前のめりになっていた体を起こして、首を回すとポキポキと音が鳴った。作業に熱中していたせいで体が凝っている。手を組んで上に上げ、背中の筋肉を伸ばすと体の緊張が解れるのを感じた。
「はあ……」
思わずため息を吐くと、いつの間にか真後ろにいたアルラが俺の肩を揉んだ。
「お疲れのようですね。ずっと座っていたので体が硬くなってます」
「姿勢が悪いから余計にな。……ちょっと早いけど今日はもう終わるか。他にやらなきゃいけないこともないし」
アルラのマッサージを受けながら作業台の上の工具を片付ける。アルラに時間を聞くと夕方頃だった。普段はもう少し遅い時間まで仕事をしているか、趣味の機械弄りに興じてるところだが、たまには早めに切り上げよう。
「散歩にでも行くかな」
俺がポツリと呟くとアルラが手を止めて俺の顔を覗いた。
「私も付いて行ってよろしいですか?」
「いいぞ……ってそっか。アルラって再起動してからまだ町に出てないのか」
「はい。前々からこの辺りに興味はあったのですが、外に出る機会がなく」
俺がずっと引き篭ってるせいでアルラも外に出られなかったようだ。自分が住む町のことぐらい伝えるべきだろうに、うっかりしていた。
すぐに作業台を片して、アルラと共に外へ出た。
空がオレンジ色に染まっている。西日の暑さに若干嫌気が差しながら、何も通らない道路の真ん中を二人で歩く。道路の脇には捨てられたゴミが散乱していて、風で時々何かの紙袋が飛んでいった。暇な時は家の周りやよく通る道を掃除しているが、すぐにどこかからゴミが流れて来る。そろそろ掃除ロボットでも用意しようと思う。もしかするとアルラがやってくれるかもしれないが、一人で任せるのは悪い。
町には活気のかの字もない。路地には酔い潰れた男が寝ているし、野良猫は小汚くて痩せている。温かな家庭があったであろう一戸建てはほとんどが廃屋だった。
「かなり暗い印象の町ですね」
「少し前まではこうじゃなかったらしいけど、都市部が発展し過ぎてそっちに人が流れたんだと。まあ、最近じゃよくある話だ」
「工場らしき建物もいくつか見えます。元は工業が盛んだったのですか?」
「ああ。それこそアンドロイドの制作に関わってた工場もあったはず。今はどこも稼働してないけど」
特に目的地も決めず、大通りに沿って足を進める。俺はもう見慣れた町並みだが、アルラは気になるようでキョロキョロと周りを見回していた。
「マスターは何故、ここで修理屋を? 都心の方が儲かると思うのですが」
「単順に金の問題だ。都心で作業場構えられるほど金は無いし、借りるにしてもそんな莫大な資金、審査が通りそうになかったからな。もし借りられたとしても、借りた金返せるほど利益が出るとも思えないし。それに比べてここは驚くほど土地も建物も安い。俺でもあの作業場と小屋が買えるくらいだ」
「デメリットとして客がほとんど来ませんが」
「別にいいと思ってる。いや、よくはないけど……でもおかげでのんびりやれてるし、最近はアルラのおかげで話し相手にも困らないしな。少し貧乏するぐらいが一番楽しいんだよ、こういうのは」
「そういうものですか」
アルラはあまりピンとこない様子で呟いた。
散歩を始めて二十分ほどした頃、俺の家から西に進んだところに広い空き地があった。雑草が生い茂って不法投棄物が山積みになっているそこは、元は公園だったと聞く。今は遊具も撤去され、当然ながら遊ぶ者は一人もいない。
「あ、そうだ。アルラが捨てられてたのも確かこの場所だったはず。拾ったホームレスが言ってた」
「ここに……」
アルラはゆっくりとその場を見渡す。どこを見ても廃棄物だらけ。初めて会った時、俺の作業場を最終処分場と称していたが、この空き地こそ、その名に相応しい景色だった。もっとも俺や例の浮浪者からすると宝の山でもあって、面白そうな物がないか漁ることもままある。
今日はアルラがいる手前、子供のようにはしゃいで山に手を突っ込むようなことはせずにボンヤリと眺めるだけにしていた。すると隣のアルラが固まってピクリとも動かないことに気づいた。何かあったかと、不安になって彼女の腕を掴んで軽く揺らす。
「……なんでしょうか?」
「大丈夫か? ぼーっとしてたけど」
「捨てられる前のことを思い出していただけです。……気になりますか?」
アルラが真っ直ぐに俺の目を見て聞いた。表情は変わらないはずなのにどこか悲しげなように見えて、俺は首を振った。
「いや、いい。あまり良い話じゃないだろうし」
「良いかどうかはマスターの受け取り方次第です。私には判断がつきません」
「それでも辛そうな顔に見えた」
「……そんなことはないと思いますが。マスターが聞きたくないというなら止めておきます」
聞きたくない、というより喋らせたくないの方が正しいが、きっとそれを伝えても理解してくれないだろうなと俺は口を閉じた。
