「起動しない。どうして……っ!」
アルラは憔悴した様子で何度も神座を動かしていた。
普段の彼女からは想像もつかない険しい表情で何度も何度も起動を試みる。だがいくら試してみてもナオとマキナが現れることはなかった。
彼女は今にも泣き出しそうな顔で唇を噛み締めるとやや乱雑に神座を台の上に置いた。そして自身への苛立ちをぶつけるように額を台に打ち付ける。
ゴンッと鈍い音がした。突っ伏せたままでアルラはピクリとも動かずに何がダメだったのか考え始めた。
アルラが神座の組み立てに着手してから三日経っている。ナオとマキナが閉じ込められてからだともう四日。アルラは何度も組み立てては起動を試し、また解体して組み立て、起動を試す……という作業を何度も行っていた。
もちろん闇雲に行っているわけではない。その都度何が間違っていたか彼女なりに分析して次に活かすようにしている。しかしどういうわけか、一度も起動しなかった。
アルラは分からなくなった。
どこが間違っていて、どう修正すればいいのか。
リサーチしてもこの神座の復元に役立ちそうな情報は見つからない。
完全に手詰まりとしか思えない状況。彼女の心は折れかかっていた。
「マスター……。マキナ様……」
呟いても状況は好転しないことは理解しているが、不安と寂しさで二人を呼んでしまうのは仕方のないことだった。
自分がもっと機械弄りに特化しているモデルであれば。
主人から知識と技術をもっと学んでいれば。
そもそもプレゼントのためとはいえ主人の元を離れなければ。
たらればの話が幾つも浮かんで後悔の念が生まれた。
一刻も早く直さなくてはならないのに無力感に襲われ、体が動かない。もうダメなのかもしれないと、アルラがそう思い始めた時だった。
不意に道具棚の上に置かれたナオのスマホがブルブルと震えた。
アルラが力無く立ち上がってスマホの画面を見ると、見たことがない番号からの着信だった。個人のスマホを勝手に触るべきではない。普段ならそう思って放っておくアルラだが、この時の彼女は何かに導かれるように自然と手に取り電話に出た。
「はい」
「あ。もしもーし。その声、もしかしてこの前のアンドロイドのお姉さんですかー?」
スマホの向こうから馴れ馴れしい女性の声がする。聞き覚えのあるその声はあのアクセサリーショップの店員のものだった。
「そうですが……。あの、なぜマスターの電話番号を?」
「あらら? 私違う人に電話かけちゃったかなあ? お姉さんのスマホにかけたつもりだったんですけどお」
「だとしても、私はあなたに電話番号を教えていません」
「そうでしたっけ? ま、そんなことは些細なことです。気にしない気にしない」
あまりに怪しい反応にアルラは目を細めた。
「それよりも作った指輪はプレゼント出来ました? 私、それがずーっと心配で」
「……いいえ。訳あってまだ渡せていません」
「そうですかあ……。もしかして喧嘩中とかですか? もしそうなら、その方連れてメイド喫茶にでも行くといいですよ。カップルにおすすめのお店知ってるんで、紹介しますよぉ」
「結構です。喧嘩や仲違いが原因ではないので。ちょっとしたトラブルで会えていないだけです」
「なるなる。ははーん。そういうことでしたかー」
緊張感のない口調で相槌を打たれる。本当はこんなことをしている場合ではないというのに不思議と電話を切る気にはなれなかった。
「何があったかは知らないですけど、大丈夫ですよー。スマホ越しでもお姉さんの愛は伝わってくるので」
「あなたに伝わっても、なんの解決にもならないのですが」
「私に伝わるぐらいおっきな愛ならどんな状況もひっくり返せます。愛とはそういうものですよ。私が言うんだから間違いないです」
根拠のなさそうな言葉。
しかし大丈夫と言われると、途端に心が軽くなった気がした。アルラは少しだけ頬を緩める。
「そうですね……」
「それじゃあ私はこれで〜。またどこかで会えたら、お話聞かせてくださいねー。恋バナとか大好物なんで。ばいばーい」
