地下百十階層──壁面を蝕む鉱脈が青紫の燐光を放ち、冷気が肌を刺す空洞。
床には幾千もの骸が埋没し、腐敗した肉塊からは瘴気のような霧が立ち昇っていた。
ナナシは岩壁に背を預け、荒い呼吸を整えていた。
左肩の裂傷から溢れる鮮血が装束の漆黒をさらに暗く染める。
滴る血が地面に触れる度、瘴気に触れて微かな煙を上げた。
このフロアに巣食う魔物の特性だ。
血液ですら侵食される──それが何を意味するか、彼は痛いほど理解していた。
(──ここもまた、死の庭園か)
深淵を覗く瞳孔が細まり、
口元には嘲笑とも諦観ともつかぬ歪みが浮かんだ。
それは幾千の死線を潜り抜けた者だけが纏う虚ろな輝きだった。
刹那──。
壁面の鉱脈が不自然な脈動を見せた。
鈍く軋む音が空洞を震わせ、壁を覆う苔が一斉に蠢き始める。
ナナシの片眉が僅かに上がった。予期していた反応ではないが、驚きはない。
ここに足を踏み入れた瞬間から、
“何か”に見据えられていたことは明白だったからだ。
背後──正確には上方、
天井付近の亀裂から濁流のごとき腐臭が漏れ出し始めていた。
ゆっくりとした動きながらも質量のある巨体が這いずってくる音。
湿潤な表皮を石床へ擦りつける摩擦音。
そして──断続的に鳴る“歓喜の声”。
それは人間には聞こえない周波数でありながらもナナシの鼓膜を確実に揺らした。
《グゴォォ……ッ……ギィェェェ!》
まるで絞られた魂魄が奏でる悲嘆のようにも思える咆哮。
しかしその音色は快楽を含んでおり、
生物としての根源的な恐怖を呼び起こすには十分だった。
しかしナナシは何事もないかのように
薄笑いを湛えたまま岩壁から背中を離すこともしない。
ただ瞼を閉じる。
視界を奪われることこそ最大の集中だと知悉していたからだ。
静寂の中であってなお耳奥にはまだ“音”がある。
ズリュゥウ……ガリッ……ゴキョッ……
音が止まった。完全なる沈黙──違う。
“それ”は今まさに眼前十メートルまで接近しており全貌が露になった。
全高三メートル超の蛆虫型魔獣(ヴェスパーガルド)である。
全身を覆う半透明な粘液には血管状の赤黒い筋繊維群が走行しており
脈打つ度に腐臭漂う気泡を吐いている。
頭部と思しき部位には牙のような器官が
螺旋状に配置されそれぞれ独立して蠢いていた。
この種は通常光を嫌う性質を持ち地中深く潜伏する習性があり
ここまで成長することは稀有なのだが
どうやらこの階層特有の“餌”によって変異を遂げてしまったらしい。
「──くだらん」
低い呟きと共に腰に吊した二振りのうち一本──
柄のみで刀身のない“ラン”を取り上げた。
その時初めてヴェスパーガルドの視線らしきものが
明確になったように感じられる。
口腔らしき部位より垂れる涎じみた分泌物ごと突進してきた。
ドズンッ!!!!
爆発じみた衝突音とともにナナシは跳躍し岩陰へ消える──
否、“溶けて”移動するかのごとき滑らかさで横側面へ回り込んでいた。
そこで再び抜刀─────
虚空より紡ぎ出された漆黒の粒子群が渦を巻き
凝縮されていくにつれ実体ある刃として形成されていくプロセス。
それは決して物理法則を逸脱したものではなく
単純かつ極めて高度な魔導律に従い顕現する過程なのであった。
ラン──刀身は無く握れば所有者の意思により
魔力物質を編み上げ任意の形状に成形可能という代物であった。
その本質は質量保存則を超越するための媒介体であり使用者次第で
短槍とも長剣ともなり得る万能兵器と言えるだろう。
現在ナナシは長尺一刀を形成中であり
切っ先が大地を削る程度の圧倒的重量感を醸していた。
「……来るか」
迫り来る巨大な影に対峙しながら
ナナシは一切表情を変えなかった。
逆手に構えたランをゆるりと旋回させると同時に
重心移動だけで回避行動に入ろうとする──が
相手の方が僅かに早かったようだ。
ズァッ!!
広範囲な口腔らしき開口部から無数の触腕群が噴射されナナシへ殺到する。
その触腕先端各々には鋭利過ぎる牙が備わり
貫通性及び毒性高め、掠っただけでも致命傷になり兼ねなかった
事実接触した岩石壁表面は溶解崩壊しつつあり
そして何より恐るべき点としては当該生物種の共通特殊能力“同化摂取”
取り込んだ物全て自身一部として体内吸収し同化分解、
最終的に自らを強化するパーツにしてしまうのだ。
その動作は一瞬──いや刹那の域。
ナナシの肉体が淡く蒼銀の粒子に包まれたかと思うと、
次の瞬間に既に別の座標に立っていた。
まさにサーヴァントが行使するスキルの如き移動技術。
だがそれは英霊が秘術に頼るものではなく、
純粋な魔力操作と神速の判断力が生む“必然の軌跡”だった。
腐朽の糸(コード)とも呼ぶべきヴェスパーガルドの触手群が虚空を引き裂く。
十指を超える針の如き触腕が、先程までナナシが立っていた空間を串刺しにし、
そのまま床を穿って岩石と瘴気の混ざった飛沫を撒き散らす。
ドズンッ! バシャァン!
飛び散った黒緑の粘液がナナシの新しい立脚地点のすぐ傍で蒸発し、
鼻腔を焼く硫黄臭と腐敗臭の混合物が充満する。
ナナシの纏う漆黒の外套の裾がわずかにその腐気を浴びて溶解の兆候を見せるも、
瞬時に生成された魔力によって修復されて痕跡も残らない。
──否、
「……醜悪な芸だ」
ナナシの低く押し殺した呟きが空洞内に谺する。
それは怒りでも憎悪でもなく、むしろ諦念に似た響きを帯びていた。
この地下深くに跋扈する異形どもに対し、
今更感情を費やすことの無益さを熟知している男の声音だった。
対峙する怪物──ヴェスパーガルド。
その巨体は蠕動する腸管を思わせる。
半透明な肉塊の奥底では妖しい紫色の臓器が脈打ち、
無数の眼球のような赤黒い結節が蠢きながらナナシを見つめていた。
その姿は生命に対する冒涜そのもの。
しかし最もおぞましいのはその動き方である。
触手を用いた移動は緩慢に見えるが、突如として加速し閃光と化すことがある。
先刻の攻撃もそうだ。ナナシでなければ直撃を免れなかっただろう。
「…………」
ナナシは言葉を切り、代わりに一歩踏み出した。
その足取りには微塵の迷いも見られない。
ランを振るえばいい。
あるいは別の手段もあるかもしれない。
だが今はただ敵意を込めた視線だけで充分だった。
あの怪物は今、明確に怯んでいる。
己の爪牙が届かぬ“領域”に存在する者がいると悟らせることで、
本能レベルでの優劣を示してやることが肝要なのだ。
腐蝕の暴風が襲来した。
ヴェスパーガルドの無数の触手が、
まるで蜂の巣から噴き出すように全方位から放出された。
紫色の粘液が纏わりつき、腐敗ガスが噴き出す触腕群は、
その表面に無数の棘と鉤爪を生やし、岩盤を抉り砕きながら突進してくる。
「……」
ナナシはランを水平に薙ぐ。
鋼鉄さえ両断するはずの怪物の触腕が、豆腐のように滑らかに切断されていった。
無感情な動作の中に隠された研鑽と精度の高さ。
まるで熟練の職人が素材を加工するかのような精密さで、
彼の刃は敵の組織を断ち分けていく。
ブシュゥゥゥゥ! ブツッ! ゴギィィン!
切断された触手の断面から
濃緑色の腐汁が噴き出し周囲を浸蝕していく。
床石が煙を立てて融解し、壁面の鉱石が腐敗し始めた。
だがナナシはそれらに頓着することなく
足裏で腐蝕液溜まりを蹴散らし前進する。
その靴底にはいつの間にか魔力障壁が展開されており、
如何なる毒物も通過できない防御膜となっていた。
一方ヴェスパーガルドの方はと言えば明らかに戸惑っていた。
これまでこの地下深層においては己の触腕による捕食行為こそが生存権であった。
獲物となる小型魔獣や稀に落ちてくる哀れな冒険屋たち──
彼らすべて例外なく一度絡め捕ったら最後、
逃れることなどできず貪り尽くされていたはずだからだ。
その常識が眼前で覆されていることに混乱しつつも新たな行動に出る。
ピキキッ……
全身を覆う粘膜装甲──これもまた強力な腐食作用を持つ鉄壁の鎧だ。
Cランク相当の耐魔力スキルを付与する防壁に魔力を回し活性化させた。
触手による打撃と腐食ガスを全て払いのける圧倒的な剣閃。
ヴェスパーガルドの鎧化した粘液装甲は確かに堅牢であった。
その外殻は黒曜石にも似た艶やかな光沢を放ち、
触れれば即座に崩壊させる硫酸の如き成分で構成されていた。
しかし──
《ギギャァァァァ!!》
甲高く不協和音を奏でる咆哮が空洞を震わせた。
声帯を持たぬはずの肉塊が喉奥に似た部位から発する怨嗟にも似た叫びは、
獲物が思うように動かない苛立ちに由来するものだった。
ナナシはそれには何の興味も示さずに足を止める。
ランを正眼に構えつつ、静かに瞼を下ろした。
周囲の瘴気が目に見える速度で渦巻き始め、
それに応じるように彼の輪郭がかすかにぼやけた。
漆黒の衣に包まれた肢体の輪郭が淡い灰色に変わり、
次の瞬間には完全に消失している。
そして次の瞬間には全く異なる位置―敵の背面数メートルに出現した。
これが「位相魔力移動」。
空間転移と精密極まる足さばきを複合した、
英雄が持つ神速機動に匹敵する技術体系である。
──バシャン!
触腕を振り回して反転しようとしたヴェスパーガルドだったが遅すぎる。
腐液交じりの粘膜塊に深々と突き立てられる漆黒の刃──
そこから瞬時に閃光のような斬撃が奔る。
まるで水面を割く刀の一閃のごとく、粘膜装甲を抵抗なくすり抜ける刃。
《ギャアァァ───!!》
劈くような怪鳥音が金属の共鳴じみて炸裂した。
漆黒の剣閃が第一の腐液装甲を真一文字に裂いた瞬間、
その切断面からまるで堰を切ったように無秩序な斬撃が雪崩込んだ。
ヒュン、ヒュン、ヒュン──
刃渡り数十センチの不可視の弧が次々と空間を縦断していく。
ヴェスパーガルドの身体はすでに制御を失い、
暴走する触腕は無意味に虚空を叩きつけているばかりだった。
だがナナシの技はその全てを見透かした上で行われる。
彼の右手のランが描く軌跡は、まるで計算された数学式のように精緻であり、
一つの傷口から次の傷口へと連鎖的な破滅を招いていた。
《ビシャァッ!! グチョッグシャ───》
刃先が触れる度に吹き上がる赤黒い霧。
腐臭を帯びた血液とも消化液ともつかない粘液が辺り一面に散乱し、
まるで火山のマグマのように床を這う。
それは見る間に黒い泡となって弾け、
石床をジュワジュワと焼き焦がしながら拡散していった。
ナナシの足元で溶け始めた床材が不快な音を立てているが、
彼はそれに目をくれることもなく冷然と立ち尽くす。
そしてついに──
《ピキュゥゥンッ!!》
最後の一閃。
霧散した敵を前に油断せず残心するナナシの姿は、まるで黒い彫像のようだった。
腐蝕液の靄が薄れていく中、彼の足元には深い亀裂が刻まれている。
先刻までの激闘を証明する傷跡だ。
《ボゴォッ……グチャ……》
不吉な音が湧き上がる。
消滅したはずのヴェスパーガルドの残滓が蠢き始めた。
床に撒き散らされた粘液が泡立ちながら一点に集結する様は、
まるで潰れた蛙の内臓が再生を試みるかのようだった。
ナナシの瞳孔がわずかに収縮する。
残心の構えを解かぬまま、「ラン」の柄を軽く握り直した。
刃の形成には至っていないが、魔力の奔流が彼の掌で渦を巻いている。
「……やはりな」
低く吐き捨てる声に滲むのは苛立ちよりも諦観だった。
この地に蔓延る異形どもにとって、
「死」は終焉ではなく変容の契機にすぎぬことを彼は知っている。
凝固した粘塊が膨張し始める。
直径二十センチほどの球体が三つ──いや四つに分裂し、それぞれが高速で跳躍した。
《バシュン! バシュン!》
音速に迫る飛翔体が三方から襲いかかる。
正面と左右、角度を変えた三方同時攻撃。
ナナシはそれを迎え討つべく「ラン」を振るった。
ガキンッ! ザシュッ!
金属音と柔軟な肉を断つ音が連続する。
最初の一個を柄で弾き飛ばし、返す刃で残りを粉砕した。
細かい粒子となった粘液が宙を舞い、
陽光も差さぬ暗闇の中で奇妙な虹を作り出す。
しかしこれもまた時間稼ぎにすぎなかった。
中央に残った最大の核塊が急速に肥大化し始める。
一抱えほどだったサイズが瞬く間に二倍となり、
《ミチィ……プヂュップヂュッ》
不快な破裂音とともに内部から新たな触腕群が突出した。
「腐朽蟲の類か……?」
呟きながらナナシは後方に跳ぶ。
その一跳躍で数十メートル以上の距離を稼ぐ離れ業は、
人の肉体が持ちうる運動性能を遥かに超えていた。
だが敵も負けていない。
新生した触手は先刻とは比較にならない敏捷性を持って追撃してきた。
五本、六本──否、それ以上だ。
《シュ──ーッ!》
細長い蛇のように伸びてきた一条が、ナナシの肩口を狙う。
ヒュッ
刃の形態を持たぬ「ラン」を躊躇いなく振り下ろす。
魔力が青白い燐光となり、鞭状に変形した。
シュパンッ!
空中で交錯した青と紫。刹那の接点で火花が散る。
ナナシの左袖が焼け落ち、肌が露出した。
顔を顰め、復元呪詛を起動。
高密度の呪毒は魔獣すら即死させうる絶死の霧。
魔力消耗は痛いが、念には念を入れて全快させるしか無い。
ヴェスパーガルドの残滓──
腐朽蟲の核塊は、暗澹たる虚空を満たす鈍重な鼓動の中心にある。
膨れ上がった肉塊は今や直径3メートルに迫ろうかという巨大さで、
無数の触腕を蠢かせるその姿はまさしく蠢く巨大腫瘍。
漆黒の岩盤から突き出た太古の化石柱が、
その不浄なる生命体によって無惨に蹂躙されていく。
触腕の先端に密生する無数の鉤爪が硬い岩肌を穿つ音は
「ズガガガガッ!」と耳を塞ぎたくなるほど不協和で暴力的でありながら、
同時に粘液が滴り落ちる湿った旋律が混在し、聴覚を狂わせようとする。
瘴気を帯びたその液体が触れた瞬間、
鋼鉄ですら溶解する腐蝕毒であることは明白だった。
「腐蝕霧(カトプラズム)」──ダンジョン深層特有の魔物が放つ致死級の霧状毒。
ナナシの漆黒のロングコートの魔力防御層ですら侵食され、
修復に常時魔力を消耗させられる悪条件。
膨大な魔力生成量を誇る彼とはいえ、
数週間に渡る迷宮探索に疲弊した身にはかなり辛い。
ズヴァァァ……ッ!
腐蝕霧が渦を巻いた。
暗褐色の霧の粒一つ一つが微細な毒針となり、
ナナシの皮膚に纏わりつく。
(腐蝕速度が早い……通常個体の三倍以上だ)
思考する暇はない。左手を掲げる。
「『断』」
掌から放射状に広がる金色の紋様。
微細な粒子が収束。対象を磨り潰す大気のおろし金、だが……。
シュウウ……!
触腕の先端から噴き出す紫色の分泌物が斬られる傍から高速癒着させていく。
異様なまでの適応速度だ。
「面倒な……!」
舌打ち一つ。後退しながらランを構え直す。
退廃のダンジョン、 深淵よりの饗宴。
かつて神殿として機能したであろう遺跡。
だが今やそれは汚濁に塗れた異界と化していた。
壁面には無数の菌糸が繁茂し、剥き出しの血管のような脈動を見せている。
天井からは滴る腐汁が幾筋もの滝を形成し、
地面に堆積した粘液湖が妖しい七色に発光していた。
ここは迷宮の中でもとりわけ忌避される地。
曰く『生き延びる者なし』
かつて百人の騎士が挑み帰還できたのはたった二人。
しかも正気を失い発狂の果てに自害したと言う。
ナナシはその地獄の只中で深呼吸する。
肺腑を犯す腐臭に眉根一つ動かすことなく。
ズガン!
ナナシが足を踏み鳴らす。
岩盤に埋没した爪先から波動が伝播し、腐蝕湖面が激しく隆起した。
水面下から触腕が螺旋状に飛び出してきた──迎え撃つのは漆黒の閃光。
シュババババッ!!
刀身を纏った"ラン"が円弧を描く。
切り裂かれた触腕が霧状に散るも、それは偽装だった。
切り口が瞬時に泡立ち再生。より凶悪な形状へ変貌していく。
「再生速度が異常だ……」
ナナシの分析は一瞬。
再生の核心──触腕の付け根に蠢く青紫色の脈動器官を捉えた。
"核"を守るために再生能力を犠牲にしているのか?
