デイビット・マルティネスに転生したのでルーシーとの幸せを闘争で掴み伝説になる!! 作:基地司令
夜のナイトシティは、いつも通り騒がしくて、いつも通り他人事だった。
研究施設のある郊外エリアは、それでも中心部よりは静かで、
ネオンも広告ホロもぐっと少ない。
代わりに、企業ロゴが入ったトラックと、防犯ドローンの目がよく目立つ。
デイビットは、灰色の作業服に身を包み、古びた貨物トラックの荷台に身を潜めていた。
貨物の隙間――パレットに固定された金属ケースの陰に背中を預け、
暗闇になれた目で、開いたままのシャッターのすき間から夜空を見上げる。
耳の奥では、ユリの落ち着いた声が小さく響いていた。
《二十二時ちょうどに警備員の交代がありました。
ドローンは予定通り、二分遅れで次の巡回に移ったところです》
「こっちは、予定通り揺られてるだけです」
声を潜めて呟き、喉の奥に溜まった乾いた息を飲み込む。
胸ポケットの内側、肌に近い位置には、耐水・耐腐食ケースが固定されている。
中にはハッキングデッキと支援ツール、防毒マスク。
彼にとって、今夜の「本当の武器」はそっちだ。
腰のホルスターには、サプレッサー付き拳銃。
ブーツの内側、ふくらはぎに沿うようにコンバットナイフ。
他には、小さなスモークグレネードが一つ。
――撃たずに済めば、それが一番いい。
――使わずに済めば、それが一番いい。
そう何度も頭の中で繰り返しているのに、
指先を無意識にホルスターへ伸ばしそうになるのを、意識して止める。
《そろそろです。
搬入口ゲートまで、あと五百メートル》
ユリの声が、少しだけ低くなる。
背後で、別の声――セイヨウの低い声がかすかに混じるのが聞こえた。
《呼吸を整えておけ。
最初の一歩で、今夜の半分は決まる》
「了解」
デイビットは目を閉じ、深く息を吸って、ゆっくり吐き出した。
トラックが速度を落とし、サスペンションの揺れが小さくなる。
小さな電子音と共に、外から女性の声が聞こえてきた。
「車両IDスキャン完了、問題なし。ドライバーID、確認します」
作業服越しに伝わる振動――
運転席側のドアが開き、ナイトシティ特有の乾いた笑い声が漏れた。
デイビットが金を払って口を割らせた「運び屋」だ。
「はいはい、今日も残業ですよ。
こっちは早く終わらせたいんでね」
何でもない言い方だ。
だが、その「何でもなさ」の裏に、ギリギリまで調整された時間と、
ユリたちが遅延させた他の車両スケジュールが隠れている。
《ドライバーID、通過。
重量センサー、問題なし。
車体スキャン――開始》
ひゅう、と耳鳴りのような音が車体を通り抜ける。
荷台の天井を、淡い青い線がスキャンしていくのが、目を閉じていても分かる気がした。
(呼吸一つで引っかかるほど、センサーは高性能じゃない。
……分かっているのに、毎回、肺が勝手に止まる)
《スキャン結果、問題なし。
搬入口ゲート、開きます》
油圧シリンダーの低い唸り。
トラックがゆっくりと前進し、
貨物の隙間から見える外の光が、少しだけ人工的な白さに変わる。
ここから先は、「外」ではなく、「企業の中」だ。
荷台の扉が開くと、冷たい蛍光灯の光と、かすかな薬品の匂いが流れ込んできた。
白と灰色で塗りつぶされた搬入ベイ。
壁には企業ロゴと、黄色い警告表示がいくつも貼られている。
「おい、新顔か?」
フォークリフトの男が、面倒くさそうにトラックの中を覗き込んだ。
「応援みたいだ。詳しくは上に聞いてくれよ」
運転手がぞんざいに肩をすくめながら答える。
その影に紛れるように、デイビットは荷台の奥から静かに姿を現した。
作業服の胸には、借り物の企業ロゴパッチと、偽造された名前タグ。
(“それっぽさ”だけが命綱だ。
誰も、おれの顔なんて覚えていない。
――今は、それでいい)
「おい、お前、ここのライン担当か?」
フォークリフトの男が、適当に声を掛けてくる。
デイビットは、ほんの一瞬だけ足を止め、それから自然な動きでクリップボードを掲げた。
「いえ、自分は搬入リストの確認だけです。
ここにサインをもらえれば、あとはそちらの流れに任せます」
眠たそうな目をした男は、「ああ」とだけ言って乱暴にサインする。
その仕草を見ながら、デイビットは心の中でカウントを取った。
一、二、三――
フォークリフトの男はもう、彼の顔を見ちゃいない。
《搬入口エリア、カメラ三台。
そのうち二台の視界に、あなたが映りました。
ですが、顔は“搬入担当”として処理されています。問題ありません》
