ようこそエロMODが導入された教室へ 作:さんかく
チャリ、チャリ。
俺が歩くたびに、耳からぶら下がる金属製のピアスが鈴のような音を立てる。
その音が気に障るのか、堀北は横目でじろじろと俺の耳元を睨みつけていた。
「……うるさいわね」
ついに、堀北がボソリと文句を漏らす。
「アクセの着用は校則違反じゃないけど?」
「規則じゃなくて、気分の問題よ。集中できなくなるから、せめて歩くときだけでも止めてほしいわ」
嫌そうに言われたので、俺は軽く肩をすくめた。
だが、気が変わったのか、堀北はそのまま話題を本題に戻す。
「……で? 対策に、心当たりはあるの?」
「お前はどう考えてる?」
わざと返してやると、堀北はしばらく黙って考えたあと、まっすぐに前を見据えながら口を開いた。
「まず、学校側が私たちのクラスにだけ誤った試験範囲を伝えたこと――これは、意図的ではないにしても、“不平等”には違いないわ」
「うん」
「だから、学校側で何らかの“是正策”を設けている可能性はあるわね。それが形式的なものか、実質的に効果のあるものかはわからないけれど……一つ、考えられるのは“試験問題の難易度の調整”」
……ふむ。
「なるほど?」
「うちのクラスにだけ誤った範囲を与えていた以上、配慮がされるとすれば、“他クラスよりも易しい出題”がされる、とか………いえ、クラス間で出題が異なるなんてそれこそ不平等だから、これはないわね。となると……範囲外からの出題は少なく、基礎問題中心になる……とか」
「まあ、確かにそれなら整合性は取れるな」
俺が頷くと、堀北はさらに続ける。
「それに、改めて考えるともう一つ気になる点がある。試験範囲の誤伝達が発覚して以降、茶柱先生は一度も説明をしに来ていない。本来なら混乱を防ぐために、すぐにでも訂正と補足をすべきなのに、未だ完全に“沈黙”しているのよ」
「そうだね、俺は知らなかった」
「これは、学校側が“気付いていないふり”をして、私たちがどう動くかを見ている……そういう可能性もあるわ」
「それはそうだけど、言葉通りの意味じゃないんだろ。つまり?」
「つまり――“どう対応するか”を試されている。これは“テスト”そのものが試験ではなく、“一連の対応を含めて採点対象”となっている可能性があるのよ」
「この学校らしいな」
皮肉っぽく言ってみせると、堀北はうなずいた。
「何かしらの“隠された救済措置”があると考える。それは……そうね。たとえば、試験後に“先生の杜撰な対応によって異なる範囲で準備をさせられていた”ということが、記録や教師への報告などで証明できれば、点数補正が入る可能性もゼロではない」
「ふむ、つまり……須藤の暴力事件みたいに、俺達が学校に向けて事件性を訴え、"茶柱先生相手に裁判を起こす"ってことか」
「そう。だから、私たちは“どう勉強していたか”という証拠を残す必要がある。自主的な勉強会の記録、提出したノート、質問の履歴……可能な限り多くの証拠を揃えて、万が一に備える」
そこまで話して、堀北はふぅと息を吐いた。
「……もっとも、それが本当に効果を発揮するかは不透明だけど」
「ま、でも、やらないよりはマシかもね」
俺はそう言って、ポケットからスマホを取り出す。
「じゃ、その“証拠集め”ってやつにも協力してやるよ。お前の言う通り、その路線で行くのも現実的で良さそうだ」
「……ええ。ありがとう」
堀北は、ほんの少しだけ口元を緩めた。
彼女なりの感謝の表現なのだろう。
それを見て、俺も気だるげに鼻を鳴らした。
堀北の見解は、論理的で的を得ているように思える。学校側の不自然へ切り込む考え方、語られた論理もそこまで無理があるようには思えない。
だが、俺はあえて口を挟む。
「……でも、それってさ」
「何かしら」
「学校側がこのまま是正策を取らなかった場合、普通に何人か退学になるよな?」
堀北の表情が一瞬だけ硬くなる。
その可能性を彼女も理解しているのだろう。けれど――
「……そうね。私たちが思っているよりも、学校側が"厳格"な対応をしていた場合、救済はないかもしれないわ。この学校は“実力至上主義”を掲げている。だから、ただただ篩(ふるい)にかけられているだけという可能性も想定しないといけない」
「だよな」