プツンと一方的に電話が切られる。最後の最後まで甘ったるい喋り方の店員だった。
アルラはそっと棚の上にスマホを置いて神座の前に座り直す。
「そういえば」
そこでふと思い出した。
『見本なんてあくまで見本。その通りにしなきゃいけないなんてないですよー。特に相手を想う気持ちが強いときは見本なんか無視して、勘に頼った方が良かったりするもんですですー』
店員にあの時言われた言葉。
元の神座を手本に元通り復元しようとしている今も同じことが言える気がした。記憶にある神座に近づけようとしていたのは間違いだったかもしれない。
彼女の中に新しい視点が生まれる。
目の前の神座を素材に、新たな神座を作る。
上手く元に戻せない以上、試す価値はある。
しかしその挑戦は当然、博打だった。
「失敗したら、取り返しがつかない」
今の神座から大きく形を変えることになるのだから、そのリスクは計り知れない。
このまま何度も復元作業を続けるか、新しい神座を創造するか。
アルラは数十分たっぷりと悩んだ末、神座を解体する。
そして倉庫から大量の部品のストックを引っ張り出して床や台の上に並べた。無数のパーツを前に、彼女は頭に設計図を描くと「……よし」小さく気合いを入れる。
アルラは一から作り始めた。あの二人を救い出すための機械を。
元の神秘的な造形からは程遠い歪なマシンが徐々に組み上げられていく。だが彼女は手を止めることなく没頭した。
「どうりで。マスターがハマるわけです」
彼女は初めて機械弄りが好きな主人の気持ちに、少しだけ共感できた。
◆
「しりとり」
唐突にマキナがそう言った。なんだ急に、と思いながら俺は適当な言葉を返す。
「リストラ」
「ラッキーナンバー」
「バッシング」
「グッドラック」
「クーデター」
「宝箱」
「婚約破棄」
「木イチゴ」
「強盗」
「ウォーターパーク」
「くびり殺し」
「借金完済」
「イエローカード」
と、そこで沈黙が生まれる。どうしたのかとマキナの顔を見ると実につまらなそうな目を俺に向けていた。
「どうしてずっとネガティブワードなのよ」
そう言われても俺からすると逆に彼女が不思議だ。
「よくそんなにポジティブワード出てくるな」
「何とかなるってば。アルラ賢い子だもの。すぐに出れるから暗い顔しないの。そんなんじゃ百年も持たない」
「言っておくけど、人間にとってのすぐっていうのはせいぜい数日や数週間のことだ。長くても一か月ぐらい。百年なんてのは永遠に等しい」
「今だけよそんな風に考えるのは。気付けばあっという間に数十年経つわ」
経験者の言葉が俺の心にのしかかる。
もう何日経ったのかも分からなくなっていた。まだ二、三日かもしれないし、一週間かもしれない。もしかすると知らない間に数十年経っているのかも。
考え出すと怖くて仕方がない。これから自分がどうなるかもそうだが、一番はアルラや自分の家族のことが心配だ。
「我ながらとんでもないことをしでかしたな……」
今更すぎる感想を呟いた。本当に数十年が過ぎていたらどれだけの人達に謝ればいいのやら。
……いや。そう決めるのは早い。マキナの言う通りアルラならきっと助けてくれる。
そう信じて立ち上がり俺も前向きな心を持とうと決めた直後だった。
前触れもなく、部屋中が光り出した。
突然の変化に俺もマキナも瞼を閉じて体をこわばらせた。
太陽を直接見たかのような光量。何が起きているのかまるで分からず、息を呑むことさえできなかった。
十秒ほど続いた極光が徐々におさまって、恐る恐る瞼を開けた。
「何を」
開いた目に飛び込んできたのはいつもの作業場の景色と、わなわなと震えて声を絞り出すアルラの姿。黒のニットと赤のフレアスカート。彼女が一人で出かけに行った時の格好のままだ。
俺とマキナが状況を理解できずに固まっている中、アルラはバッと俺たちに飛びついて抱き付く。そして聞いたことがないほどの大声で怒鳴った。
「何をしてるんですか! よりにもよって私が出かけてる間に居なくなって……うぅ……よがっだですっ! ホントに……うあ゛ぁ……!」