ユリの報告に、小さく息を吐く。
(“問題ない”って言葉ほど、当てにならないものはないけど……
今は、それに乗るしかない)
搬入口から内部通路へ続く扉は、カードキーと簡易な生体認証――指紋スキャナだけだった。
借り物のカードをかざし、
右手の指先をスキャナに軽く押し当てる。
《偽装指紋、正常に読み取り。
……通過》
かすかな電子音と共に、ロックが外れた。
中は、見事なまでに無機質だった。
白い壁、灰色の床、天井を這うケーブルダクト。
定間隔で並ぶLED照明が、どこまでも変わらない明るさで廊下を満たしている。
(路地裏の落書きも、血の跡もない。
何もかも、きれいすぎて、逆に落ち着かない)
靴底が床を打つ音が、やけに大きく感じる。
だから意識して、歩幅とリズムを「ここで働く誰か」に合わせる。
肩に書類ケースを提げ、
手にはタブレット――内部スタッフにとっては、ただの「よく見る風景」。
《右手二十メートル先、曲がり角の先にカメラがあります。
首振り式ですが、今は左側を向いています。
あなたが角を曲がるまで、あと四秒で中央に戻ります》
ユリの声に、デイビットは足をわずかに遅くした。
一、二――
曲がり角の手前できっちり止まり、
壁にかかった掲示板を読むふりをする。
《中央を通過……今、右側を向きました。
そこから三歩で死角に入ります》
彼は、何でもない顔で三歩だけ進み、
天井を一瞬だけ見上げる。
カメラのレンズは、真逆の方向を監視している。
(こういう“すり抜け方”を、母さんは知らなかったんだろうな)
ふと、胸の奥で何かが重くなる。
安い保険プラン。
劣悪な救急対応。
企業の「採算」が優先された結果、
救われなかった命。
――その企業と似た匂いが、この研究所にも漂っている。
(もし、ここで作られている薬が、
“今さら”あの時の傷を治す類のものだったとして――
それでも、おれは、黙って持ち帰るだけ、なんだろうか)
喉の奥に引っかかった問いは、
歩くたびに揺れて、胸の中で音を立てた。
《デイビット? 心拍が少し上がっています。
呼吸を整えてください》
ユリの声は、優しいが、甘くはない。
彼は小さく深呼吸をしながら答えた。
「大丈夫です。
ただ、――少し、昔のことを思い出しただけです」
《任務に集中してください。
過去も大事ですが、今は、未来を変える可能性の方が重要です》
「それを変えられるかどうかが、今夜の話なんですよね」
皮肉でも、冗談でもなく、
ただ事実として口にする。
小さなブレイクルームの脇――
職員用の端末が、壁に固定された形で設置されていた。
「職員以外使用禁止」の赤い文字が、
あまりにも形だけな注意書きとして貼られている。
(こういう“形だけの禁止”ほど、抜け道として優秀なものはない)
誰もいないのを確認し、
彼は自然な動きで端末の前に立った。
タブレットをかざし、自分が「ログ確認のためにアクセスするスタッフ」であるかのように振る舞う。
腰を少しだけ落とし、視界の端で廊下の様子を確認しながら、
手早くポートに細いケーブルを接続した。
《接続確認。
内部ネットワークに橋渡しできました》
ハッキングデッキが、胸元のケースの中で静かに動作を始める。
HUDには、施設内部のネットワーク構造が簡易的なマップとして浮かび上がる。
《……やはり、内部ネットワークは外部とかなり分離されています。
ですが、この階層からなら、
・サーバールームの位置情報
・アクセス権限の階層構造
までは取得可能です》
「必要な分だけもらえれば十分です」
デイビットは指先で仮想キーボードを操作しながら、
内部のフロアマップを引き出していく。
「……ここか」
研究フロアの奥、さらに一段階ロックのかかった区画。
「SERVER NODE – A/B/C」とラベルがついた小部屋が三つ。
《サーバールームは三つ。
AとBには、“MIND LEASH”“CALM CROWN”のコードネームが紐付いています。
Cはバックアップノードのようです》
デイビット(モノローグ)
「“MIND LEASH(心の首輪)”……
名前のセンスからして、ろくなものじゃない」
《あなたの現在位置から、
サーバールームAまでは徒歩四分。
途中に、職員用のアクセスゲートが一つ。
カードキーとPINコード、二要素認証です》
「PINは?」
《過去ログから、候補をいくつか抽出しました。
“1905”“2023”“0429”……
ですが、リアルタイムで絞り込むには、実際にゲートの前で試行する必要があります》
「ロックアウト時間は?」