ゴリュン!
突然、巨塊が隆起。天井へ向けて触腕を鞭のようにしならせた。
天井の菌糸群が引き千切れ降り注ぐ。
落下物の雨が視界を遮るその隙に──
背後からの殺気。
ドシュッ!!
首筋を狙った触腕が空間を穿つ。
しかしナナシは振り返らず掌を翳した。
「『巌』」
掌中の印が金色に輝く。盾状結界が展開。
衝突の瞬間、触腕が千切れ飛んだ。
《ギィィッ!?》
驚愕の鳴動。苛立ちのような感情が垣間見えてナナシは嘲笑する。
腐蝕ガスが弾けた瞬間、それは乾いた爆竹が連鎖するような鋭い破裂音を立てた。
*シュッ……パチン! シュッ……パチン! *
青黒く濁った瘴気の粒子が、
水晶の欠片のように鋭利な断面を見せて飛び散る。
その一つひとつが壁に触れると、
*ジュワッ……! *
まるで沸騰した鉛を垂らしたかのように岩盤が融解し、黒煙と硫黄臭が立ち昇った。
ナナシは右へ身を翻した。外套の裾がガスの余波で焦げつく。
魔力防壁が焼け落ちる感覚は鈍く熱かったが、
彼の意識は既に次の一手に集中していた。
腐蝕液の核である「青紫色の脈動器官」——あの瘤のような異物が視界に入った。
だが巨塊ヴェスパーガルドは狡猾だった。核を守るように肉の襞が蠕動し、
《ギチギチ……》
腐った果実を握り潰すような音と共に触腕を増殖させる。
ナナシの「ラン」が弧を描く。
*ヒュオッ! *
青白い魔力の光刃が触腕群を薙ぎ払うが、
*ズブリ……ズブリ……*
表皮から漏出し続ける圧倒的な量と密度の魔力に押し負ける。
巨塊腐朽蟲の表皮が剥離した瞬間、
そこから溢れ出たのは単なる腐汁ではなかった。
**シュゴォッ……! **
まるで煮えたぎる溶岩のように泡立つ橙色の粘液。
それは生物的な脈動を伴いながら零れ落ち、石床に触れた途端、
**ジュゥウウウ……ッ! **
岩を喰らうがごとき音を立てて蒸気を噴き上げた。
腐蝕ではなく消化だ。
鉱物が分解されていく際の化学反応が鼻腔を灼くような刺激臭をまき散らす。
「これは予想以上に厄介だ」
ナナシの額に浮かんだ汗は恐怖のためではない。純粋な危険感知の結果だ。
このままではいずれ彼の肉体そのものが捕食されかねない。
ランを水平に構える。
魔力刃の範囲を最大化する準備だ。だがここで彼はふと気づいた──
巨塊の奥部、脈動器官が存在すると思しき箇所から漏れ出す瘴気が
奇妙なパターンを描いている。
まるで人間の脳波記録装置に映し出される波形のように。
「思考している?」
ありえない仮説だが否定はできない。
腐朽蟲は通常、生理的欲求に基づく反射のみで動く単純な知性しかない。
だがもし、目の前の怪物が学習し適応するなら?
巨塊の背部から新たな触手群が射出された。
今度は単調な突撃ではない。互いに絡み合い網目状になって接近してくる。
**バサリッ! **
まるで大型の翼竜が羽ばたくかのような迫力で広がる腐蝕網。
「絡まる……」
ナナシの口から漏れた言葉は状況を正確に言い当てていた。
網状に広がった触手が彼を中心に収縮し始める。
黄緑色の粘液が光りながら滴り落ちる様は、
まるで腐敗した植物繊維が糸引くようだった。
鼻につく酸臭と共に、細い管状部分が蛇行しながら脚部に接触する。
「ラン!」
呼応するように柄から伸びた魔力刃が弧を描く。
*スパァン! *
しかし切断面からすぐに新しい触手が補充される。
網目が閉じる速さは物理法則を超えている。
(学習したか……切断に対する再生速度を最適化している)
ナナシは外套を翻し後方へ跳躍。壁面に両足を蹴りつけ斜め上方へ。
*ガギィィン! *
触手が追ってきた。
岩石製の天井を抉りながら追尾する動きは、
まるで宇宙空間でのドッグファイトのように三次元的だ。
ダンジョン内の湿度が高いせいだろう。
壁面や床から立ち昇る靄が視界を覆いつつあった。
(まずいな……あの靄には何か別の意図があるかもしれん)
触手の先端が再び橙色の腐蝕液を滴らせはじめた。
ただの毒性ではない。石灰岩が泡立つように崩壊していくのが見て取れる。
(鉱物と有機物の区別なく消化か。まさに究極の掃除屋だ)
ナナシは外套の裏地に仕込んだ防御のルーンを活性化。
全身を包む青白色の障壁が展開される。
*ヂュックンッ! *
腐蝕液が触れた瞬間、水風船が弾けるような音を立てて爆散。
透明な飛沫の中に混ざっていた気泡が霧と同化してゆく。
(この霧を吸い続ければ終わりだ。防御障壁の強度もそろそろ限界か)
壁や天井を縦横無尽に駆け巡るナナシを追って打ち出され続ける触手の弾幕。
それは腐食性の霧をまとった嵐だった。
石畳が溶け落ちる轟音が反響し、
壁面を貫通した触手が鉱脈を引っ掻く鋭い音を奏でる。
**ズゴォォン! **
大理石の支柱が腐蝕液に触れて蒸発する。
その悲鳴のような音と共に剥がれ落ちた破片が霧の中を漂い、
無数の微小結晶となって光を屈折させた。
天井から崩れ落ちる瓦礫さえも腐蝕霧に触れれば塵になる。
まるで古代都市の終末図だ。
「……っ!」
ナナシは歯を食いしばった。魔力障壁にひび割れが走っている。
腐蝕霧の密度が急激に上昇していた。喉に刺す痛み。肺胞が焼ける感覚。
視界の隅で障壁が結露し始めた——もう限界が近い。
前方に大規模な崩落が迫る。
崩壊する天井の奥に潜んでいたのは分身、若しくは手下なのか、
新たに現れた触手塊だった。
無数の枝分かれした毛細触手がその表面を覆い、
**ビチビチ……! **と音を立てて蠢いている。
「コレは、無傷では躱せんな」
判断は早かった。足元の瓦礫を蹴り上げて方向転換。
壁面を垂直に疾走する彼の残像に合わせて触手群が爆ぜる。
**バァン! ** **ジュウウッ! **
ナナシの左肘に巻き付こうとした触手を寸前で払い落とす。
肘関節に施した防御陣が一瞬にして溶け落ちた。
露出した肌が粟立つ。焼けるような痛みが遅れて襲ってくる。
しかし怯む暇はない。
奴の再生能力を上回るスピードで仕留めねばならない。
「ラン」の柄を強く握る。 魔力光が刃となって展開——
**バシュウッ! **
今までより明らかに強い輝き。全力解放の証だ。
周囲の大気が歪み始め、空気中に含まれる水分が蒸発して霞になった。
青白い雷光にも似た閃光が空間を切り裂く。
脈動器官はすでに危険を感じ取ったのか、表皮全体が硬化を始めていた。
**ギュウウ……**と音を立てて隆起した外殻が複雑な幾何学模様を描く。
この短時間で護りのルーンを習得したらしい。
ナナシの漆黒の外套が腐蝕霧に蝕まれ、裾の先端が灰のように崩れ落ちた。
喉奥が焼け付く。肺腑に染み込む瘴気が神経を麻痺させようとしている。だが──
「見えた」
蒼い光芒が視界を裂いた。
それはナナシの双眸から迸ったのだ。
氾濫する瘴気の靄を貫き、浄眼の光条が触手塊の中心部へと突き刺さる。
青白い魔力の奔流が脈動器官を穿ち──
「腐朽蟲は学習するのではない」
ナナシの声は静謐な刃の如く冷たい。
「環境に適合し、遺伝情報を書き換えているだけだ」
その指摘こそが必殺の一撃となった。
ギシャアアアアッ!?
腐朽蟲の巨塊が苦悶の咆哮を上げる。
核塊表面の防御ルーンが次々と明滅し崩壊していく。
学習と適応の代償──魔力構造の脆弱化。
ナナシの浄眼はその一点を見抜いていた。
「ならば……」
彼の右手が「ラン」の柄を握りしめる。
魔力刃が螺旋状に伸長し、
触手塊を巻き取りながら中心へと突入する。
ズバンッ!!
魔力刃が触手核を貫く感触。そして──
「あれやこれや……」
ナナシの低く濡れた囁きが聞こえた。
それは勝利宣言などではない。
獲物を前にした狩人の愉悦。あるいは……
絡み合った触手の中でナナシの体が傾ぐ。
外套が完全に溶け落ちた。露わになった肌に腐蝕液が滴る。
焼けるような痛みすら甘美な刺激となって脊椎を這い上がる。
彼の腕が触手核を抱き寄せる格好になったのは偶然ではない。
ランが消える。代わりに指先が脈動器官へ直接触れた。
ジュルッ!
魔力の波動が体内に逆流する。腐朽蟲の生態系そのものが流入してきた。
不思議と心地よかった。それは共生ではなく略奪だとしても。
ギィィィッ!
断末魔の叫びがダンジョンを震わせた。
輝く鱗粉が闇夜に映え、最期を送る。
「美しい……」
思わず唇から賛辞が漏れる。
(ズドン……)
腐朽蟲の最期の鼓動が大地を震わせた瞬間、
ナナシの肉体に流れ込んだのは膨大な情報の奔流だった。
腐蝕毒と魔力構造が入り乱れながら血管を逆流し、
細胞の一つひとつに浸透していく過程は
まるで神経病に侵される儀式のようだった。
だが、彼はそれを拒まなかった。
「美しい……」
嘆息のような言葉が唇から零れた。誰に向けてでもない独白。
視線の先では触手塊が萎縮しながら灰褐色の粉末と化してゆく。
無数の屍骸が堆積し腐朽を招いた土壌から生まれた怪物が
今まさに自らの死によって再び土に還る瞬間だった。
(サラサラ……)
核塊が砕け散る音は細かい砂糖菓子を噛み砕いたような儚さで
ナナシの耳に届いた。瘴気は急速に薄まりつつあるものの、
その名残が肺腑の奥に沈澱し吐息を苦く濁らせる。
外套は完全に消失し露出した皮膚には紅斑が浮かび上がり
焼鏝を押しあてられたかのような激痛がまだ残存している。
しかしそれすらも快楽の一部となりうる境地に至ってしまえば
痛みと恍惚は不可分なものとなるだろう。
(……)
しばらくのあいだ彼は微動だにしなかった。
勝利の余韻というよりは敗北への敬意といったほうが近いか。
彼の浄眼が発した光芒は確かに致命的な楔となったが
真に決定打を与えたのは腐朽蟲自身の進化願望だったかもしれない。
学習による過剰適応が内部崩壊を招いた結果なのだから。
(パラリ……)
足元で砕けた触腕片が崩れる。
それはかつて生命だった痕跡にすぎない。
ダンジョンの闇は変わらず深く、無数の亡者が眠っている。いや——
彼らもまた腐朽蟲の一部として
活動し続けていたのだと思うと妙な感慨があった。
「終わったか……」
ようやく呟いた声にはどこか寂寥感が宿っていた。
戦闘中あれほど猛々しかったはずなのに今は儚げですらある。
ギィっ……、ギィ……
命のやり取りが終わった後の空気はどうしようもなく乾いている。
余韻に浸るまもなく響く遠い咆哮を背に受け、
今だけは感慨に耽っていた……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
魔剣・妖刀には鍛冶師がそうあれかしと望んで産まれたモノと、
成り行きで成ってしまったモノがある。
隈乃温泉の和室に膝を突き合わせて座る
ナナシと式の間に置かれたものは典型的な後者だ。
魔を斬り、血と肉と魂を吸って朽ち、
残った芯鉄を打ち直して魔を斬ってを繰り返して産まれた妖刀。
「【睦稀】という名だと」
ナナシの指先が鞘の柄頭を撫でる。
漆黒の拵えは腐朽蟲の表皮から削り出したかのような荒々しさを帯びていた。
鐔には無数の歯が生え並び、まるで飢えた獣の顎のようだ。
「……これが噂の『喰らい刀』か」
式の声が低く湿る。瞳に灯るのは紛れもない欲望だ。
刃物を愛でる狂気。血を啜る妖刀への偏執。
「そうとも呼ばれる。使い手を選ぶというより……喰らうんだよ」
ナナシがゆっくりと鞘から刃を滑らせる。
シュッ———
空を切る音すら血糊が匂う。刃渡り五尺五寸。
波打つ刃紋は腐海の底で蠢く触腕の幻影だ。
式が震えた。恐れではない。陶酔の震えだった。
夫との閨房でも覚えたことのない背徳の疼きが背骨を貫く。
「……なんと禍々しい」
式の声がかすれていた。
湯上りの身体から立ち上る石鹸と汗の香りが、噎せ返るほどに濃厚に漂う。
旅館の和室──畳の目に染み込んだ長年の客たちの情念が、
今この瞬間の淫靡さに共鳴するようだった。
式はそっと指を伸ばした。【睦稀】の漆黒の拵えに触れる。
指先に伝わるのは、金属の冷たさではない。
生きて脈動する何かの息づかいだ。
腐朽蟲の屍肉を素材として用いたという鞘は、鞣した革より柔らかく、
それでいて爪を立てれば容易く肉を抉りそうな獰猛さを秘めていた。
「使い手を喰らうとは……比喩ではなく本当にそうなりそうね」
式は唇を舐めた。唾液が銀色の糸を引く。
彼女にとってそれは恐怖ではない。
禁忌への期待、己の命を玩ぶ悦びだった。
両儀家当主として生を受けた宿命か、
それとも魔を孕ませた母の血の業か──
彼女は常に"正しくないこと"を求めてしまう。
ナナシは式の瞳を凝視していた。
彼女の瞳孔は縦に長く引き攣れている。龍の眼のように。
「見鬼」の才を持つ彼女の視界にいま映っているのは妖刀の呪詛か、
あるいは己自身の歪んだ欲情か──
雨は絶えず降り注いでいた。
旅館の窓を叩く滴音は、式の耳奥で心臓の鼓動と同期する。
妖刀【睦稀】の漆黒の刃が濡れた畳を照らす。
その赤味を帯びた燐光は腐海の底で蠢く触腕の如く、
式の網膜に焼きついていた。
「どう使えばよいの? この狂暴な刃を」
問う声が掠れている。
吐息が妖刀の刃面を曇らせる。
まるで生き物のように。
ナナシは答えずに鞘から半ばまで引き抜いた。
空気中の湿気が刃に纏わりつき白く凍る。
刃先から滴る透明な液体は腐朽蟲の腐汁か──
あるいは式自身の汗だったかもしれない。
式が手を差し伸べる。細く白い指先が鍔近くを掴む。
*ヒヤリ……*と金属より冷たい触感。
掌に感じる脈動は妖刀のものか自分の血潮か判らない。
「冷たいわ」
呟きが熱っぽいのは酩酊に似た陶酔のせいか。
彼女の黒髪が肩口で揺れ頬を隠す。
その隙間から覗く横顔は彫刻のように硬質でありながら、
眼球だけが爛々と光を放っている。"見鬼"の眼だ。
ナナシが鞘を持ち上げると【睦稀】が完全に露わになった。
波打つ刃紋に沿って虹彩が滲む。まるで生物の筋繊維が蠕動するみたいに。
式は無意識に舌で唇を舐めた。唾液が細く糸を引く。
扇情的な仕草は妖刀を誘っているのか己自身の欲望なのか。
「……なんて綺麗なの」
吐息と共に漏れる讃美歌のような囁き。
そこに畏怖は含まれていない。
あるのは狂信者の恍惚だけだ。
式の指先が微かに震えていた。
それは武者震いなどというものではなく、もっと生々しい、
内臓の深いところから湧き上がる衝動に耐えかねて痙攣するような震えだった。
ナナシが静かに妖刀【睦稀】を畳の上に横たえる。
漆黒の拵えが古びた畳表に鈍く光る。
その傍らに座る式の白い襦袢の襟元が、先ほどの会話の熱で少し乱れている。
普段は凛として冷徹な印象すら与える彼女の首筋が、
今は熟れた桃のように淡く染まっていた。
雨はなおも止まない。ザアザアと旅館の瓦屋根を叩く音は、
徐々に外界からこの部屋を隔離していくかのようだ。
「……触っても?」
式が囁いた。その声音は驚くほど甘く、媚薬じみた危うさを孕んでいる。
ナナシは無言で頷いた。肯定というよりも諦めに近い仕草だった。
この女が一度火をつけられれば誰にも止められないことはよく知っている。
彼女自身にさえ制御できない衝動の炎なのだ。
式が膝を進めると、薄い布越しに太腿の肉が擦れ合う音がした。
それはまるで濡れた花弁が合わさるような微かな音であったが、
ナナシの鼓膜には灼きつくように響いた。
式の指が妖刀の柄へと伸びる。
漆黒の鞘に象嵌された触手の模様が、彼女の細い指と絡み合うように見える。
「……熱い」
囁きは吐息混じりだった。その言葉は【睦稀】に対して投げかけられたのか、
それともナナシへの挑発か。
あるいは自分自身の体温への驚きだったかもしれない。
式の瞳は潤んでいる。長い睫毛が涙袋に陰を作り、
その下で黒曜石のような虹彩が妖しい輝きを湛えていた。
見鬼の瞳が捉えているものは妖刀の禍々しさだけではないはずだ。
この部屋に満ちる退廃の臭気か。或いは──
「これは私のものだ」
断言のようでいて懇願に似ていた。式の声は震えを帯びている。
だがそれは弱さの現れではない。欲情と理性の鬩ぎ合いからくる痙攣だった。
ザッ……
式の足が畳を踏み締める。その軽い音が雨音を切り裂いた。
襦袢の裾が翻り、白い脛が一瞬露わになる。
その瞬間に立ち昇る香りは汗と石鹸と……女の匂い。
「……ほう」
ナナシの吐息が湿る。【睦稀】の黒柄を握りしめた彼女の掌が微かに震えていた。
それが期待なのか畏怖なのか、式自身にも判然としない。
ただ確かなのは──その震えが妖刀を通して全身を駆け巡っていく快感であること。
「これは試斬りではないぞ?」
問いかけが宙に浮く。答える者はいない。
それでも良かった。これは彼女自身への確認に過ぎないのだから。
式が右脚を大きく引く。重心が左に移り、肩甲骨が浮き上がった。
刹那──
ブォン!
