ようこそエロMODが導入された教室へ 作:さんかく
女子対男子。
この構図が形成されてからのDクラスは、もはや学級崩壊寸前だった。
休み時間には女子は女子同士で集まり、男子が少しでも近付けば睨みつけてくる。
そんな中、唯一その輪の中に入れてもらっているのが平田だったが、彼自身は女子と男子の関係を修復しようと四苦八苦していた。だが、不用意に男子の肩を持てば、それだけで女子からの信頼を失う危険性がある。そうすると平田は唯一のコネクションという重要な役目すら果たせなくなるだろう。板挟みとなった平田は、何も言えず、ただ間に立つことしかできない状態だった。
その緊張感は授業中にも持ち込まれる。
女子たちは机を男子から離すようにし、更には自主的に席替えを始める者まで現れる。
流石にそれはマズいと注意する者もいたが、「どうせポイント0じゃん」という一言に、他の数名も同調し始めた。結果として、教室の座席配置はどんどん崩れ、授業態度も悪化の一途を辿った。
女子は苛立ちを隠しきれず雑談を始め、男子はその空気の中で集中など出来るはずもない。
特に問題だったのは須藤たちだ。
彼らは堀北からの指導を受け、勉強へと前向きになっていた矢先だった。だが、そもそも勉強が苦手な彼らが、この劣悪な教室環境で授業に集中するなんて不可能だ。更に言えば、堀北ですら今朝の出来事にショックを受けたのか集中力を保てておらず、いつものような的確な指導が出来ていないように見えた。
そして、そんな中で事件が起きる。
「赤点なんて取ってクラスの足引っ張らないでよ」
何気なく放たれた女子の一言に、須藤の表情が歪んだ。
もともと勉強が苦手な彼にとって、今は本当に苦しい時間だった。それでも歯を食いしばって努力していたその矢先に、この出来事だ。そもそも今回については彼に責は無く、そこに追い討つように放たれるにはあまりにも心無い言葉だった。
「ふざけんじゃねぇよ!」
須藤が怒鳴って立ち上がる。
クラスの男子達の何割かは内心で彼に同情する。だが、それは明確に悪手だった。
「ひっ!」
須藤に怒鳴られた女子が怯えて距離を取る。すると、周囲の女子たちが一斉に須藤を非難し始めた。
「最低!」
「本当に手を出す気なんじゃないの!?」
先に文句を言ってきたのは女子の方なのに、一方的に悪者扱いされる。
須藤の顔に怒りが滲み、言い返そうとした。
しかしその前に、他の男子たちが女子に言い返し始めた。
「そっちから言ってきたんだろ。というか俺たちが何したって言うんだよ」
「理不尽すぎるだろ」
たった数時間。
その短い時間で積もった不満が一気に爆発した。
教室は一気に言い争いの渦に包まれる。
そろー、と。
巻き込まれるのを恐れた生徒の何名かが、次々と席を立ち教室を後にするのが見えた。
賢明な判断だ。
俺もその中に紛れて廊下へ出る事にした。
席を立って教室の後ろの扉から出る。
そして、教室の扉を抜けた先で目に入ってきたのは一組の男女。
ピンクブロンドの長髪が目に入る。
「あっ……!」
驚いた声を上げたのは、一之瀬帆波だった。
その前に立っていたのは綾小路。
どうやら俺より先に教室を出ていた彼と偶然出会い、話していたところに俺が加わったようだ。
無言で通り過ぎようとした俺を、一之瀬が呼び止める。
「待って!」
振り向くと、彼女は微笑みながら言った。
「はじめまして。斉藤くんだよね? 噂は聞いてるよ」
何の噂かは知らないが、俺の存在は既に彼女の耳に入っているらしい。まあ、俺も勝手に一之瀬の事は知ってるからおあいこという事で。
教室の様子を思い浮かべたのか、一之瀬は少し顔を曇らせる。
「……大変だね。うちのクラスにも話が回ってきたよ。先生からも説明された。あんな制度があるなんて、知ってたら入学しなかった生徒も、きっと沢山いるはずだよ」
「そうかもな」
と、綾小路が静かに相槌を打つ。
一之瀬は続ける。
「しかも……Dクラスは大変だね。ポイントがないから、拒否すらできないし……」
「なんだそれは?」
一ノ瀬の言葉に違和感を覚えた綾小路が、眉をひそめて口を挟む。
「ポイントがあれば拒否できるのか?」
「えっ……聞いてないの? 先生から」
「ああ」
「ポイントで女子を買えるってことしか聞いてないね」
「……じゃあ、しっかり聞いてね」
俺達の言葉にわずかに呆れたような顔を見せ、一之瀬は前置きをしてから話し始めた。
「まず、男の子は女の子にスマホから申請を送るんだって。そのフォームは決まってて、学校に問い合わせたらアプリをダウンロードする為のリンクが送られるみたいだね」
「……」