《三回連続ミスで一分のロック。
ただし、その情報は“旧仕様”のものです。
現仕様が同じとは限りません》
(“分からない前提”で動くしかない、か)
彼は接続ケーブルを抜き、
一般端末からさりげなく離れた。
椅子を一つ、わざと少しだけずらす。
そこに人間が座っていた「気配」だけを残し、
自分の痕跡は、できる限り薄く。
研究フロアへ繋がる廊下は、さらに明るく、さらに静かだった。
壁一面がガラスになっている箇所からは、
白いラボコートを着た研究員たちが、
タブレットと試験管の間を行き来する姿が見える。
(ガラス越しの“清潔な世界”ってやつだ。
その裏に何があっても、見えないようにできてる」)
視線を合わせないように注意しながら、
彼は「設備点検担当」の顔で廊下を進む。
《右側、二十メートル先にアクセスゲート。
そこを越えれば、サーバールームエリアに入れます》
ゲートは腰の高さ程度のバリアと、横に立つ認証端末。
カードとPINを求める、よくある仕様だ。
デイビットは、胸ポケットから、偽造済みのカードを取り出す。
指先に、ほんの少しだけ汗が滲む。
「ユリ」
《聞いています》
「PINを間違えた場合、
ロックアウトが一分で済めばまだいい。
――もし、仕様が変わっていて、即座にアラートが飛んだら?」
《……その場合は、即時撤退を推奨します。
少なくとも、今回の段階では。
生きて戻れれば、再侵入のチャンスは作れます》
彼女の言葉は、何度も聞かされた理屈の繰り返しだ。
だが、その繰り返しが、
デイビットの中で「逃げる選択を許す声」として根を張りつつあった。
(一回で終わらせようと無理をするな、か。
母さんだったら、どう言うだろうな)
“チャンスがあるなら、掴みに行きなさい”
“でも、そのせいで命を落とすのは、バカのすることだよ”
――そんな声が、一瞬だけ脳裏をかすめる。
「……分かりました」
彼はカードをスロットに通した。
端末の小さな画面に、「PINコードを入力してください」の文字が現れる。
《第一候補、“1905”。
入力を》
息を潜め、数字を押す。
1
9
0
5
一秒が、十秒に感じられる。
「……」
《……承認。
ゲート、開きます》
低い電子音と共に、
腰の高さのバリアが左右に開いた。
(……頼むから、心拍数でロックが変わる仕様とか、入ってませんように)
《心拍、正常範囲です》
ユリの声が、わずかに安堵を含んで聞こえた。
サーバールームAの扉は、他の部屋と比べて明らかに重厚だった。
マットな金属の表面。
その中央に、小さなタッチパネルとカードリーダー。
デイビットは、廊下の角に背を預け、一度だけ耳を澄ました。
足音はない。
空調の低い唸りと、遠くのキーボード音だけ。
「ユリ、ここがAの扉ですね」
《はい。
その扉は、
・カードキー
・PINコード
・内部からのアクセスログに基づく“行動パターン監視”
この三つを組み合わせたセキュリティが採用されている可能性があります》
「“可能性があります”、ですか」
《ええ。
設計図と実装が必ずしも一致しないのは、どこの組織でも同じです》
(ここまで来て、“可能性”で帰れるかよ……)
だが、その苛立ちの下で、
彼はちゃんと理解している。
――「完璧に分かっている任務」なんて、本来ありえない。
――分からない部分を、どう扱うかが、自分の仕事だ。
ケースからハッキングデッキを取り出し、
扉横のメンテナンスポートに細いケーブルを差し込む。
《接続確認。
扉制御ユニットにアクセスします》
HUDに、小さなウィンドウがいくつも開いていく。
「ACCESS LOG」「SECURITY POLICY」「USER PATTERN」……
《……デイビット》
ユリの声が、ほんのわずかに硬くなった。
「どうしました?」
《ACCESS LOGの中に――
“特殊アクセス権限”を持ったユーザーのログがあります。
コードネーム……“Y.NAKAMURA”》
一瞬、時間が止まったように感じた。
「……は?」
「それ、“ナカムラ・ユリ”で合ってますか?」
《スペルもドメインも、一致しています。
ただし、タイムスタンプは一年前。
ナイトシティではなく、日本国内のサーバーからのリモートアクセスとして記録されています》
ユリの声は、どこか自分自身に言い聞かせるように、抑えた調子だった。
《この話は……ここでは、まだしない方がいいかもしれません》
(一年前。
おれが、まだ“ただの学生”だった頃。
少佐は、すでに、この研究所の“どこか”に触れていた……?)