風切り音とともに【睦稀】が水平に払われる。
刃先から放射状に広がる衝撃波が畳を揺らし、壁際の掛け軸を微かに震わせた。
「ふぅん……なるほど」
式が満足げに微笑む。唇の端から溢れた唾液が顎先を伝って落ちた。
襦袢の袷から覗く乳房の谷間は汗でぬめるように光を弾いている。
その中央にある桜色の蕾が固く尖っているのは羞恥か昂揚か──
どちらにしてもその姿はあまりにも淫らだった。
ナナシが唾を飲む音が室内に響いた。
それを聞いたであろう式は僅かに眉を寄せたが咎めはしない。
むしろ楽しんでいる節さえあった。彼女は【睦稀】を高く掲げたまま言う。
「見ていなさい。すぐに済む」
シュッ……
衣擦れと同時に刃が走る。鋭角的な動作の中に垣間見える優雅さ。
まるで舞台装置のような完璧さで整えられている部屋の中で
唯一違和感を放つ【睦稀】。
漆黒の刃が虚空を裂く。
その軌跡は弧を描き、時折直線となり、また不規則にうねる。
まるで意思を持つ蛇が空中で踊るように。
式の舞いは【睦稀】と共鳴していた。
呼吸を読み、体重移動の機微さえ刃に伝えようとする。
【睦稀】もまた彼女の意図に応える。
鞘から放たれた妖刀は、その歪な刃紋を蠢かせ、
まるで生き物の内臓が収縮するように脈動するのだ。
刃先から滴る透明な粘液は腐朽蟲の名残か、それとも式の汗なのか。
床板に落ちたそれが、ジュッ、と音を立てて微細な煙を上げる。
ザアッ……!
雨音が一瞬強まったかと思うと、式の動きが加速する。
【睦稀】の刃が虚空を切り裂く軌跡はもはや見えない。
漆黒の尾だけが残像となって畳を焦がすように這い回る。
式の白い襦袢の袂が翻り、
剥き出しになった二の腕の筋肉が脈打っているのが見てとれた。
「ハッ……! ハァ……!」
呼吸は浅く速く、喘鳴混じりだ。
額から首筋を伝う玉の汗が鎖骨の窪みに溜まり、
襦袢の胸元を濡らしていく。
その部分だけが異様に艶めかしく光を反射する。
(なんて鮮烈な……)
ナナシは目を逸らせなかった。
目の前で繰り広げられるのは試し斬りなどではない。
演舞とも違う。それは妖刀【睦稀】と式との交合だった。
刃の脈動が式の血の騒ぎと同調していく。
妖刀が振るわれれば振るわれるほどに彼女の肌は熱を帯び、朱を刷く。
肩口に張り付いた黒髪の束が汗で重く湿り気を帯びている。
汗粒が首筋から背中に伝い落ちていくさまが
襦袢越しにありありと見て取れる。
グラインドする腰つきは明らかに意味を持ち始めた。
単にバランスを取っているのではない。
内側から滾る性の衝動に突き動かされているのだ。
【睦稀】の漆塗りの鞘から蒸気のような瘴気が立ち上る。
それは腐朽蟲の記憶か。
はたまた式の中から放出されたものか。
(チキィン……)
突然、妖刀の鍔が鳴る。まるで同意を示すかのような金属音。
それに呼応するかのように式の表情が蕩ける。
瞼を閉じることなく開けたまま。
眼球の表面に【睦稀】の波打つ刃紋が映り込んでいる。
「気持ちいい……」
呟きは小さくとも確信に満ちていた。
妖刀の刃が彼女の魂に触れ始めている証左だ。
式の唇から唾液の糸が垂れる。
ザサッ……
踵を滑らせながら方向転換。
刃が畳を掠める鋭い摩擦音。
飛び散った小さな畳屑が湯気のような匂いを立てる。
旅館全体が妖刀の胎動に共振しているようだった。
ナナシは動けなかった。
魅了されているのでも畏怖しているのでもない。ただ圧倒されていた。
これは彼女の聖域だ。
侵すことの許されない、夫婦の交わりを覗き見ているような罪悪感に苛まれる。
式の白い襦袢の裾が翻るたびに、汗で滲んだ素肌がちらつく。
その度ごとに【睦稀】の刃が一層強く脈打つのをナナシは感じた。
ヒュオオ……
刃が虚空を薙ぐ音色が次第に低く濁り始める。
腐朽蟲の残滓が空気に溶け出しているのか、
部屋の隅々に立ち込める瘴気が粘り気を帯びてくる。
畳表に落ちた刃先の雫が白い煙を上げて床を侵食する様は、
まるで式自身の肉体が【睦稀】に侵されているかのようだ。
(おいおい……コイツは本気で……?)
ナナシの喉仏が上下する。
式の振り下ろす【睦稀】が描く軌跡は既に物理的な斬撃の範疇を超えている。
妖刀の波打つ刃紋と式の瞳孔が連動し、
互いの輪郭が融解していく錯覚に囚われる。
「ん……くっ……!」
式の呻きが絶頂へのカウントダウンとなる。
彼女の内腿に伝う汗が襦袢の生地に染みていく様は、
失禁にも似た卑猥さを湛える。
(ヒュオオオオ……)
【睦稀】の刃が虚空を薙ぐ音色はもはや刃風ではなく、獣の唸りに近い。
式の腰が大きく弧を描き、刃の軌跡が畳に複雑な陰影を刻む。
その動きに合わせて彼女の襦袢の裾が大胆に捲れ上がり、
汗で濡れた内腿の筋肉が痙攣する度に合わせ目から漏れる熱気が空気を歪める。
「ふぅ……! ぁっ……!」
彼女の口から漏れる吐息はもはや喘ぎと言ってよかった。
鼻腔が膨らみ、下瞼の痙攣が止まらない。
唇の端から零れた唾液が顎先を伝い落ちて鎖骨の窪みに溜まり、
襦袢の衿元を更に暗く染めていく。
薄布越しに透けて見える乳首の尖り方が尋常ではない。
まるで誰かの指がそこを抓んでいるかのように屹立し、
乳輪までが充血して大きく盛り上がっている。
「んく……あっ……!」
彼女の声がついに嬌声の域を超えた瞬間、
下半身から力が抜け、片膝をつきかけては持ち直すことを繰り返す。
襦袢越しではあるが明らかに蜜液が溢れ出て、
布地を透過して刃と鞘を濡らしはじめている。
彼女の汗と腐朽蟲の腐汁が入り混じった異臭が部屋中に充満し、
ナナシは息を止める以外になかった。
ズッ……ズチャァ……!
【睦稀】の柄頭が式の股間の中心を押し潰す。
それは偶然ではない。彼女は半ば無意識のうちに
そこに【睦稀】を導き、快楽の楔として利用しているのだ。
刃の動きが変わる。
これまでの流麗さが嘘のように鈍く、それでいて執拗になった。
まるで粘土を捏ねるような、あるいは肉塊を貪るような緩慢さ。
その一振りごとに式の腰が微かに震え、襦袢の裾がさらに大胆に捲れ上がる。
薄紅色に染まった内腿の付け根が露わになり、
そこには汗とは異なる艶めかしい光沢がまとわりついていた。
「はぁ……あっ……」
吐息が明確な嬌声へと変わった。
式の声帯が震えるたびに、【睦稀】の刃紋が微かに赤みを増し、
腐朽蟲の残滓である腐汁が刃の表面を泡立たせる。
その泡が弾ける音は、
式自身の体内で快楽の泡が弾ける音と同期しているかのようだ。
怜悧な美貌を快楽に蕩けさせる人妻の痴態。
それはある種の宗教画ですらあった。
(こいつは……何を見させられてんだ)
ナナシの喉がカラカラに乾く。
視線を逸らすべきか否か。いや、既に囚われてしまっている。
目の前で展開されるのは単なる試し斬りではない。
妖刀【睦稀】と人妻・式との淫靡なる交合。神聖なまでの堕落だった。
グチャッ……!
【睦稀】の漆黒の切っ先が畳を叩く音。
それすらも性器の抽送を思わせる擬音と化す。
式は刀を支えにして辛うじて立っている。
太腿に伝う蜜液が畳に新たな水溜りを作る様は
まるで彼女自身が汚濁の泉と一体になっているかのようだ。
彼女の呼吸は浅く激しい。
肺胞が破れんばかりに酸素を求めて喘ぐ一方で、
膣襞は【睦稀】の刃が放つ微細な振動を感じ取り
絶頂の予感に戦慄いている。
その瞬間──
ズプゥ……!
刃が畳ではなく彼女の最も敏感な箇所を貫いたかのような錯覚に襲われる。
無論それは幻だが、式の身体は確かにそれに等しい反応を見せた。
腰が浮き──
それはまさに、水中で死に瀕した魚が最後の力を振り絞って水面を跳ねるのに似ていた。
「ひぃっ……!」
短く裏返った悲鳴が迸った次の瞬間、式の背筋が弓形に反り返る。
白襦袢の衿からまろび出た双丘が天を仰ぎ、
固くしこった乳首が痛々しいほどに勃起していた。
その震える先端から汗が珠となって滑り落ちる。
「んっ……あああああああああ──―ッ!!」
絶叫と共に、彼女の全身が電流を浴びたように痙攣する。
腰だけではない。
腹斜筋が波打ち、大腿四頭筋が極限まで緊張して大腿を内側へと引き寄せる。
まるで【睦稀】という巨大な杭に貫かれているかのような姿勢だ。
ズプゥ……! という幻聴がナナシの脳裏を焼く。
実際には【睦稀】を咥えこんでいるわけではなく、
柄が下着を押し込んでいるだけだ。
けれどもその光景はあまりに淫靡だった。
薄紫に染まった秘所を覆う絹地の奥で、
幾重もの襞が妖刀の柄に絡みついて蠢いているのが透けて見えるような錯覚。
「おっ……ぐ……ぅ……」
式の喉が反り、苦悶とも悦楽ともつかぬ声が漏れる。
瞳孔が開ききり、見鬼の眼が虚ろに宙を彷徨う。
その焦点の定まらぬ視線が、ふとした拍子にナナシを捕らえた。
(見たな……?)
そう訴えかけるような妖しい笑み。
しかしすぐにそれも消え失せてしまう。
代わりに訪れるのは断続的な震え。
「いっ……くっ……! ふっ……うっ……! くっ……」
短いスパンで絶頂の波に攫われる式の表情はもう人妻のそれではない。
ただの雌犬だ。
涎を垂らし、舌を突き出し、鼻息荒く快楽に溺れる獣だった。
ズッチュッ!
最後のひと突きはあまりに暴力的だった。
式の腰が壊れたバネ仕掛けのように跳ね上がる。
襦袢の裾が大きく翻り、彼女の臀部が露わになる。
そこから鼠径部を通って蜜液の飛沫が畳へと放たれた。
パシャッ……!
小さな破裂音。それは彼女の魂が砕け散る音だ。
同時に【睦稀】の刃紋が真紅に染まる。
波紋の一つひとつが淫靡に、暗く、輝かない光を放った。
ガクン……
式の膝から完全に力が抜けた。畳が軋む音を立てて崩れ落ちる。
白い襦袢の袖が虚空を掴むように泳ぎ、汗と愛液で湿った裾が重たげに波打つ。
絶頂の余韻が彼女の肢体をまだ支配しており、
両脚はまるで生まれたばかりの仔鹿のようにガクガクと震え続けていた。
(……)
ナナシは息を詰めて見下ろしていた。
視界に映るのは、完全に弛緩した式の裸体──
いや、襦袢一枚羽織っただけのほぼ裸身だ。
乱れた帯紐は辛うじて腰に絡みついているものの、
衿元は大きくはだけて乳房がこぼれ落ちんばかり。
汗で濡れた乳暈は暗紫色に腫れ上がり、
その尖り切った乳首からは汗とは思えない透明な雫が糸を引いている。
秘所を覆うはずの絹の下着は最早ただの布切れと化し、
役割を放棄して彼女の腿に貼り付いているだけだった。
「はあ……」
深い深呼吸が聞こえる。それは安堵なのか疲労なのかわからない。
式は虚ろな瞳で天井を見上げていた。
そこには蜘蛛の巣が張っている。灰色に煤けた和紙の天井に、
小さな獲物たちが網にかかる瞬間を待っているようだ。
彼女の視線がゆっくりと周囲を彷徨う。
漆黒の畳。埃を被った柱時計。開け放たれた障子の向こうの雨景色。
それらすべてがまるで現実味のない夢幻のように感じるだろう。
なぜなら今の式にとって世界とは自身の内部であり、
そこで炸裂した快楽こそが現実なのだから。
パシャン
雨粒が窓枠を叩く。その音に合わせて【睦稀】が再び震える。
まだ終わっていないと言わんばかりに。
鞘に収まった黒塗りの柄はまるで脈打つ血管のごとき紋様を浮かべており、
それは式の心拍数と同調して蠢いているように見えた。
「……」
式がゆっくりと右手を伸ばす。その指先は微かに痙攣しており、
握力を取り戻せていないことが明白だった。
それでも彼女は必死に指を広げる。
そして──掴んだ。漆黒の柄頭。冷たく硬い柄を愛撫するように。
「こ、れぇ……♡買うわ……言い値でイイ、わよ……?」
「……毎度あり……」
絞り出すような快楽に濡れた声に、ただそう返すしかないナナシだった……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ふっうぅ……生き返るなぁ……
風呂好き、特に温泉が良いあたり、やっぱり俺って日本人なんだな」
湯殿の湯気が結露し、ぽたりぽたりと落ちてくる雫が湯面に円環を描く。
檜造りの湯舟にゆったりと身を沈めたナナシは、
天井近くに設えられた欄干越しに広がる夜空を眺めていた。
山間に浮かぶ月は厚い雲に遮られ、朧気な輪郭だけが微かに見分けられる。
そのぼんやりとした光が湯気の膜を通り抜け、
水面に揺れて幻想的な斑模様を作っていた。
「……ふぅ」
長い吐息。湯の温もりが凝り固まった背中の筋肉を揉みほぐしていく。
数週間に渡る迷宮探索で酷使した体は喜びを露わにするように弛緩し、
肩まで湯に浸かれば骨まで溶けてしまいそうな心地良さだった。
この解放感こそが温泉宿最大の贅沢というものだ。
「─────────おいおい……」
湯気が漂う中、脱衣所の方から微かな衣擦れの音が響く。
そっと扉を開けて入ってきたのは式だった。
先程の狂乱が嘘のように落ち着き払った佇まい。
それでも頬には仄かな朱が差し、
潤んだ瞳の奥には未だ燻る熾火のような熱が潜んでいた。
白磁のような肌にはまだ湯殿に入る前だというのにしっとりとした艶があり、
歩くたびに腰の辺りで淡い曲線が蠢く。
胸元を押さえる仕草は何かを隠しているようで妙に挑発的だった。
「……式? こんな夜更けにどうした?」
問いかけに答えず彼女は浴室の隅にある小さな椅子に座る。
手桶に湯を汲み上げる仕草があまりに優雅すぎて逆に違和感があるほどだ。
彼女はそのまま自分の身体に静かに湯を掛けていく。
まずは足先から踝へ、そして膝へ。
柔肌の上で跳ねる湯玉がランタンの灯りを受け黄金色に煌めく。
白襦袢の下から覗く太腿にはまだ微かな傷痕が残っていた。
あの妖刀【睦稀】によるものだ。
それを洗い清めるかのように
丁寧に湯を這わせる指使いには一種の敬虔さがあった。
「……見事なものだったな」
ポツリと独り言のように呟くナナシの言葉に式はわずかに眉を吊り上げる。
しかしその怒りはすぐに霧散し、どこか諦念めいた微笑みに変わった。
「褒めてるつもりなのか?
