※この作品はR-18です。

口づけは夜明けの前に~首筋で、吸血鬼はくすりと笑う~   作:路亜

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薄闇に紅い瞳が煌いて

 仕事帰りの帰り道。

 あなたは勤め人のサラリーマンだ。

 すでに終電も近く、最後の一仕事とばかりに肌の擦れ合うような満員電車が待っていると思い、暗い気持ちでついため息を漏らしてしまっている最中であった。

 特別忙しい訳ではないが、ルーチンワークのように続く同じような毎日があなたの精神を疲弊させているのが、嫌でも分かってしまう……そんな日々をあなたは過ごしていた。

 

(同じことの繰り返しだな……)

 

 そんな退屈とも、諦めともつかないような思いが漏れ出るように、ため息がまた一つ……。

 働くというのはそういう事だと理解していながらも、そんな日常を壊してくれる非日常がないものかと、心のどこかで期待してしまうような……あなたはそんな日々を過ごしていた。

 

 今日も、疲れた頭でぼんやりと、それこそ学生の頃に読んだライトノベルのような物語がやってこないものかと冗談交じりに考えていると……ふいに。

 

「困ったなぁ……なぁ、君たち? どうして君たちはそんなにボクの邪魔をするんだい? 別に、無理は言っていないつもりなんだけどなぁ……」

 

 路地裏のその外れ……もはや人は帰るだけのようなこんな時間に、人気(ひとけ)の少ない路地裏という場所には似つかわしくない、涼やかな少女の困ったような声が聞こえてくる。

 よくよくと耳を澄ませば他にも誰かいるようで、言い争うような声が響いているようだった。

 

 何か厄介ごとかな、とあなたは体を緊張させる。

 

 女性と呼ぶには若々しすぎる声と、柄の悪い男と思わしき相手との諍いの声……どう考えても楽しい内容ではなさそうだった。

 関わるのは得策ではない……それが当然の判断というものであろう。

 

 けれど、変わらぬ日常による磨耗した脳の疲れのせいか、

 それとも……その声に、日常を変えてくれる非日常の香りを何処かで感じてしまったからか。

 

(危険そうならば、身を引こう……こっそり帰ればいい)

 

 そう思いながらもその声が聞こえる路地裏に、あなたは足を向かわせてしまったのであった。

 

========

 

 周りのビルから伸びる室外機やダクト、何処か少しジメジメした空気を感じながら路地裏を進んでいくあなた。

 聞こえてくる諍いの声は、進むほどに段々と大きくなっていくようであった。

 

 そうして暫く進んでいくと……曲がり角のほんの少し先、どうやらその手前に少女がいるらしい声の発生源まであなたは辿り着いた。

 奥に他にも何人か男達がいる気配を感じ取ったあなたは、まずは様子を探るべく、そっと角からその先を観察した。

 

「だからだなぁ……ボクはそこを通りたいだけなんだ。

君たちにそこで通せんぼをされると迷惑だから、ちょっと退いてくれるだけでいいのだけれど?」

 

 そっと覗いていると、後ろ髪からして外国人らしい金髪の少女が、流暢な日本語を喋りながら買い物袋を胸に抱きかかえ、困ったように佇んで柄の悪い男たちに絡まれている最中のようであった。

 

「退かなかったらどうだってんだい、お嬢ちゃん? 随分可愛いけど、この辺に住んでるのかなぁ?」

 

 少女が困ったように声をあげているが、柄の悪い若者たちはニヤニヤと面白がるように笑みを止めない。

 少女は相当の美少女のようで、少し幼さは残るものの2つに束ねられたふわりと揺れる金色の髪に、後ろからではよく見えないが、赤い……美しい瞳。

 

 黒を基調にして赤いラインで彩られたミニドレスのような姿と相まって、見様によっては高価なアンティークドールとすら思えそうな程、整った容姿をしているようであった。

 

「へへ、綺麗な金髪じゃないか。 モデルでもそんな綺麗な髪してるの見たことねぇなぁ、どこの国の生まれなの?」

「外人さんは進んでるって言うけど、君ぐらいの年だとどうなんだろうなぁー? おにーさん興味あるなぁー、ハハハ!!」

 

 小さな少女の邪魔をするなど大人気ないにも程があるが……彼女の容姿がこの男たちの下世話な好奇心を刺激してしまっているのもあるのかもしれない。

 ニヤニヤとした男たちの笑みが濃くなっていくのを見るに、どうやらあなたの心配が現実になるのはそう遠い先の事ではなさそうだった。

 

「君たち、その様子はもしかして……うーん、そういう目的かな? はー……参るなぁ、ボクはそういうの今興味ないんだけどなぁ……迷惑な」

 

 男たちの様子に、少女が呆れたように一声呟く。

 少女はさして気にしてはいないという様子ではあるが、あなたが見てみぬフリをしてしまった場合この少女がどんな目に合うだろうか?

