デイビット・マルティネスに転生したのでルーシーとの幸せを闘争で掴み伝説になる!! 作:基地司令
サーバーラックのLEDが、さっきまでよりわずかに速い周期で点滅を始めた。
天井の赤いランプは、点灯したままだが警報音は鳴らない。
HUDの隅に、新しいウィンドウが開く。
【NOTICE: SECURITY SUBROUTINE “PHASE-1” ACTIVATED】
【ENVIRONMENT CONTROL: SERVER ROOM TEMP +2℃ / POWER LOAD +7%】
デイビット(モノローグ)
「……本気の非常モードじゃない。
“テスト運転”みたいなもんか?」
《デイビット、サーバールーム内の温度が上昇し始めています。
おそらく、外部アクセス時の負荷テストです》
耳元のユリの声は、落ち着いていたが、背景のキーボード音が少しだけ慌ただしい。
《現時点では、施設全体の非常体制には移行していません。
ですが――この状態が長く続けば、セキュリティ担当の目に留まる可能性があります》
「つまり、もう少しだけなら粘れる。
でも、永遠には続けられない、ってことですね」
《はい》
ハッキングデッキのインターフェイスには、
「PROJECT: MIND LEASH」「PROJECT: CALM CROWN」のフォルダ群が、
星図のように広がっていた。
実験ログ。
被験者データ。
運用マニュアル。
いくつものファイル名が、彼の視界を埋める。
デイビット(モノローグ)
「……どこまで拾えば、“十分”なんだ?」
指先が、抽出リストをスクロールしながら、ほんのわずかに止まる。
「SUBJECT_LOG_001-050……100……150」
「FIELD TEST PROTOCOL – NCITY」
「COOP CONTRACT – BLACKED」
どれも、今すぐ開いて中身を見たいファイルだった。
だが、全部をコピーすれば、時間は際限なくかかる。
《負荷状況、更新。
サーバールーム内の温度、さらに+2℃。
このペースが続けば――》
「何分持ちますか?」
《十分快適、二十分で警戒ライン。
三十分を超えれば、“なぜ負荷が上がったのか”を調査されるでしょう》
デイビット(モノローグ)
「三十分。
今、ここに来てから……」
彼はHUD上に表示された経過時間に目をやる。
「00:17:42」
「……残り、十数分ってところか」
《そうなります》
一方で、データ抽出進行バーは、
まだ「全体の30%」あたりをうろついていた。
ここで、耳の奥に、もう一つ低い声が重なる。
《デイビット》
セイヨウの声だ。
《全部を持って帰ろうとするな。
“今の段階で何が必要か”を決めろ》
「……正直、どこまでが“必要”なのか、自分でも掴みきれていません」
《だったら、優先順位を変えろ》
セイヨウの声は、淡々としているが、どこか現場の砂埃を含んでいる。
《プロジェクトの“目的が分かるもの”
“どの範囲に影響が出るかが分かるもの”
“誰が関わっているかが分かるもの”
この三つを、まず押さえろ。
細かい数値や失敗例は、二の次だ。後からでも拾える》
ユリがすぐに補足する。
《具体的には――
・プロジェクトの概要文書
・被験者ログのサンプル数件
・企業・軍・第三勢力との契約フラグ
このあたりです。
“この計画が、何を目指しているか”が分かる最小限のセット》
デイビット(モノローグ)
「“全部知りたい”欲を、今は捨てろ、ってことか」
彼は深く息を吸い、抽出リストをざっとスクロールし直した。
「了解。
概要、運用プロトコル、被験者ログを十件。
それから、“誰と組んでいるか”が見える契約関連……」
一本のラインが、彼の視界の中で太く光る。
「……『COOP CONTRACT – BLACKED』。
これ、“協力契約”のログですよね?」
《はい。