俺はチャリンチャリンとピアスを揺らしながら、廊下の角を曲がって階段に足を掛ける。
「つまり、どんなに準備して証拠を残しても、“赤点を容認してもらえる保証”はない。退学は退学です、じゃ元の木阿弥だ。そんなギリギリの綱渡り、運ゲーでやってられるかよ」
「……あなたの言いたいことは、分かる」
堀北は目を伏せ、少しの間、考え込む。
そして再び俺をまっすぐ見据え、静かに言った。
「じゃあ、仮定を変えましょう。“学校側の救済を期待しない”前提で、私たちができることを考えましょう」
「その方がいいね、気分がいい」
俺は口元を緩めて肯定する。
「“学校側が何の是正措置も取らない”場合。そうなると、複数人が確実に退学になる危険性があるわ。たとえ今から全力で勉強しても、普通なら間に合わない」
「普通なら、な」
俺は堀北に横目を向けながら、少し顎をしゃくる。
「で、その“普通”じゃない方法を考えるんだろ?」
「そう。つまり、"誰でも問題に解答出来る"……そんな試験の“仕組み”があるはず。何か、裏技が」
堀北は険しい目つきで、まるで自分自身に問いかけるように考え込む。
「まさか……カンニングや、他人による代行とか……?」
「除外だ」
俺は首を横に振る。
「そんなのは学校が最初から想定してる不正手段だ。やればバレるし、バレたら即退学。"予め消されている択"だ」
「……なら、正攻法の範囲内で解答する方法を考えるしかないわけね」
「その通り。じゃあ、ここで一つ、ヒントをやるよ」
堀北が視線だけで俺に問いかける。俺は笑みを浮かべながら言った。
「試験を受ける前から、ほぼ合格が確定してる試験ってのが、世の中にはたくさんあるだろ」
「……は?」
堀北は唖然とする。
何を言ってるんだこいつ、という目だ。
「例えば大学の“楽単”ってやつ、聞いたことないか?」
堀北は目を細め、考えるように口を閉じた。そして小さく呟いた。
「楽単……。授業を受けるだけで単位がもらえる、ってやつ?」
「そう。楽な単位、略して楽単。でも一応試験に点数はつけるんだぞ」
「……問題が異様に簡単、って事じゃないの?」
「まあ、そういう事もあるかもね。ただ、そういう訳じゃない講義で、楽単って言われるものの中には……授業中に“出題する問題”をあらかじめ伝えてくれたり、過去問と“まったく同じ問題”が出たりする事があるんだってさ」
「……まさか、中間試験の問題が、過去問と同じ……?」
堀北の声が少し上ずる。
「ってことかもしれないな」
俺は足を止め、指を立てて堀北の方へ向ける。
「で、今俺たちがどこに向かってるか、気づいた?」
堀北はその言葉でようやく辺りを見渡した。
そして目を細め、前方にあるプレートを見上げた。
そこには、こう記されている。
――『2年B組』
「……そういうことね」
堀北がため息混じりに呟く。
「そういうこと」
俺は軽く返し、廊下を進んでいく。堀北も黙ってそれに続いた。
そして、俺は廊下の端に立ち止まり、堀北の背中を軽く押す。
「交渉役はよろしく。クラスの特徴が俺らの学年と近いなら、Bクラスなら優秀な生徒同士で話も早いだろ」
「……はあ。分かったわ」
そう言って、堀北は真剣な表情のまま、2年B組の教室のドアをノックし、中へと入っていった。
沈黙。俺は廊下の壁に寄りかかりながら、廊下にいる他の上級生から好奇の視線を集めつつ、ぼんやりと天井を見上げて待つ事にした。
堀北はやっぱり優秀だな。
簡単なヒントでぽんぽんと俺が出したい答えに繋げてくれる。少々考え方は固いが、茶柱先生を訴えるなどは俺の発想にはなかった。
10分ほど経過しただろうか。
堀北がBクラスから戻ってきた。手には彼女自身のスマホが握られている。
「……入手できたわ。中間試験の過去問データ」
少し胸を張ってをそう告げた堀北だったが――
「ただし、ポイントは払わされたわ。1万ポイントもね」
「大阪のおばちゃんに値切り方教わった方がいいよ」
「値切ってこれなのよ。……いえ、その交渉含めて、これを渡していいかを見定められていたのかしらね」
眉をひそめる堀北に、俺はにやりと笑って返した。
「まあ、どちらにせよ安いもんだろ。退学になるよりずっとな」
楽しそうにする俺に、堀北は少しぽかんと呆気に取られーー呆れたようにため息を吐いた。