長居するような場所でもない。「そろそろ帰るか」とアルラに告げて、その場を去ろうと振り返る瞬間、廃棄物の中に見たことのない物が紛れていた気がして、再び空き地に目をやった。
「マスター?」
俺の動きを不思議に思ったアルラが声を掛ける。俺は返事もせず、視界の端に捉えたそれに近寄ってしゃがみ込んだ。
廃棄物の山の麓に埋もれたそれを、手で掴んで引っこ抜く。
「なんだこれ」
土汚れたその機械は、ひと言で言うならメカメカしいタンブラーのような物だった。金属光沢のある銀のボディに青白く光る幾何学線模様が刻まれている。
大きさは丁度、五百ミリリットルのタンブラーぐらいの大きさで、スクリュータイプの蓋のような部品が上部に取り付けられている。
見たことのないマシンだった。これひとつで動く物なのか、それとも他の部品と合わせて使う物なのか、それすら分からない。
興味本位で上の蓋に手を掛ける。一瞬、ヤバい兵器とかだったらどうしようと思ったが、その時にはもう俺の手は動いていた。
キュッと右に捻ってみると、九十度ぐらい回ったところで蓋は止まって動かなくなった――と同時に。
「うわっ!」
タンブラーの幾何学線が眩い光を放った。目の前が真っ白になって思わず目を瞑る。触れちゃいけない物に触れたかと後悔が頭をよぎると、すぐに光が落ち着いて恐る恐る瞼を開いた。
「や、やっと――」
唐突に聞き慣れない声が目の前から聞こえた。開いた両目が目の当たりにしたのは……女性の瑞々しい股間部だった。
「へ?」
思わず間抜けた声を出しながら上へと視線を上げると、肌色が続いていた。
一糸纏わぬ姿の女の子が俺の前に突っ立っている。パッと見た感じ、十代後半くらいだろうか。アルラほどじゃないが豊満な胸が下から見上げられた。ほのかに色付いた二つの頂点、その向こうには赤い、癖のあるショートカットが見えた。
女の子は露わになった自分の身体を隠そうともせず何かに震え出すと、唐突にその場で飛び跳ねた。
「やっと外に出れた‼︎ やったあ! やっほーい! ずっと待ってたぞ、この瞬間を! やっぱ外の空気うめえ!」
女の子は涙目になりながら、満面の笑みで空き地内を走り回った。まるで今まで監禁されていたかのようなはしゃぎっぷりだ。全裸なのもあって酔っ払いの変態にも見える。
俺は女の子を放っておいて、タンブラーの方に目を落とした。肩口からアルラも顔を覗かせてまじまじと俺の手元を見る。
「これは……」
「見たことあるか?」
「初めて見ました。捻ったらアレが出て来たのですか?」
向こうでお尻を向けて飛び跳ねる女の子を指差して、アルラが訊ねてくる。俺はあまり女の子を見ないようにしながら頷いた。
「ああ。ペットボトルのキャップみたいに、こう……右に」
「では逆に回せば……」
アルラの言葉になるほどと、心の中で手を打って、タンブラーの蓋を左に捻った。
すると女の子が俺たちに――正確にはタンブラーに引っ張られるようにその体が浮いて、すっ飛んで来た。
「え、あ、ちょっ……なんで元に戻すの⁉︎ や、やめろー!」
掃除機に飲み込まれる塵のように、女の子は光の粒子になってタンブラーに吸い込まれると、勝手に蓋がキュッと閉まって周囲が静寂に包まれた。
ポカンと口を開けて固まる俺とアルラ。
「どうしますか、これ」
「……とりあえず持って帰るか」
色々と気になることがある。大事に持ち帰って調べることにした。
こういうのがあるから廃棄物漁りはやめられない。
◆
空き地からの帰り道。オレンジ色だった空が紫に変わって、夜の気配がする。真っ暗になる前に家に着こうと足早に歩いていると、ある家の車のガレージの前で座り込んでいた無精髭の男に話しかけられた。
「おい。小僧」
野太い声に一瞬、ビクッとする。白髪の多いその無精髭は一応、顔見知りではあった。というかこの辺りに住んでいる人とは大体顔見知りだ。何度か話したことがあって、厳つい顔の割に優しい人なのは知っているが、それでもいきなり声を掛けられると少し怖い。
「はい」
さも怖がってませんよ、という雰囲気を出しながら返事をする。すると無精髭は一丁の拳銃を俺に投げた。
「直せるか」
何に使うんですか、とは聞けなかった。まあ、多分、護身用だろう。きっと。
とりあえず動作を軽く確認して「直せます」と答える。
「なら頼む」
「あのー、報酬は」
苦笑いを浮かべながら聞くと、無精髭は無言で手に持った酒瓶を持ち上げた。つまり一杯飲ませてやるから直せ、ということか。金が欲しいとは間違っても言えなくて、俺は無精髭に近づいて、瓶を受け取った。
すでに空いていて半分ほど飲まれている。瓶のラベルには知らない文字で銘柄らしきものが書かれていた。どんな味なのか想像もつかないが、まあ飲めないほど不味くはないだろう。勢いに任せて瓶を煽ったその瞬間。
「マスター待ってください! それはーー」
アルラの必死な声と共に、俺は意識を失った。