ようこそエロMODが導入された教室へ 作:さんかく
俺は基本的に、何かをやるなら石橋を何度かは叩いておきたい派だ。そして確証が得られたら、折角なら大きな足音を立てて楽しんで渡りたい。
例えば、こんなふうに。
「あー最悪。ほんっと、最悪最悪最悪。堀北ウザい堀北ウザい、ほんっとウザいっ」
屋上。そこにいる一人の少女。
明るい茶髪に男好きのする甘い顔立ちが、夕立ちによく映えている。
言わずと知れたクラスを越えた人気者――櫛田桔梗だ。
そんな彼女が、怒りを剥き出しにして屋上の扉を蹴っていた。
ガンッ――という金属の響きが屋上に広がる。
少々力が籠ってしまったのか、櫛田はピクリと身を固めた。途絶えた音の中、沈黙が一層濃くなる。
そこで、俺はわざと少しだけ音を立てて右足を踏み鳴らした。
パタ。
――バッ、と。
櫛田が勢いよく振り返った。
視線がぶつかる。
櫛田の目が見開かれ、瞳が僅かに揺れる。何かを言いかけて口を開き、しかしすぐに閉じて舌打ちをした。
「斉藤くん」
「なに?」
白々しく返す俺に、櫛田は冷ややかに言った。
「……聞いた?」
「聞けるだけは聞いた」
そう返すと、彼女は目を伏せ、一つ深いため息をついた。
そしてつかつかと近づいてきて、そのまま俺の身体を壁に押し付けた。
壁ドンだ。
視線が近い。
何か言おうとする櫛田に、俺は先に言葉を重ねた。
「まあ、変わりなくて何よりだな。久しぶり、櫛田」
その一言に、櫛田の視線がさらに鋭くなる。
熱を持った目が俺を射抜く。
もし視線に温度があるなら、今頃俺の網膜は焼けて穴が開いているだろう。
「黙れ。……話したら容赦しないから」
「別にいいけど、俺が話さないって信頼できるか? 人の口の軽さは、よく知ってるだろ?」
櫛田の口元が僅かに歪む。
そして、感情が見えない能面のような表情で言った。
「アンタなんか信頼するわけないでしょ」
そう言って、俺の腕を掴み、自分の胸へ押し付けた。むぎゅ、と胸の柔らかな感触が俺の手のひらに広がる。
手のひらを擦り付けながら、彼女は吐き捨てるように言う。
「もし誰かに話したら、アンタにレイプされそうになったって言うわ」
「そんな事してない」
「分かってないの? 私の服にはアンタの指紋がべったり付いてる。証拠があるの」
「脅迫か? そんな事言われたら、俺は退学してしまう」
「脅迫よ。アンタがちょっとでも怪しい動きを見せたら、すぐ警察にこの服と一緒に突き出してやる」
手を服に密着させたまま、櫛田は俺を睨みつける。その目には、容赦も情も感じられない。
俺は目を伏せ、ため息をついて言う。
「分かった」
「本当に分かったの? 私は本気よ」
「本当だよ。退学を盾に脅されたんじゃ抵抗できないだろ。……むしろお前こそ、俺が何も言わなければ誰にも訴えるなよ」
「アンタ次第よ」
ようやく、櫛田が俺の手を放した。
俺は腕をゆっくりと離し、わざとらしく手のひらを彼女に向けて無抵抗をアピールする。
じっと俺を見つめていた櫛田は、少し間を置いて口を開いた。
「……何もないの?」
「は? 黙ってるだけじゃなくてポイントも要求するのか?」
「違う。ただ……いや、やっぱりいい」
言いかけて止め、踵を返して階段へ向かう。
数段降りたところで、立ち止まり振り返った。
「どうしたの、斉藤くん。一緒に帰ろっ」
「うわ」
振り向いた櫛田は、クラスで見せる“いつもの櫛田”だった。
その変貌ぶりに虚を突かれた俺は、思わず声を漏らしてしまう。
そんな俺の様子に、櫛田はすっと目を細めた。
「そういう反応、良くないと思うな? 私も傷つくし……斉藤くんにとっても、よくないかも?」
「あー……はいはい」
「分かってくれればいいんだよ?」
櫛田は満足げに笑う。
俺は肩をすくめ、無言で後に続く。
櫛田は確認するように一度振り返ってから、再び階段を下り始めた。
ーーその瞬間、俺は彼女の制服の襟に手を伸ばした。するりと指先が襟の裏に滑り込み、小さな黒い物体――盗聴器を引っ掛けて固定する。
そして一瞬のうちに腕を戻した。
(よし)
何も気づかぬ櫛田が、上半身だけこちらに向けて話しかけてきた。
「そうだ。デートの話、まだだったね」
「終わってなかったのか、それ」
「当たり前だよ。だって、斉藤くんとは仲良くしたいもん」
「今でも?」
「今でも、だよ」
