異世界侵犯黙示録 作:特迷鬼謀
童貞は強みだ。
現実を知れば、妄想にセーブがかかってしまう。
非童貞でなければ知り得ない知識があるように、童貞でしか汲み取れない感性がある。
ゆえに、書き手たる私も魔法使いになるまで童貞を守り続けることだろう。
……もしかすれば道中、たまたま出会ったおっとり清楚巨乳包容力満点の美女と意気投合してワンチャン一夜を共にするかも知れないが、心はずっと童貞でありたいと願っている。
――特迷鬼謀、多分おそらくきっと守るかもしれない心の誓い
250330 「ふふ、良い返事ね。でも冗談だから師匠呼びはなしでいいわ!」以降追加しました。主人公、ミルファの口調がぶれぶれだったり話間の繋ぎが微妙に違和感を覚えたりしますが、とりあえず完結優先でいきたいと思います。
「ごちそうさま! このおうどんっていう食べ物、とても、ええ、とてもとても美味しかったわ!」
「お粗末さま。気に入ってくれて嬉しいよ」
本当に。安上がりで済むならそれ以上のことはない。
ミルファと、ついでに俺も夕餉を終わらせて、食後に沸かしたお茶と常備してある煎餅を出して、顔を突き合わせる。
「何かしらこれは?」
「デザートだよ。お煎餅、ジャパニーズWAGASHIだ」
「よく分からないけど頂くわね」
うどんもそうだが、よく分からないものをホイホイ食べるのは危機感がなさすぎると思うのだが、いちいち突っ込んでいる気にはなれなかった。
「あら美味しい。パリパリして甘くてほんのり塩辛くて、うん、これも気にいったわ! おせんべい、ね……この世界は美味しいものがたくさんあるのね……」
「口に合ってようござんした」
「変な言葉を使うのね」
「ちょっとしたお茶目だ。あまり気にしないでくれ」
俺もひとつ手にとってパリパリと咀嚼して喉に通す。
久々に食べるとついつい、止まらなくなっちゃうんだよな……今のミルファみたいに。
気がついたらすでに四枚目に手をつけていた。早すぎだろ。
うん、俺は一枚で止めておこう。
「さて、そろそろ情報交換と洒落込んでも構わないか?」
「ええっ、デザートはお喋りしながらの方が美味しいものね! 私も一層この国について興味が湧いてきたわ!」
細長い指で持った煎餅を齧りながら彼女の同意する言葉を受け取り、喉を潤すためにお茶を口に含む。
「とりあえず今後について先に話したいんだが、ミルファはダンジョンが……そこの押入れの穴で寝泊まりしてるってわけじゃないんだな?」
「もちろんよ。私はちょっと魔法の制御を失敗して気がついたら知らない洞窟にいたの。で、出口を探して上を目指してたらここに繋がってたの」
「なら、当分はここで寝泊まりするしかないな。とりあえず今夜は俺の布団と服を貸すから、それでいいとして、明日は学校も休みだしミルファの服と布団を買いに行くか」
「助かるわ。ありがとうユウマ。あなた、とても親切ね!」
「気にするな。困ってる人は助けるがモットーなんだ」
感激したように両手を合わせて、ミルファがにぱっと笑顔になる。見知らぬ男と一つ屋根の下でも警戒心のないお嬢様に、若干悪い男に騙されないか心配するが、なんなら俺自身が彼女を利用しようとしている悪い男なのでどの口が案件がすぎる。
「とはいえ、俺の手持ちの予算の都合もあるから無償で寝る場所や食事を提供するわけにもいかないんだ。ミルファにはやってほしいことが幾つかあるが問題ないか?」
「もちろん! 私こう見えて高級取りだったの。何せ世界五賢人の天才! ミルファ=キディオート! この名に誓って、受けた恩は必ず報いると違うわ!」
「ありがとう」
小さな胸を張ってドヤ顔する青髪の少女に、俺は苦笑してから、今度は彼女の話を訊く。
「ミルファは、これからどうしたいとか考えてることはあるか?」
寝る場所は決まった。なら、今度は彼女と行動を共にする上で一番気にしなければならない『目標』だ。同じ方向へ向いていなければ、すぐ破綻する。俺だけが得する状況を作るのは簡単だが、ミルファにもメリットがなければ取引とは呼べず裏切りの可能性まで浮上してくる。
後ろからぐさっと刺されるなんて、ごめんである。
「そうね。とりあえず帰り方が分からない以上、探すのは当然として、この世界について知りたいわ!」
「なら俺が時間を作って外を案内するよ。慣れないうちに一人で出歩くのは危険だから、図書館とか、博物館とか、そのうち連れて行くからできればそれまで教科書読んだりネットサーフィンして少し我慢してくれ」
「危険? 魔物でもいるの?」
「違うよ。身分証がないミルファは存在が知られるだけで厄介なことになりかねないんだ。だから、色々と準備が終わってから動きたいってこと」
「そうなのね。分かったわ。あまり迷惑をかけたくないもの」
