※この作品はR-18です。

トリニティの未来のために、努力を知らぬ愚か者を排除する少年の物語   作:roborobo

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本編

 

 

「――おはようございます先生。今日もよろしくお願いしますね」

 

「うん、よろしくね」

 

 早朝、一人の男子生徒がシャーレに訪れた。

 

 その少年は、穏やかながらも芯の強い瞳を持って先生に向けていた。はきはきとした口調にピシっと背を伸ばしたのがデフォルトのようで、この少年の同年代の者たちと比べて大人びた雰囲気を纏っていた。デスクを並べながらシャーレの当番をこなす彼の姿は、先生と変わらぬ『大人』のようだった。

 

 トリニティに通う二年生の男子生徒。品行方正、文武両道、同学園には慣れ親しんだ親友を持ち、上級生や下級生たちからも慕われている優等生であった。

 

「いつもいつもありがとうね。キミだっていつも忙しいでしょ?」

 

 気遣う言葉に柔らかな微笑を返す。

 

「気にしなくても大丈夫です。俺も結構暇してるんですよ。だから、こうやってシャーレで作業を手伝っていたらちょうどいい暇つぶしになりますんで」

 

「ふふ、そっか」

 

 教師と生徒としての上下関係による会話内容が繰り広げられながらも、その言葉は軽い応酬で返し合っている。

 

 少年は優等生としてトリニティ内で広く知られているが、決してルールに固執するような堅物などではなく、趣味にも興じるほどには年頃の少年らしい部分はちゃんとあるのだ。だからこそ、彼は上も下も関係なく親しまれているのである。

 

 軽い雑談を行っては、そのたびに手の先にある資料を次々と捌いていく。普段から各学園の問題を抱えがちで、現場に向かっては生徒たちの相談を受けている先生の作業は山のように積まれがちになっている。しかも、各学園の問題を抱えている、と言うことはその学園に関する問題や内情に関してもある程度理解を示して取り掛かれるものでなければならない。

 

 こういった作業は、それこそ各学園の所属している部活のトップに所属する者でなければ確実に滞る。それを、二年生とはいえ、どこの部活にも所属していない少年が資料の上で視線をさっと流しただけで内容を理解し、「ここの学園の資料に関してはこう書いたほうが……」とアドバイスを送れるのだ。その手腕は、学園の政治を任せても安心できるほどのモノだ。

 

「いやぁ、ありがとう! 今日も助けられたよ!」

 

「はぁ、まったく……いつもこれだけ溜めていたら、困るのは先生なんですからね?」

 

「うぅ、めんぼくない……」

 

 叱れるようにしゅんと落ち込みながら、反省の意を示すように頭を下げる先生。その後に告げられた「なにか奢ろうか?」という言葉に、少年は困りながら「遠慮します」と言った。

 

「それにしてもすごいよね。それだけ事務作業が得意だったら、それこそ部活に入るなり、自分で立ち上げたりすればいいのに……」

 

 少年の仕事捌きを見せつけられ、感慨の声をあげる。こうやって手伝ってくれるのは本当に助かるが、シャーレの先生を補佐するだけの実力を持っているのならば他でもやっていけるのではと思わされてしまう。

 

 これを帰宅部としてだけで過し、学園生活を送っていいのだろうか。心配のままに聞いてみるが、涼し気な表情が優しく返してくれた。

 

「……実は、ナギサさまに次期ティーパーティーの話を持ち掛けられたんです」

 

「えっ、それって……」

 

 はにかみながら、ぽりぽりと頬を掻く仕草を見せる。この時だけは、彼が年相応の少年に見えた。

 

 ティーパーティ周りの話や、ナギサの内面について、先生は把握していた。ずっと見てきた。そんな彼女が、次世代のティーパーティの席を任せられる人物を選んだのだ。

 

 しかし、彼の表情はどこか暗い。トップの重責、その重みやトリニティという学園の気質。それを知っているからこそ、彼の気持ちは暗く沈んでいるようだった。

 

「俺としては、自分みたいな努力する以外に取柄もない人間にトップに立てって言われたら……不安だって言うのが、正直な気持ちです」

 

