一つ、また一つと慎重にかつ、急ぎながら部品を組み上げる。
爪の先ほどの小さな端子。透明で薄いプレパラートのような板。引っ張れば千切れてしまいそうな細い導線。
それらが緻密に噛み合い、繋がり、支え合って神秘的なマシンへと変わっていく。
黒い円筒状の本体に何百、何千という部品が集合したのを確認するとアルラは「ふう……」そっと息を吐いた。
アンドロイドの彼女に疲労という概念はなかったはずだが、絶対に失敗してはいけないというプレッシャーからため息は自然と漏れた。
時刻は正午過ぎ。アルラが神座と対峙して二時間が経過している。
未だに家主も同居人の赤髪も帰ってこないこと、そして作業場に残された道具の数々からやはりこの神座に閉じ込められたことは間違いないようだった。
「マキナ様は神座を触りたがらないはず。となるとマスターが好奇心で触って事故に遭った可能性が高い。本当に困った方です」
ここにいない主人に愚痴って緊張を和らげた。
作業台の上はもちろん、足元も確認して落ちているパーツがないか何度も確かめた。余っているのは銀の外装パーツだけ。ならば神座の内部についてはこれで復元できている、とアルラは仮定した。
というのもやはり神座は未知の部分が多い。作られたのが四百年も前で、その用途も特殊な物だ。正確にこの機構を把握するのは不可能と言っていい。
それでも間近で主人の仕事ぶりを見てきたアルラはその技術や考え方をトレースしながら、なんとか組み上げることに成功していた。あとは外装パーツを取り付けて正常に動作することを祈るしかない。
彼女は鎧を着せるように神座を見慣れた見た目へ戻していく。やがて複雑な内部が覆い隠され、シルバーのタンブラーが出来上がった。
しかし。
「光が戻らない……」
ボディに走っている幾何学線が、光を失ったままだった。本来であれば青白い怪しい光を放つはず。アルラはその光を何度も見ている。
わずかな期待を抱いて、彼女は神座を捻った。
「ダメ、ですか」
やはり何も起こらなかった。
作業場にはアンドロイドが一体。
彼女はそっと神座を台の上に置いて両手で顔を覆い隠した。
「マスター……」
不安や恐怖が押し寄せてくる。
もしこのまま彼らと再会できなかったら。
このまま作業場に一人、取り残されたままだったら。
もう自分は生きてはいけない。
そこまで考えてしまった自分を否定するように、アルラは首を振った。
台の片隅にはアルラが抱えてきた紙袋がある。それをじっと見つめた後、彼女は背筋を伸ばす。
諦めるわけにはいかない。
渡したい物があるのだ。なんとしても彼らを外へ出さなければ。
「もう一度、最初から」
小さな声が作業場に響いた。
◆
床に寝ころんだまま横に転がり続ける。目を開けたまま転がると、すべてが白い部屋の中でもきちんと目が回って気持ち悪くなってきた。それでも動きを止めずゴロゴロとしていると、ドンッと壁に肩がぶつかった。これ以上は転がれない。
諦めて仰向けで天井を見た。相変わらずの白。もうどこが天井で、壁で、床なのか分からなくなりそうだ。
俺は面白みの欠片もない部屋に向かって叫ぶ。
「暇だ!」
「だからって転がる必要ないと思うのよ」
視界の端からマキナが顔を出して、何してるのよと言いたげな目を向けてきた。
俺自身、何をしているのか理解できない。だがこうでもしておかないと、この無の空間でまともな精神など保っていられない。
神座に閉じ込められてから一日は経っただろうか。時計もないから正確な時間はわからないが、体感そのぐらいだ。この一日を短いと考えるか永いと考えるかは人それぞれだろう。俺にとっては永遠に錯覚するほど永い。
マキナが居なかったら一瞬で正気を失っているに違いない。それほどまでに"退屈"というのは恐ろしいものだった。
マキナの声になんとか冷静さを取り戻し、体を起こす。壁に背中を預けて胡座をかくと、その胡座にすっぽり収まるように、マキナが後頭部を乗せて寝転んだ。こんな状況にも関わらず彼女は旅行先でダラつくような、充実感あふれる顔をしていた。
「なんでそんなに楽しそうなんだ」
「私は経験済みだからね」
彼女は呑気に言う。
改めて考えるとこんな場所に一人で四百年も居たというのは驚異的だ。俺はたった一日で病みかけているというのに。
「気は狂わなかったのか」
「狂ったわよ。でも狂った気が自然に治るほど永い時間だった。そしてまたおかしくなる。ずっとそれの繰り返し」
「何考えて過ごしてた?」
「何も。分解したからか今は見えてないけど、前はここから外の景色が見えたのよ。ずっとそれを眺めるだけで時間を過ごしたわ。教会に祀られてた頃は信者がたくさん来てくれて多少は退屈凌ぎになったけど、宗教の価値が落ちてからは誰も来なくなってね。それからが一番辛かった。景色も変わらない、人の姿も見えない。そんな毎日を一人で過ごしてた。神座が処分されてからの方が景色が変わって楽しめてたっけ」
幼少期を振り返るような口調の裏に、どれほどの苦しみがあったのか、俺には想像も付かなかった。
「一生このままだったらどうする?」