子供のように泣きじゃくりながら、アルラは俺とマキナの存在を確かめるように強く抱きしめた。体が潰されるほどの強い腕の力に、俺はようやく外へ出たことを理解した。
そして大切なアンドロイドを寂しくさせたことも。
アルラの背中に手を回して強く抱きしめ返す。
「アルラ……悪い。興味本位で弄り倒してたら事故った」
「ただそれだけの理由で私を一人にするなんてマスターのバカぁ! あんぽんたん!」
喚きながらアルラは俺の胸を拳で叩く。かなりの威力で殴られているはずなのに痛くなかった。きっと一番苦しんでいたのはアルラだろう。
少しでも彼女の苦しみを和らげたくて背中を摩った。それが余計に感情を爆発させるきっかけになったのか、アルラは嗚咽を繰り返して俺の胸に顔を埋めた。
驚いていたマキナも優しくアルラの頭を撫でて、慈愛に満ちた目を向ける。
「ん、付いた。アルラの負け」
感動の再会よりしりとりの結末の方が気になっていたらしい。勝ち誇った顔で口角を上げるマキナに「なんの話ですかあ……」とアルラが弱々しく睨んだ。
「なるほどな。それで元の神座を素材に新しい神座を作ったと」
「はい」
どうにか落ち着いたアルラから俺は事の顛末を聞いた。
俺の予想通り台の上の散らかった道具から神座に巻き込まれたことを察した彼女は一人で神座を戻そうと試みたらしい。しかし復元には辿り着けず、最終的に導き出した解答は、新しく神座を作り直すことだった。
俺は作業台の真ん中に鎮座するそれを改めて見てみた。
全長は六十センチほど。幅も二、三十センチはある。
複数のバッテリーがコードで繋がれていて、あちこちで絡まっていた。繊細なパーツもほとんどが剥き出しになっている。
円筒状のフォルムではあるものの、ひと回りもふた回りもゴツくなった神座は神秘的で美しい造形からはかけ離れてしまった。そんな歪で不恰好な形であったとしても、俺たち二人を外に出せる機能を持った機械を、アルラが完成させたという事実は変わらない。
俺はその事実に胸を打たれた。
「よく思いついたな。元に戻せないから新しく作ろうなんて」
「私一人では発想できなかったです。偶然ある方の助言を思い出せたからで」
「ある方?」
「はい。とあるアクセサリーショップの店員の方なのですが」
「ふうん?」
脈絡なく登場した人物に片眉を上げたが、
本人が言いたくないならいいかと俺もそれ以上は聞かず、それより気になる事を訊ねた。
「あの……」
「何ですか?」
「いつになったら降りてくれます?」
赤ん坊のように俺の体にしがみついて離れないアルラは俺の質問を無視して、プイッとそっぽを向いた。
かれこれ一時間近くアルラを前抱っこ状態で抱えたままだ。椅子に腰を落ち着けているとはいえ、全身が悲鳴を上げている。ピッタリくっ付かれているせいで汗も止まらない。二度と会えないかもという不安の反動なのは分かるが、そろそろ離れてほしい。
「そんなに私と距離を置きたいんですか」
「捻くれすぎだって。単に体が疲れてきただけだ」
「こうでもしておかないと、いつまた居なくなるか分かったものじゃありません」
「過保護だなあ」
「目を離した隙に消えた大きい子供が文句を言える立場にありますか?」
鋭いカウンターにぐうの音も出ない。苦い顔で押し黙った俺を見て、アルラはそっと囁いた。
「離れてほしいのならきちんと機嫌を取ってください」
気難しい猫にも似た甘えられ方に心くすぐられる。
間近にあるアルラの顔にそっと触れて、こちらを向かせると彼女は静かに目を瞑った。薄い唇に触れるだけのキスをするとアルラは満足げに笑った。
「マスターとの……久しぶりです」
会えなかったのはほんの数日でしかないというのに、数ヶ月ぶりかのような反応をする。大袈裟なと思う反面、俺も何故だか懐かしく感じていた。
もっと、とせがんでくるアルラを何度も啄む。
「んっ……ちゅっ、ん……ふっ…………ちゅ……マスター……♡」