その中のメタデータだけでも持ち帰れれば、
どの企業や組織と繋がっているかの手がかりになります》
セイヨウが静かに言葉を重ねる。
《全部は無理だ。
だが、どこが“黒幕候補”かくらいは、ここで押さえておけ》
デイビット(モノローグ)
「分かった。
この場で“世界の全部”を暴く必要はない。
暴くための入口さえ握れれば、今はいい」
一つひとつファイルを選び、抽出キューに放り込んでいく。
進行バーが、ゆっくりと、しかし確実に伸びていく。
《……抽出進捗、65%……70%……》
《サーバールーム内の温度、さらに+1℃。
外部のログモニターが、この異常値に気づくまで――おそらく、あと十分もありません》
「十分あれば、今のキューは終わりますか?」
《はい。
ただし、これ以上追加すれば、“ギリギリ”になります》
彼は、一瞬だけスクロールを止めた。
まだ見ていないファイル名が、無数に残っている。
デイビット(モノローグ)
「“もっと知りたい”と手を伸ばすのは、簡単だ。
でも、それでここから出られなくなったら、
このデータを誰にも見せられない」
胸の中で、ユリのさっきの言葉がよみがえる。
《生きて戻れれば、再侵入のチャンスは作れます》
そして、別の声も。
《一回で終わらせようと無理をするな》
セイヨウの、少しだけ柔らかくなった声。
デイビットは、抽出キューのボタンから手を離した。
「……よし。
これ以上は欲張りません。
今のキューが終わったら、アクセスを切ります」
《了解。
その判断を支持します》
ユリの返答には、ほっとしたような息遣いが混じっていた。
抽出バーが、ゆっくりと100%に到達する。
HUDに小さな完了アイコンが点灯した。
【DATA EXTRACTED – 14 FILES】
【SUMMARY: PROJECT_OVERVIEW / SUBJECT_LOG x10 / COOP_META x3】
《抽出完了を確認。
そのノードからの接続を、今すぐ切ってください》
デイビットはケーブルを抜き、
ハッキングデッキをケースに戻した。
サーバールーム内のファンの音が、わずかに落ち着く。
赤いランプはまだ点いているが、点滅はしていない。
「ユリ。
今のところ、施設全体の様子は?」
《非常アラートは、まだどこにも出ていません。
ただし、サーバールームの温度ログは、後でチェックされるでしょう。
“そのときに誰が中にいたか”は、記録されます》
「じゃあ――
“普通に作業していた誰か”として、ここから出て行くしかないですね」
《はい。
現時点では、トンネルルートよりも、
搬入口へ向かい、業者として戻る方が自然です》
セイヨウも、同意するように言った。
《トンネルは、“逃げる必要が出たとき”の最後のカードだ。
まだ非常モードに入っていないなら、
今回は切らなくていい》
デイビット(モノローグ)
「せっかく準備した“非常出口”を使わないのは、
少しだけもったいない気もするけど……
“使わないで済んだ”ってことなんだろうな」
彼は深呼吸を一つして、サーバールームの扉に手をかけた。
《外の廊下、カメラのパターンを再確認します。
……はい、今は通常モードの周回に戻っています。
扉を開けて五秒以内に、右手の死角へ移動してください》
「了解。
――行きます」
扉を少しだけ開き、
廊下の様子を一瞥する。
誰もいない。
音もない。
ただ、さっきと同じ白い光だけが、変わらず床を照らしている。
デイビットは、音を立てないように外へ出て、
指定された死角に身を滑り込ませた。
《問題なし。
では、そのまま研究フロアを抜けて、
搬入口経由で退出してください》
研究フロアのガラス壁の向こうでは、
ラボコートの人間たちが、まだ変わらず作業を続けている。
誰も、サーバールームに侵入者がいたとは知らない。
誰も、サイバーサイコ制御薬のデータが持ち出されたとは気づいていない。
