ようこそエロMODが導入された教室へ 作:さんかく
面白いくらいに、Dクラスの間は断絶した。
精神的にも、物理的にも。
黒板に向かって左側が男子。右側が女子。
その間には、机一つ分以上の間隔が、教室の中央にくっきりと空けられている。
おい、教室にジブラルタル海峡が出現したぞ。
そしてその“海峡”の中を、デ○ストランディングしている者が二人。
平田洋介と櫛田桔梗……あと一応堀北もか。
様子を見る限り、彼らは暴力事件の解決に奔走しているようだ。
俺は直接関わってはいないから詳しい事は知らないが、おそらく大枠の流れは原作と同じ。
Cクラスの男子が先に仕掛け、それに須藤が反応して殴り返した。そして須藤は、「誰かに見られていた気がする」と主張している。
だから、今彼らは“目撃者”の捜索に尽力しているというわけだ。
ただし、原作と異なるのは、その裏で堀北が須藤たちを引き連れて勉強会を続けていることだ。
堀北も、このクラスの危機を敏感に感じ取っている。
ここを乗り切れなければ、Dクラスが一つにまとまる日は永遠に来ないと悟ったのだろう。
「目撃者を探す」と主張する須藤を力技で抑え、強引に机へと向かわせる堀北。
それに対し、反発しつつも渋々従っている須藤。
あいつも、態度はともかく、自分のために動いてくれる“女子”という存在のありがたみをうっすら感じ始めているらしい。
原作だったら、もっと反発してもおかしくなかったが……やはり環境が違えば人間は多少なりとも変わるものだ。
堀北の精力的なーー凄みの加わった働きによって、勉強面だけを見ると、一周回って意外にも順調そうにすら見える。
反して暴力事件の方は全然進んでいなさそうだが。
ま、目撃者を探しているだけなら無理だろうな。頑張ってくれ。
さて、そんなDクラスの騒乱の中での、俺の近況。
正直ほぼ何も言うことがない。
いつも通りの繰り返し――勉強とポイント稼ぎ。
まあ強いて言うならーー稼いだポイントで、サービスの“オプション”を拡張するためにいくつかアイテムを購入したことか。
まあ、必要な物を適宜買い足しているのはこれまで同様。特段取り立てて言う話でもない。
ただ、オプションの拡充は客単価をじわじわと上げる事に貢献している。出費が嵩む事を踏まえるとーー貯金はトントンだな。
……いや、一つだけ、特筆すべきことがあった。
昨日、茶柱先生に“ある調査”を依頼した。
最初は当然のようにしらばっくれられたが、そんな事は分かっている。綾小路よろしくポイントを対価とした取り引きとして交渉する事で、向こう数日のうちに用意する事を確約してもらった。
嗚呼、出費が。
いや、これは替えの効かない“投資”だ。痛手ではあるが、必要経費である。
割り切ろう。
要約すると、つまり今の俺は、クラスの内情とは裏腹にそこそこ暇だった。
あと数日もすれば、中間試験本番。
今のうちに、余裕があるタイミングでできることをやっておいてもいいかもしれない。
そう考えた俺は、重い腰を上げることにした。
そして俺は勉強を始めた。
何の、とは言わない。俺は“ガリ勉”と化した。
まさしく武者修行だ。
そして2日ほど経過。
「……何してるの、あなた」
呆れたような声が、正面から飛んできた。
おや、俺が想定していた声とは違う。
そう思って視線を上げると、そこ居たのは堀北だった。
今、俺がいるのは図書館。
机の上には参考書や資料が幾つか積まれている……ように見えて、実のところ俺の手には横向きにしたスマホが握られていた。
そう、俺はゲームをしていた。
「なんか用?」
両手でスマホを弄りながら俺がそう聞くと、堀北は仁王立ちのまま答える。
「ええ、用よ」
その高圧的な態度の中には、僅かな困惑と呆れが混じっていた。
まあ、勉強しているような素振りがゼロなのは自覚している。ゲームの音はイヤホンで消しているが、バレバレだろう。そもそも机の上に積まれているのも授業とかとかは全く違うものだしな。
「どうやら試験対策は十全みたいね」
皮肉を込めた声で堀北は言った。
さて、本題は何だろう。
平田あたりがそろそろ藁にもすがる思いで俺に助けを求めてきてもおかしくないと思っていたのだが、堀北だと違うかもしれない。
ゲームしている様子の俺が目障りだった?