それとも哀れんでるのか……どっちだ」
「さあ、どちらでも。俺はただ見たままを言ったまでだ」
「……ああ、そう」
冷淡な返答にほろ苦い笑みを浮かべる式。
出会った当初は互角、むしろ彼女のほうが上だった筈だ。
しかし、その後の二十年近く、家族との安寧に浸った式と、
死線を潜り抜け続けたナナシでは能力はともかく
実力は比較にもならない差がついていた。
湯殿の空気が揺れた。式がそっと立ち上がる。
湯気の膜を破るように伸びた肢体は、薄明かりの中に浮かぶ彫像のようだった。
首筋を伝う汗玉が鎖骨の窪みに溜まり、
そこから滑り落ちる音すら聞こえてきそうだ。パチャン──。
微かな水音と共に彼女が湯船に入る。距離は僅か五十センチほど。
「隣……良い?」
掠れた声。肯定も拒絶もできない間に、彼女はすでに腰を下ろしていた。
肩と肩が触れそうな位置。湯の温もりとは別の熱がナナシの背中に走る。
「……なあ」式の指が湯の中で無防備に動く。
「私だって、もう若くはない。わかってる?」
「そう言われても」
「あの時は……違う。今の方がずっと飢えてる」
彼女の視線がゆっくりと下がっていく。
湯の下で自分の股間が勃起していることに気づく。
(勘弁してくれ)
「あんたを見てると……本当にダメになる」
「……」
「ねえ。昔のこと、まだ怒ってる?」
「……別に」
「じゃあ今は?」
「……困るだけだ」
「正直で嬉しい」
濡れた睫毛の奥で瞳が細くなる。まるで肉食獣のような鋭利さ。
「私だけじゃないでしょ? あんただってまだ疼いてる」
式の指が湯底で蠢く。爪先が何かを探しているようだ。
(まずい)
湯が微かに波打つ。そして──触れた。
「っ」
それは偶然などではなかった。
式の指先が湯の底でナナシの太腿に到達する。
柔らかい感触が皮膚の上を這い回る。
(やめろ……)
彼女は無邪気に湯を掬うふりをしながら指を忍ばせる。
爪の先が太腿の内側を掠めた瞬間、
電流のような刺激が背筋を駆け抜けた。
「ねぇ……知ってる? 幹也、今日帰ってきてないの」
式は囁きながら手首をくるりと返す。
指の関節がナナシの肌に吸い付くように密着する。
その圧迫感だけで理性が危うくなる。
「だから今なら──」
耳朶に触れる寸前の距離まで顔を寄せられる。
濡れた前髪の隙間から覗く瞳は燃えるように熱く、淫靡に濡れていた。
湯殿の暖色の光が、湯面を揺らす泡と一緒に弾けていく。
式の指先はまるで見えない弦を奏でるように、
ナナシの左太腿の外側から内側へ、螺旋を描くように滑り込んだ。
湯が皮膚を伝う微かな水流音。その奥で式の指関節が微妙に軋む音が混ざる。
爪の先が産毛を逆立てるような微細な圧迫感。
それが湯の温度とは異なる熱を肌に焼き付けていく。
「……っ」
ナナシの喉が鳴り、息を止めても逃れられない痺れが太腿全体に広がる。
式の指はただ一点を目指しているわけではない。
鼠蹊部の起伏を読み取る探針のように、
複雑な筋肉の窪みを抉りながら少しずつ核心へと迫っていく。
湯が泡立つ。式が肘を曲げた拍子に水面が波打ち、二人の距離が一瞬縮まる。
彼女の肩甲骨がすぐそこにあって、
滴り落ちる水滴が背筋を伝って流れ落ちる軌跡が見える。
その水滴がちょうど彼女の尾骨あたりで湯面に溶け込む様は、
なんとも艶かしい扇情的な光景だった。
「……ここ」
式の一言が湯気に紛れて消える。
爪がぴたりと止まった。その位置は太腿の付け根から五センチ以上離れているのに、
なぜか下腹部の奥底にまで震えが走る。
式の指がわずかに折れ曲がる。その動きに呼応するように、
ナナシの睾丸が内側で微かに動いたのを自覚した。
式はその変化を見逃していない。
口元に浮かぶ冷笑は肉食獣の獰猛さと娼婦の狡猾さを併せ持っていた。
「わかるよね……? 私の言ってること」
囁き声は甘美な毒だ。
抵抗しようとすればするほど、その毒は血液に溶けて巡っていく。
式の左手は湯面下でナナシの右膝を支えるように添えられている。
ただそれだけなのに、
彼女はいつでもナナシを拘束できる状況を作り出していた。
湯が再び波打つ。それは式が右足を浮かせたためだった。
彼女の踵が湯底に付いたかと思うと、
親指がそっとナナシの脛に沿って這い上がる。
水掻きのある部分が脛の外側を押し込み、
そのまま滑らせることなく静止する。
ナナシの太腿を跨ぎ、美貌の熱が伝わる距離で見つめ合う。
湯気に包まれた唇から漏れる熱い吐息が、ナナシの頬を撫でる。
濡れた前髪が額に張り付き、
式の目尻には湯と興奮で滲んだ涙が微かに光っていた。
「見て……」
式の指がゆっくりと動く。
湯の中でナナシの太腿を弄んでいた右手が、今度は自分の左胸へと滑り上がった。
繊細な指が乳首の突起に引っかかり、ぷくりと浮かび上がる様が透けて見える。
「んっ……」
式自身が漏らす悩ましげな呻きが湯殿に吸い込まれていく。
人妻が自分の乳房を揉みしだく姿はあまりに煽情的だった。
「幹也はね……ここ、ほとんど触ってくれないの」
指の関節が乳輪ごと乳首を挟み込み、上下に擦る。
乳首がこすれる「シュッ……シュッ……」という微かな音が聞こえた気がした。
「なのに貴方は……私がこんな風になっちゃうって知ってた?」
式の瞳が細くなり、意地悪な光を宿す。
彼女の指が乳房の柔肉を強く搾り上げる度に、
湯面に浮かぶ豊かな谷間に汗玉が滴り落ちた。
そして湯面に落ちる「トポォン」という小さな音さえ、
式は愉しむように指の動きに合わせて鳴らしてみせたのだ。
さらに彼女の指は下方へと降りていく。
湯の中から出てきたのは、
白く濁った液体でべとべとに汚された中指と薬指だ。
先程までナナシの太腿を犯していた二本の指は、
自分の秘裂に入れていたことを示すように妖しく光っている。
「ふぅ……ぁ」
式がまた喘ぎを漏らした。だが今度は自分の痴態を見せつけるためではない。
彼女の手が伸びてきて、ナナシの手首を掴んだからだ。
そのまま自分の乳房へと導こうとする。
「貴方の手……貸して……」
ナナシは何も答えられなかった。
ただ式の体温が伝わってくる掌の感触に意識を奪われていた。
湯よりも遥かに高い体温。鼓動の速さ。汗の匂い。そして何より──
触れた瞬間、式が小さく「ヒャン」と啼いた声が耳に残ってしまったからだ。
柔らかくて張りのある乳房が湯越しに掌に吸い付く。
まるで生き物のように躍動する熱源だ。
湯面が波立ち、鈍い水音が耳朶を打つ。
ナナシの掌が乳房の中心へ沈み込む。
式の皮膚は湯気に蒸されて微かに桃色を帯びているが、
乳首だけが暗紫色に屹立していた。
ナナシの掌が沈み込む刹那──式の背筋が弓なりに反った。
湯面を裂いて飛び出した脊椎が月光に浮かぶ。
「っ……」
噛み締めた歯列の隙間から呻きが漏れる。
無骨な指はまるで鉤爪のように乳房へ食い込んでいた。
中指の関節が柔肌へ深く食い込み、皮下脂肪が指紋型に凹む。
まるで果実の内部を確かめる果樹農家の手つきだった。
乳房全体が歪む──
左胸はナナシの掌へ吸い寄せられ円錐状に拉伸され、
右胸は式自身の左手で捏ねられて円盤状に平たく潰されていた。
二つの乳房は全く異なる形態へ変異し、湯面へ歪な陰影を落とす。
乳房内の組織が軋む音さえ聞こえてきそうな圧迫感。
式の眉間に刻まれた皺は苦痛か愉悦か判然としない。
ただ目尻からは純粋な涙が伝い、湯面へ吸い込まれていった。
不意にナナシの指が動く。第二関節が関節技のごとく曲がり、
乳房中央を鷲掴みにして左右へ引き千切ろうとするかのような圧力。
乳輪と乳首は完全に剥き出しとなり、式の羞恥心を煽る。
しかし当の式は既に快楽の淵へと堕ちていた。
ナナシの指関節が食い込む度、
下腹の奥底が疼き子宮口が収縮する錯覚を覚えているのだから。
湯面下で蠢く脚の動きに伴い水飛沫が舞い上がり式の鼻梁を濡らす。
それが涙と交じり合い頬骨の稜線を伝い落ちていく様は、
まるで涙腺そのものが決壊したかの如き哀愁と倒錯を孕んでいる。
「……もっと強くしていいわよ」
その言葉に応えるかのようにナナシの掌がさらに圧力を増した。
骨格を覆う乳腺組織ごと押し潰す勢いで指先が内臓器官へ侵襲していく。
乳房の麓から頂きへ向け放射状に走る静脈が
青紫色に浮き上がるのが湯越しにも確認できた。
同時に乳頭から透明な分泌液が滲み始める。
それは母乳ではなく性的興奮によって放出されるカウパー氏腺液に近い成分だ。
ナナシはそれを認めたわけではなかろう。しかし本能的に察していたのか、
それとも単なる偶然か──彼は人差し指と親指で乳首を挟み込んで扱き上げる。
「ひっ……!」
式の喉から鋭い悲鳴が迸る。
湯気の幕を切り裂くその声は、痛みか快楽か判別のつかぬ歪みを帯びていた。
ナナシの指は容赦がない。
まるで熟練の職人が木材を削り出すかのような正確さと力強さで、
式の左乳首を根本から先端へ向け一気に擦り上げる。
「キュゥッ……」
湿った摩擦音が湯殿にこだまする。
指と乳首の間で分泌液が磨かれる音だ。
親指の爪が乳首の表面を軽くひっかく感触に、
式の背筋が痙攣し湯面を激しく叩いた。
乳首が充血し真珠のごとく膨張していくのが目に見える。
ナナシはその変化を愉しむかのように指圧を繰り返す。
第一関節、第二関節と順に折り曲げながら圧迫すると、
式の乳房全体が指の動きに共振して揺れる。
まるで乳房自体が意志を持ち快楽を求めているようだ。
「んん……! やめ…… そこは弱……いっ……!」
式の懇願は途中で途切れた。
ナナシがついに人差し指一本で乳首を挟み直し、
捻りを加えながら引っ張り始めたからだ。
湯気が渦を巻く湯殿の片隅で、
乳首が限界まで伸びきる残酷な光景が展開される。
白い肌と赤黒い乳頭の対比が鮮烈だ。
ナナシはその醜態を見下ろしながらも表情一つ変えず、
まるで医者が患部を診断するかのような冷静さで圧迫と旋回を交互に行う。
「シュコッ……シュコッ……」
卑猥極まりない擬音が反響する。
式の喘ぎと重なり合って奇怪な旋律を奏でる。
乳房が歪に歪み、乳首が捩れる度に式の身体が跳ね上がり湯飛沫が舞う。
それはもはや拷問と呼ぶべき行為だった。
しかし式自身はその責め苦から逃れる術を持たない。
むしろ彼女の脳内では苦痛と快楽が混ざり合い
化学反応を起こし新たな悦楽物質を生成し続けていた。
乳房全体が桃色に染まり汗粒が光輝を放つさまは聖遺物の如き神々しささえある。
「もぅ……許し……て……」
弱々しい囁き声。
しかしそれは確かに聞き取れた。
普段の凛とした振る舞いからは想像できぬ敗北宣言だ。
湯殿の空間に式の荒い呼吸音のみが満ちる。
水面に映る彼女の顔は紅潮しきっており目尻から涙が溢れた。
式の哀願は水中の泡沫のごとく儚く砕け散った。
ナナシの指は獲物を捉えた獣のように乳房の頂点を捉え続けている。
湯気で曇った鏡面に映るのは、左乳房が歪に拉げたまま放置されている惨状だ。
ナナシの指紋が残る三日月状の痕跡が皮膚に刻まれ、
その中心で乳首が充血し切って勃起していた。まるで腫瘍の如き異様な存在感である。
「……幹也だったら」
式が突然呟く。それは独り言なのか、ナナシへの挑発なのか判断しかねる声量だった。
「あいつなら……こんなやり方はしない」
嘲笑にも似た響きだが、その目はナナシの指を凝視したままだ。
「優しいキスをして……そっと胸に触れて……それで終わり」
湯気の向こうでナナシの唇がかすかに歪む。笑ったのか否か判然としない。
次の瞬間──ナナシの人差し指が乳首を貫いた。
「ガッ!」
式の背中がアーチを描く。湯面が波打つほどの衝撃だ。
指先が乳首の根元を挟み込み、
そのまま下方へ強引に引き千切ろうと過剰な力が加わる。
「フゥ……グッ……!!」
式の歯列が軋む。眼球が裏返りかける危険水域に達している。
乳房自体が千切れそうでいないのは奇跡だった。
いや──これはある種の儀式なのだろう。
女体が破壊寸前まで追い詰められた時初めて
最も淫靡な美が現れるという邪教的価値観に基づく陵辱劇だ。
そして不幸にも式の肉体はその証明材料となっていた。
痛みと快楽の狭間で意識が朦朧としかけていた矢先だった。
式の腰骨が何かに支えられていることに気づく。
見るとナナシの右掌が尾骶骨から臀部にかけて沿わされており、
それが僅かばかり持ち上げられているのだ。
つまり今の式は乳房と腰の三点だけで体重を支えており、
まさに宙吊り状態と言ってよかった。
「お前はこういうのが好きなんだろ?」
突然耳元で囁かれる低音。それは幹也とは正反対の獰猛さに満ちた声音だった。
式は否定しようと試みるも即座に打ち消された。
ナナシの手が股間へ忍び込んだからだ。
湯面下で蠢く物体がある。それはナナシの膝頭だ。
明らかに意図を持って秘部を圧迫し始めている。
「ひぃっ……!」
短い悲鳴と共に全身が仰け反る。乳房が再び歪み乳首が上下左右へ躍動する。
その都度湯面へ波紋が広がっていく有様は滑稽ですらあった。
しかも今度は股間からの刺激が加わり二重奏となっているため混乱が助長される一方だ。
湯殿に響くのは不協和音の連鎖だった。
湯面が震え乳房が歪み乳首が悲鳴をあげる度に──
「プル……プル……」
それは乳房がナナシの指圧を受け止め弾み返す肉塊の震動音であり、
「ブジュッ……」
乳首内部を奔る血管が圧迫で破裂しかける警告音であり、
「ジュブリ……」
式の股間から湧き出る潤滑液がナナシの膝頭に塗り付けられる淫靡な泡音だった。
その全てが月光の下で織りなす淫夢譚の伴奏である。
湯殿の壁に映る式の影は乳房が巨大化した異形の生物と化していた。
左右非対称な膨張と萎縮が繰り返され乳房自体が命あるもののように脈動している。
乳首は血流でパンパンに膨れ上がり
表皮に血管の網目模様が浮かび上がっているほどだった。
汗粒がその上を這い湯気へ昇華する様は、
まるで肉体が快楽の代償として蒸散していく過程を映し出すかのようだ。
ナナシの指が一旦離れた。
式は救済を得たかのように息をつくが束の間であった。
今度は掌全体を使って乳房を包み込む。
まるで陶器職人が壊れやすい作品を修復する慎重さで──
かつ猟師が獲物を捕獲した確信に満ちた力強さで。
乳房が円筒形に整えられ乳首が頂点に来るように矯正される。
「これは幹也にはできない芸当だろ?」
湯殿の薄明かりが水面に揺れ、乳房が歪な影を壁に落としていた。
ナナシの掌は陶磁器職人のように繊細でありながら、
獣の凶暴さで式の乳房を矯正していた。
「幹也の奴がこんな風にお前を抱くわけないよな」
低い声が耳朶を舐めると共に、股間を圧迫していた膝頭が更に沈み込む。
「ぅぐっ……!」
式の喉が引き攣り背筋が弓なりに反った。
乳房はナナシの掌で円筒形に矯正され乳首が頂点に屹立する。
まるで乳房自体が生命を宿したかのように
表面の静脈が脈動し乳輪周辺の毛穴が開くのが見て取れた。
ナナシの親指がそっと乳首の側面に添えられる。
まるで敏感な楽器を奏でるかのごとき仕草だ。
「優しくしても意味はないぞ。お前みたいな女は痛みで喜ぶんだ」
式の頬骨付近が紅潮する。
その言い分に反論したい気持ちもあるだろう。
しかし実際には股間の潤滑液が湯中に糸を引き始めていた。
乳房内の微細血管群が断裂し乳首内部が熱を帯びていくのが分かる。
汗と混じり合ったそれが湯殿の空気に溶け出し
独特の饐えた臭いとなって立ち上る。
「お前の主人はここでお前に何をした?」
ナナシの問いかけは意地悪かった。
式の意識を幹也へ向かわせてから否定させる寸法だ。
答えない式に対し追撃は素早かった。
股間を押していた膝が円運動を開始。
陰核と会陰を交互に擦り上げる卑劣極まりない動作。
乳房の方では人差し指一本で乳輪周りを掻き毟るように刺激される。
「ハァッ……ふぅっ……!」
湯気がゆらめく湯殿の水面には、
ナナシの黒髪から落ちた水滴の波紋が幾重にも重なっていた。
その中央に式の姿は無い。文字通り水中に没したかのようだった。
彼女の上半身はナナシの腕の中にすっぽり収まっており、
乳首とその周囲だけが辛うじて水面から飛び出している。
乳房の稜線が湯気越しに淡い弧を描いて
見え隠れするさまは幻妖な美を漂わせていた。
ナナシの黒髪が濡れているのは決して湯のせいではない。
それは式の汗と交わった結果であって──
つまり彼は既に何度も乳房へ口づけしている証拠だった。
「んんっ……!」
突如として漏れた呻吟の主はもちろん式以外には考えられなかった。
しかしそれは今までの苦痛とも異なる色合いを持っているようだ。
乳首の側面で燻っていた火種に
燃料を投じられたかのように疼きが増幅されていたのである。
ナナシは式を抱え込んだまま動かない。
ただ乳房を己の手中に置き玩弄することこそ最大の目的らしい。
「どうした? 言ってみろよ」
挑発的な問いかけに対して式は何も答えられない。
呼吸を整えるだけで精一杯なのだ。
代わりに返事とばかりに乳房が大きく鼓動する。
まるで本人以上に雄弁だと言わんばかりに。
それを確認した上でナナシの口が開かれ
牙とも思える犬歯が剥き出しとなる。
次の瞬間──乳首へ噛みつかれた!
