だったら軽く捻るだけでよかったけど、俺が中途半端に分解したせいでそう簡単には封印解除できないはず」
「……もしかして本当にヤバい状況?」
「控えめに言って詰んでるかも」
俺とマキナが顔を見合わせて固まる。お互い冷や汗が滝のように流れていた。
マキナが気持ちを落ち着かせるために大きく息を吸って。
「と、とりあえずセックスでもする?」
「したところで出られないぞ」
「昔見た同人誌は出られてたのに」
意外と同人誌とか読むタイプだったらしい、なんてのんきに考えてる場合じゃなかった。
どうするんだこれ。