「……それじゃあ、やめたい? もしもナギサに言いづらいって言うんだったら私の方が……」

 

 彼もまた、幼き少年。自分の実力不足を感じながらも、やれることを模索している途中。まだどこか不完全さを感じさせながらも、自分の弱さと向き合っているその強さに、まだまだ成長途中なのだなと思わされた。

 

 与えらえた道に不安を感じる彼に、一つの道を指し示してあげたい。そう思い、フォローするつもりで言葉を投げるが、再び視線を交わした途端、曇っていた瞳はいつもの輝きを取り戻していた。

 

「……誰も、止めるとは言ってませんよ。俺みたいな人間が、トリニティを支えられるというのなら本望です。やってやりますよ、先生」

 

 揺るがぬ意思を感じさせる言葉と視線。まっすぐに向けてくる彼の気持ちを受け止めながら、フォローをかけるつもりの言葉は引っ込んでしまった。

 

 下手な言葉をかけたところで、無粋なだけだろう。彼の決意は尊重されるべきだ。それで何かミスをしたとしても、その時は助けてあげればいい。出しかけた言葉をしまい込み、微笑を持って返した。

 

「先生、俺は信じているんですよ。努力を。誰だって、どんな環境に至って努力すれば報われる。頑張ろうと思えば、どんなことだって出来る。俺はそれを証明した。俺みたいなのが、ティーパーティの人間になれるって」

 

「……そうだね。キミはナギサが信じた人間だ。それだけ、彼女の信頼を勝ち取るために頑張ってきたんだろうね」

 

「ははっ……大変でしたけどね。でも、もうナギサさまには負担をかけさせませんよ。俺が次期ティーパーティになって、トリニティを守って見せる」

 

 固い決意を示しながら、握られた拳をジッと見つめる。非力な自分の力を理解しながら、自分の学園を守ろうとする彼の信念はどこまでも『本物』だった。

 

「ま、その時は……よろしくお願いしますね、先生。その時が来たら将来のティーパーティとして……先生を歓迎しますよ」

 

「ふふっ、よろしくね」

 

※

 

「はぁ~~……お、遅くなっちゃったなァ……!」

 

 ぱたぱたと足早に街の中を駆けていく。何度もスマホの時刻を確認しながら、過ぎ去ってしまった予定時刻を見ては冷や汗を流した。

 

 今日は予定があったのだ。知り合いたちとの予定が。指定の場所で合流し、自分も『催し物』に参加するはずだった。それなのに、シャーレの当番中に思わぬアクシデントやら急な任務が舞い込んでしまい、外すに外せず作業が長引いてしまったのである。

 

 先生からは何度も謝罪を貰い、この埋め合わせはいつかするからと約束を取り付けて、ダッシュで待ち合わせへ。幸い、駅も街中も混んでおらず、少年は難なく待ち合わせに向かって走ることが出来た。これなら、ギリギリ間に合うだろう、と。

 

 少年は、走っていた。走っていたのだ。夕方ごろの時刻、暗い闇のビルの隙間――ブラックマーケットの路地を。

 

「はぁ~……ここか」

 

 肩で息をしながら、待ち合わせの場所にたどり着いた。

 

 見るもボロボロな四階建てのビルだった。ブラックマーケットの治安に合わせたかのようにひび割れてボロボロの建物は、中もがらんとしており誰も使われていない廃墟のようなたたずまいをしていた。

 

 ここは、ブラックマーケットの中でも人が滅多に足を運ばない土地であった。いくら人の目から隠れて後ろめたいモノが多い場所でも、人気がある場所とない場所と言うモノはきっちりと出来る。特に、少年が今いる場所も、土地柄や周辺に見せもなくガランとしており、ヒトが足を運ばないためか店らしきものはまったく見当たらなかった。

 

 かつかつとビルの入り口にある階段を昇り、指定の階へと向かう。待ち合わせの場所に向かう途中、聞き知った声が耳に届いた際に、「なんだ、もう始めてるのか」と呟きながら、少年の手が扉を開いて――

 

――びゅぐぐぐぐぐっ゛♡♡♡ びゅるるるるっ♡ ぶびゅっ……♡♡

 

