※この作品はR-18です。

ようこそエロMODが導入された教室へ   作:さんかく

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 堀北と分かれた後、俺はそのまま自宅へ帰った。

 夕方、日はもう傾き、オレンジ色の光がカーテン越しに部屋へと差し込んでいた。

 俺は制服のままベッドへ腰を下ろし、スマホを手に取る。図書館でしていたようにゲームを起動した。

 

 そして時間が経ち、窓の外は真っ暗となった頃。

 手に持つスマホの画面が、着信のそれへと突然切り替わった。

 

 発信者は平田洋介。

 

 何となく用件は想定がつくな。

 画面をスワイプし、通話ボタンを押す。

 

「なに?」

 

 こちらの応答に、間髪入れず相手の声が返ってきた。

 

「斉藤くん!夜遅くにごめんね、今、大丈夫かな?」

「まあ、暇だよ」

 

 ベッドのヘッドボードに背を預け、スマホを片手に耳へ当てながら短く返す。

 

「そう……良かった。実は、堀北さんから色々聞いたんだ。中間試験の件、本当にありがとう」

「いや、動いたのもポイント払ったのも堀北だけど」

「ううん、助かったよ。ありがとう」

「…まあ、どうも」

 

 淡々と答えながら、俺はぼんやりと天井のシミを眺める。

 勉強会についてこのタイミングで平田が連絡してくるということは、今夜中に全体の動きを決めたいという焦りがあるのだろう。いや、堀北から伝えられたということは、もう方針は決まった後か。

 

「試験まで時間がないから、まずは仮定として“過去問と同じ問題が出る”って前提で動くことにしたんだ。範囲外のことに手を出す余裕はないしね」

「妥当だな」

「うん。明日の朝にクラスに過去問を配って、丸暗記してもらう方針で進めてる。明日からは昼休憩も放課後も勉強漬けかな。できるだけ全員で共有して、少しでも足切りラインを超えられるようにって……」

 

 「どうかな?」と、平田が俺に聞いてくる。

 いや、俺に聞かれても。

 

「俺に聞かれても……まあ、いいんじゃない?」

「そうか、安心したよ。ありがとう」

 

 平田の声の調子が、少しだけ明るくなるのがわかった。

 俺の同意に何の価値があるのかよく分からないがーー平田も不安なのか。きっと、堀北や俺が協力していることに、僅かな希望と安心を見出してるんだろう。

 

「あと、もう一つ相談があって……」

 

 少し沈黙を置いてから、平田が続けた。

 

「須藤くんの件、例の暴力事件のことでも、斉藤くんに協力してもらえないかなって。目撃者探し、正直、行き詰まってるんだ」

「……」

 

 お。

 やっと来たか。

 俺はベッドの上で体を起こし、スマホを耳から離して少し見つめたあと、再び通話口に戻した。

 

「いいよ。何が分かって、何が分かってないのか教えてくれ」

「本当かい!?ありがとう!」

 

 スマホから平田の弾んだ声が響く。

 少しして、平田の説明が始まった。

 

「えっと、今のところ、Bクラスにも聞いて回ってるけど、明確な目撃情報はゼロだね。一之瀬さんが提案してくれて、学校の公式掲示板で“情報提供者にポイントを支払う”って方法もとった。でも反応はイマイチで、ほとんどが悪戯か、勘違いみたいなものばかりだった」

「……ふむ」

「正直目撃者については手詰まりに近いんだ。もう少し何か……手がかりが欲しい。できれば、斉藤くんの視点で気付いたこととか、ないかな。推測でもいいから聞かせてほしいんだ」

 

 申し訳なさそうな、しかし訴えかけるような声色で、平田が問いかけてくる。

 彼方に見えている訳はないが、俺はそれに頷き、返答する。

 

「まず、目撃者はいると思う」

「……本当かい?」

「ほぼ確実に。むしろ、いない方が不自然だな」

 

 電話越しに、平田の息を呑む音が微かに聞こえた。

 俺は続ける。

 