「ヒィッ……!」
鋭利な刃物が突き刺さる寸前まで近づいたような錯覚さえあったであろう。
式の肢体が一瞬で硬直し反射的に仰け反り始める。
しかしそれでもなおナナシの拘束は解けないどころか逆に締め付けられる羽目に陥る。
結果的にますます密着度が高まった状態となり余計に逃げ場を失うこととなった。
そしてついに本格的な咀嚼が始まってしまったのである。
まずは浅く歯型をつけ皮膚組織へ亀裂を入れるところから始めたようだ。
そこからゆっくり時間を掛けて噛み潰していくつもりなのか
それとも焦らずじっくり仕上げていくつもりなのか
不明瞭ながらもいずれにせよ恐るべき技量と言えよう。
「痛っ……くぅぅぅ……」
微弱な電流が断続的に流れ込むような痺れとともに鈍痛が走り続ける。
本来ならば激痛で叫び出したいところだが式自身そんな真似はできなかった。
湯殿の湿気が一層濃くなったように感じられた。
乳白色の靄が式の裸体を取り囲み、彼女の輪郭を曖昧にする。
しかし──ナナシの目の前に曝け出されたその一点は違った。
彼の口内深くまで導かれた乳首だけが、湯気越しにも明確な色彩を放っている。
ナナシの舌が螺旋を描くように乳首を絡めとり、
同時に下顎で乳房全体を揉みしだく。
唾液と汗が混じり合い泡となって式の谷間に溜まっていく。
「ジュルッ……ベチョッ……」
湿った吸引音が式の吐息と重なり湯殿に反響する。
乳房はナナシの掌で餅のごとく歪み、
乳首だけが独立した生き物のように舌に翻弄される。
乳房がナナシの手中で餅のように捏ねられる度、式の脊椎を雷撃が駆け抜けた。
左の乳首は依然としてナナシの口内に囚われたまま。
舌先が螺旋を描くように絡みつき、歯列が甘噛みから始まり次第に圧力を増していく。
その刺激と同期するかのように右手は右乳房を掴み上げ、掌全体で円を描くように圧迫する。
ナナシの指が谷間へ埋まる度に乳房は形を歪め、湯面には波紋が幾重にも重なる。
「やめ……てぇ……!」
悲鳴は湯気の中に溶けていった。
ナナシは返事の代わりに吸引を強める。
乳首の根本まで吸い込まれ真空状態に近くなると、突然口を離す。
勢いよく解放された乳首が震えながら跳ね上がり、式は全身を貫く衝撃に仰け反った。
乳房の稜線が湯気越しに淡く輝き、まるで独立した生き物のように躍動していた。
それはナナシの思うがままに形を変えられ操られている象徴でもある。
今度は二つの乳房をそれぞれ違う角度で寄せ上げられる。
左乳首が正面を向き右乳首が斜め上方に逸れるという不安定な姿勢だ。
ナナシの鼻梁が式の鎖骨下窩に触れ吐息が肌を焦がすように熱い。
舌先は今度は尖らせた状態でチョンッ……チョンッと連続的に弾いてくる。
まるで楽器を演奏するかのような正確さだ。
一方乳房全体に対するアタックは単純な揉み方とは明らかに異なってきた。
まず拇指以外の四指が肋骨沿いに配置され固定される。
そこから母指が腋窩に向かって伸びていき谷間へ潜り込んでくるのだ。
ちょうど乳房内部を通過するようにして
反対側へ到達すると再び引き抜かれるという工程が繰り返される。
この繊細かつ大胆なストロークは通常ありえない領域まで侵入し
神経系ごと掌握してしまう恐れがある。
「ンギュッ……!?」
一際大きな悲鳴と共に式の身体が跳ね上がるがそれだけでは終わらない。
なんとナナシは乳首周辺の皮膚を抓り上げ引っ張り始めたのである!
しかもその間隔は一定ではなくランダムになっているため
予測不可能なダメージが加算されるという恐るべきコンボとなっている。
湯殿の湿度が乳房に貼り付いた汗をさらに蒸発させていく。
その水蒸気の中でナナシの舌が乳首を転がし唇が乳暈を覆いつくす。
式の呼気は湯気と同化し掠れた喘ぎ声さえ聞き取りにくくなってきた。
乳房への蹂躙が激しさを増すにつれ式は自然と背を丸めて防御姿勢をとろうとする。
だがナナシの太い腕がそれを許さなかった。
肘裏を掴まれ強制的に万歳させられた状態で乳房が突き出される形となり
さらなる屈辱感に襲われる。
「こんな姿勢で責められて嬉しいのか?」
囁かれる声は毒液のように耳孔へ注がれ脳髄へ染み渡る。
「ハァッ……ハッ……!?」
否定しようとしても舌がもつれる。
その間にもナナシの左手が乳房根元から持ち上げるように掴み上げ
重量感たっぷりの膨らみを掌全体で堪能している。
「旦那には可愛がってもらえてないみたいだな?」
語尾に嘲笑が含まれていた。
確かに夫である幹也はこんな乱暴なことはしない。
優しく慈しむような愛撫が基本だったはずだ。
しかしこの荒々しい凌辱によって式の身体は未知の領域に進む。
湯殿の湯気を透かして見える乳房の輪郭は、
まるで飴玉が溶け出したような柔らかな曲線を描いていた。
その豊かな膨らみがナナシの掌で容赦なく揉みしだかれ、
乳首を中心に同心円状の赤い痣が幾重にも広がっている。
まるで血の花が咲いたかのようだった。
「ほら……ここだ」
ナナシの指が乳房の基部から根元を辿り、掌全体で圧をかける。
それはまさに搾乳の技法そのものだった。式の身体が驚愕で硬直する。
「や……めて……! それは……っ!」
抗議の声はすぐに途切れた。
ナナシの親指が乳首の根元を挟み込み、グニグニと捻るように揉み上げる。
同時に他の指が乳房全体を擂り鉢のように回転させる。
そのリズミカルな刺激に合わせて──
「あ……あああっ!?」
ピュッ。
微量ながらも確かな白濁液が乳首の先端から噴き出した。
湯気に曇った浴室の壁に小さな飛沫が散り、湯面へ落ちては消える。
湯殿の仄暗い照明が湯面をゆらめかせ、そこに映るのは乳房の陰影だった。
ナナシの掌が乳房の基底部から搾り上げる度、式の全身を稲妻が走る。
「あ……っ! だめっ!」
式の拒絶とは裏腹に、乳首からは透明な粘液が糸を引いて零れ落ちた。
それは湯殿の霧に混じり消えかけていたが──ナナシの舌が掬い取った。
ピチャッ……ペチャッ……
淫猥な音が木霊する中、式は瞠目し顔を伏せる。
彼の口中で味わわれたものは間違いなく自分の一部なのだ。
「驚いたな。お前のカラダはまだあのガキを育ててるのか」
嘲りを含んだ言葉に式は息を呑む。
幹也との子供のことなど口に出したくもないのに。
乳房は掌の檻の中で哀れなほどひしゃげ、それでもなお生命の源を湛えている。
ナナシの舌が乳輪を這うと粘膜が吸い付き、母乳の源泉を探るように蠢く。
その度に乳房内を走る管が刺激を受け、新たな滴が湧き出す。
ピュッ……チュプ……
断続的に漏れる母乳はもう湯殿の蒸気と同化せず、淫らに自己主張する。
乳房がナナシの掌の中で痙攣する度に、新たな液体がほとばしった。
その白濁が湯殿の仄暗い照明を受けて虹色に輝きながら宙を舞う。
ナナシの舌が即座に追尾し、空中で受け止めた雫を喉奥へ滑り込ませた。
ゴクリ……
嚥下音が湯殿に反響し、式の脊椎を氷柱が貫いた。
同時に乳房内部で管が蠢く。乳腺の一本一本が怒涛のように膨らみ、
まるで意思を持った蛇のように蠢いているのが分かる。
「あ……あぁ……!」
式の唇から嗚咽が零れると同時に乳房が再度波打ち──
ピュシュッ!
今度は前よりも多い量が迸った。それは弧を描き湯面へ落下。
衝突の刹那、微細な飛沫となって四方八方に散り散りになる。
しかし一部のしずくは運良くナナシの唇へ吸い込まれていった。
チュッ……プチュッ……
唾液と母乳が交わり生まれた新しい粘液が乳房を這い上がる。
まるで軟体動物の触手に絡みつかれているかのようだ。
肢体が意図せず捩れるのは羞恥心だけではないだろう。
乳房から伝播した衝撃が背骨を通じ子宮へ直結しているせいもある。
実際に下腹部にじんわりとした温もりを感じ始めていた。
それは決して嫌なものではなかったけれど認めたくはない感情だった。
だからこそ余計に辛いのだと言い訳しても誰も聞いてくれないことも知っている。
会陰部に集っていた粘液の塊が僅かずつ解け始め
股座と脚部の境目である鼠蹊溝へ垂れ落ちていく。
やがてそれは床面近くに浮かんでいた湯面へと到達するであろうことは想像できた。
そうなれば水面の表面張力によって拡散され透明になるかもしれない。
だが今の状況下においてそんな些末事を気にする暇などありはしなかった。
「おいおいどうした? 泣くほど悔しかったか?」
揶揄う声色に込められた侮蔑と愉悦は隠しようがない。
だがそれを非難できる権利は式にはなかった。
なぜなら自分はこの状況を享受してしまっているからだ。
「うぅっ……ぐすっ……」
涙腺から溢れる塩分が湯殿の蒸気を吸収して潤滑油になり眦から頬を伝って顎先を濡らす。
それでも尚式は否定し続けなければならなかった。
己の尊厳と愛する者の為に最後の砦だけは死守しなければならない。
たとえどんな屈辱を与えられようと折れることだけは回避しなくてはいけないから。
その思いだけが唯一の支えとなっていたからだ。
しかしそんな決意も虚しく疼く乳肉は不倫相手に媚びてしまう。
疼く乳肉は不倫相手に媚びる。
その事実を、式は肌の粟立ちと同時に魂の芯で理解していた。
抵抗の意思とは裏腹に、
乳房はナナシの指が少し力を緩めただけで名残惜しそうに震え、
彼が再び指を埋め込めば待ち望んでいたかのように深く沈み込む。
まるで自ら奥まで招き入れるかのように。
ナナシはそれを知ってか知らずか──
否、全て見透かした上で笑んでいるのだろう。
湯殿の薄闇でその表情は読み取れないが、確信だけがあった。
「いいぞ式。もっと見せてくれよ」
低い囁きと共に、彼の右手が湯の中からゆっくりと離れる。
汗と母乳と湯気が混ざり合った粘液がぬちゃりと糸を引き、
やがてぷつりと切れた。
その軌跡が湯殿の仄暗い照明に反射し、
まるで銀の橋がかかったように見える。
あまりにも卑猥で美しい光景だった。
解放された乳房は、しかし安堵するどころか、
むしろ寂しさともいえる疼きを訴えた。
乳首は痛々しいほど尖り、次の愛撫を待ちわびているかのごとく脈動している。
次の瞬間だった。
ナナシの左手が式の顎を鷲掴みにする。
そして強引に後ろへ捻じ向けられた式の眼前に現れたのは──彼の唇だった。
拒む間もなく貪られる。
「ン゛ッ……ふ、ううっ……!!」
式の呻きは完全に飲み込まれた。
分厚い舌が強引に侵入し、式の歯列をなぞり、上顎を舐め上げる。
吐息すら逃さないとばかりに吸い上げられ、
酸素不足で頭がぼんやりとしてくる。
その最中にも拘わらず──
乳房への愛撫が再開されていた。
左の乳房が彼の右手によって掬い上げられるように包まれる。
湯殿の湿気で柔肌が手に纏わりつくのを楽しむかのように撫でさすられる。
先端近くにそっと添えられた親指が小さく揺すられると
乳房全体に波紋のような振動が広がっていく。
「ぷはっ……ぁ……はぁ……」
ようやく唇が離れると同時に入ってきた新鮮な空気が肺を満たす。
だが安心するのは早すぎた。
今度は右側の乳首にぬめったものが絡みついたからだ。
「やめっ……ああ゛ぁっ!!」
悲鳴は途中で甘ったるく蕩ける。
ナナシが再び乳房へ喰らいついたのである。
しかも今回は前回よりも遠慮がない。
大きく開けた口内へ丸ごと含んでしまうつもりらしい。
その事実に恐怖を覚えながらも
どこか期待してしまう自分がいることに気づき愕然となる式であったがもう遅かった。
パクリ──と生々しい咀嚼音とともに
右の乳房のほぼ全面積が熱い粘膜に包まれてしまった。
「ヒィッ……いやぁっ! 吸っちゃらめぇ!!!」
チュウゥゥゥゥゥッ────!
鼓膜を直接叩くような卑猥な吸引音が、湯殿全体に響き渡った。
まるで真空ポンプに掛けられたかのごとき強烈な負圧が乳首を起点に乳房全体を襲う。
式の身体が弓なりに反り返り、喉から迸ったのは悲鳴ではなく陶酔に近い嬌声だった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁっ!!!」
その叫びすらもナナシの口内で共鳴し、乳首にダイレクトに伝わってくる。
舌は生き物のように蠢きながら乳首の根本から先端までを執拗に舐り上げる。
時折甘く歯を立てては乳頭を軽く弾くという凶悪なコンビネーションは
乳房の中に張り巡らされた繊細な神経を一本残らず焼き尽くしていく。
ジュパッ! ペチョッ! チュバッチュバッ!!
唾液と母乳が混ざり合った特濃の液体がナナシの唇と乳房の狭間で泡立ち
白濁した糸を引いては湯殿の仄暗い照明に妖しく煌めく。
乳房は口の中でぐにゃりと潰され形を変え続けている。
乳首は完全に吸盤で吸い上げられたかのように伸びきり、充血していた。
乳房全体が痙攣し、その度に新たな母乳が滲み出てくる。
それをナナシは決して逃さなかった。
舌先を器用に動かし乳輪の周辺から抉り取り、再び吸引へと移行する。
「いやっ……ダメッ……それ以上したら……壊れるぅ……ッ!!」
式の懇願にも似た悲鳴が湯殿の空間を満たしたその瞬間だった。
今まで放ったらかしにされていた左乳房へナナシの右手が触れたのだ。
それは最初の愛撫とは比較にならないほど繊細かつ残酷な仕草だった。
指先が羽毛のごとく優しく触れ、乳暈の縁をくるりとなぞる。
その度に電流が駆け抜け、未だ口内のものとは別の悦楽が刻まれていく。
「あ……ぅ……んっ……」
二つの乳房から異なる種類の快楽を与えられ
式の思考回路は完全にショート寸前だった。
身体は本人の意思とは裏腹に更なる刺激を求めて跳ね上がろうとする。
しかしその動きさえもナナシによって抑制されてしまっていた。
乳房から伝わる疼きは既に脳天まで到達しており
意識を朦朧とさせていた式にとってもそれが何であるか理解できていた。
──絶頂への予感。
過去幾度となく経験してきたはずの感覚なのに
今回ばかりは全く違っていた。それは当然のことと言えるだろう。
今自分が感じている快楽は紛うことなく不倫によって得られたものなのだから。
しかも相手は一度見捨てた男であり、
自分の身体を文字通り陵辱している人物でもあるのだ。
そんな相手にここまで追い詰められているということ自体が信じられない。
乳房は最早理性の制御を超えていた。
式の精神が必死に抗おうとしても、
肉体はナナシの与える快楽に忠実に応答する。
疼きが鎮まるどころか益々激しくなり、
その震えは肩甲骨から背筋へと伝播し、
臀部の筋肉を微細に痙攣させた。
その結果──
「くっ……はぁ……!」
思わず前方へ傾いた身体がナナシの胸板に預けられる。
硬く引き締まった彼の筋肉質な胸筋は、
式の柔肌を押し返すような弾力を持っていた。
湯気で湿った肌と肌が密着する瞬間、
背中に回されたナナシの左手が滑らかに動き、
ちょうど肋骨の下あたりを強く圧迫する。
ドクン──!