「オ゛っっ♡♡ き、きんもちぃ~~~っ゛♡♡」

 

 見るも醜悪な豚ともいうべき存在が、一人の少女に覆いかぶさりながら精を注ぎ込んでいた。

 

 まるで、簡素なやり部屋だった。機材もデスクもない空き部屋の中心に、マットを敷いただけの場所で二人の男女が絡み合っている。ただ、男の方が一方的に女に性行為を無理強いしているのが事実なのだが。

 

 男は気持ち良さの余韻に浸っていた。どくどくと迸る白色の濁流を突っ伏したままの少女に陰茎をねじ込みながら流し込む。恍惚とした表情は吹き出物だらけの表情を赤らめて、かっぴらいた薄目がぎょろぎょろと蠢いている。舌を突き出して桃色の雄叫びをあげながら、「ほひゅっ、ふひゅっ♡♡」と気味の悪い声を出す、出す。精と共に。

 

 少年は呆れかえっていた。こんな豚みたいなやつでも、自分と同じトリニティの生徒なのである。ただし、学生特有のカースト底辺のキモ豚オタクくん、なのだが。

 

 そんなオタクくんは、自分と言う存在に気づいてないのだろう。今の今まで、手淫による気持ち良さしか手に入らなかったオタクは、少年の方から声をかけるまで気づくことはなかった。

 

「おーい、どうだよ童貞卒業。そんなによかったのかー?」

 

「……あっ、き、きたんだねっ! あ、あははっそのっ、あはっ……! そ、その、ぶひっ……す、すっごい、よ、よがったあぁ……♡♡」

 

 普段から笑い慣れていないのだろう。ひきつらせた顔面の表情が、肥えた肉ごと動いていて喜色悪いことこの上ない。

 

 それでも、出来る限りリアクションを変えないように相手をしてやらなければ。なにせ、この豚野郎にはいろいろと使い道がある。ちゃんとおだてておかなければ、木に登ってはくれない。

 

「そーかいそーかい。ま、これでも将来のティーパーティーだからね。感謝しろよ? 女を抱ける経験なんて、滅多にないんだからな?」

 

「ぶ、ぶへへっ♡ あ、ありがどぉ……♡ ほ、ほ、ほんとうに、うれしかったよっ……♡ ぼくみたいなのが、女の子を抱けるなんて……めったにないからさぁ……♡」

 

 へーへーそうですか、そんな言葉を投げてやりたい気持ちもあったがグッと堪える。あくまでこちらは理解者、彼に寄り添ってあげるカースト上位の少年を演じなければならない。

 

 淫靡な祭りごと。こういったことは、青い衝動に身を任せた学生の特権だろう。隠れた場所をヤリ場所にして、淫欲に沈んでいくなんて珍しくはない。

 

 ただ、これは『強姦』だ。相手の同意を得ることなく、無理やり性的行為を行ったのである。どこぞの治安組織に突き出されてしまえば、何も言い返せなくなる。

 

(そう、だからこそこいつが必要なのさ。誰もこいつの言葉を信じる者はいない……たんなるド底辺カースト豚野郎。切り捨てるための手ごま、というわけさ)

 

 邪魔な人間がいた。そいつは女子生徒だった。ソイツの心を折るために、この豚野郎が必要だった。

 

 少年は将来のティーパーティーだ。まだ確定こそはしてないが、軌道に乗ったこの道をより安定させるためには、邪魔となる障害物は排除したほうがいい。

 

 相手が『女子』だったのも救われた。心を折る方法で、オーソドックスな手段はこれだ。気軽に相手の反骨精神を砕けるし、安易で効率的でいい。証拠こそ残ってしまうデメリットがあるが、そのための『捨て駒』だ。自分の作戦は、どこまでも完璧だと信じていた。

 

 勝ち誇った表情を心の中で浮かべながら、放心したままの少女を蹴り上げる。体に力が入らず、だらりとマットの上で死体のように寝ころんでいた。

 

 

「ま、これに懲りたらシャーレにも先生にも近寄らない事をお勧めするよ。『サオリ』さん?」

 

 

