ようこそエロMODが導入された教室へ 作:さんかく
あれから数日が経った。
意外と学校生活は何も変わらない――と言いたいところだったが、昨日あたりから少しずつ空気が変わってきている。特に目立つのは須藤たちの変化だ。
授業中、彼らが真面目に話を聞き、休憩中には堀北や櫛田に教えてもらってその内容を復習している。
これは、原作でもあった堀北と綾小路ラインの勉強会の再結成。
俺が彼らに一切関わらなかったおかげで、今のところは原作通りに順調に進行しているようだ。
これが功を奏し、赤点の回避へ向けたいい流れが生まれつつある。
中間試験まで残り一週間と少し。このまま、何事もなければ順調にゆくのではないか――
ーーといきたいところだが、そうは問屋が下さない。
今日の朝、教室に入った瞬間、その異常な空気に気づいた。
クラスの女子たちが騒いでいる。全体的に張り詰めた緊張感の中、不安そうな声、怒った声、そして泣き出す者までいる。
「ありえないでしょ!?」
「最低」
「先生に言おうよ、アイツら退学にしてもらお?」
――怒号が飛び交い、教室の空気はまるで沸騰寸前の鍋のようだ。
そして、いつもとは明らかに違う男女の距離感。
女子たちは男子から明確に距離を取り、男子たちはその様子に困惑している。
ただ、中には何かを察してか、驚いたように黙り込んでいる男子もいた。
「なあ」
「うわっ!?な、なんだよ」
近くにいた池に声を掛ける。
まさか俺から話しかけられると思ってなかったのか、池は驚いた肩を跳ねさせながら俺に振り向いた。
そんな池の様子は無視し、教室を見回して彼に聞く。
「これ、何?なんかあったの?」
「あ、ああ。それがさ……」
おっかなびっくり、といった様子ではあるものの、池は俺に説明してくれる。
曰く、今朝Dクラスの女子の何人かが、Cクラスと思われる男子数名から声を掛けられたらしい。
それだけならどうって事はないのだが、その内容が問題だった。
それは。
「なんか、ポイント出すからヤラせてくれって言ってきたんだってさ。どうせお前ら底辺クラスなんだから安いんだろ、って」
「ふうん。それでコレ?」
「そうなんだよ。なんか俺らまで怒られてさあ。……と言うか聞いてくれよ、櫛田ちゃんまで声掛けられたんだぜ!?櫛田ちゃんが5万でヤレる訳ねえだろ!?」
「それは知らんけど」
ヒートアップしてきた池の声に、女子達の冷ややかな視線が突き刺さる。当の本人は気付いていないが。
そうこうしていると、教室のドアがガラリと開かれた。茶柱先生だ。
「先生!」
「ホームルームを始めるぞ」と言いかけた先生に、軽井沢が勢いよく立ち上がって言葉を遮るように声を上げた。
「聞いてよ先生! 今朝、Cクラスの男子何人かが、うちの女子に言い寄ってきたの! 下品な目で見てきたり、ヤラ……ポイント払うからとか意味のわかんないこと言ってきたり……!それだけじゃなくて……“底辺クラス”とかって馬鹿にしてきたの!」
教室内がさらにざわつく。女子たちの怒りはピークに達していた。
「ありえない! セクハラだよ! 学校からあいつらに罰則とか、ちゃんと与えてよ!」
追従して憤りを表す女子の言葉に、茶柱先生はふむと頷く。
「つまりお前たちは、Cクラスの男子共にポイントを対価に性交渉を申し込まれたということか」
茶柱の要約に、女子達は勢いよく頷いて肯定する。そして「ありえない」「最低だよね」などと不満を露わにしーーそれを両断するように、当然のように茶柱先生は静かに答えた。
「それは仕方ない。事実だからな」
「……は?」
クラスの空気が固まる。
あれだけ思い思いに怒りを爆発させていた教室内の喧騒が、一瞬にして静まり返った。呆気に取られた様子で茶柱先生を見る女子たち。
それを尻目に、茶柱先生は教壇に立って口を開く。
「さて、それではHRを始めるぞ」
「ーー……ま、待ってください!今のはどういう意味ですか!?」
フリーズしていたクラス内で、最初に再起動したのは平田だった。
当然のように普段通りに動き出した茶柱先生に、平田は慌てて詰め寄る。
茶柱は平田を見て平然と答えた。
「お前たちが“底辺”なのは事実。そして、その“セクハラ”とやらも、学校側としては制度の範囲内の発言と見なされる。確かに言葉遣いには多少の問題があるようだが――正当な行為は罰せられない」
「そんなのおかしいでしょ!」