マキナが俺を試すように訊く。
一生。その言葉を反芻して考えてみた。
それがどれだけ永くて短いのかは分からない。だが、すでにギブアップ気味なのだ。俺には決して受け入れられない。
「死ぬ」
「ここじゃ自殺もできないわよ。何度も試したけど無理だった」
「じゃあ殺してくれ」
「それも無理……って言いたいけど、やったことないから無理とも言えないのよね。試してみる?」
「やっぱりいい」
「怖気付いた?」
「俺が死んだらマキナがまたひとりぼっちだからな。死ぬよりそっちの方が怖い」
「よかった。本気で殺してって言われたらどうしようかと思った」
大袈裟に安心した顔をマキナが見せた。冗談混じりで言ってはいるが、心の底からホッとしているのだろう。俺もジョークにしては軽はずみに言ってしまったと内省した。
話を変えるために前々から気になっていたことを彼女に訊ねた。
「マキナの他にも神っているのか?」
「さあ? 会ったことも聞いたこともないから知らない。でも私がいる以上、いないとは言えないわ。それこそ、この前シュリちゃんと行ったメイド喫茶がどうのこうのって言ってたじゃない」
「不思議体験であったことは事実だけど、あれだけで神の仕業って言うのもな……」
「仮に居たとして何が気になるの?」
「会ってみたいとは思わないのか? 自分の同族だぞ」
「興味ない」
まさかの即答に面食らう。
言葉が詰まった俺にマキナは真面目な顔で言った。
「それこそ神座にいた頃は会ってみたいって思ってた気もするけど、今は十分充実してるし、他の神がどこで何してようがどうでもいいわ」
「そんなもんか」
「私が会ってみたいって答えてたらどうしたのよ」
「真面目に探してみようか訊くつもりだった。やっぱ神友(かみとも)みたいなのは一人くらい欲しいのかなって」
「神様の友達ねえ……」
マキナは目を伏せて考えた。思案顔からは彼女の感情が読めず、次に何を言うか待っていたが答えは濁されてしまう。
「ま、そんなのは外に出てから考えましょう。今のままだと机上の空論で終わるわ。それより楽しい話をしましょう」
バッと身を起こし、マキナは空中であぐらをかいてクルクルと縦回転しながら部屋の中を漂った。
「藪から棒になんだ」
「小難しい話は懲り懲りよ。前に猫のリリカ直したときあったでしょ? あの時から決めてるの。余計なこと考えず、頭空っぽで時間を過ごそうって。だから頭悪い話をしたいのよ」
「急に言われて下げられるようなIQは持ってない。せめてお題をくれ」
「互いの性癖について」
「頭悪いというか品がないだけじゃ……」
低俗と頭が悪いはまた別だと思うが、お題を出した本人は気にせず話を広げる。
「まず軽めなところからいくと、私はM気質ね。ハードなのは無理だけどちょっといじめられてるぐらいが楽しいわ。ナオはSでしょう?」
「どうだろうな。相手によるっていうのがしっくりくる。確かにマキナはいじめたくなるけど……あとはシュリとかハボタンもそうか」
「言われてみればアルラには主導権握られてるシーンの方が多いわね。サティとはどうだったのよ」
「あいつもアルラ側。こっちを小馬鹿にしながら沼らせてくるタイプ」
「子供なのにやるわね……。というかナオ、ちょっとストライクゾーン広すぎじゃない?」
「そんなこと」
「あるわ。Sっ気ある娘もMっ気ある娘もイケるし、年齢だって下は十四歳から上は四百歳オーバーよ?」
「四百歳だと思って抱いたことは一度もないけど」
「若く見られるのはいいけど、威厳がないって言われてるみたいで複雑だわ」
「実際ないぞ」
「むーん……」
マキナは頬を膨らませて拗ねた。
「そもそもナオって好きなタイプはどんな人なの?」
「そういうのあまり考えたことないんだよな。シュリの髪色とかは好きだけど、かといってそれに強いこだわりはないし、性格だって落ち着いた子も明るい子も、どっちも魅力的だと思う」
「スタイルは?」
「それは、まあ……多少メリハリある方が好きかも」
「でもシュリちゃんみたいなスレンダーな娘も別腹的にイケちゃうってわけ?」
「……はい」
「性欲モンスター」
自覚がないわけではなかったが、いざ真正面から言われると心に刺さる。自分の情けなさを痛感しつつ、可能な限りの言い訳をした。
「みんなそういうことに前のめりなのも悪いと思うんです」
「でもすぐノリに乗っちゃうのは下半身に従順すぎるでしょ」
「そうだけど……」
マキナが言っていることも確かだが、じゃあどうやって我慢しろというのか。
なんでも受け入れてくれるアンドロイド。
隙あらば甘えてくる神。
子供の時から可愛がっていた妹。
消極的なように見えてグイグイ誘ってくる女子高生。
生意気に煽ってくるくせにしおらしい一面も見せてくる女児。
どれもこれも劇薬だ。こんなラインナップに対処できる男がいるとは思えない。
「しゃーない。男だから」
「うわ、開き直った。そのうち誰かに刺されそう」
「神様パワーで守ってくれ」
「私が刺すかも」
「許してください」
俺が土下座するとマキナは勝ち誇った笑みを作った。