「そのアプリを使って指定した相手へ申請を送ると、女の子側のアプリと電話番号のメッセージに申請が届くよ。それに対して24時間以内に女の子側が拒否できないと申請が通って、ポイントが女の子に支払われる」
「拒否って?」
「そう、それだね。女の子側は、申請で支払われるポイントの1.5倍を男の子へ支払えば申請を失効させる事が出来るの」
「それ、男子側はどうなるんだ?ポイントが2.5倍になるのか?」
「ううん。失効した申請に含まれるポイントは学校へ返却されるみたい。だから単純に1.5倍だね。あと、その人は送った相手に1ヶ月間申請が出来なくなるみたいだよ」
「……なるほど」
綾小路は少し考え込む様子を見せる。
一之瀬はそんな綾小路の様子を見た後、俺に「続けるね」と言い、説明を続けた。
「他にも申請を拒否する方法はあって、それが月毎に予め指定された額のポイントを払うっていう、プロテクトって方法」
「月毎……サブスクか」
「そういう感じだね。加えて言えば、月の途中で支払った場合も支払う額は変わらず、効果もその月の最後の日までになるね」
「サブスクだな」
「サブスクだね」
俺と一ノ瀬が頷きあう。
そこまでを聞き終えた綾小路が、真剣な表情で一之瀬に問いかける。
「そのプロテクトにはいくらかかる?」
「えーと、学年とクラス順位で変わるみたいだね。Dクラスの一年生なら月に5万、私達のクラスだと7万って聞いたよ」
「1つ上がるごとに1万追加か」
「そうなるね」
綾小路の呟きに一之瀬は頷く。
そこで俺が一之瀬に質問した。
「それ、男がプロテクトしてるやつに申請したらどうなる?そもそも申請出来ないのか?」
「え?それは……」
俺の質問に、一之瀬は面食らったように言葉に詰まる。そして目を瞑り、思い出しながらといった様子で口を開く。
「……失効になる、筈。先生が、ポイントは返ってこないって言ってたから」
「ふうん」
一之瀬の回答に、俺はつまらなさそうに相槌を打つ。そこで言葉をやめた俺に、少ししてから綾小路がおずおずとーー実際のところは仕方なく、だろうーー口を挟んだ。
「なあ、それ……変じゃないか?ポイントが無くなるのに申請出来るって、そんなマヌケがいるとは流石に思えないんだが…」
「……確かにそうだね。そんな人居ないのに、わざわざそんな制度残す意味ない……かも?」
「そうかもな…」
ふむ、と口元に手を当てて考え込む一之瀬の横で、綾小路はぼんやりと困ったような様子を見せる。
彼の実態を知っている俺からすると、なんて猿芝居をしているんだという気持ちになるな。少し堀北の気持ちが分かる。
先程俺の代わりに質問してくれた綾小路に倣い、今度は俺が代わりに言うべきか。
「それが考えすぎじゃないなら、プロテクトしてる奴に申請するマヌケがいるって事だろ」
「うーん、それは………」
俺の言葉に、一之瀬は困ったように眉を寄せながら首を傾げる。そしてむむむと唸りーー何かに気がついたように「あっ」と声を上げた。
「そっか、プロテクトしてるかどうかは、他の人から分からないんだ!」
「まー、多分そう。で、そうなるとーー」
「ーー…な、なんか複雑になっちゃったね……」
苦笑いしながら一之瀬が俺の言葉を繋ぐ。
そして、「どうすれば…」と呟いて考え込み始めた。
「……なあ、悪いんだが、俺にも説明してもらえるか。何が何だかわからない」
そんな一ノ瀬の横でぼんやりと佇む綾小路。
困ったように、俺に助けを求めてきた。どうやら、新情報の連続で思考が追いつかなくなったらしい。
ーーそんな訳ないだろ。お前が一番理解してるの俺は知ってるんだからな。
なんて事は言わず、渋々といった口調で俺は綾小路に説明する。
「お前が一之瀬に申請する状況を想定しろ」
「ーーええっ!?」
「……おい、待ってくれ。俺はそんな事しないぞ」
びっくりして声を上げる一之瀬に、綾小路は少し焦った顔で俺に文句を言ってくる。ちょっと珍しい表情だ。
まあ、そんな綾小路には取り合わず、説明を続ける。
「お前は一之瀬に申請する、そうすると決められたポイントが消費されて申請が一之瀬へ送られる」
「待て、話を進めないでくれ」
「もしそれでそのまま受理ーーないし24時間経って承諾されれば、おめでとう、晴れてお前は一之瀬とヤレる訳だ」
「ちょ、ちょっと斉藤くん……!?」
「まてまてまて」
俺の流れるような説明に水を差してくるのが二人。
顔を引き攣らせる綾小路に、顔を赤くしながら気まずそうに俺の腕を揺さぶる一之瀬。役得だな、このまま説明を続けよう。
「だが、ここで異変が生じる。24時間経っても承諾されない。こうなるとお前は気付くわけだ、一之瀬は既にプロテクトされていたのだと」
「……まあ、そうなるな。あと、よくこの空気でそんな普通に説明出来るな」