アルラは熱を帯びた声で俺を呼びながら、徐々に唇の接触を強くしてきた。
軽いコミュニケーション程度のものが、どんどんエスカレートしてくる。
「ぢゅっ、ん、じゅるるるっ……ちゅ、あっ…………んぅ、ちゅぅ……♡ べろちゅー……好きです」
舌を絡め合うようになってお互い完全にその気になってしまった。
すると羨ましそうに横で見ていたマキナが控えめに手を上げる。
「あ、あの。私もしばらくナオとしっぽり出来てないんですけど……」
「そういえば今回の件。マキナ様にも原因の一端がありますよね。思いつきで神座を弄るなんて明らかに危険な行動を止めないなんて」
「今日はアルラに譲ります」
説教が飛んでくると思ったのか、あっさりと身を引いた。保身に走るのが早い。
名残惜しく口を離すと、アルラは台の上に寄りかかった。そして赤いフレアスカートのファスナーを下ろし、おもむろに脱ぐ。
露出した長い脚を辿り、股の方へ目をやると薄ピンクのショーツを履いていた。小さなリボンが付いたその下着はアルラにしては子供っぽくて新鮮だ。上が黒ニットなのもよりギャップを生んでいる。
「もっと勿体ぶって遊びたいですが、我慢できませんね。お互い」
アルラがいつでもどうぞ、と言いたげに軽く股を開く。俺は彼女の挑発にまんまと乗せられて、ズボンを下ろすと、ずり下ろしたパンツから膨れ上がった男根を出し、アルラに被さった。そして彼女のショーツをずらし、一気に奥まで。
「うっ……わ」
目が覚めるような心地よさに思わず声が漏れ出た。
「神座の中で溜め込んでたんですね。いつもより熱くて硬いです」
初っ端から何も考えずに本気で動く俺を、アルラは微笑んで受け止めた。台のへりに腰を預けつつ、俺を両腕と右足で抱きしめて「もっと種付けピストンして良いですよ」と心を侵食してくる。
「乱暴に孕ませて構いません。マスターの夢中になってる顔もっと見せてください。……ぢゅむっ、ぢゅ……んぅ…………あむっ♡ じゅるるるっ♡」
魂を吸い取るようにアルラが唇に喰い付いてきた。口内が隅々まで犯されて、頭が快楽一色に染まる。
「ちょっと蕩けすぎ。過去一情けない顔になってるかも」
いつの間にか間横でマキナがスマホを構えていた。しかしそんなことが気にならないほど俺とアルラは互いしか見えていなかった。
暴力的に腰を振るたび、アルラの中がうねってグチュグチュと粘り気なのある音を立てる。
「おまんこ気持ちいですね♡ カリ首がふわふわに包まれておしっこ出ちゃいそうでしょう? ……もう二度と私を一人にしないと誓うならザーメンおトイレして良いですよ」
「誓う! もう金輪際寂しくさせない」
限界が近くて必死に叫ぶ。
そんな俺を愉快に眺めながらアルラは締まりを更に強くした。
「出してください、我慢せず。肉便器だと思ってくれていいです。オナペットだと思ってもらって構いません。ただ私のことだけ考えてください。私にだけ夢中になってください。あなたの心の中に一生住まわせてください」
「アルラ……! イクっ」
「はい。びゅー♡♡♡ タマタマにあるの全部出しましょうね」
甘やかしボイスに脳を焼かれながら彼女の内部を満たし切った。いつも以上の勢いで出ているのが見なくても分かる。一瞬、自分でも用を達してしまったかと思うほどの量にアルラも感心していた。
「凄い量……。ほんの数日してなかっただけでこんなに出るなんて流石変態マスターです」
「全部持ってかれたかも……」
「気に入ってもらったようで何よりです。ですが……私の機嫌はまだ直ってません」
アルラはそう言うと、俺の竿を引き抜いてその場にしゃがみ大きく口を開けた。
「じゅっぷ! んじゅっ、んぐっ、じゅるるっ! ぢゅ……んぷっ! はあ……やっぱり舌で味わうのが一番良いですね。じゅぅぅぅ……ん、ぱっ! ぢゅるるるるるるぅ……んぐっ…………せーえき臭いです♡」
ジッと俺の目を見ながらアルラは根元からバキュームした。
一度果てたばかりで敏感になっているというのに、彼女は欠片も容赦しなかった。口に竿を含んだまま舌で先端を攻め立ててくる。