――黒く濡れた輝きを放つロングヘアーが、ぐしゃぐしゃに乱れている。頭部の上に浮かんでいるヘイローがぱちぱちと明滅を繰り返しながら、何とか意識を保ったまま少年の方に振り向いた。

 

「っっ……こ、これで……いいのかっ……」

 

「んー……ま、いいんじゃないかな。きっと、たくさんの生徒が喜んでくれるよ」

 

 整っていた表情が、僅かに苦悶を浮かべているように思えた。それでも、どこか安堵したかのようにホッと一息つきながら、言葉を絞り出した。

 

「どれ……どれだけの人を……相手すればいいんだ、私は……私は、どうしたら……」

 

 壊れた機械のように、自罰的な言葉を何度も繰り返す。

 

 彼女の生まれがそうさせたのか、彼女の環境がそうさせたのか。その言葉の裏には、悲痛な過去が読み取れた。

 

 答えを欲しがっているのだろう。求める様な視線に返してやると言わんばかりに、少年はつまらなそうに答えた。

 

「もっとたくさんだ。たくさんの男を喜ばせれば、きっと大勢に対して胸を張って生きていけるようになれるさ」

 

「そうか……そう、なのか……?」

 

 疑問符を浮かべる様な言葉を漏らす。自分が受けなければいけない罰は確かに存在するが、これに意味はあるのかと求めるようだった。

 

 少年は苛立ちを感じていた。何様だと、そう思いながら。

 

――錠前サオリについては、どういう人間なのか。少年は、多少理解していた。

 

 彼女のことは、任務の中で知り合った。シャーレから来る任務は、他校との生徒と共に現場に向かうことが多い。その中で、サオリと何度か部隊を組まされることが多かった少年は、暇があれば言葉を交わす彼女の人となりを少しだけ知ることが出来た。

 

 恵まれない環境の中で生き抜いたことを。

 

 悪い大人に騙されたことを。

 

 それでも、自分は家族ともいえる存在を守り抜いたことを。

 

 それ以外にも、いろんなことを知った。育ちが悪く、戦い以外の事を知らないために、常識が欠如した少女であることを。

 

 その話を聞いて、少年は思ったのだ――こいつは、排除しなければダメな存在だと。

 

――ぐり、ぐしゃっ……

 

「っっ゛……い、いだっ……」

 

「『痛い』? 驚きだな、お前みたいなのに痛がる余裕があるなんてな」

 

 力なく体を横たわらせたサオリの頭に、少年の新品のスニーカーの靴裏が押印されるように押し付けられる。

 

 汚らしいブラックマーケットの道の汚れを、ぐりぐりと拭い去るかのように。ちょうどいい足ふきマットだった。ざりざりとした砂利が、サオリの濡れる様な黒髪にへばりついた。

 

「ふん……底辺生まれのゴミカスか。よくまぁ、今まで生きて来れたものだな」

 

 見下すような視線を落としながら、サオリと言う存在をちり芥のように見つめた。

 

 少年は夢見ていた。自分がティーパーティーになった時は、トリニティを汚すような輩は排除しなければと。それこそ、他校の人間でさえ関係ない。トリニティの、キヴォトスにおいては見るに堪えない『下等』な生徒は排除しなければならない。それが、少年の信念だ。

 

 サオリの身の上話を、先生からも聞いていた。気苦労ばっかり背負ってきた、スラム生まれのゴミ。つまり、存在してはいけない下等なる生徒であることを。

 

 ならば、心を砕かなければならない。二度と思い上がらないように、このクズを制裁しなくてはならない。

 

 利用するのも、話を持ち掛けるのなんて簡単だった。この手の自己責任によって自分から背負いたがる奴は罰を欲している。だから、底辺だけれど、胸を張って生きれるための手段だと言って、男に抱かせればいい。

 

 特に、彼女は性知識なかったのが幸いだった。戦い以外に何も知らないというのは嘘ではないらしく、避妊具無しの中出しすらも「罰として必要だから」と言ったら彼女はすんなりと受け入れた。

 

