あれから、というものの……TB-3さんが執務室に来る頻度はかなり低くなってしまった。代理人君とはあまり話さなくなり、ふら〜、ふら〜、とまるで幽霊が浮かんでいるかのように動いているのを見てしまった次第である。
「代理人君、最近、TB-3さんといつ話したかい?」
「そういえば確かにあまり話してないな……。」
代理人君に関して楽観的な視点の持ち主だと思っていたが、この表情は楽観では無さそうである。
「TB-3に避けられてしまった。嫌われるようなことをしてしまったかな……。」
昼下がりの執務室。しょんぼりした表情でお昼を食べる代理人君に掛ける言葉が思いつかない。確かにライバルが居なくなる、ということではあるから、その面では良いのだけれど、それで代理人君が元気を無くしてしまうのは本末転倒である。
「代理人君……。」
「八九式、膝枕をお願いしても良いだろうか。」
「えっ、あ、うん。」
「はい、どうぞ。」
「ありがとう。」
太ももの上の代理人君はとても温かく感じる。
今日は風が強い。雨は降ってないけど空はそこまで好天候ではないらしい。
コンコンコン。
「TB-3です、入室許可を。」
「えっ、あっ、代理人君……駄目だ、寝てる……。」
コンコンコン。ああ、まずい。どうする?
「……不在かしら。また来ましょうか。」
ふぅ……。
「やっぱり失礼するわ。」
えっ……!ガチャリ。
「この様子を見るに……取り込み中だったかしら?」
TB-3さんが私たちを見て一言。うぅ……。
「実は代理人様と八九式中戦車、貴方達に贈り物を持ってきたの。」
彼女が背中に回していたぬいぐるみを前に持ってくる。
「代理人様が起きたら……渡しておいて頂戴。じゃあ、用件はそれだけだから。ごゆっくり。」
神風のように去っていった。
「うーん……前が見えねえ。」
代理人君の顔を上半身で窒息しない程度に覆って待機。
「代理人君は大きい方と小さい方、どっちが好き?」
「君くらいのサイズ。わっ、もがもがもが!」
胸を押し当てるとぽかぽかぽかと背中を叩いて抗議される。
「代理人君は失礼なことを言うね。」
「ぷはぁ……でも、本当にんんん〜!」
「代理人君も罪づくりな人だねぇ。」
そこが好きでもあるんだけど、ね。
「ふぅ……かく言う君はどうなんだ?」
「何が、だい?」
「だんこぐぇっ。」
「もっ、もう……。」
初夜を思い出して顔が赤くなる。
「私は……貴方しか知らないから、他のその……サイズは分からないけれど……。」
「……。」
「もし、人間として生まれる来世があって、代理人君、君と出会えたなら……一生、隣に居て欲しい。そう思う。」
「ぼかしたな。」
「私は好きだよ、君のここ。」
ズボンをつーっ、となぞって股間に手を伸ばす。
「……っ、執務中だ。」
「君は寝ていて、しかもここは元気だけど?」
「執務は執務、部下にも君にも示しがつかないから。」
「ちぇーっ……。」
弱みを掴むチャンスを逃してしまった。
執務中の彼は凛々しくて少なくともさっきみたいなとろっ、ぐでぇ〜とした印象の欠片も無い。私も私で悪戯するタイプでもないから割り振られた仕事に取り掛かる。
「代理人君、この書類にサインして。」
「どれどれ……承認。」
「ありがとう。」
前線の歩兵部隊への弾薬補給に関する書類や部隊移動の調整、黒十字と極東の連名による遺跡調査の手配……その他諸々を手早く済ませていく。
「そういえば、八九式。あのクマのぬいぐるみはTB-3が持ってきたのか?」
「そうだけど?」
「なるほどな。」
「?」
おもむろにぬいぐるみを手に取る代理人君。ひっくり返して縫い目を見るなり一言。
「一応"煮沸消毒"しておいたほうが良いかもしれん。」
「代理人君、君の予想通りだった!」
「はぁ……やっぱりか。」
盗聴器に隠しカメラ、直筆のメモ……と様々なものが出てきた。直筆のメモを読んだ代理人の顔が青ざめていく。
「……八九式、重機関銃を準備。急いでくれ。彼女が来る。約束の時間まであと3分しかない。」
応接用のソファと机を倒して1分。ロープが窓の外に垂れて、窓が爆発した。壁が崩れて空が四角からいびつな円形に切り取られる。
「私の代理人様……あれ?」
ロープを伝って入ってきたTB-3に着剣済みZB-26(いわゆるチェコ機銃)を向ける。
「"私の"代理人君ならもうここには居ないよ。」
「そう。」
こちらに応じて銃口を向けるTB-3。
「なら、障害を排除してから探すわ。」
「TB-3、なぜ?なぜ貴女は……。」
「裏切った?そう言いたいわけ?」
「そうよ。」
「裏切ったつもりなんて無いわ。最初からあの人は私のもの。貴女にあげたつもりなんてない。」
敵の航空用7.62mm機関銃が火を吹いて、私はソファに隠れる。万が一、ここを通してしまったら代理人君が危ない。
ソファを穴だらけにするベルト給弾式機銃と、弾を受け止めるソファの底の鉄板。どちらが有利かなんて目に見えていた。
「どうしたの?もしかしてもう降参?」
顔を出そうとすればそこを撃たれるから出すに出せない。早く戻ってきて……代理人君。
銃だけ出して盲撃ちをするも当たった様子はなく、銃本体を持つ手に被弾しそうになって慌てて引き下がる。
「そろそろ終わりにしましょう?私の勝ちで、代理人様は私のもの、それで平和じゃない。」
「そうは……させない!」
攻撃手榴弾を投擲。爆風による加害を期待する。
(攻撃手榴弾:破片が少なく、爆風による加害を主とする手榴弾。狭所に向く)
爆発。
「……やるじゃない。ケホッ。」
「まだやる気?」
「ええ。貴女を倒して彼を迎えに行く。それだけよ。」
お互い、何をやっているのか分からなくなってきた頃、ドアを叩く音が響いた。銃声が止む。
「お取り込み中、失礼するよ。」
代理人君だ。
「代理人様がどうなっても良いの?」
どこからどう見ても悪役のセリフとしか思えない発言を崩れた壁の際で代理人君を捕らえてナイフを突きつける敵がする。状況的にも悪役だから適切ではあるか。
「落ち着いて投降しなさい!」
チェコ機銃を敵の頭に向ける。距離はおよそ5m。
「八九式……ありがとう。」
代理人君は私を見て、まるで自分ごと撃てと言うような目をした。代理人君ごと撃つわけには行かない。
「この状況でも彼女を選ぶのね。残念だわ。」
敵が一歩ずり下がる。そこから先はもう無い。
「さようなら、八九式中戦車。代理人様は頂いていくわ。」
「待て!」
DOLLSというものはARMSが無くても素の機動性が良いらしい。そして動体視力も人間以上に。
「なっ……!」
私は代理人君を引き剥がした上で銃剣を介して敵と一塊になって壁に開いた穴から落ちた。いや、落ちる。
(八九式中戦車視点→八九式中戦車視点)
私は格納庫に居た。身体の状態からして同位体が起動したのだろう。
代理人君の執務室に戻ると崩れた壁はそのままにボロボロの執務机で作業をしていた。そして私を見るなり作業の手を止めて。
「おかえり、八九式。疲れただろう?ほら、おいで。」
「代理人君……。」
「よーし、よーし……。」
ああ、私は帰ってこれたんだ。
実はここまで書いておいてなんですが……男性代理人版はifストーリーとなっております。(女性代理人版が正史)