「す、ストップ! なんかヤバいのきそうっ」
「んぐっ、んじゅるっ! じゅるるるるるっ! れお……んぢゅっぷ!」
アルラの口から逃げようとするも彼女は俺の腰に腕を回して離さない。ガクガクと膝を震わせる俺の横でマキナがケラケラと笑った。
「ちょー気持ちよさそう。そのままもう一発出しちゃえ。私がきっちり撮っておくから」
ノリノリでカメラマンに徹しているマキナに文句を言いたくなるが、そんな余裕はなかった。
止まることない、それどころか一秒ごとに激しさを増す口淫に、今まで味わったことのない大きな波が押し寄せた。
ビクンッと肩が大きく震え、直後、失禁に似た感覚が俺の息子に走る。アルラも目を白黒させて口を離してしまった。
解放された息子から透明な液体が勢いよく、まるで噴水のように飛び出る。
正面にいたアルラはもちろん、隣のマキナにまでその飛沫はかかって「きゃっ!」と女の子らしい声がした。
ようやく噴射が終わった頃にはアルラの顔も、よく似合っていたニットもびしょ濡れになっていた。
「……おしっこ、じゃないですね」
「男の人も潮吹きするって聞いたことあったけど、本当だったんだ」
二人して珍しいものを見たと、俺を見つめてくる。直視に耐えきれなくなって俺は顔を逸らした。
散々みっともない姿は見られてきたものの、今日が一番恥ずかしいかもしれない。
◆
アルラの"お仕置き"を終え、シャワーを浴び、夕食も済ませると俺は小屋のベッドの上で小さく丸まっていた。
外は暗いが、子供もまだ起きてるような時間帯。いつもなら作業場で過ごしているが、色んな意味で疲弊していて何もする気になれなかった。
厄介なことに目の前で漂っているマキナが、スマホで何度も先ほどの動画を見て「女の子みたいで可愛いねえ」といじり倒してくる。
間違ってもシュリに送るなと釘を刺したが、明日のナオ次第、と言われてしまった。
「もうお嫁に行けない……」
そんな言葉が口をついて出た。
「男だからね」
ニヤニヤと笑いながらマキナがツッコんでくる。俺の恥辱を見れたのが余程嬉しいのか、活き活きとしていた。頑張って何か言い返してやりたいが、今の俺では何を言っても彼女に勝てそうにない。
口を閉ざし静かにしょぼくれていると、不意に誰かに手を取られ、右手の人差し指にひんやりとした感触が伝った。
「私が貰います」
クールな声が聞こえて、顔を上げる。アルラがいつの間にか俺の目の前で正座していた。
アルラの手に優しく包み込まれた右手を見てみると、人差し指にうねった銀の輪が嵌められていた。
不思議に思って顔の近くまで近づけて見てみると、それは笹の葉を捻ったようなデザインの指輪だった。
歪な造形。だがそれが丁寧に作られた物であることはひと目見た瞬間に分かる。
葉脈のような細い線が何本も走っていて、植物モチーフであることはすぐに感じ取れるし、なにより磨き上げられたシルバーの輝きが決して機械的に作られた物でないことを語っていた。
ハンドメイドであろうその指輪に思わず見惚れていると、アルラが真剣な目で言った。
「私が作った指輪です。マスターに恩返しがしたくて作らせていただきました」
「恩返しって……返すべきは俺の方だ。いつも助けられてる。今回だってそうだ」
「いいえ。私の方こそ貰ってばかりです。この体も、服も、あなたへの愛情も……全てあなたから貰ったんです。ですからちゃんと伝えさせてください。」
もう一度アルラが俺の右手を包み込んだ。
そして。
「いつもありがとうございます。あなたがマスターでよかった」
「……困ったな」
「え?」
「そんなことを言われたら二度とこの指輪が外せなくなる」
ある意味呪いをかけられたかもしれない。俺が彼女から離れられない呪いを。
決して彼女のことも、この指輪も無くさないと心に誓い、指輪にそっとキスを落とす。
そんな俺を見てアルラはひまわりのように笑った。
「……直接口付けされるより恥ずかしいですね、それ。ふふっ」