軽井沢が平田に並んで声を上げる。
「私達、や……ヤラせろって言われたんだよ!?それが制度の範囲内って、そんな訳ないでしょ!?」
「そうです。彼らの発言は"正当な行為"ではない。彼女たちは一人の人間であって、あれは人権侵害です。それを制度で正当化するんですか!」
「そうだ。この学校は、そういう場所だ」
茶柱は即座に返す。
その間髪入れない断定する口調に、平田と軽井沢は口を噤む。呆気に取られたように言葉を詰まらせ、それを気にせず茶柱先生は静かに、だが教室内に響き渡る声で言葉を続けた。
「入学時に、この学校は“外とは異なる価値体系”に基づくと説明されたはずだ。彼らの発言はそれに従ったものに過ぎない。この学校において、それは人権侵害と認められないな」
「それはおかしいわ」
次に声を上げたのは堀北だ。
堀北は立ち上がり、茶柱に食ってかかる。
「それは“ポイント”の話でしょう。人権侵害とは別です」
「いや、これは“ポイント”の話だ」
茶柱先生は断言した。
「この学校では、ポイントで買えないものはない。お前たちは、校内において“資産”として扱われる。つまりお前達もポイントで購入可能な対象という訳だ。交渉されただけマシだと思え。無理矢理買われたらそんな余地はない、言われた事をやらないとむしろお前達が罰則だ。丁重に定めたルールの下でならお前たちを守るが、今回は何も違反はしていない。ルール内で行われた交渉を罰することは、学校としては土台無理な話だ」
「そ、それは……あまりにも飛躍しすぎた解釈です。私たちをーー人間をそんな物として扱うなんてルールに同意した覚えは――」
「したんだよ。お前達は。この学校に入学したのが何よりの証左だ」
堀北の言葉を、茶柱が冷たく遮った。
「これ以上の論議は無駄だ。嫌なら実力で示せ。自分の身を守れない者に、この学校で学ぶ資格はない」
あまりの発言に、教室が凍りついた。
その俺達を突っぱねるような言い分に、今度こそ誰も何も言えず、ただ沈黙だけがその場に残った。
茶柱は教室をぐるりと見回し、一言だけを告げる。
「全員出席しているようだな。……結構。今日はこれでホームルームは終わりだ」
そしてそのまま、静かに教室を出ていった。
「ーー…待ってください、先生!」
平田が茶柱先生を追いかけ、教室を出ていく。堀北も慌てて立ち上がり、教室を飛び出していった。
だが、それに続く者はほとんどいなかった。残された教室の中は、しばらく重たい沈黙に包まれていた。
やがてその静寂を破ったのは、ざわめき始めた生徒たちの声だった。
女子たちは絶望と混乱の狭間でうろたえ、現実を否認するような態度を見せる。
男子たちもまた、その現実に困惑しながらもーーどこか浮ついた様子を隠しきれていなかった。
「マジか……マジでいいのかよ、これ……」
山内が騒ぎ、興奮を抑えきれずに声を漏らす。
「おいおい……櫛田ちゃんと……いや、マジで……?」
池が顔を赤くしながら妄想を垂れ流す。
その声を聞いた女子たちは彼らを睨みつける。その視線はかつてないほど冷ややかで、軽蔑を含んだものだった。
そしてそれは、山内が長谷部に話しかけた事で決定的となる。
「なぁ、長谷部――」
「来ないで……!」
近寄ってきた山内に、長谷部が身体を震わせながら叫ぶように拒絶した。
「は? なんだよ、お前」
山内が驚いたように言うと、長谷部は顔に怯えと嫌悪感を滲ませながら、絞り出すように山内へ言う。
「……ねぇ、山内くん。今、どうやってやるんだとか言ってたよね?」
長谷部の震える声が、明確な拒絶を含んで響いた。
「は? いや、それは別に……」
「来ないでって言ったでしょ!」
近寄る山内に、長谷部が更に一歩引く。そしてそこ様子を見ていた女子たちから、非難が一斉に男子たちへ向けられた。
「何今の発言? 最低」
「アンタ達、まさかさっきの話を真に受けたんじゃないでしょうね?」
「そういう目で見てたの? ほんっと気持ち悪い!」
「ち、違うって! そんなつもりじゃ――」
男子たちが必死に言い訳をするが、女子たちは取り付く島もなかった。
「近寄らないで。最低」
その一言が決定打となった。
クラスの中に、明確な“断絶”が生まれる。
男子と女子。
互いに踏み込めない、深く裂けた溝が生まれてしまった。
それは平田がクラスに戻ってきても変わる事はなかった。