「噂が広まったタイミングは、学校からアイツらに緘口令が出された後だよな」

「うん、そうだね」

「それならCクラスの誰かが漏らしたってのはちょっと不自然だな。もしそうなら、自分達が“被害者だ”って主張しながら広めた方が効果的だろ。けど実際は…」

「“一年生同士で喧嘩があったらしい”……って内容だった。……確かに、曖昧だね。噂と考えると違和感は無かったけど」

 

 電話越しではあるが、平田が考えを巡らせているのが分かる。

 

「緘口令を破ったとバレないように、敢えて曖昧な噂をCクラスが流したとは考えられないかい?」

「そりゃ可能性はあるけど……Cクラスのボス知ってるか?龍園ってヤツ」

「うん、知ってるよ」

「アイツは多分そんな中途半端な事はしないぞ。どうせやるなら、バレたとしてもしらを切る前提で強い一手を打つタイプだろ」

「……そうなのか、知らなかったよ」

 

 まあ、実際は噂を拡散したのは龍園だけど。

 俺が流す噂の内容を指定し、それに偶々従ってくれただけだ。おそらく謎の情報提供者の狙いを知る為に、今回は敢えて言われた通りに動いたといった意図があるんだろう。

 

「それで、噂の出所がCクラスじゃないなら……その誰かが、目撃者"って事だね」

「そーそー」

 

 軽い口調で相槌を打つ。

 そんな俺に、平田は神妙な声で言う。

 

「…噂の出所はCクラスだと考えて、調べられていなかった。ありがとう、斉藤くん」

「んー」

「因みに斉藤くんは、目撃者について見当がついていたりするんじゃないかな」

「ん?あー…」

 

 どこか確信を持って発せられたような平田の言葉に、俺は一瞬言葉に詰まる。

 見当、見当か。

 まあ、ついてはいるな。

ーーというか、目撃者って俺のことだし。

 正確には俺ともう1人だけど。

 

 そんな事言う訳にはいかないので、少し考えてから口を開いた。

 

「雑だけど、変だなと思う事はある」

「っなにかな、何でも言って欲しい」

「噂の文言だよ。“一年生同士で喧嘩があったらしい”ってやつ。なんか変じゃない?」

「そうかな?特に……」

 

 不思議そうに疑問を口にしようとした平田が言葉を切る。

 

「……なるほど。目撃者が一年生なら、多分そんな言葉にはならないだろうね」

「そう。須藤って目立つからな。この競争を煽られる環境で2ヶ月弱過ごして、アイツのことを全然知りませーんって、流石に愚鈍すぎる。そんなのが居るなら、それこそ落ちこぼれのDクラスに入れられてるでしょ。名前が出てない時点で、そいつは“須藤のことを知らない”」

 

 沈黙のあと、平田が言葉を絞り出す。

 

「…上級生だね」

「たぶん?上級生がたまたま現場を見て、面白がって広めたとかそんなんじゃない?」

 

 ……まあ、その場合緘口令の後に噂が広まり出した理由の説明はつかないけど。いいんだよ、多少穴があったとしても。

 どうせ平田に披露したこの推理は合ってる。

 目撃者は2人、俺ともう1人の上級生だ。

 いや、正解ありきの誘導は楽でいいね。

 

 平田はしばらく何も言わなかった。

 やがて、小さな声で呟く。

 

「ありがとう、斉藤くん。本当に……すごく、助かったよ」

「いいよ、俺もポイント減ると困るし」

「明日から噂の出所を探って、上級生にもより焦点を当てて調べようと思う」

「がんば」

 

 平田は力強く「うん」と頷いたあと、電話は静かに切れた。

 

 俺はスマホを机の上に放り投げ、自分もそのまま横になった。

 そしてぼんやりと明日以降の事を考えーーそのうち、ゆっくりとまどろみの中に沈んでいった。

 

 

---

 

 

 朝のDクラスは、珍しく静けさが支配していた。

 それもそのはずだ。試験まで残された時間はあとわずか。さらに暴力事件の件が重なり、クラスの空気は重く張り詰めている。

 試験の重圧に加えーーもし仮に頑張ってクラスに加点される事があったとしても、須藤のせいで無駄になるのではないかという無気力が蔓延している。

 