胸の奥で、別種のざらついた感情が芽生える。
信頼か、疑念か、好奇心か。
その全部が混ざり合って、
「この扉の向こうに何があるのか」を見たい欲求をさらに強くした。
《……今は、扉の制御に集中してください。
感情の処理は、その後でもできます》
「……了解」
デイビットは、余計な考えを一度すべて脇に置くように、
小さく頭を振った。
HUDの表示が、
「SECURITY POLICY – OVERRIDE(可能)」
と淡く点滅している。
《この扉は、
・カードキーが有効
・PINコードが正しい
という条件を満たした上で、
ハードウェアレベルのバイパスをかければ、
**三十秒間だけ“ログを残さず開く”ことが可能です》
「ただし?」
《ただし、その三十秒の間に、
誰か他の職員が同じ扉へアクセスした場合――
“不整合”として記録され、後から調査される可能性があります》
(三十秒で、“扉を開けて、中に入り、閉める”。
やるしかない)
彼はカードを通し、再び「1905」を入力した。
画面には、「承認」の文字。
《今から、三十秒間だけログを“正常アクセス”のように偽装します。
その間に、扉を開けて中へ》
「……いきます」
扉のロックが静かに解除される感触が、
指先を通じて伝わってきた。
デイビットはハンドルに手をかけ、
ほんの少しだけ隙間を開ける。
中から、低いファンの音と、
ひんやりとした空気が流れ込んできた。
暗闇の中――
整然と並んだサーバーラックのLEDが、
星座のように瞬いている。
「……ここが、“心の首輪”の心臓部か」
彼は、細心の注意を払って、
音を立てないように扉を開き、
素早く中へ身を滑り込ませた。
背後で、扉が静かに閉まる。
外界の音が、完全に遮断される。
《ログ偽装、残り二十四秒。
内部カメラの状態を確認中……》
HUDの隅で、複数のステータスバーが点滅を始める。
そのどれもが、
「何かが起きる前触れ」のように見えた。
「このまま、静かに中身をもらって、静かに帰る。
――それだけのはず、なんだけどな」
胸の中で、
「もし、この技術が、本当に誰かの心を殺す薬だったとしたら」
そんな“もし”が、いくつも渦を巻く。
だが今は、それを全部飲み込んで、
先に進むしかない。
彼はサーバーラックの一つの前に立ち、
ケースからハッキングデッキを取り出した。
金属の冷たさが、
手のひらの汗を一瞬で奪い去る。
《対象ノード“A”への直結ポート、発見。
ここからなら、
・MIND LEASH
・CALM CROWN
双方のプロジェクトデータに直接アクセス可能です》
「じゃあ――」
デイビットは、
ゆっくりとポートにケーブルを差し込んだ。
金属同士が触れ合う、小さなクリック音。
HUDに、新しいウィンドウが開く。
そこには、「PROJECT: MIND LEASH」の文字と、
無数のサブフォルダ名が、
星のように広がっていく。
心拍数が、少しだけ跳ね上がる。
「さあ――
アンタらが何をやってきたのか、見せてもらおうか」
《アクセス権限、取得開始。
セキュリティレベル:HIGH
警告――》
「警告?」
《……このノードには、
“外部アクセス検知時に自動で起動するサブルーチン”が設定されています。
内容、不明。
続行しますか?》
暗闇の中、
サーバーラックのLEDだけが、
変わらず無邪気に瞬いている。
デイビットは、喉の奥に溜まった息を、
ほんの少しだけ吐き出した。
「――続行します」
彼の指が、
「YES」のホログラムに触れようとした瞬間――
サーバールームの天井、
一つの小さな赤いランプが、
ゆっくりと点灯を始めた。
《――デイビット。
何か、動きます》
暗闇と、ファンの唸りと、
わずかな赤い光。
次の瞬間、何が起こるのか。
誰が、このアクセスに気づくのか。
それを知るのは、
もう少しだけ先の話だ。
――つづく。