 ……少なくとも、明日の目覚めが気持ちの良い物でなくなる事だけは間違いなさそうであった。

 

 そんな状況を想像したせいか、あなたは思わず……路地に足を一歩踏み出してしまった。

 助けたいとか、どうにかしなければとか、と強く思った訳ではないが、放っておけないと……足が勝手に前に出てしまったのだ。

 

 ざっ、と。

 少女と男たちしかいなかった空間に足音が響く。

 そして突然現れた闖入者に、少女と男たちの驚いたような視線が……ぐるりと集まった。

 

「ど、退いてあげたらどうかな? 女の子を困らせるのは、年長者として恥ずかしい事だと思うのだけれど……?」

 

 緊張からごくりと喉が鳴ったが、こうなってしまっては仕方がないと勇気を振り絞り刺激しないよう声を掛けるあなた。

 だが……男たちは邪魔者が来たと言わんばかりに、目を細め威嚇するよう肩を揺すり、少女を越えてあなたに近づいてくる。

 

「あっ、なにお前? ……この子の知り合い? 声震えてっけど……今なんつったの、ぁ゛?」

「スーツのおっさんが何の用だっつーの? 俺らの知り合いだっけ、お前? ハハッ、ちげーよなぁ? お前みてぇなボケた面の奴、俺しらねーもん……よ゛ぉ゛ッッ!!」

 

 ガンッ!! どさりっ!

 男たちは近づくなり突然あなたに殴りかかり、あなたはその躊躇の無さに不意をつかれ思わず倒れ伏してしまう。

 

「あっ、おいちょっと君たち!? ぁー……いやボクはその人とは知り合いじゃないぞ? ちょっと……おい! ったく、ボクだけじゃなくて……無関係な善人にまで迷惑を掛けるんじゃないっ!!」

「あ゛ぁ゛? 何急にゴチャゴチャ言い出してんだよ! ってか、面倒くさい事言ってねぇでよぉ? 君が俺らと遊ぶのに、うんって頷きゃ終わる話じゃねぇか! おら……ちょっとこっち来いって!!」

「こら、止めないか! ボクはあんまり動きたくないっていうのに! ちょっと、待てって君達……ぁ!?」

 

 少女はあなたを庇うように前に出たが、男たちは容赦なく少女にも掴みかかり、その反動で彼女の持っていた袋が地面に落ちていく。

 

 ガシャン、というガラスの割れるような音が響き、床に落ちた少女の買い物袋がじわりと濡れる。

 袋の裂け目から奇妙に赤黒い、鉄の匂いを放つ液体がじんわりと広がり、アスファルトを染めていく。

 

「あーっ! ぁ……ぁあ……ぁぁぁぁぁ……、随分困った事してくれたな君たち……? んっ、えぇ?それ、ボクの数日振りの飽き飽きした代用食じゃない貴重な食事だったんだぞ? ソレをそれをまぁ、よくも……」

 

 顔を手で覆い、広がっていく赤黒い染みを悲しそうに見つめる少女。

 そして深く、嘆くように大きな溜息を吐き出し、ゆっくりと男達に視線を向けた。

 

 先程は薄っすらとしか見えていなかったあの瞳はが、紅く妖しく……。

 薄暗い路地裏にあって尚、人を引き付けて止まぬ魔性の宝石のようにギラリと輝くのが倒れたあなたからも確かに見えた。

 

「……君たちを消すと、ハンター……ボクの知り合い連中が煩いだろうからね?面倒だからそんな事はしない……しないがね? うん……折角の”お楽しみ”を台無しにされたんだ。少しくらい八つ当たりはしても許される、と思わないかい? ふふ……なぁ、君たちぃ?」

 

 淡く輝く瞳を怪しく瞬かせ、金の髪の少女がくすくすと笑う。

 そして笑みと共に釣り上がっていく口元には……犬歯と呼ぶには少しばかり大き過ぎる鋭い歯が、キラリと白い光を放っていた。

 