櫛田は楽しげに笑いながら階段を降りていく。
やがて二階の踊り場にたどり着き、振り返らずに言葉を続ける。
「言っておくけど、斉藤くんのことなんて大っ嫌いだよ」
「へぇ」
「中学の頃は学校のことなんてあれだけ下らなそうにしてたのに、急に様子を変えたりして意味わかんないし」
かん、かん、と軽やかに階段を降りながら、彼女はさらに続けた。
「知ってる? 斉藤くん、クラスの女子から意外と人気なんだよ。顔がかっこいい、寡黙でミステリアスでいいんだって。笑っちゃうよね。ただ社会不適合で根暗なだけでしょ」
その一言に、俺は思わず吹き出しそうになった。
この世界に自意識が芽生えてから、俺という存在の核心に最も近付いた言葉だ。
(……的確だな)
ニヤニヤしそうになる口元を押さえながら、俺は一階にたどり着いた。
地面に足がついた瞬間、櫛田がふわりと振り返る。亜麻色のショートカットの髪が夕陽の光にたなびき、その隙間から鋭い眼光がのぞく。
「でも、今は少し斉藤くんのこと好きになれそうかも」
「嬉しいな」
「うんっ。だから、また嫌いにならないよう頑張ってね」
櫛田は微笑みながらそう言った。
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部屋に戻り、まず最初にスマホを手に取る。
メッセージアプリを開くと、いくつかの通知が並んでいた。
明日以降のサービス依頼。それ自体は珍しいことではない。だがその中に、一通の個人宛てメールが混じっているのを見つけた。
差出人は、先輩だ。
開くと、短い文章と一つのファイルが添付されていた。
――カメラを指示された場所に設置し、一部始終を記録したこと。
――そして、その映像データを添付したこと。
――距離の関係で音声はほとんど入っていないこと。
そして文末に、少しだけ含みのある一言が添えられていた。
「……一年生だったんですね」
俺は軽く笑ってから、返信を打つ。
協力への感謝。そして、カメラは次の指示があるまで保持しておくよう伝えた。
その後、添付されたビデオファイルを再生する。
映し出されるのは、学校の屋上。
初めの十数分は風が吹き抜ける無人の風景が続く。
そして、扉を押し開いて一人の女子生徒が現れた。
櫛田桔梗。
画面越しでも分かる不機嫌な動き。
何かを叫びながら、勢いよく扉を蹴る様子がしっかりと映る。
続けて、階段を上がってきた俺が登場し、鉢合わせ。
それからは俺が実際に体験した通りの展開だ。
壁ドン。
少し俺の体が櫛田に隠れて見えにくくなったが、体勢をずらしたおかげで内容がしっかり確認できるようになった。
そして――櫛田が俺の手を取って、自分の胸に押し当てる瞬間が映る。
櫛田の顔は画面には映らないが、その動作は明確だった。こうして見ると、まるで痴女だ。
その後彼女が何かを話し、そして二人で階段を降りる様子が記録される。
……だが、そこでは終わらなかった。
しばらくして、画面の奥からもう一人の女子生徒が姿を現す。カメラに向かって近づいてきて――そして、映像はそこで途切れた。
全てが映っていた。
間違いなく、“一部始終”だ。
俺はふっと息を吐いて、上着の内ポケットに手を入れる。
取り出したのは小型のボイスレコーダー。再生ボタンを押すと、あの屋上での櫛田の声が流れる。
『……アンタにレイプされそうになったって言うわ』
『脅迫よ。アンタがちょっとでも怪しい動きを見せたら……』
声、言葉、脅しの意図。全てが詰まっている。
完璧だ。
映像と音声、二重の証拠。
これがあれば、いつでも櫛田を“制御”できる。
あとは、そのキッカケだ。
俺は新たにメールを一通作成する。
宛先は龍園だ。
これから起こす暴力事件の為、須藤を怒らせるに至る小さな情報を一つだけ提供する。
引き金となる一言。長々と説明する必要はない。あいつなら、それだけで情報の価値を理解し、即座に動くだろう。
メールを送信し終え、スマホをベッド横の棚に放り投げる。
「……ふう」
深く息を吐き、ベッドに身体を沈める。
今日は色々とあった。
櫛田との屋上での一件、勉強会での騒ぎ、そして今仕掛けた布石。一つでも割と重いのに、それが全部一日に重なったのだ。過労である。
まぶたを閉じると、すぐに意識が薄れていくのが分かった。
俺はそのまま、静かに眠りに落ちることにした。