 その間、彼女は絶え間ない苦痛を受けさせられた。少年が待ち合わせにやってくるまでの間、好きでもないトリニティのカースト底辺男の相手をさせられた。知識ゼロ、経験ゼロのオタクに無理やり乱暴に。性的知識のない相手に、合意こそある物の実質的レイプ行為を、サオリは受け続けていたのだ。

 

 しかし……

 

(ちっ……全然心が折れてるって気がしねぇんだよなコイツ……まだ何かあるのか? まだ、何か手段が……)

 

 彼女の心は折れることを知らなかった。

 

 どれだけ酷いことをされても、これもすべては「生きるためにがんばるため」と心に決意を秘めて、少年の提案を受け入れる。

 

 これは、サオリ自身が性的知識がないのも関係しているだろう。その手の概念が彼女に備わってないからこそ、犯されたという事実が、彼女の中にそこまでのショックを残さなかったに違いない。

 

 ならば、方法を変えるしかない。残された手段は、まだあるのだから。

 

「……なぁ、錠前さん。そうまでしてさ、頑張りたいの? 先生のためや、自分を慕ってくれたみんなのために?」

 

 寝ころんだままのサオリを見つめ合う。

 

 ぼやけて潤んだ瞳で返してくる少女と視線を交わしながら、サオリは弱弱しくもこくりと頷いた。

 

「……私は、悪い大人に騙されてきて……ずっと、逆らわないように生きてきた。生きることは虚しいことだと教えられて……それなのに、ミサキやヒヨリたちに生きてほしいって……そんな矛盾を抱えていて……」

 

 つらつらと語る彼女の身の上話。

 

 辛い環境で生きてきたことを。

 

 悪い大人に騙されたことを。

 

 仲間を助けたかったことを。

 

 生きることは虚しいことだけれど、生きていればいつか見つかるかもしれないということを。

 

 少年は真面目に聞いた。その心の中で、あくびを出しながら。

 

「だから、生きていれば……生きていれば……」

 

「……そっか。そうなんだ……ふーん……ねぇ、錠前さんさ」

 

 

「どこまで思い上がってんだよ、お前」

 

 

 冷たい言葉が、刺されたようにしてサオリの表情をピクリと停止させた。

 

「……すごいなぁ、すごいよ錠前さん。自分が、そんな風に生きてきたのに、『悪い人間』に利用されてきたから、こんな風になったんだって……マジで言い切れるんだ。すげぇな、お前」

 

「え゛っ……あ、え……」

 

「いやだってさぁ……考えてもみなよ。確かにお前が辛い環境の中で生きてきたことは分かるよ? 仲間たちを守るために面倒を見てきたってことは理解できるよ? でもさぁ……その中で『決断』してきたのはだれだよ?」

 

 少年の迫るような言葉に、サオリの唇が震えた。定まらない呂律が、何とか言葉を紡いで見せた。

 

「わ、わたし……っ」

 

「だよね? ってことは、錠前さんは自分で『決断』して、悪い大人に従う事や仲間たちを養うことを選んだんでしょ? ……あれ? それってさぁ」

 

 彼女の言葉を理論的に組み立てながら、一つの弱所を見つけ出した。

 

 始めて、少年の口角があがった。

 

「全部、錠前さんが悪いよね?」

 

「……へ? えっ……?」

 

「だってさぁ、考えてもみなよ。辛い環境はまだわかるよ? でもさぁ、大人に従うことを選んだのはそっちでしょ? 生きることが虚しいことだと思ったのは錠前さんでしょ? 大人に対して屈服して、言うとおりにすることを選んだのは錠前さんでしょ? これってさぁ……環境とか関係なくて、錠前さんがどうにか出来そうだった部分を、『やらなかった』からじゃないの?」

 

 笑顔だった。少年は、笑顔を浮かべていたままだった。

 

「錠前さんはさ……自分が楽な道を選んで、『努力』をすることを怠った。これが真実なんじゃないの?」

 

「えっ……ぁ……え……?」

 

「錠前さんはさ、自分が辛い環境の中で生きていくうちに、自分で生きることをそのうち諦めてたんだろうね、無意識にね。だから、頑張っても無意味だって思ってたんだ。だって、そうじゃなきゃ生きることは虚しい、だなんて普通は思いつく? 思いつける?」