デイビット(モノローグ)
「この“何も知らない感じ”が、
一番気持ち悪いのかもしれないな」
彼は、肩に提げた書類ケースをわずかに持ち替え、
歩幅を落ち着いたリズムに合わせる。
《廊下右手、曲がり角の先にカメラ。
さきほどと同じパターンです。
今、左側を向いている――》
ユリのナビに従いながら、
デイビットは搬入口エリアへと戻っていく。
搬入口には、先ほどのフォークリフトの男がまだいた。
相変わらず眠たそうな目で、タバコ型のニコチンデバイスをくわえている。
「お疲れさまです。
搬入分のチェック、終わりました」
「おう。
サインはさっきしたよな?」
「はい。
あとは、こちらの控えを渡しておきます」
まるで、本当にただの「チェック担当」として、
作業を終えた風に振る舞う。
フォークリフトの男は、控えの紙を受け取ると、
ロッカーに突っ込むように放り込んだ。
「じゃあ、もう帰っていいぞ。
こっちはこっちで、まだ片づけが山ほどあるがな」
「お疲れさまです」
デイビット(モノローグ)
「お互い、“仕事の中身なんて知らないふり”をしてる。
それが、この街の日常か」
搬入口ゲートのセンサーを通過する。
ゲートの脇の表示板には、「退出:搬入業者」の緑の文字。
《退出ログを確認。
……問題ありません。
あなたは“臨時の検品担当スタッフ”として処理されています》
ユリの報告に、デイビットは
思わず小さく笑いそうになり、それを喉の奥で押し留めた。
「じゃあ、“今日の仕事”は、ひとまず完了ですね」
《ええ。
表向きは、ですが》
デイビットはさきほどと同じ貨物トラックに向かう。
間もなくほかの作業も終わりトラックがゆっくりと前進し、
研究所の敷地を、後にする。
さきほどまで自分がいたサーバールームも、
今はただの「ひとつの部屋」として、闇の向こうに沈んでいった。
しばらくは、エンジン音とタイヤが路面を撫でる音だけが荷台に響いていた。
施設の外周フェンスが途切れ、郊外の街灯が流れ始める。
そのタイミングで、デイビットはようやく口を開いた。
「少佐」
《はい》
「さっきの、アクセスログの件ですけど」
《……》
一瞬だけ、通信の向こうの空気が固まった気がした。
「“Y.NAKAMURA”ってログ。
一年前、日本から、このシステムにアクセスしてたってやつ」
《……見てしまいましたか》
「ええ。
あれは、少佐のIDで間違いないんですよね?」
《スペルもドメインも、一致しています。
――私の、軍用アカウントです》
認めるのに、一拍だけ間があった。
その「一拍」が、デイビットの胸の奥で引っかかる。
デイビット(モノローグ)
「やっぱり、そうか。
“何も知らない”顔でここに来たわけじゃない」
だが同時に、今日の任務を成り立たせたのも、
彼女たちの情報とサポートだったという事実も、否定はできない。
「……この話は、戻ってから、ちゃんと聞かせてもらっていいですか」
《はい。
それが、あなたに対する最低限の誠意だと思います》
セイヨウが、そこで口を挟んだ。
《今日のところは、とにかく“持ち帰ったもの”を整理するのが先だ。
ログの意味も、プロジェクトの内容も、
お前の見たものも――全部ひっくるめてな》
「分かっています」
デイビットは、胸元のケースを軽く叩いた。
中には、十四個のファイルと、
そして、ささやかな疑問が詰まっている。
デイビット(モノローグ)
「撃ち合いはなかった。
血も流れなかった。
でも――
“見なかったことにはできない”ものを、いくつか拾ってしまった気がする」
トラックがナイトシティの中心部へ向かって走る。
遠くに、ブランドロゴのホロ広告がまた一つ、夜空に浮かび上がる。
その光の下で、
この後、ホテルの一室で交わされる会話が、
今後の自分の行き先を少しだけ変える――
デイビットは、そんな予感だけを、ぼんやりと抱いていた。