テレポート装置の開発を引き受けてから、あっという間に一週間が経った。
この一週間、朝から晩まで装置のことを考え続ける日々だ。食事の時も、トイレの時も、風呂の時も、二人に夜這いされた時も、なんなら夢の中にすらリングが出てくる。取り憑かれたようにテレポートのことが頭にこびりつき、いつの間にか日課だった二人との甘い時間も無くなってしまった。
今日も俺は誰よりも早く朝食を済ませて、大量の部品や書きなぐったアイディアを前に頭を抱えていた。
進捗はというと実に芳しくない。というか何も進んでいない。
一応、初めてテレポートを目の当たりにした際に決めた安全機能については実装したが、それは本筋とは関係のない機能であり、直面していた『送信した物体をどうやって回収するか』という問題については完全に行き詰まったままだった。
「なんっっっっにも思いつかない! 何かないのか爺さん‼︎」
「あったらやっとるわ」
爺さんは朝食のオニオンスープを啜るついでに答えた。至極真っ当な返しに何も言い返せない。
「おじいちゃん。パン硬いから気をつけてね」
「おお、どうも。気が効くのぉ、マキナちゃんは」
「実家を思い出すわ。うちのじいちゃんも歯、全然なかったなあ」
解決の糸口が見つからず頭痛に苦しむ俺とは正反対に、マキナと爺さんはのほほんとモーニングを堪能している。こっちは爺さんの寿命が尽きるのを心配してこんなにも悩んでいるというのに。
和やかな二人を軽く睨んでいると、見かねた様子のアルラがそっとコーヒーを俺の前に置いた。
「一度落ち着きましょう。起きてすぐでは思考も鈍ります」
「……そうだな。ありがとう」
マグカップに口をつけて、燻った苦い香りを味わいながら頭を冷やす。
ネットからかき集めた資料をタブレットに表示して、適当に眺めているとアルラも横から覗き込んできた。
「やはり一番現実的なのは、もう一つ装置を作ることですね」
「時間に余裕があったら真っ先にそうしてたんだけど」
「逆にあの方の寿命を伸ばすというのは?」
「なんかもう、それが一番手っ取り早くて確実な方法に思えてきた」
冗談話を広げると、俺達の会話に気づいた爺さんが「む?」と興味深そうに眉を上げた。
「寿命だけ伸ばされても困る。こんな体でダラダラ過ごすのはゴメンじゃ。残りの時間を伸ばすならまず、体を若くしてくれんかの」
「老いぼれは口を揃えて言うな。金で若さが買えるならいくらでも出すって」
「それほど貴重なんじゃよ。お前さん達の年齢の頃はワシも分からんかったがの。出来れば若い頃の体のままで何百年と生きてみたかった……」
「あはは。不老不死なんてそう簡単に出来っこないでしょ」
しみじみと言葉を零す爺さんを、マキナが笑い飛ばした。なんて白々しい。
「マスターは不老不死に興味ありますか?」
アルラの質問に、俺はすぐさま首を振った。
「ない」
「ハッキリ言いますね」
「永く生きてまでやりたいことなんかないし、何より神座に入って時間の永さを実感した。俺には永遠なんて耐えきれない」
マキナ曰く、耐えきれずとも壊れた心が自然治癒するほど永いらしいが。神座に閉じ込められた時のことを思い出して、悪寒が走った。
「まあでも。誰かが居てくれるなら悪くないのかもな」
孫みたいな顔で爺さんと喋るマキナを見ながら思った。結局のところ、一番恐ろしいのは死なないことよりも、ひとりぼっちでいることなのかもしれない。
そう考えると神座というのは本当に凶悪な監禁装置だ。俺が閉じ込められてもちょっと錯乱するぐらいで済んだのは、マキナが居たからだろう。宗教的な意味合いがあったにせよ、昔の人間達は恐ろしい物を作ってくれた。
例の事故以来、流石の俺も触る気が失せて倉庫の一番奥に隠すように置いてある。上手いこと処分方法を考えなければ……。
心の中でそう独りごちた時、急に何かが頭に引っ掛かった。くしゃみに近い感覚。吐き出せば一気にスッキリしそうな小さな取っ掛かりが喉元まで出かかっていて、俺はピタリと固まった。
「……マスター?」
不思議に思ったアルラが顔を覗き込んでくるが、俺は彼女に目を合わせないまま考える。今の何気ない会話の中に、大きなヒントがあった気がする。
「不老不死……マキナ……」
指をトントンと台に叩きつけながら、会話に含まれたキーワードを呟き、このむず痒い状態を晴らす言葉を探す。
隣のアルラは依然、俺のひとりごとに疑問符を浮かべたままだった。しかし「神座……」と、俺が口にした瞬間、アルラはハッと息を呑んだ。
そして俺も同時に正解に辿り着く。
「「神座‼︎」」
火花が散るような閃き。天啓とも呼べるようなアイディア。
何事?と目を丸くする爺さんとマキナを放って、俺とアルラは急いで倉庫へ向かった。
◆
お風呂から上がると、白いフワフワのパジャマに着替え、髪も半乾きのまま部屋に戻った。
部屋の電気をつけると、学校で使っているリュックが隅で倒れ込んでいるのが目に入った。まるで退屈に殺されかけているボクの心情そのもののよう。
首にかかっていたタオルを適当にその辺に投げると、作曲道具が並んだデスクの前に座って頬杖をついた。
以前のボクならそのまま作曲に取り掛かっているところだけれど、今のボクにそんな気力は無かった。デスクの隅に置かれた赤いスポーツカーのラジコンをぼんやり眺めて、深くため息をつく。
「はあ……ナオのところに戻りたい」
ナオの作業場を追い出されてから、四か月近く経っている。家に帰ってきてからというもの、しばらく親に軟禁状態にされていたせいもあって、ボクの作曲モチベーションは地の底についていた。時々、ナオに電話して元気を貰ってはいたけど、それでもやる気がマックスになることはない。人肌恋しいってこういうことなのか。
「皆、何してるかな。相変わらずセックスライフだろうけど」
部屋で一人呟く。軟禁状態は解けたけれど、この家から作業場まで移動に一ヶ月近くかかる。お金だって決して安くない。前回はちまちま男の人のを手で擦って金を集めてたけれど、ナオ以外にああいうことはしないと決めた。
金と時間。
マキナとも話したいし、アルラの料理も食べたいというのに、シビアな問題のせいで気軽に会いに行くことができない。
頭の後ろで手を組んで、天井を仰いだ。
「あーあ。いつでもどこにでも瞬時に行けて、金もかからない夢のようなマシンがあったらなあ」
雑に願いを口にして、叶うはずもないと思いながら祈った。
そんなボクをあざけ笑うように、一階から家族の笑い声が聞こえた。バラエティ番組でも観てるのか。
喧しい雑音に嫌気がさしてムッと眉間にシワが寄る。
もう一度ため息を吐きかけた、その時。
「あるぞ。そのマシン」
「ぶベぁ⁉︎」
急に背後から声を掛けられて奇声を発しながらボクは飛び跳ねた。
勢いよく振り返ると、したり顔のナオがいつの間にかベッドの上に座っていた。