 

「ち、ちがっ……わ、わたし、は……」

 

「いや、だってさぁ……仲間たちの事を考えてごらんよ。キミのことを親しく感じていたその子たちってさ……『幸せ』だった?」

 

 鋭い言葉の刃に、サオリの喉が「ひゅっ」とか細い悲鳴を漏らした。

 

「キミが本当に懸命に生きていたのならば、人生に対して絶望することはなかったかもしれない。キミが有能だったら、仲間の女の子たちはお腹を空かせることなく、とっても幸せな暮らしを出来ていたかもしれない。少なくとも、そんな悪い大人について行こうなんて考え……しないよね? ねぇ……仲間たちは、幸せだった?」

 

「ぁ、ぅあ、そ、それ、は……」

 

 端正に整ったサオリの表情が、崩れるように視線を泳がせた。

 

 聞いてはいけない、これ以上、この言葉を聞いてはいけない。なのに、聞かなければいけないと心が叫んでいる。

 

「……なんてことはねぇ話だろ。お前には、そんな能力も心の強さもなかった。お前は、自分が努力して辛い道を歩むよりも、無意識のうちに楽して生きる道を選んでいた。お前が本当に仲間想いだって言うなら……仲間たちはもっと楽しい人生を送れていたはずだ」

 

「あ……ぁあ゛……っあ……っ゛」

 

「なぁ、この言葉の意味、分かるか? それってさぁ――」

 

 言葉が、嗚咽となり果てていく。もう、それしか出せない。

 

 サオリは知っていた。絶望の中でも、起ち上ることを知る強い人間を、アズサや先生、そんな人物を知っている。そんな人たちを知っているから……少年の言葉を、否定できない。

 

 

「仲間たちの子は、お前とさえ合わなければ幸せになれたんじゃないか?」

 

 

――ずぐりと、心臓を抉るような言葉が、サオリの胸に突き刺さった。

 

「お前とさえ合わなければ、きっとその子たちは幸せになれた。誰よりも希望を胸に持ち、前向きで、へこたれない人間だったら、その子たちを幸せに出来た。お腹だって空かせなかった。無能で無知で、何にも持っていないお前が……残せたものはなんだよ?」

 

 耳を塞ぐ力が残っていない。否定したくても、否定できないところを突かれて、何も言い返せない。

 

「ハッキリ言ってやるよ。お前は『悪い大人に騙された無知な人間』じゃない。『最初から努力することを諦めて、他人を巻き込んで楽な道を選んだ負け犬』」

 

「っっ゛っ゛……ぅ゛っ、ぎぃっ゛……ひっ、うぅううっ゛……!!」

 

 しゃくりあげる言葉が、マットに埋めたままの顔から聞こえてくる。

 

 大人のように整った顔立ちから、子供のような嗚咽。

 

 確信した。これで、排除は出来たと。

 

「……俺はいつだって努力を怠らなかった。俺みたいなただの凡人でも、前を向こうと頑張っていた。俺がお前の立場だったら、その子たちを幸せにできる自信がある。ただ……そのミサキやヒヨリって子たちの不幸が、俺ような人間に会えなかったことであり、お前みたいなゴミカスに出会ってしまったこと。それが真実だ」 

 

 呆れたモノだとため息を吐きながら、少年は扉の方に向かった。

 

 障害物は取り除いた。傍で突っ立っていたままのオタクに「そいつ、好きなようにしていいぞ」と告げて、彼はビルを後にした。

 

(はぁ……とりあえず、あのド底辺は排除で来たな。あんなのがいたら、俺の思い描くトリニティは汚されてしまう)

 

 ビルを出たら、気づけば夕方になっていた。

 

 明日も、その明日も、同じような空が広がっているのだろうか。

 

 曇り一つない、この穢れなき空を見上げて、少年は想いを馳せた。

 

「……来年の今頃はティーパーティーかぁ……ふふっ」

 

 ナギサさまに恥ずかしくない生徒としてがんばらなくては……自分の進む道を信じながら、少年は帰路についた。

 

 

 

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