「そして他のパターン。逆に、支払ったポイントの1.5倍が返ってきた。こうなると、一之瀬はプロテクトをしていなかったが、お前の申請はポイントを払って拒否した事になる。そしてお前は今から1ヶ月間一ノ瀬に申請出来ない」
「…………」
「パターンとしてはこれで全部だな」
俺が説明を一旦締め括ると、綾小路は「なるほどな」と分かったのか分かってないのかよくわからない顔で頷く。
そのとき、不意に一之瀬が俺に向き直り、真剣な顔で問い掛けてきた。
「ねぇ、斉藤くんは……どうすればいいと思う?」
「なにが?」
あまりの漠然とした質問に、思わず突き放すような口調で返してしまう。
一之瀬も質問が曖昧すぎた事に気がつき、慌てた様子で手をパタパタと振った。
「あっ、ごめんね。ええっとつまり…」
そして何かを言おうとするが、良い言葉が見つからないのか、うーんと悩み出す。
少しぶっきらぼうに返してしまった手前、俺も心根は善良な一般市民なので僅かながら心が痛む。助け舟ではないが、口を挟む事にした。
「聞きたいことと合ってるか知らないけど……アンタがすべきことはわかる。さっさとプロテクトしろ」
「えっ……なんで?」
俺の言葉に、一之瀬が目を丸くして尋ね返してきた。
「アンタはBクラスの代表で、顔もいいしスタイルもいい。性格も明るくて接しやすいし、これまでも男子から随分モテてきたでしょ」
「えっ!?そ、そんなこと……あ、ありがとう?急に褒められるとびっくりしちゃうよ」
俺の指摘に、一之瀬は驚いて声を上げる。そして顔を赤くしながら照れた様子で俺の肩をぽんぽんと叩くーーが、そんな事には構わず、話を続けた。
これは別に、良い話ではない。
「別に褒めてない。いい?上の学年のやつらは、もうこんな制度にどっぷり浸かって1年以上過ごしてて、ポイントもたっぷり蓄えてる。その中には、自己顕示欲が強くて女好きな奴なんて沢山いるだろうな。っていうか、もう聞いた事あるよ、そういう奴の噂。……なあ一之瀬」
「えっ、はい、なにかな?」
「お前、横にも縦にも顔が広いタイプだろ。この学校で、もう上の学年に顔見せたりとかしてないか?例えば部活とかーー生徒会とかに」
そう言うと、一之瀬は僅かに表情を固まらせた。そして頰を強張らせながら、恐る恐る口を開く。
「……私、生徒会に立候補した」
「じゃあ駄目だな」
俺は吐き捨てるように言う。
「もしそんなやつが俺たちの学年を狙うなら、誰を狙うと思う? そりゃ勿論、オトした事が自慢になる奴だ。大前提で顔がよく、学年の人気者で、実力があり、上の学年にも名前と顔が知られてる女だ。今の1年でそれに1番該当するのは誰だ?ーーそう、お前だ」
「……そんな」
一ノ瀬の目を見て、念を押すように言う。
「Bクラスで割高とか、そんなの上級生相手じゃ防御壁にならない。だからさっさとプロテクトしろ。じゃないと、じきにプロテクトすら出来なくなるかもしれないぞ」
「……えっ」
俺はそこで言葉を切る。
仏頂面で黙り込む俺がこれ以上話す気がないのを悟ったのか、俺の言葉の真意を聞きたそうにしていた一之瀬は、首をふるふると振って向き直った。
「ありがとう、斉藤くん。やっぱり君は優しい人だね」
「いや……まあ、どう思ってくれてもいいけど」
「うん、じゃあ君は優しいよ」
一之瀬はくすくすと笑って頷く。
いや、謙遜とかではなく。
この現状を作ったのはMOD導入した俺の仕業だから、世にも珍しい完全な黒なんだけど。まあそんなことこの世界の住人に言って分かるわけない。
今更内心で気まずくなってる俺に対し、一之瀬は言う。
「でも大丈夫。一年生の最初の三ヶ月は、皆予めプロテクトされてるんだって。だから……7月からは、警告してもらったし、気をつけるよ」
そこまで言って、一之瀬は苦笑した。
「心配して様子を見にきたのに、なんだか逆に心配してもらっちゃったね。斉藤くん、綾小路くんも、ありがとう」
「んー」
「いや、俺は何もしてないんだが」
綾小路がぽりぽりと頰を指でかくと、一之瀬はにっこり笑って言った。
「そんなことないよ。話を聞いてもらえるだけで、救われることってあるから」
そして、小さく手を振って去っていった。
残された俺と綾小路は顔を見合わせる。
彼はどこか呆れたように、ぽつりと言った。
「同じこと言うようだが……斉藤って、見かけによらず優しいんだな」
「………いや、色々情報もらったし、何も返さないわけにはいかないでしょ」
綾小路は、少し値踏みするように俺を見た。
「そういうものか」
納得したように頷く綾小路から視線を逸らし、顎で教室の方向を示す。
「……取りあえず、そろそろ授業始まる。ぼちぼちあの地獄に戻ろう」
「……そうだな」
綾小路は、重たいため息をついて頷いた。