 そんな中、教室の前方に立つひとりの少女が、柔らかい笑みを浮かべて口を開いた。

 

「みんな、おはよう」

 

 その声だけで、クラスの数名が顔を上げた。

 声の主は、言わずと知れたDクラスのムードメーカー、櫛田桔梗だ。

 

 彼女は、ゆっくりと前へ数歩進み出ると、教室を見回した。

 

「ちょっとだけ、話を聞いてくれる?」

 

 小さくざわつく教室。

 険悪だった男女の雰囲気が一瞬だけ緩む。

 

「みんなも感じてると思うけど……中間試験が、いよいよ近づいてきたよね」

 

 そこで櫛田は、一度言葉を区切る。

 

「実は――この試験、最初に私たちに知らされていた“試験範囲”が、間違っていたみたいなの」

 

「……え?」

「は? 今なんつった?」

 

 櫛田の言葉に、生徒たちから驚きと混乱の声が漏れる。

 

「嘘だろ、今さら?ふざけてんのか?」

 

「わかるよ。私も聞いたときは、えっ!?て思ったもん。でも、これは本当の話。Bクラスの子が気づいてくれて判明したの。今はちゃんと先生にも確認が取れてるよ」

 

 櫛田は驚きで騒ぎ始めた生徒たちを手で制しながら、続けた。

 

「でもね、落ち込まないで。ここからが大事な話なの」

 

 昂りかけていた教室が、僅かに静まる。

 櫛田は視線をゆっくりと巡らせながら、優しい声で続けた。

 

「堀北さんと斉藤くんのおかげで、今回の中間試験は、“過去問とほぼ同じ内容”が出題される可能性があることがわかったの」

 

 数名が息を呑む。反射的に前のめりになる者もいた。

 

「その過去問は、既に皆に配布できるよう準備してるよ。だから、私たちが今やるべきことはたった一つ」

 

 ここで櫛田は声をやや強める。

 

「――過去問の丸暗記、これだけだよ。全員、絶対に覚えてね。寝る時間を削ってでも、頑張って」

 

 力強く念を押す櫛田に、クラスの大部分は怒りを鎮めた。試験範囲の急な変更があっても、答えを丸暗記すればいいならどうにかなる。

 そう安堵する大多数の一方で、不安げにするものもいた。

 

「ほんとに……それだけでいいのか?」

「本当に同じ問題が出るの?」

 

 櫛田は、にこりと笑って頷いた。

 

「もちろん、確実とは言えない。でも、これは今の私たちにとって、一番“可能性のある道”だよ。だから、信じて欲しいな」

 

 そう言い終え、櫛田は教壇から降りた。

 その後、紙の束を各自の机に配り始める。クラスメイト達はやや戸惑っていたが、徐々にぞろぞろと櫛田の周りに集まり始めた。そして感謝の言葉と共に、過去問を受け取り始めた。

 

 張り詰めていたクラスの空気はやや弛緩していた。

 これまで心理的な負担となっていた試験について、急にーー可能性ではあるが、解決策が見つかったのだ。

 ほんの少し。ちょっとした変化だがーーDクラス全体が同じ方向に顔を向けたような、そんな瞬間だった。

 

 感動しちゃうね。

 

 

---

 

 

 櫛田が用意した過去問が配られてからというもの、教室の空気はわずかに、だが確実に柔らかくなっていた。

 それまで互いを睨み合い、無言で睨みつけるか睨み返すかという冷戦状態だった男子と女子の間に、微細な、しかし決定的な変化が生まれていたのだ。

 男女間のわだかまりは、徐々にだが薄れつつあった。

 

 きっかけは櫛田による中間試験を乗り切る策の提案、そして全体へかけて発破だ。

 だが、決してそれだけではない。

 もう一つのきっかけはーーそもそもの発端でもある、須藤達だった。

 