臍の裏側で何かが脈打った。子宮が反応しているのか。
式は混乱しながらも、この身体的反応が忌むべきものだと悟る。
あらゆる感覚が曖昧になってゆく一方で、
不自然なほど研ぎ澄まされている部分も存在した。
たとえば──嗅覚。
鼻孔が捉えたのは微かな体臭だった。
汗の香りだけではない。おそらくコロンや石鹸ではない独特のにおいがある。
(これはナナシの体臭なのか)
思考がまとまらず呆然とする式に対し、
ナナシは再び乳房へ意識を集中させるべく行動した。
今度は右手を使い左の乳房全体を覆い隠すように包み込んだのである。
五本の長い指はそれぞれ独立した生物のごとく自在に蠢き、
式の乳房の形を歪めながらも絶妙な加減で揉みしだいてゆく。
ムニュゥ……
最初に感じるのは肉厚な重量感。
続いて来るはずの痛みを恐れた式であったが意外にもそれは訪れなかった。
代わりに訪れたのは痺れるような快感だ。
まるで花弁を開かせ蜜を溢れさせるかのごとき優美な手つきである。
そして同時に親指と人差し指を使った繊細極まりない愛撫が始まった。
「アァ……ッ!」
敏感な先端部を摘ままれたことで一層大きな喘ぎ声をあげる式。
その声色には確かな喜悦が含まれていた。
湯煙が薄布のように降り注ぐ中で、乳房への執拗な愛撫は続いた。
乳房は依然としてナナシの口腔に囚われたまま、
その中で行われる行為は最早捕食に等しかった。
舌先が螺旋を描くように乳暈をなぞり、
その中心点である蕾は歯牙によって挟み込まれる。
ジュルリ──卑猥な水音が耳朶を打ち、
その音はまるで胎児が母体から栄養を吸い上げる音のようだった。
踊る指に翻弄されていた乳肉もまた、形を変貌させつつある。
長い指たちが巧みに協働し、乳房全体を外側から圧迫すると同時に、
中央へ集約するように捏ね回される。
まるでパン生地をこねるように乳肉が潰され隆起し、
そのたびに乳房内部で快楽の火花が炸裂する。
特に乳首への攻勢は苛烈だ。
親指と人差し指が花芯を摘まみ上げると、
芯に通った鋼線のような硬直が背筋まで貫いた。
「あッ……ひぃ……っ!」
声を抑えることも忘れ、式は顎を仰け反らせた。
その咽喉元が天井を向き、鎖骨のくぼみに湯滴が溜まっていく。
湯殿の暖気に肌の紅潮は増し、玉の汗が珠のように浮かび上がる。
汗粒同士が結合し合いながら乳房の稜線を伝い落ちるさまは、
まるで夜露が葉先から零れ落ちていく情景によく似ていた。
乳房の麓では母乳が混じった汗が湯面に沈んで円環を作り出し、
その模様が水面に拡散していく有り様は儚げでさえあった。
「式……」
低く穏やかな呼びかけと共に唇が乳房から離れた。
銀色の唾液の糸が名残惜しげに宙に張り渡し、
乳房の表面には赤い咬痕と透明な輝きが交互に宿っている。
式の双眸は虚ろになりかけており、
頼りない呼吸音だけがその存在を証明していた。
だがそれでも彼女の身体は本能的に次なる刺激を求めているのだろう。
男はそれを察知したらしく、
「次はどうして欲しい?」
と問いかける。だがその口調には温もりがない。
凍土を思わせる冷淡さである。
一方で掌中の柔肉に対する扱いは慈愛にも似た優しさを孕んでおり、
「どうすればいいか教えてくれるなら……そうだな」
彼の唇が式の耳元へと寄せられていく。
「俺もそれに沿って動こうじゃないか」
掠れ声を介して吹き込まれた囁きは毒霧さながらであった。
それを受け止めた少女──否、熟れた女体の全身を巡り
「ぅぁ……」と微かな吐息となった嘆きが漏れるのみである。
乳房から滴る母乳は湯殿の照明に照らされ、琥珀色の蜜のように輝いていた。
それは温かい湯面へと落下し、同心円状の小さな波紋を無数に生み出していく。
式の胸元に咲いたその淫らな花は、今まさに男の指によって蹂躙されていた。
「教えてくれよ……この乳首をどうしてほしい?
さっきみたいに強く吸われるほうが好きか? それとも……」
「や……そんなこと……言えない……っ」
言葉とは裏腹に式の瞳は虚空を見つめたまま揺れていた。
湯殿の湿気で額に張り付いた髪束が汗で固まり、
その隙間から覗く睫毛が微かに震えている。
ナナシの問いかけは罠だった。答えようが拒もうが結果は同じ。
むしろ沈黙を選んだことでより深い責め苦を受けている気さえする。
事実乳房は解放されることなく玩具にされているのだから。
彼はゆっくりとした動作で乳房全体を手で包み込んだかと思うと、
乳暈を爪先で掻き毟るように刺激を与える。
途端に式の唇からは甘い吐息が漏れ出した。
「ひぅっ……くふぅ……ん」
まるで焦らすような愛撫だ。
決定的な一歩を踏み出すことなく
延々と続く責めに意識が徐々に曖昧模糊となり始める。
式はただ耐えるしかない。
こんな屈辱的な姿を他人に晒している自分自身に腹立たしさすら感じる程だ。
そんな心情を見透かされたかのように次の一手が繰り出されてきた。
左の乳房を握っていた左手がスライドするように下へ移動する。
行き着いた先は臍の窪みである。
そこを人差し指を使って擽り始めたのだ。
その瞬間これまで以上の鋭い快美感が背筋を疾走した。
ビクン! 大袈裟なくらいに肢体が仰け反ってしまう。
しかし逃れる術がないのもわかっているため
無意味な抵抗だと思いつつも反射的に身悶えてしまう。
「ここも感じるんだな……幹也の奴も意外と……」
そう言いながら親指を臍穴へと差し込んだ。
そのまま円を描くようにしてゆっくりと回転運動を行う。
最初は浅かった抜き差しが段々と深くなってゆくにつれ
異物感は薄れていき代わりに子宮が疼く。
臍を穿られ、熱を持った子宮がオスを求めてざわめく。
それはまるで静かな水面に落とされた一滴の染料のようだった。
その波紋は瞬く間に全身へと広がっていった。
「嫌だ……違う……こんなの……おかしい」
拒絶の言葉は虚しく湯殿の壁に反響し消えていく。
式の内心では矛盾した感情が渦巻いていた。
一方では夫への操を守ろうと必死になっているのに、
もう一方ではすでにこの肉体が新しい支配者を
受け入れ始めている事実から目を逸らせなくなっていた。
ナナシは何も言わずにその変化を見定めていた。
彼の指先が臍から腹部へと移動する。
まるで皮膚越しに生命の源を探るかのように慎重な動きだった。
「身体は正直なものだ」
低く呟かれた言葉は湯気によって霞んだ空気に溶けていく。
その余韻を感じている暇もなく今度は腹部全体を優しく撫ぜられていった。
掌全体が吸いつくようになぞられると同時に
乳房へ施されたような圧迫感とは別の心地よさが込み上げてきた。
「うぅ……」
式自身困惑していた。
つい昨日までの自分ならば想像することすら許さなかっただろう
不道徳な欲望—今この瞬間においてさえもまだ受け入れ難いものであるはずなのだ。
しかしながらそれを認めざるを得なくなる要因が
目の前に提示され続けていればなおさら
抵抗する意味すら失われてしまうというものだった。
薄く開いた瞼の向こうで、ナナシの顔が近づいてきた。
湯気で輪郭がぼやけているせいもあり、その表情は読めない。
式は僅かに唇を噛み締めた。
先ほど臍への愛撫を受け入れてしまったように、
今ここで抗ったところで無意味であることはわかっている。
それでも夫以外の男との口付けなどあってはならない禁忌であった。
(だけど……)
乳房への執拗な責め苦が蘇る。
あの狂おしいほどの愉悦と充足感を思い出すだけで
腰椎から甘い震えが湧き上がり、秘奥に潜む源泉を潤ませてしまう。
このまま何もせず終わることなど到底不可能だろう。それならば——
意を決して顎先を持ち上げると同時
柔らかく重ねられた唇は驚くほど冷たく乾燥していて
そのギャップに一瞬怯みかけたもののすぐに馴染み深くなる。
啄むような接吻は短時間に留まらず徐々に深くなっていった。
初めこそ唇と唇を接触させる程度だったのだが
やがて舌先同士が邂逅する瞬間が訪れ
互いの体温が交錯した刹那唾液腺から溢れた粘汁が互いを溶かし合うかの如く
混ざり合った粘液が口腔内へと流れ込んでいく感覚——嗚呼なんといやらしい——!
舌は蛇のごとく躍動し絡みついてきた。
その巧みな動きにより式は息継ぎをする暇もないほど追い詰められてゆく。
「んっ……ふぅ…………ぁ」
「は……む……ぅふ……っ……!」
湯気に霞む灯りの中、二人の影が水面に映り込む。
唇と唇の間で生まれた糸が切れた。
名残惜しげな音が湯殿に響く。
式は荒い呼吸を整えようと努めるが上手くいかない。
火照った頬は赤く染まり切っており、眦には涙さえ滲んでいる。
先程無理やり奪われたものとは違う、明確に自分の意志で受け入れた裏切りのキス。
その事実はあまりにも鮮烈な記憶となって焼き付いている。
「どうやら決心がついたようだな。俺たちはもうただの友人同士じゃいられない。
これから起こることは全てお前の望みだ——そうだろう?」
耳元に囁かれた低い声が鼓膜を震わせた瞬間、
「違わない……っ」と掠れた声で認める。
肯定という選択肢は自ら墓穴を掘るものでありながら
今は他に手段がないという矛盾した状況だという認識はある。
しかしながらそれ以上に強い衝動があったことを
否定できない自分がそこに居る。
それは貞節などといった堅苦しい概念ではなく
もっと根源的な欲求——例えば動物的本能というべきものだ。
夫以外の男に求められる喜び——
それはこれまで味わったどんな悦楽よりも強烈であり
一度味わってしまえばもう元には戻れない禁断の蜜であった。
夫に対する負い目と己自身に対する失望感すら
塗り替えてしまえる程の快楽とは一体何なのだろうか?
「きて……っ」
掠れた声が湯気に溶ける。
ナナシの唇が再び式のそれに触れた瞬間から、世界は反転した。
先刻までの遠慮はどこへやら、
獣のような荒々しさが式の唇を貪り始めたのだ。
乾いた唇は唾液で濡れそぼち、
重なり合うたびにぬちゃりと淫らな水音を立てた。
背徳の蜜に溺れつつある自分を否定することはできず、
(いけない……こんなこと……)
理性はそう警告するのに、肉体は貪婪なまでの情欲で満たされていく。
この湯殿に閉じ込められている限り逃げ場はないのだと悟る。
ナナシは巧みな舌使いで式を翻弄した。
夫ではない誰かに抱かれたいという願望が芽生えているのではないか。
この男のすべてを受け入れてしまえばどれほど気持ち良くなれるのか。
考えるだけで子宮が疼いてしまう。
「んく……っ」
喉の奥で鳴る呻き声さえ飲み込まれるような獰猛さで蹂躙されていく。
「むぐぅ♡」
思わず声が出てしまう。
そんなところまで犯されているなんて信じたくないけれど間違いなかった。
だって今の今まで触れられていなかった箇所まで丹念に愛撫されているのだ。
口腔内を縦横無尽に駆け巡る舌遣いは明らかに尋常ではないものだった。
しかもそれは単に激しいだけではなく繊細かつ大胆なものであって
口腔内の粘膜一枚一枚をこそいでいくかのような緻密さを兼ね備えており、
まさに神業というほかなかったのである。
ピチャピチャ……
唾液同士が摩擦を起こすことによって発生する淫靡な音色が
浴室全体に反響し、聴覚から脳を開発してくる。
式の唇を割り開き侵入してきた男の舌が
歯列を一つひとつ確かめるように舐め取っていく。
その動きに合わせて自然と吐息が洩れる。
鼻腔を満たすのは湯煙と雄の匂い。
舌先で感じるのは苦く甘美な味わい。
すべてが初めての体験なのに妙にしっくりくるのが奇妙だ。
乳房への愛撫から始まった一連の行為は
確実に式の性感帯を開発しつつあるのだろう。
先程まで冷え切っていたはずの頬にも血流が通い始めている。
白磁のような肌は羞恥による朱で染まり、
その中心では桜色の蕾が屹立している。
乳頭からの分泌液はすでに大量で止め処無い。
それが乳房の傾斜をつたい下腹部に向かって垂れ落ちていくさまは
まるで雨粒が木々の枝葉に沿って流れゆくようで
妖しくもある光景にナナシは釘付けになってしまう。
その視線に気づいたのだろうか。
「いや……だめぇ……」
弱々しく訴えかけるような声音とともに
乳房を覆い隠そうとする仕草を見せる。
しかしそれすらも想定内といった具合に払い除ける。
掌で掬い上げるように持ち上げれば
重量感たっぷりの脂肪の塊が重力に逆らって形を変え、
「ああぁ♡」
母性愛の象徴でもある部位に対して性的興奮を覚えてしまっている。
その事実に戸惑う彼女の様子など気にも留めず
乳頭部分を口に含んだ。
乳首は硬く勃起しており吸いつきやすくなっている。
そしてそこからは絶えず乳白色の液体が溢れ出ていた。
それは本来であれば赤ん坊に与えられるはずの栄養素であり
「ああぁ♡」
「こんなに出しても大丈夫なのか?」
敢えて疑問形にして訊ねつつ舌先を使い鈴口をこじ開ける。
すると勢いよく母乳が迸り出してきた。
「ああぁ♡」
口の中で弾ける飛沫に歓喜の叫びが上がる。
その反応を見て取りながら尚も搾乳を続行する。
式の膝下は湯殿の床タイルにつかない位置で浮いていた。
それはつまり立ち上がろうとしても叶わないということであり、
同時に彼女には抗う術がないということでもあった。
男の逞しい腕が細いウエストへと回され引き寄せるように力を込める。
すると必然的に彼女の臀部が隆起した局部に乗せられる格好になるわけだが
当然それだけでは済まない。
むしろこれは始まりに過ぎないのである。
ナナシは片手で器用に式の陰部を開いて露にすると
「……ッ!!」
羞恥に耐えきれずに悲鳴をあげようとする寸前、
彼の肉棒がゆっくりと挿入されてきたのだ。
「あっ♡」
予想外の質量に戸惑いの声が上がるものの構わず抽送が始まった。
ズブッヌチャッグッチュグッチュ……
湯気の中に卑猥極まりない水音が奏でられ始めると共に
式の表情もまた大きく歪んでいった。
痛みなどまったくなくむしろ快楽の方が勝っており
その証拠に結合部からは透明な液体が絶えず溢れ続けている。
まるで愛し合う恋人同士が繰り返し行う情事さながらに
お互いを高め合ってゆくその姿はとても正常とは思えなかった。
そもそもこのような状態になった時点で通常の思考回路など
吹き飛んでしまっていると言った方が正しいかもしれない。
ナナシは時折思い出したように胸への刺激も織り交ぜてくるため
式はその都度背中をしならせて甘い声を上げざるを得なくなっていた。
「やあぁ♡乳首ぃ♡だめなのにぃ♡」
「ほら……こんなになってるじゃないか。
旦那以外のペニスに突かれて嬉しそうだぞ?」
揶揄する台詞と共に更なる追い打ちをかけてくるのだから堪らない。
乳房への愛撫と膣口への剛直による攻撃は
別個に行われていた為まだ良かったのだが、
これらが合わさることによって相乗効果が生まれ、
より強い陶酔感へと繋がってしまった。
特に敏感になっている箇所ばかりを集中的に責められ、悶絶する。
湯気の中、式の白い肌が朱色に染まっていた。
乳房は依然としてナナシの手の中で弄ばれ、
頂からは甘いミルクが滴り落ちる。
夫以外の男に母乳を搾り取られる背徳感は、既に快楽の一部と化していた。
「幹也の前ではそんな風にならないんだろう?」
「幹也の事は言わないでぇ……あっ♡」
否定しようとするも、膣内で暴れ回る怒張が容赦なく言葉を封じ込める。
ナナシはゆっくりとした動きで亀頭を最奥に押し当てた。
コツンと子宮口がノックされるたびに
「ああぁっ♡」
と嬌声があがり、同時に大量の愛液が溢れ出てくる。
それはまるで泉のように次々と湧き出し、太腿を伝って床へと流れていった。
式の身体は完全に発情しており、
どんな些細な刺激も貪欲に拾い上げようとしている。
夫の名前が出るたびに子宮がキュウッと収縮し、
夫以外のチンポを覚え込まされて悦ぶ恥知らずな浮気マンコを強調する。
ナナシの腰の動きに合わせて揺れる乳房は汗で濡れ光り、
母性と淫靡さが入り混じる。
「こんなに濡らして……本当に淫乱なんだな」
呆れたように言うナナシだが、その表情には嗜虐心が滲み出ている。
その言葉を聞いた途端、式は再び達してしまう。
「いわないで……っ♡ こんなぁ……ああっ♡♡」
否定すればするほど感度は増していくばかりだ。
結合部から漏れ出す淫らな音はさらに大きくなり、
二人の興奮を煽っている。
パンッパァン!!!