いやここ2日は、図書館ではあえて目立たない位置を選んで座っていた。堀北達が活動している場所からは距離を取り、なるべく気付かれないようにしていたはずだったのだ。
だからそれとは違い、わざわざ俺を探したと見るべきだろう。
その答えは、直ぐに堀北の口から語られた。
「単刀直入に言うわ。あなたも、須藤君たちの勉強会に参加してほしいの」
「……いや、俺、必要?」
勉強会へのお誘いだったようだ。
だが、確かに須藤、池、山内の三人を一人で見るのは大変かもしれないが、堀北ならなんとかできるだろう。
そう考えての俺の返答に、堀北は首を振っていつになく焦った顔でこう言った。
「必要よ。むしろ、あなたにもね」
「……?」
「……試験範囲が、間違っていたの」
な、なんだってーーまあ、知ってたけど。
「そんな馬鹿な」
「そんな馬鹿なことが、あったのよ」
ため息混じりに堀北が言った。
どうやらBクラスの有志――まあ、一之瀬だろうな――が、須藤たちの勉強会に参加してくれたらしい。
その中で、範囲の誤りに気付いたというわけだ。
試験まで残り三日。
そりゃ、焦るわな。
「分かるでしょう? このままじゃ間に合わないわ。あなたの成績は小テストで見た。……私だけでは到底手が回らない。でも人手を増やせば、まだ可能性はあるわ。だから、手伝いなさい」
とても悔しそうに、堀北は俺に助力を求める。
俺は、わざとらしく「うーん」と唸ってみせる。堀北はそんな俺の煮え切らない様子を見て、焦ったそうにする。
「あなたも他人事じゃないはずよ。おそらく、あなたの成績なら試験範囲が変わっても赤点にはならないでしょうけど、それでも成績は大幅に落ちる。勉強会に参加すれば確かに効率は落ちるけど……貴方は私が教えるまで、それすら知らなかった。その恩義、返してもいいとは思わない?」
「……恩の押し売りじゃない?」
しかも、それはBクラスの手柄だ。
明日には公表されるだろうし、別に堀北に伝えられなくてもいずれ知っていた事だ。
だいぶ焦ってるな、堀北も目前の大惨事に焦燥しているようだ。
だから俺は、敢えて小馬鹿にするような口調で堀北に言った。
「堀北。お前は、考え方が悪いな」
「……何が悪いと言うのかしら」
「まず、そのガバガバな押し売りはやめろ。的外れだ。取り敢えずそれを俺に謝るのが先じゃない?」
煽るように言うと、堀北はムッとした顔を浮かべ、反論しかけて……一瞬、踏みとどまる。
「……悪かったわ」
搾り出すような声だった。
だが、謝った。
いいね。
目的の為に、怒りをちゃんと押し殺している。やはり人間、危機を前にすると成長するんだな。
内心で堀北にエールを送る。とはいえそんな気持ちとは真逆に、俺は鼻を鳴らして口を開いた。
「堀北、お前、まずこの学校に慣れた方がいい。今回の件、試験範囲の誤り。これ、誰が悪い?」
「……茶柱先生よ。他のクラスはもっと前に範囲の変更を聞いていたのに、私たちのクラスだけが、こんな直前に告知されたの」
「じゃあ、やっぱり“対策”はあるって考えるのが普通でしょ」
俺の発言に、堀北は眉を顰める。
訝しむように俺へ聞いてきた。
「どういうことかしら?」
「今のクラス状況じゃなくても、こんな直前に試験範囲変えられたらどれだけ頑張っても全員合格なんて100%無理だろ。須藤だけじゃない、他の奴らも赤点コースだ。しかもそれ、先生が悪いーーつまり学校側の不備だろ?そんなんあり得る?」
「……現にあり得ているわ、目の前の現実から逃げてもーー」
「お前こそちゃんと現実見なよ。これまでも色々理不尽だったけど、今回とは違ったろ」
堀北の反論を遮って言葉を返す。
逐一小馬鹿にするような口調に堀北も小さく青筋を立てるがーーそれでも考える素振りを見せた。
そして少ししてから、ゆっくりと口を開く。
「……今回のこれは、Dクラスだけが理不尽な扱いを受けてる。これまでの出来事は全クラス共通だった……違うのは、"公平性"だわ」
「そう。先生も言ってるでしょ、この学校は"実力至上主義"。こんな先生側の不祥事、俺達の実力と関係なくない?」
堀北はしばし沈黙し、考え込みながら俺を見つめた。
「学校は私達の実力を測りたい、その為に、その妨げとなる須藤君の暴力事件も最初は緘口令を敷いた。……だからあなたは、この試験には“対策”があると考えてるのね」
「そーだよ。なんかやるならそっち探しじゃない?」
勉強会なんかじゃなくて、と手をヒラヒラ振ってみせる。
堀北は納得したような素振りで黙り込んだ。口元に手をやって俯き、思考に沈んでいく。
俺はその横で立ち上がり、机の上の資料を整理し始めた。
その物音に堀北は現実へ引き戻され、訝しげに俺に尋ねてくる。
「……何をしているの?」
「本、返却しないと」
「いや…そうじゃなくて」
堀北が再び問おうとしたのを遮り、俺は振り返って聞き返す。
「これから、その“対策”を探しに行くんじゃないの?」
堀北は黙り込み、それから踵を返して言う。
「……それなら、すぐに行きましょう」
俺の片付けを待たず、すたすたと図書館を出ていく。
勝手な女だ。
俺はのんびりと本を棚に戻し、堀北の後をゆっくり追うことにした。