「そこの……多分ボクを助けようとしてくれた人間を痛めつけてくれたお礼もすべきだろうし、うん……恩義とはそういうものだからね。……よし、決めた! 疲れるけど、ちょっとだけ……人生のお勉強というものを、君たちに教授してあげよう」

 

 鋭い犬歯を見せ、少女の笑みが深まっていく。

 

「……ねぇ、野良犬諸君?」

 

 彼女の雰囲気が変わった事を察したのか、何処か怯えるような男達の漂わせる気配を感じながら、ぐらりと揺れ続けていた視界が限界に達し……あなたは意識を手放してしまうのであった。

 

============

 

「あぁ、ようやく目覚めたのかな? ふふ、おはよう♥ とは言っても、まぁ……今はもう深夜もいい所なのだけれどね?」

 

 あなたが目を覚ますと、そこは見知らぬベッドの上であった。

 涼やかな声に驚き見渡すと、傍にあった椅子の上であなたを見守るようにしながら、くるりと赤いワインの入ったグラスを傾ける少女。

 興味深いといったように観察している、先程の路地裏にいたはずの金髪の少女が、軽く笑みを浮かべていた。

 

「あのね、君が倒れたまま意識を取り戻さないからね? あのまま路地裏に放置をしては、流石に後味悪いかなと連れ帰らせて貰ったのだけれど……気分はどうだい? 吐き気がしたり、目が回っていたり……あぁ、頭を打っていたね? まさか、記憶が怪しくなってるとかないだろうね?」

 

 状況に混乱するあなたではあったが曖昧に頷き、まだ少し体が痛むのを感じながら身を起こすあなた。

 改めて周りを見渡すと、そこには中世の貴族を思わせるようなアンティーク調に整えられた洋室が広がっており、あなたにはまったく覚えの無い部屋であるという事が分かった。

 

「ここは、何処なのかな? それに、君は確かあの路地裏で男たちに……大丈夫だったの?」

「あぁ? ふむ……ふふ、心配ありがとう♥ そうだな……まずは1つずつ説明をしていこう。ここはボクの……部屋って所かな? 正確にはボクの影の中にある空間を部屋に貼り付けて、空間を塗り替えているんだけど……まぁそれはいいか」

「影……暗示? 何を言って……?」

 

 唐突な言葉の数々にあなたは戸惑いを隠せなかったが、少女はそんな事は気にかけず自慢気に小さな胸を張る。

 

「次に、あの男たちだけど軽く暗示をかけてやったよ。今頃は警察の前で裸になって、全裸で抱きつこうと迫ってる最中じゃないかな?ふふん……警察の人間には悪いことをしたが、そこは公僕の苦労の一つと思って仕事をして貰おうじゃないか。多分結果は、明日の昼ごろには本日の面白ニュースとして見られるんじゃないかな?」

 

 態度だけ見ればその様子は可愛らしいと言えるもののはずなのだが、不思議な程に自信のあるためか、その態度に何処か歳を経た老人がたまの悪戯をして楽しんでいるような、奇妙な印象をあなたは受けるのであった。

 

「君は一体……?」

 

 募る疑問に、つい……あなたは彼女に問うてしまう。

 その言葉に少女は、あなたの見間違えではなかった鋭すぎる犬歯を見せ付けるようにして……ニヤリと頬を持ち上げる。

 

「ボクかい? ……ふふ、そうだな。誰かに助けようとされるなんて本当に久しぶりでね? 助けてくれようとしていた恩人に……お礼も挨拶をしていないっていうのは、確かに無礼の極みだ。お詫びさせて貰うよ」

 

「こほんっ……では、遅れてしまって申し訳ないが、改めて。さっきは有難う、結果は伴わなかったかもしれないが、君の気持ちはとても嬉しかった。有難う……人間くん♥」

 

「ボクは、フィーユ・リュビエ・バートリー、気軽にフィーと呼んで欲しいかな? ……所謂、吸血鬼という奴さ」

 

 そう言って金の髪をふわりと靡かせ、紅い宝石のような瞳を悪戯気に輝かせ、少女……吸血鬼のフィーは優しく微笑むのであった。

 

「さて、君の事なんだが……倒れた時に思ったより強く打ってしまったようでね。暫くは安静していた方がいいと思うのだけれど……平気かい? ボクとしては、別にこのままいてくれても構わないのだけれど」

 