「……なんか悪いな」
いっそ健気な態度に、罪悪感が募る。
口を突いて出た謝罪の真意を知らないミルファが、励ますように声をかけてくる。
「気にしないで! それより、文字のことについて教えてくれないかしら? 話すだけなら私の翻訳魔法で事足りるけど、文字は覚えないと本も読めないもの。教科書やねっとさーふぃー? をもらっても何もできないから」
「ああ、翻訳魔法。そんなのもあるんだな……」
そこでふと、違和感を覚えた。
いったい今の会話の何が引っかかったのか。
「……魔法」
そう、魔法。
その存在自体は知っている。
冒険者の中で、適性によって目覚めるものがいる異能。
それは冒険者だけの特権であり、冒険者でないと扱えない──ダンジョンの中でのみ行使が許されたものだったはずだ。
「ミルファ……魔法が使えるのか?」
「どうしたの今更? 魔法使いって言ったでしょ。信じてなかったの?」
怪訝そうに見てくるミルファの言葉に、聞き方を間違えたと悟って頭を横に振る。
「悪い、質問を間違えた」
謝罪して、今度は聞き方を訂正して、再度尋ねる。
「ミルファは──ダンジョンの外でも魔法を使えるのか……?」
その質問に、ミルファは不思議そうな顔をして人差し指を立てて答えた。
「使えるけど、それがどうかしたの?」
その人差し指の上に、ゆらゆら揺れる小さな火が現れる。
この目の当たりにした現実を前に、俺は打算とか全部忘れて、ただ憧れを抑えきれない切望から、気がつけばそんな願いがそのまま口を突いて出た。
「ミルファ、俺に魔法を教えてくれ……っ!」
びっくりしたように目を見開いたミルファが俺の真剣な眼差しを受けて、妖しく口を釣り上げて答える。
「なら、ユウマは今から私の魔法の弟子になるのね────良いわよ。ちゃんと私のことを師匠って呼ぶならこの天才美少女ミルファ=キディオートが手づから魔法の使い方を教授してあげるわ!」
「師匠!」
こうして俺は師匠が出来て、見習い魔法使いになった。
「ふふ、良い返事ね。でも冗談だから師匠呼びはなしでいいわ!」
楽しそうに年相応の笑顔を見せるミルファが前言を覆して呼び方を戻す許可をくれたので、ありがたく呼び方を戻してはやる気持ちを抑えられずに質問した。
「ちなみに最初に聞いておきたいけど、俺に魔法が使える才能があるか分かるのか? 内臓に魔力作る器官があるとかならたぶん俺には使えないと思うんだが……」
「そんなの知らないわよ。そもそも魔法は適正と才能みたいなところがあるから、挑戦してみてから出来る出来ないの判別が出来るの。出力する魔法強度に関しても、自分の中で練り上げるのが上手い下手かって差でしかないし……ようはユウマのセンス次第ね」
「俺のセンスか……まぁ、確かに出来る出来ないはやってみないと分からないよな」
時間を確認するため、掛け時計を一瞥する。
時刻はすでに19:00を回っている。
いつもなら風呂を沸かしている頃だが、自動給湯機能がない風呂なのですぐに湯船に入ることか決まるまではお湯はりを見送るのだが……。
「……」
ぐっと我慢する。
大丈夫。グッドコミュニケーションだったはずだから、しばらくミルファと生活することができる。無理を言って魔法を試すのは、少なくとも見栄を張って年上を名乗る年下に甘えてまですることじゃない。
「悪い。風呂沸かしてくる。そういえばミルファはずっとダンジョンにいたんだよな。気が回らなかった」
「お風呂? ここにもあるのね。てっきり公衆浴場を使っているのだと思っていたけど、確かにユウマは狭いところに住んでいる割に肌は綺麗だものね」
「はは、狭いは余計だ。それに、俺の国じゃだいたい風呂持ちで、毎日風呂に入るやつなんて大勢いるぞ」
そう言って俺はちゃぶ台前から立ち上がって、洗面脱衣室へ向けて歩いて行く。その歩数、約四歩。とてとてとミルファも付いてきていた。
「へー、とっても小さくて可愛いお風呂ね!」
「小さいのは安アパートの部屋の宿命だから我慢してくれよ」
これでも、風呂場無し、シャワーのみ、トイレ付きを候補から外して悩み抜いてようやく契約した住処なのだ。
二人で暮らすとなると手狭であるが、一人暮らしと考えれば部屋も7畳くらいとそこそこ広く不便はほとんど感じないところである。強いて言うなら壁が薄いのが難点だが、このアパート、空き部屋ばかりでお隣さんはいないし、一階だから下階を気遣う必要もなく気ままなものだ。
「へー、不思議ね。これを回せばお湯が出てくるなんて……何かの魔法?」
「魔法は使ってない。技術の結晶だな」
「? 魔法だって技術だと思うのだけど、この世界じゃ違うのかし?」
「そっちじゃ魔法を組み込んだ道具とか一般家庭でよく使われていたのか?」