打ちつけられる度に尻たぶが波打ち、その振動は乳房へと伝わって揺り動かす。
当初思っていたように、ちょっとした火遊びでは済まない。
本気で奪われ、ナナシのモノにされる危機感すら甘い陶酔を齎した。
夫を忘れ、他の男と睦み合う罪深さと裏腹に、
脳髄までも蕩けるような幸福感が全身を駆け巡る。
湿った空気が熱気と混じり合い、現実を剥離させ幻惑する。
窓から差し込む僅かな月光も、ここでは霧散してしまった。
外界の一切が遮断され、漂うのは男女の情交の香りのみだ。
壁面に刻まれた複雑な模様は、二人の汗と愛液を吸い込み
さらに淫靡な艶を放っていた。
この空間に存在するのは彼らの荒い吐息と喘ぎ声だけ。
しかし当人たちにとってはそれで十分すぎるほどだったろう。
ナナシは式の変貌ぶりを楽しみながらも冷静沈着に事態を見守る。
しかし股間への刺激に比例して荒々しさが増していった。
彼女もまた新たな刺激を求め始めていることに気づいたからである。
その証左として式の足が自然に開かれつつあることが見てとれる。
それはまるで自ら受け入れやすい体勢へ誘導するかのようでもあり
結果的には男の征服欲を存分に掻き立ててくれるものとなっていた。
そんな些細な変化ですら見逃さずに観察しながら
責め方を調整していく技術はまさしく熟練者の域と言って差支えない。
背徳の炎が肢体を灼き、禁断の熱に溺れ、沈み込む人妻の色気。
湯気の中で揺れる影。ナナシの視線に炙られる肢体。
快楽に蕩けながらも拒否しようとする理性。
背徳と快楽の狭間で揺れる感情。
対面座位で抱きしめられ、潰れる乳肉の疼痛すら愛おしい。
膣襞を抉る異物の硬度が意識を朦朧とさせる。
鏡越しに見る羞恥の光景。
自ら腰を擦り付けて快楽を貪る浅ましい姿。
「こんなになって……」嘲笑めいた呟きに羞恥が燃え上がる。
乳房を掴まれ揉み潰されても、母乳を噴き出し痺れるばかり。
夫以外の手で開発される屈辱と快楽。子宮口が降りてきて熱杭を迎え入れる。
「ダメェ……っ♡」
喘ぐ口を塞がれ舌を搦め捕られ蹂躙される。
唾液が糸を引く淫靡な音が浴室に反響。
背中に回った指が乳房を鷲掴みにして揉み拉ぐ。
硬く尖った乳首から噴き出した母乳がナナシの腹を汚す。
鏡越しに見える結合部は泡立ち白濁。肉筒は蠕動し精液を搾り取ろうとする。
「幹也に悪いと思わないのか?」
問いかけに答えられない。
罪悪感と快楽の板挟みに苦しむ。
夫の前では抑え込んだ本能が、
不倫相手の前では容易に曝け出されてしまう。
腰骨が砕けるような痺れに襲われる。
乳房から零れるミルクと潮を撒き散らしながら絶頂を迎えた。
湯殿に響く絶叫。
膣壺が激しく痙攣し、奥深くへと怒張を銜え込み射精を促す。
他人のオンナの胎に無責任種付けして孕ませる愉悦。
精液漬けにして受精卵を蹂躙したい。
「はひゅ……っ♡」
湯気の中に式の呼吸が白く靄となる。
絶頂の余韻に浸り脱力したその身体は弓形にしなり痙攣し続けていた。
その締め付けに堪らずナナシも熱い奔流を解き放つ。
どくんっ! どくんどくんどぷり……!
夥しい量のスペルマが放出され膣内を満たすと共に子宮口まで到達。
その勢いを受け止めきれずに溢れた白濁は逆流し隙間から漏れ出してゆく。
互いの秘所はどちらともつかない淫汁と血潮によって
真っ赤に染め上げられてしまっていた。
それでもなお出し切れないとばかりに律動を繰り返す愚息によって
媚肉の坩堝の中で混ざり合い攪拌されてゆくザーメン。
子宮の内部まで入り込んだソレは確実に妊娠の可能性を高めていくことだろう。
その影響はすぐに表れ始め次第に腹の底の方に違和感を感じはじめた。
初めは小さな疼きにすぎなかったものが
段階的に大きくなっていく過程には恐怖を覚える反面期待感もあり複雑だ。
しかしそんな思いとは裏腹に肉体の方は正直なのだ。
次第に強まっていく下腹部の圧迫感に怯えたところで
何かができるわけではないわけで結局は
何もせず受け入れるしかないというのが現状なのである。
湯殿は時間の流れが停止した牢獄だった。
壁面を這う水滴は銀糸の牢獄を形成し、
石畳に溜まった粘液と精臭が濃厚な瘴気を醸成している。
射精後も硬度を失わない肉棒が未だ式の深淵を貫いている。
「ふ……ぅう……っ♡」
吐息は喘鳴に変わりつつあり、
焦点の合わぬ瞳孔には狂悦が宿っていた。
腰骨は砕けたまま立ち上がることすら困難で、
ただナナシに貫かれ揺さぶられる肉人形と化している。
結合部から溢れる白濁は湯気の中に蒸発し、
甘く饐えた淫臭となって空気を汚染していく。
最も致命的な変化は子宮の内部で起きていた。
(これが……オスの精液……)
粘稠な生命の熱波が子宮腔を直撃する。
最初は灼熱の痛みと違和感を伴っていたが、
次第に胎内は潤滑油で満たされた玩具箱へと変容し始める。
「ひゃ……あ……ああぁっ♡」
子宮壁が蠢動する未知の快楽。
排卵した卵子を探し求め子宮内を泳ぎ回る無数の精子。
その一つ一つが鋭敏化した性感帯となり
「ダメ……♡中で暴れてる……♡」
子宮底部への刺激はこれまで知る由もない領域へと誘う。
絨毛組織を震わせる律動的な刺激は中毒症状さえ併発しそうで恐ろしい。
子宮全体が蜜蝋状に溶け出し
子作り専用精液便所へと作り替えられていく恐怖と快美感。
夫である幹也の記憶が薄れていく代わりに
ナナシの所有印が刻み込まれていく。
鏡面に映るのは
湯殿に磔られた女神の惨状であった。
上半身を捻った格好で対面座位を受け止める肢体。
豊満な双丘がナナシの胸板により押しつぶされ
可憐な桜桃ごと扁平な餅菓子と化している。
ミルクを滴らせながら痙攣する乳頭は淫靡極まりなく
背筋を通じて走る電流にも似た衝撃が脳髄を穿つ。
「おっぱい……また出て……っ♡」
羞恥と敗北感は興奮材料となり膣肉の収斂を促進させる。
ナナシの剛直が抽送を再開する度
乳房の形状は様々に変化しそれに伴って母乳が飛び散った。
湯殿は熱病の坩堝と化していた。
蒸気と汗と淫らな液体が混ざり合い、
壁という壁に塗りつけられた淫紋が薄暗い照明の中で浮かび上がる。
対面座位で貫かれた式はもう自力で立てる気力もなく、
ナナシの背に爪を立ててようやく踏みとどまっている。
「もう……許して……」
涙声は哀願と懇願を込めて絞り出されるが、
下半身はそれを裏切って貪婪に脈動していた。
先ほどの膣内射精で注ぎ込まれた精液が子宮底部を直撃し、
その衝撃は骨盤を通して脊髄を貫く。
ドクン……ドクン……
「うっ……また……っ♡」
精虫の群れが子宮壁を叩く微細な振動が、
まるで無数の針が刺すような疼痛に変わる。
しかし痛覚はすぐに異質な快感へと転換し、子宮全体が痙攣した。
この異変はナナシにも伝わる。
彼は式の腰を鷲掴みにすると、猛然と腰を打ち据えた。
「どうだ? 幹也の知らないところで子宮を玩具にされる気分は?」
パンッ! パンッ! パンッ!
「ひぎぃっ♡ だめ……そこぉ……突かないで……っ!」
夫への操を破ったことへの罪悪感も、
この瞬間だけは忘我の境地に消え去る。
対面座位での接合は式の体重が掛かる分深く食い込み、
剛直が容赦なくポルチオを殴打する。
ドチュッ! ゴリュゴリュ……
「あがっ!? 深いぃ……壊れるぅっ!」
普段の毅然とした態度は影を潜め、
獣じみた咆哮を上げる式の姿。
ナナシはその痴態を愉しみながら、さらなる責めを与える。
片手で式の乳房を握り潰せば、
母乳が噴き出して互いの腹を濡らす。
ピシャッ!
「ああぁっ♡ また出ちゃった……っ」
子供に与えるべき授乳がナナシとの不埒な情事によって浪費される背徳感。
それがさらなる快楽物質を放出させ、子宮をますます敏感にしていく。
湯気に巻かれた全身が朱に染まり、
額から汗の珠が滴り落ちる。
鏡面に映るのは惨めな自分の顔だ。
(私は……なんてことを……)
幹也に対する申し訳なさが胸に突き刺さる一方で、
ズチュ……ニュプ……
「うああぁっ♡ こんなの……ヘンになるぅっ!」
子宮口にキスをする亀頭の感触に理性が削られていく。
最初は固く閉ざされていた入口が徐々に緩み始め、
ナナシを受け入れるべく亀頭を舐めしゃぶって吸引する。
ナナシは式の腰を抱え直すと、今度は深くゆっくりとした抽送に切り替えた。
亀頭が子宮頚を押し広げ、熱く柔らかな袋の中へと侵入を試みる。
「ん゛う゛ぅ……っ♡♡」
喉奥から絞り出される呻きは苦痛だけではない。
未開の聖域が異物に犯される恐怖と、
それを遥かに凌駕する強烈な快楽が混在していた。
対面座位の不安定な姿勢が危ういバランスを保つ。
互いの密着度が高い分、全てがダイレクトに伝わってくる。
パン……ズチュ……グプッ……
水気を帯びた粘膜同士が擦れ合う淫猥な響き。
湯気に煙る空間でその音は妙に鮮明だった。
式は咄嗟にナナシの肩に噛みつこうとするが、顎の力さえ入らない。
「どうした? 幹也に聞かれたくないなら静かにしないとな」
嘲るような囁きが耳朶を撫でる。
背徳感が毒のように神経を麻痺させていく。
子宮頚の抵抗も虚しく、亀頭はその輪郭を押し分け始めた。
「あっ♡そこ……ッ! 赤ちゃん……のお部屋……っ!」
拒絶の言葉とは裏腹に、胎内の収縮は激しさを増す。
搾り上げるようにペニスを締め付けるのは、むしろ貪婪な歓迎の証だった。
グチュン──―ッ!!
衝撃的な一突きが式を貫通した。
胎児が眠るべき聖域が、
ナナシの欲望の象徴によって犯される。
その瞬間、式の世界が反転した。
(嘘……信じられない……こんな……)
絶望的なはずなのに、抗いようがない充足感があった。
夫婦生活では決して味わうことのできない異次元の法悦。
まるで全身が心臓になったかのように脈動し、
鼓動が子宮を叩く音さえ聴こえてきそうだった。
鏡面に映る己の姿はあまりにも卑猥だった。
乳房はナナシの胸板で押し潰され歪んでいる。
硬く勃起した乳首は触れてもいないのに母乳を滴らせ
白磁のような肌を穢していた。
そして何よりも決定的だったのが顔つきだ。
頬は上気し紅潮し眦は垂れ下がり眉間に皺が寄っている。
それは紛れもない快楽に溺れた雌の表情だった。
理性という鎧を剥がされた素顔がそこにある。
「……最高の眺めだよ、式」
満足気に呟くナナシの言葉を聞いてハッとするがもう遅かった。
ナナシは一旦腰を引き──―
バチュン──ッ!!
再び勢い良く腰を打ちつける。
ポルチオを穿たれる度に頭の中で火花が散った。
今まで感じてきた快楽が霞んでしまう程に強烈な快楽だった。
脳髄に直接流し込まれる暴力的なまでの悦びによって思考回路が灼き切れる。
「ダメ……♡もう駄目になるぅ……♡」
絶叫ともつかぬ哀願が、湯気に霧散する。
ポルチオを貫通された衝撃は、もはや物理的なものではなかった。
魂魄を直接掻き回されるような異様な感覚だ。
背骨が溶解し、頭蓋の中まで熱い蜜が満ちてくる。
「堕ちるところまで堕ちるといい」
ナナシの声音は冷酷でありながら、どこか陶然としていた。
バチュン──ッ! グチュ……ゾブッ!
腰遣いが一段と激しさを増す。
結合部からは白濁した粘液が溢れ出し、湯殿の床に淫らな水たまりを作っていく。
式はもはや己の意思で身体を制御できず、
ただナナシの思うままに蹂躙される肉人形と化していた。
「幹也のことなんか忘れてしまえばいい」
ナナシが耳元で囁く。
その言葉がトリガーとなり、最後の一線が崩壊した。
夫の名前を聞くだけで子宮が疼き、膣壁が妖しく蠕動する。
「いやぁっ……っ♡あっ♡♡♡」
拒絶の叫びは弱々しい。
鏡面に映る顔は完全に蕩けており、
涎と涙で彩られた唇はだらしなく半開きになっていた。
(違う……私は……幹也のために……)
残滓となった理性が必死に抵抗する。
しかし心の奥底では別の自分が囁いていた。
(もっと気持ち良くなりたい……この人にメチャクチャにされたい)
ナナシは式の葛藤を見透かしたように微笑み、
乳房を掴み寄せると乳首を交互に啄んだ。
チュバッ……! ジュルルル~ッ!!!
卑猥な吸引音が響き渡るたび、甘美な稲妻が全身を貫く。
子宮と乳房の三点同時責めはあまりに過酷すぎて
呼吸困難になりそうだ。
酸欠寸前の酩酊状態のまま式は更なる頂へ追い立てられていく。
対面座位から背面座位へと移行すると
ナナシの逞しい腕が式の膝裏に差し込まれ、
その細い脚を持ち上げるようにして背面座位へと移行した。
宙に浮いた両脚の間からは、爛れた花弁が覗き見えている。
そこに埋没する怒張の禍々しさは、さながら捕食者の牙のようだった。
対面座位の時とは異なる角度からの抽送は、より深く子宮口を穿つ。
グリュ……グチュッ……
「あうぅっ♡」
下腹部が膨らむのではないかと思うほどの圧迫感。
式はもはや声を抑えることも忘れ、天井に向かって嬌声を迸らせた。
その声は湯気に吸い込まれ、どこか遠い世界の出来事のように反響する。
(違う……私がこんな風に……)
しかし、鏡面に映る光景は残酷なほどに現実的だった。
ナナシの膝の上で大きく脚を開かされた式の姿。
乳房は重力に引かれて下方に垂れ下がり、
硬く凝った乳首から滲む乳白色の筋が胸の谷間を伝っている。
汗と湯気で濡れそぼった白い肌は蛍光灯の光を受けて妖しく輝き、
結合部から泡立つ体液が腿を伝うさまは筆舌に尽くしがたい淫靡さを湛えていた。
そして何より衝撃的だったのは、その顔だった。
眦は切なげに垂れ下がり、目尻には喜悦の涙が光っている。
半開きになった唇からはだらしなく唾液が垂れ、
快楽に溺れきった雌犬のような表情を晒していた。
そこには幹也の妻としての威厳も、母親としての慈愛も存在しなかった。
ただ快楽を貪るだけの娼婦のごとき有様だ。
その事実に気づいた瞬間、背筋に戦慄が走る。
屈辱と羞恥に身悶えればするほど膣壁は収縮し、
自らナナシを奥へと導いてしまう。
「くぅ……っ」
最奥まで到達した亀頭がポルチオを捉えると同時に、
全身を強烈な電流が駆け巡った。
脳天まで一直線に突き抜ける衝撃に息が詰まる。
ビクンッと腰が跳ね上がり、膣道が激しく痙攣した。
反射的に逃れようと腰を捩るが、ナナシの太い腕がそれを阻む。
さらに体重を利用して押し潰すように圧迫されると
子宮口と亀頭が密着した状態から逃れることができなくなった。
「どうした? もう終わりなのか?」
揶揄するような囁きとともに腰遣いが再開される。
先端部分でポルチオを捏ね回すような動きが加わり
堪え難い疼きが湧き起こってきた。
ポルチオの表面にある凹凸構造──
所謂“子宮頚管粘液”とも呼ばれる粘液分泌腺と接触することで
摩擦係数が変化し新たな刺激を生み出すのだという話を
聞いたことがある気がするけど今はそんなことはどうでもイイ。
蒸気の中で肌理の細かい皮膚が湿気を含んで熟成したワインのように芳醇な芳香を放つ。
汗ばむ乳房から滲み出た母乳と混ざり合い鼻腔を刺激する甘いフェロモン臭。
湯気に烟る光景は幻想的でありながら蠱惑的でもあった。
しかし対照的に現実は非情なものだ。
膣奥に杭を打ち込まれた式は最早自由を奪われた虜囚同然であり
僅かに残された抵抗の意志すらも砕かれようとしている。
乳房はナナシの掌の中で自在に弄ばれ
時には優しく揉みしだかれたり 強く摘まれたりすることもある。
だがそのどれもが巧みな技巧によって為されているため苦痛を感じることは無い。
むしろ適度な刺激はさらなる渇望へと繋がり
もっと強い刺激を求めてしまうほどだった。
ナナシの指使いは的確に急所を捉えて離さない。
乳腺を圧迫された途端に白い筋が噴き出したかと思えば次の瞬間には桜色の蕾へと齧り付き
執拗な攻めを繰り返す。
舌先で転がしたり甘噛みしたりといった行為に留まらず
時には歯を立てて傷をつけようとしたりもする。
その都度新しい痛みを与えられ続けるため常に緊張状態が続いており休まる暇などないのだ。
「お願い……だから許して」
掠れた悲鳴とともに懇願するが聞き入れられず続けられる拷問。
ナナシの太腿が式の腰を固定し、
鏡面に映る姿はまさに生贄そのものだった。
乳房を乱暴に掴まれるたびに母乳が噴き出し、
湯気に乗せて甘ったるい香りが漂う。
乳房を弄ばれる式の姿は見るも無惨なもので、
母性の象徴が蹂躙される光景はなんとも背徳的だ。
式の訴えは虚しく湯気に溶ける。
ナナシの指が乳房の中心に沈み込むと同時に、
ポルチオを貫く怒張がぐりっと角度を変えた。
「ひあっ♡」
バチュッ! グチュリ!