 プリントを貰ってから。

 過去問の暗記なんて一夜漬けで終わるーーそうたかを括るものが大半である中、早速次の休憩時間から暗記に勤しむ者達がいた。

 それが、須藤達ーー堀北の鋭い眼光に睨まれた最重要指名手配の赤点候補者達だった。

 

 須藤、池、山内ーーその他有志の勉強会参加者達は、ここ一週間程、堀北の監視下で半ば強制的に勉強に取り組まされていた。進捗自体は、やはりゴタゴタがあった分原作よりかなり遅れている。だが、原作よりも堀北の助力のありがたみを感じる機会に恵まれた彼らは、より自発的に勉強へと取り組んでいた。

 その一つの表れとして、早速過去問の暗記に取り組んでいたのだ。

 

 ……堀北が無言で彼らの前に仁王立ちしているのも、無関係とは言えないが。

 

 だが、実態はどうあれ。

 クラスの他の生徒達から見ると、あの勉強なんてしないと和を乱す筆頭だった須藤が、誰よりも先に試験対策に手を付けたように見えた。そして、池も山内も表面上は文句を言いながら、配られたプリントを手放さず、必死に暗記をしている。それは、彼らを舐めていたクラスメイトからするとーー彼らへ向ける視線を多少であれ改めるのには、充分だった。

 特に、小テストで赤点付近だった他の男子は、直ぐにその空気に飲まれていた。

 

 そして、それを見ているのは男子だけではなかった。

 

 女子達の視線が、次第に須藤達に向けられていった。

 最初は疑いと警戒が混じった視線。だが、それは時間とともに変わっていく。

 歯を食いしばり、眉間にしわを寄せ、必死にプリントと向き合う男子達の姿は、彼女らに言葉を超えたものを伝えていた。

 

ーー彼らは、変わろうとしているのだと。

 

 それはやがて、少しずつ教室の雰囲気にも影響を与えていった。

 

 過去問をめくり、小さな声で答えを唱えるーーそうした試験対策に勤しむ音の数は、次第にひとつひとつと増えていく。

 それは、次の休憩時間、更に次の休憩時間、そして放課後。更には次の日と進むにつれて増えーーやがて、紙の擦れる音、ボールペンの走る音、そしてときおり誰かの小さな溜息、それだけが教室に満ちるようになった。

 

 当然、試験対策というのは決して甘く居心地の良い空気の中で行うものではない。

 だが、誰もがピリピリした空気の中でーーそれでも"同じクラス"であることを意識せざるを得なかった。

 配布された十数枚の紙束。これが、これまで見たことのないほどの静けさと集中を教室にもたらしていた。

 

 もちろん、完全に元通りではない。

 しかし、それでもこの数日の努力は確かに形になりつつあった。

 

 

 そうして一日が終わり、また次の日。

 さらに次の日へと、時間は流れた。

 

 そして――

 

 中間試験当日。

 

 朝、教室に集まった生徒たちは、皆どこか緊張した面持ちをしていた。

 特に、たった各教科の一年分の過去問を暗記するというだけの作業であっても、勉強なんてほぼした事のない者達からすると重労働だ。そうした須藤を筆頭とした者達は一様に疲労を顔に滲ませーーしかしそれ以上に、この日を迎えたという事実に、一種の覚悟を感じさせる空気を漂わせていた。

 

 俺は席に座り、静かに周囲を見渡す。

 大凡のクラスメイト達は、教室の空気感に呑まれて過去問の暗記を徹底した影響か、試験自体への不安を顔に浮かべるものは殆どいない。

 そして本来はこれで赤点を取る須藤も、この有様だ。手に持つのは、もうしわくちゃになった過去問のプリント。なんなら、うっすらと汗によって出来たと思われる染みすら見えている。

 

 (うんうん、いいね)

 

 

 チャイムが鳴り響く。

 

 試験開始まで、あと数分。

 緊張感の高まりと共に、教室は再び静寂に包まれていく。

 

 既に勝利が確定した中間試験の幕が、今、静かに上がろうとしていた。

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