「平民の暮らしがどうなのか知らないけど、貴族家だと当たり前のようにあったわ。少なくともうちは魔法使いの名門と名の知れたキディオートだったから、物心ついた時から使っていたわよ」
認識の差。いや、魔法という事象の有無の差ってやつか。
魔法が当たり前に存在する世界なら、それが電気のように応用されるのは必然か。生活レベルの差はあれど、ミルファの認識はそれほどこちらの文明レベルに驚きはしていない。彼女の認識だと、魔法すら組み込まない劣った文化と考えていてもおかしくはない。
特に、俺の住んでる部屋は、最先端とは程遠い場所だからな。
魔法だって今でこそ冒険者限定とはいえ存在が確認されているがダンジョンが出現する前まで空想の産物に過ぎなかった。
ミルファの元いた異世界とはある意味で、技術レベルとしては競り合っているんだろう。
「にしても、やっぱりミルファは貴族なのか」
「あら? 言ってなかったかしら」
「魔法使いって名乗っただけだな」
「そうだったわね。補足しておくと、魔法使いはたいてい貴族よ」
「へー。あ、ちなみに俺はただの平民だからな。豪華な生活は期待するなよ」
「安心して。私、魔物が彷徨く洞窟で三日飲まず食わずで過ごせた女なのよ。安心して寝られる部屋があるなら、むしろ十分なんだから!」
風呂にお湯が溜まるまで少し時間が空く。雑談しながら居間兼寝室の部屋に引き返して、ミルファを座らせる。
「ところであの穴──ダンジョンからは魔物は出てこないんだよな?」
「えっ、知らないけど」
ぴしりと俺は体が凍ったように硬直した。
何気なく聞いただけだったが、あっけらかんと言うミルファに対して俺はポカンと口を開けて、少しの間を空けて、深呼吸した。
「ちなみに、出てこられなくするような魔法とかないか?」
「封印ってこと?」
「いや、入れるようにはしたいんだけど、勝手にモンスターが出られないような何かないかなと」
俺からの要求にミルファは左手の人差し指を唇に当てて思案した。
「んー……外で囲うのが一番簡単なんだけど……まぁ、中に入れば一緒か……」
そうしてしばらく逡巡してみせたのち、「一応できなくもないわ」と言ってから押入れを開けた。
「ちょっと向こうに行ってくるわね」
丁寧に踵を揃えて置いていた靴を履いて、ミルファは穴に潜って言った。
俺はそれを呆然と見送って、やっぱりダンジョンなんだなと再認識する。ミルファが帰ってきたのは、ほんの数分後のことだった。
「ただいまー」
「おかえり。もう終わったのか?」
「もちろんよ! パパッと壁を作って結界を張ったから一日は余裕で持つわよ!」
「永続的じゃないのか?」
「そう言うのは、ちゃんとした儀式魔法が必要ね。今手持ちはないから無理よ。だけど簡易結界だって毎日張り替えたら問題ないわ」
「そうか。ありがとう。ほんと助かる」
礼を言ってから、俺は待っている間に用意していた寝巻きがわりの俺の服と、まだ一度も使っていないバスタオルを手渡す。
「ちょうどお湯張りが終わったんだ。お礼ってわけじゃないけど、遠慮なく先に入ってくれ」
「?」
手渡された服とタオルを持ったミルファが不思議そうに首を傾げる。
一体どうしたのか。俺も首を傾げて、不思議な沈黙が続く。
「えっと、どうしたんだ? もしかして、俺の服、嫌だったか?」
「いえ、別に服はこれでも構わないのだけど……」
耐えきれず俺の方から何か不満があったのか尋ねると、ミルファは決定的な一言で返してきた。
「ユウマは一緒に入ってくれないの?」
純真な瞳で、真っ直ぐと、視線で射抜いてくる。
「そうきたか……」
どうやら俺の新しい生活は、難儀なものになるらしいと確信した。
読了感謝!
お気に入りしおりありがとうございます!
ダンジョン内でのみ許された歪の力が異能であり、体系化された技術として万人が扱えるものが魔法。つまり異能≠魔法。異能とはダンジョンに入った冒険者であれば大なり小なり手に入れることができる権利があり、それが魔法っぽいものの場合、魔法使いと呼ばれているけど、実態はただの異能力でしかない。
ダンジョンの外に出れば異能の力は使えず、そのため表立った抗争への利用とかは皆無。しかし、ダンジョンの積極的利用に伴う武器産業の活性により、魔石のエネルギーを利用したファンタジー武器は量産されつつある。
大体こんな設定。地上で異能の力使えたらパンデミックよりある意味恐ろしい世紀末世界になるよねって思う。ヒロアカとかよく秩序保てたなって感心してるけど、よくよく考えたら頻繁に秩序崩壊してたから平和の象徴やっぱすげぇってなる。
ちなみに、ダンジョン災害が起これば周囲一体に歪な空間が発生するため異能を使用できるようになる。
次回、お風呂。お巡りさん、こいつです。