 吸血鬼などという非現実的な告白に戸惑うあなたが、体を確かめるように触ると、ずきりと大きな痛みが頭に走った。

 触ると包帯越しであったが、じわりと指先に赤い血が滲んでいるのが見えた。

 

「あぁ……血がまだ止まってなかったのかい? ん、んー……拾った縁だ、この部屋で2・3日休んでいってくれても構わないのだけれど、君……明日仕事とか、そういうの大丈夫かい?」

 

 あなたが言われて思い返してみると、明日も……休みという訳ではない。

 病院に行き診断を受ければ休みの許可ぐらいは取れるかもしれないが、今が深夜である事を考えると中々その手間も億劫そのものだ。

 

「ふぅーん……なるほど? やれ、人間って奴は……特に現代の人間というのは大変だね……体を休めるの一つ取っても一苦労か。ふーむ、そうかそうか……んー」

 

 悩むあなたの様子に、吸血鬼の少女……フィーは考えるように指を顎に当てる。

 暫くそうしてから、あなたを垣間見……可愛いらしく犬歯を覗かせ、ちらりと悪戯気な笑みを浮かべた。

 

「ふふ……なぁ人間くん? 悩むという事は、出来れば明日も働きに出たいんじゃないかい? その傷じゃ、病院に行ったり手続きがどうだとやってたら、休めたにしても今度は気疲れしそうだしね。……そこで、一つ提案があるんだけど、どうだろう?」

 

 くすりと、あなたに顔を寄せるようにして、フィーが楽しげに微笑む。

 

「少しだけ……君の血を吸わせてくれないかな? 吸血をすると、ボクの血が少しだけ君に混ざって……それが君の治癒力を高めてくれる。勿論、それで死んじゃったりボクの仲間……吸血鬼にするようなヘマはしない。あくまで人間の君への手助けの範疇として、だ」

 

 吸血鬼という幻想そのものに対してすらまだ納得がいっていないのに、いきなり吸血などという行為をされるのはと、あなたが遠慮したいという身動ぎをすると、少女がまた一つ微笑みを浮かべる。

 

「ん? ……ふふ、警戒させてしまっているかな? 安心しておくれ、基本的に人を襲うつもりはないよ……これでもボクは4、500年ぐらい生きていてね。昔は、ちょっとヤンチャ……? あー……してた時期もあったけど、戦うのにも飽きたし、今は人を害するとかそういうのは……ね?」

 

「ヴァンパイアハンター……所謂、君たち人間の味方の組織に協力することで、平穏な暮らしをさせて貰ってる身分なんだ。あの男共に割られた瓶も、ハンター達から融通して貰ってるたまの贅沢の輸血液でね。……うーん、本当に久しぶりの贅沢だったんだけどなぁ、はぁ」

 

 あなたに近づきながら、先程の事件がさも残念であったといった様子でフィーは小さくため息をついた。

 それから、ちらりと……金色の髪小さく揺らすようにしてあなたの顔を覗き込み、何処か期待するように笑みを強くする。

 

「まぁ、そういう訳で……人を殺したり害したりして、ハンター達の機嫌を損ねるつもりはないんだよ。ボクの大事な平穏が崩れてしまうからね。ただ……うん、君の治療と……ボクのダメになってしまったご馳走の代わりに、だ。ちょっとだけ血を飲ませて貰えるとお互いWIN-WINという奴になると思ってるんだけど……どうだろう?」

 

 フィーの顔があなたに近づく……そしてゆっくりと、その首元に舌が這い。

 

「牙が入る瞬間だけはチクっとするかもしれないけれど、吸われてる最中は人間も気持ちいいらしいし……不快にはならないと約束するよ……ね、どうだい?」

 

 そして、ぴちゃり……っというとろりと濡れる感触と湿った水音が響き、目の前に揺れるまるで金色の絹の波のようなモノから放たれた……薔薇の花の如き、芳しい香りがあなたの鼻腔を擽った。

 

「約束する。君を傷つけるためじゃないし……吸いすぎて仲間にしたりもしない。だから、ボクのため、君のためにも……ちょっとだけ、血を吸わせておくれよ……なぁ、に・ん・げ・ん……くん♥ ぺろっ♥」

 

 耳を甘く蕩かしていくような、惑わし甘えてくる魔性の囁きが犯し、ダメ押しとばかりに首元に切なげな吐息の熱い舌を絡められ……。

 あなたは気付くと、首を縦に振ってしまっていた自分に気付くのであった。

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