突然の挿入音が湯殿に木霊する。
鏡面越しに見える自分の姿はあまりにも淫らで、
白濁した泡と愛液が肉襞を濡らしているのが見えた。
それはナナシの律動に合わせて伸び縮みし、
結合部から卑猥な飛沫を飛ばしている。
「おっぱいから……ミルク……♡」
言葉にならない呟きが口をつく。
乳房を絞るたびに母乳が溢れ出ては胸の谷間を流れ落ちる。
汗と混ざったそれは湯殿の床に小さな湖を形成し、
ピンク色の光沢を放つ。
式はもはや自分自身の体液で溺れているような錯覚に陥った。
ズボォ! ドチュ!
奥を突かれるたびに子宮が収縮し、
それに連動して乳首から母乳が噴き出す。
まるで乳房と子宮が繋がってしまったかのような感覚に襲われる。
そしてその度に意識が白濁し、絶頂へと追いやられるのだ。
「すごいよ……こんなに出るなんて」
ナナシが楽しげに言いながら乳房を揉みしだく。
ギュウゥ……ドピュ!!
「ふぁああん! それぇ♡♡♡」
強すぎる刺激に式は大きく仰け反った。
全身を痙攣させながら大量の母乳を吹き上げる。
その姿はまるで媚薬漬けにされた奴隷のようで、
見る者全てを魅了して止まないだろう。
鏡面に映るのは白い裸体を淫らにくねらせる式の姿だ。
乳房から撒き散らされた乳白色の雫が
周囲の壁に斑模様を描いている。
乳房はすっかり紅潮し桜色に染まっている。
乳暈は充血してぷっくりと膨れ上がっており
まるで赤い果実のようだった。
ナナシの指が突起を弾く度に
ビクンッと身体が跳ね上がり甘い悲鳴が漏れる。
しかし彼はそれでも容赦なく攻め続けた。
カリカリ……クリッ……
爪で引っ掻くような動作が続く度に
耐え難い疼きが募っていくばかりだ。
「もう限界みたいだね」
湯殿の蒸気は濛々と立ち込め、
世界そのものを溶かすかのように二人の姿を包んでいた。
式の細い身体はナナシの膝上に深々と嵌り込み、
背面座位の格好で貫かれたまま身じろぎひとつできない。
「幹也は……こんな風にお前を抱かないだろう?」
低い囁きが耳朶を撫でると同時に、ナナシの腰がぐりりと捻られる。
剛直が子宮底部を抉り抜き、
「──ッ!?」
声にならない衝撃が式の背筋を駆け抜けた。
まるで身体の芯に灼熱の楔を打ち込まれたような感覚だ。
乳房を鷲掴みにする指先が僅かに力を込めると、
「あぐっ……!!」
鋭い痛みと同時に、母乳が弾け飛ぶ。
白い糸が幾筋も宙を舞い、湯気に溶けるように霧散していく。
それはまるで絶頂の代償を支払うかのような光景だった。
「おっと、勿体ないな」
ナナシは愉快そうに笑い、指で掬い取った母乳を式の唇に塗り込んだ。
ミルクの濃厚な甘みが舌先を痺れさせる。
かつて我が子に与えるはずだったものが、
今はナナシを喜ばせる道具になっている。
「う……うぅ……っ」
惨めさと快感の狭間で震える式の瞳から、新たな涙が零れ落ちた。
ズヌッ……ズブズブ……
「やっ……ん゛っ♡」
結合部から溢れる卑猥な音。
ナナシがゆっくりと腰を引き、またゆっくりと押し込む。
単調な抽送ではなく、まるでポルチオの形状を確かめるような丹念な探索だ。
「ここはどうだ? 感じるか?」
尋ねながら指先が乳房を弄ぶ。
硬く尖った乳首を根元から扱き上げ、
「ふあぁっ♡」
思わず高い声が上がってしまう。
その拍子に膣壁がキュウッと収縮し、
グニュゥ……ッ
ポルチオと亀頭が濃密に密着した。
「んん゛──ーッ♡♡♡」
背骨が折れそうなほど仰け反る式。
快楽が脊椎を貫通し、脳内で爆ぜる。
その刹那、
ドクンッ!!
「───!?!?」
突如として始まった射精。
ナナシの屹立から白濁が注ぎ込まれていく感覚が、
ありえないほどリアルに伝わってきた。
子宮内部を満たされていく充足感。
妊娠の可能性に対する恐怖が背徳的な興奮を加速させる。
「あっ……あぁっ……♡」
ポタ……ポタ……
子宮内を泳ぐ精子たちの蠢きが分かるような錯覚。
「孕むかもしれないぞ」
ナナシが耳元で囁く。
その言葉が起爆剤となり、
全身が絶頂へと押し上げられた。
「あ゛ァ──ーッ♡♡♡」
ドパアァァァッ!
夥しい量の白濁が逆流し、結合部から噴水のように溢れ出る。
鏡面に映るのは白濁に塗れた自分の姿。
乳房からは止めどなく母乳が溢れ、
秘裂からは白濁と愛液の混ざった液体が滴る。
背後ではナナシが愉悦に浸りながら見つめていた。
式は朦朧とした意識の中で悟った。
「これ……好きになっちゃったかも……♡」
完璧な敗北宣言だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
露天風呂の熱気が肌に纏わりつく。
式はナナシに背後から抱きかかえられる形で湯船から上がった。
乳房から滴る水滴が畳に染みを作る。
白濁した液体の痕跡が至る所に残されていた。
広縁の障子は僅かに開かれており、夕暮れ時の山並みが覗いている。
「来いよ」
低く囁かれた言葉と共に腰を抱かれ、広縁へと連れ出された。
浴衣は辛うじて肩に掛かっているもののほとんど脱げかけで、
濡れた肌が外気に触れて微かに粟立つ。
「うぅ……っ」
まだ体内に燻る余韻を振り払い、
四つん這いの姿勢でナナシの膝元へ辿り着く。
式が正面へ向き直ると、
彼は既に寛いだ様子で胡坐をかいていた。
「ほら」
低く命じる声に背筋がゾクゾクと震えた。
式はゆっくりと跪き、前方に倒れるようにして
ナナシの股間に頭を埋めた。
濡れた黒髪が大腿部に触れ、冷たい感触を伝える。
浴衣の裾が捲れ上がり太腿まで露わになったことで
後方からは丸みを帯びた臀部と割れ目がはっきりと確認できる。
羞恥に頬が朱に染まるが、抗う術はない。
式は恐る恐る指を伸ばし、まだ硬度を保つ肉竿に触れた。
「んっ……」
顎で促されるまま、跪くようにして股間に顔を近づける。
目の前にあるのは湯気に晒されてもなお萎え知らずの猛々しい肉塊だ。
脈打つ血管の一本一本まではっきり見て取れるほど屹立している。
先端からは透明な先走り汁が滲み出ており、
雄の匂いが鼻孔を強く刺激した。
式はゴクリと喉を鳴らした後、
意を決して口腔内に迎え入れていった。
「んむ……っ」
ヌププッ……ズチュ……!
粘膜同士が擦れ合う湿った音。
舌全体を使って絡め取るように舐め回すと、
肉棒は嬉しそうにピクピク震えた。
同時に手を使い竿を扱き上げつつ喉奥まで飲み込んでいく。
嘔吐きそうになるほど深い位置まで受け入れると、
今度はゆっくり頭を前後に揺らし始めた。
ヂュポッ! グチョッグポッ!!
下品極まりない音を響かせながら奉仕する姿はまさしく性処理用具そのものだ。
(わたしは……一体何をしているんだろう)
ふと我に返る瞬間があるもののすぐに思考停止してしまう。
唇の輪郭が亀頭傘をすっぽりと覆い込み、唾液に濡れた粘膜が密着する。
「んっ……」
小さく漏れる吐息。
それは羞恥か困惑か、あるいは期待か。
いずれにしても、一度口にしてしまえばもう後戻りはできない。
(これを……幹也以外の人間に……)
罪悪感は確かに胸を刺す。
けれど同時に芽生えた奇妙な高揚感があった。
それは禁忌を犯すことへの背徳感であり、
自分自身の中にある未知の領域への好奇心でもあった。
ゆっくりと唇を滑らせる。
舌を差し出して鈴口を探ると、案外簡単に見つけられた。
チロリと突っつく。
「……っ!」
湯殿の蒸気が未だ肌に纏わりつき、広縁の障子は半開きで夕陽を薄く通す。
式の黒髪が畳に影を落とし、跪く姿勢のままナナシの股間に顔を埋めていた。
舌先が肉茎に触れた瞬間、
「んっ……♡」
自然と喉奥が締まった。
湯気に温められたそれは熱を帯びており、汗と精の混じった匂いが鼻腔を刺す。
一瞬の嫌悪感はしかし、ナナシの一瞥に掻き消された。
「もっと深くだ」
低く命じられると抗えなくなる。
唇で傘の段差をなぞるように含み込む。
ヂュブッ……
卑猥な音と共に喉奥へと納まっていく逸物。
口腔内の柔い粘膜が亀頭の先端を受け止める度に生理的な嗚咽が零れかけるが、
(違う……これは……)
己に言い聞かせる。
夫の幹也ではない、他の男のモノであるという認識は確かに脳裏を過ぎるのに、
(だって……こんなにも……)
口腔内で脈打つ鼓動。
まるで生き物のように躍動する肉茎。
その生命力に満ちた躍動こそが、今の自分を慰める唯一のものなのかもしれなかった。
舌先に滲む粘液を啜る。
ほのかに塩味と苦味を伴うそれは湯殿での交合の名残りだ。
唾液と混じり合って喉奥を潤してゆく感覚。
嚥下する際には喉仏が上下し、
(おいしい……)
つい数刻前までは想像もしなかった感情だった。なのに今は、
「美味いか?」
「……ッ♡」
問い掛けに対し反射的に首肯しそうになる。
ナナシは満足げに笑い、式の頭をそっと撫でた。
「良い子だ」
褒められただけで背筋がゾワリと総毛立つ。条件付けされた反応。
そのまま彼は少しずつ腰を突き出してくる。
「んふっ……ん……♡」
喉奥に当たる。呼吸が困難になる。しかし離れられない。
式は必死に鼻で息継ぎしながら懸命に奉仕を続ける。
ジュポッ! ヌチャッ!
下品な水音を立てて舌が絡みつき口腔粘膜が吸いつく。
まるで蛇が獲物を絞め殺すかのような執拗さでもって。
口腔内が火傷しそうな程に熱く蕩けそうだ。
唇は完全に肉茎のカタチに添い合い隙間一つ許さぬ密閉状態となり
口腔という器の中に陰茎を受け入れているその状態はまさしく陵辱であった
(違う……これじゃなくて……)
思考が霧散しかけた矢先、
「舌使えよ」
命令された瞬間に理性など容易く砕け散る。
舌の腹全体を使い鈴口や括れや尿道口付近を集中的に責め立てるのだ
レロォ……
唾液で光る亀頭が艶めかしく照り返す。
それはまるで別の生き物のように淫靡な魅力を放っていた
夕陽が障子越しに差し込む広縁で
浴衣を肌蹴た式が跪き奉仕するさまは一幅の絵画のようだ。
濡れた黒髪が畳に垂れ、
白磁のような項が橙に染まっている。
「……んっ♡」
熱い塊を咥え込みながら
上目遣いに見上げてくる表情は妖艶極まりない。
瞳は潤みを湛え睫毛は長く影を作っている。
頬は薔薇色に上気し唇は濡れそぼっていた。
「どうしたんだ? そんな顔をして」
意地悪く問えば
「もっと欲しい……です♡」
素直な言葉とは裏腹に眉尻を下げ哀願するような眼差し。
それが却って嗜虐心を煽ると知り尽くしているのだろう。
式は自ら舌先を使い先端部分に絡みつかせると
次第にストロークを深めていった。
「おい、全部飲めよ」
命令されるだけでゾクゾクする。
主人に忠誠を誓う獣のように喉奥を開き受け入れる準備をするしかないのだ。
ごくりと喉が鳴る音だけが聞こえる静寂の中
じゅぽっと淫らな水音が生まれたかと思うと
すぐに激しさを増していった
ズチュ! ヌチャ! グポッ!!!
唇が捲れ上がるほどの吸引による摩擦で唾液があふれ出し
白く泡立ったそれが唇の端から溢れ落ちる。
(こんなの……知らない)
口腔内で膨張する質量に脳髄まで侵食されていく感覚。
これまで感じたことのない類の悦楽に戸惑う一方で
被支配の快楽に目覚めていく自分がいることも否定できなかった。
「んふ……っ♡」
式の口腔は完全に肉茎の形に順応していた。
唇の輪郭が傘の段差をぴったりと覆い込み
口腔粘膜全体が陰茎を包み込んでいる。
喉奥までの長いストロークは、
まるで女性器を使った本番行為のように淫靡だ。
ズポッ! ジュポッ!
式の頭部が規則正しく前後運動を行うたびに
唾液と空気の混じった卑猥な水音が奏でられる。
式は夢中になって肉茎をしゃぶりあげていた。
瞳はとろんと潤み、頬を窄めて肉棒に奉仕する。
式の口腔奉仕は止まることを知らなかった。
喉奥まで陰茎を咥え込み、粘膜の襞一枚一枚を肉棹に密着させてゆく。
「んっ……♡ ふぁっ♡」
唾液と先走り汁が混ざり合った粘液が、泡となって唇の端から溢れ出る。
式の瞳は陶然と蕩け切り、焦点が合わなくなっていた。
それは完全に雌犬の貌だ。
(なんで……こんなに……気持ちいいの♡)
幹也との平凡なセックスでは得られなかった感覚がそこにある。
夫への愛情とは別次元の本能的な欲望が式を狂わせているのだった。
「ほうら……もっと奥まで開けよ」
ナナシが軽く腰を引けば、
名残惜しそうに式の唇が亀頭の傘に絡みついてくる。
舌の平で円を描くように亀頭の周りをねぶり回し、
尿道口の窪みに舌先を浅く潜らせたあと唇を窄めて鈴口を吸う。
それはまるで貪欲に餌をねだる金魚さながらである。
「随分熱心じゃないか。そんなに俺のチンポが好きなのか?」
揶揄われようと構わない。今の式にとっては何より大切なことだったから。
ただひたすらに舌を突き出し奉仕を続けるだけなのだ。
「ぢゅ……ぽっ♡ んふっ……」
式の口淫は技巧と呼ぶには拙いものだが十分すぎる効果を持っていた。
なぜならそこに宿る想いが違うからだ。
彼女が夫婦生活において常に求め続けてきたものは愛情であった。
しかし今日初めて知った性感とは
異なる快楽によって式はすっかり虜となっていたのである。
そして遂にその時を迎える──―
ドクンドクンドックン……!
脈動と共に迸る熱い奔流を感じ取った瞬間
喉の奥底まで突き立てられる剛直の質量が急激に増幅していくではないか。
「んぐうっ!?」
驚愕に目を見開く間もなく次の波が襲ってくる。
ブシュッ!! ビチャ!! ドプッドプッドププッ!!
凄まじい量と勢いで放出された子種汁によって
口腔内いっぱいに青臭くて生暖かい異物感が充満してゆく……。
ゴク……コク……ゴク……ッ
喉を通る度に焼け付くような痛みを感じるというのに
不思議と嫌悪感は無いどころか
むしろ幸福感すら覚えてしまう自分自身に戸惑うばかりなのだ。
精の奔流は容赦なく口腔を満たした。
ドロリとした粘液が舌の上を滑り喉奥へと流れ込んでいく。
生温かい液体はまるで生き物のように跳ね躍りながら食道を下っていく。
(すごい……これが強いオスの精子なんだ……)
以前幹也のものを口にした時は淡白なものだった。
それに比べれば圧倒的に濃厚だ。舌触りがまったく違う。
舌の上でプツプツと弾けて酸味のある独特の苦味が広がっていく。
「う……ゲホッ! ゲホッ!」
噎せ返るような精臭にくらくらとする。
あまりの量の多さに一部を吐き出してしまった。
それでも溢れ出てくるそれをなんとか飲み込んでいく。
(美味しいかも……)
今まで体験したことのない甘美な味わいだった。
もっともっと味わいたくなる衝動に駆られる。
しかし全て飲み切れないことに歯痒さを感じるのだ。
もっとこの男に征服されてしまいたいと願う自分が
居る事実に戸惑いつつもどこか嬉しいと思ってしまう。
そう思ってしまったら最後、
もう後戻りは出来ないところまできたような気がする。
(ああ……私はもうすっかりこの人のモノなんだなぁ)
今まさに口内に溢れている欲望の証こそその何よりの証明と言えよう。
(ずっとこうしたかったんだよね?)
自問しながら喉の渇きを覚えて何度も唾液と一緒に嚥下した後
舌先に乗せて口腔内へと移動させると
そこで唾液と絡ませるようにしてゆっくりと咀嚼する。
それはまるで大事な宝物を磨く時のような慎重さがあった。
そうすることでこの味や匂いを
身体中に沁み込ませることができるのだと信じて疑わなかった。
やがて精液をすべて胃袋へ収め終め終わると、
鈴口に誓いの口付けをして、
貴女の女になりました、と微笑むのだった……
しかし、長すぎたかな……
式たちはアラフォー位を想定しています