ようこそエロMODが導入された教室へ 作:さんかく
いやあ……中間試験は強敵でしたね。
教室の空気は、明らかにそれまでとは異なるものに変わっていた。
ざわめき、笑い声、試験の感触を語り合う声。終わった安堵と一定の手応え。それらが混ざり合って、空間にほのかな希望と高揚が漂っていた。
「…………あっ、一問書き間違えたかも」
俺も例に漏れず試験の開放感に身を浸していたが、リラックスしたせいで俺の脳味噌は要らない気付きをしてしまった。
あー、気になる。あれ書き直したんだっけ。
全然思い出せん。
まあ、満点か一問間違いかの二択なんだけど、それはあまりにも大きな違いだ。
100点と99点って全くの別ものなんだよね。何が違うって?そりゃ、1点違うに決まってんだろ。
悶々とする気持ちを抑え、俺みたいな奴は他にいないのかと教室を見回す。
頼みの綱の須藤はーー余裕の表情だ。
数日前までの張りつめた空気は、見る影もなく吹き飛んでしまったらしい。
他の女子たちも笑顔を浮かべ、なんなら一部の男子と自然に会話を交わしている者もいる。机一つ分の“海峡”があったというのに、いつの間に鎖国を解除したのやら。
試験結果に不満を持っているのが俺しかいない、という辛い現実に打ちのめされた俺は、拗ねたのでさっさと帰ろうと机を立つ。そして鞄を持ち、教室を出ようとしたところーー俺の背中に声がかかった。
「斉藤くん」
振り返る。
平田だった。にこやかに俺に問いかけてくる。
「試験、どうだったかな」
「最悪」
「え……そ、そうなんだ。意外だね」
俺の仏頂面に、平田は少し狼狽する。どこか気まずそうに「そういうこともあるよ」とフォローを入れーー俺から逸らすように横に向けた視線が、クラスメイト達の様子を捉えた。
「……クラスの雰囲気、変わったね。男女のわだかまりも……少しは溶けた気がするよ」
「ああ、まあ。ずっと堀北に睨まれながら勉強してたから、共通の敵を前に仲間意識が生まれたんじゃない?」
「あはは、堀北さんのことではないけど、共通の敵についてはそうだね」
そうだね、共通の敵ーーつまり大体の悪さの元凶の俺だな。
俺が肩をすくめると、平田はクスッと笑った。
平田の顔は明るい。どこか肩の荷が下りたような、清々しさすらある。
そして、少しだけ声を落として言う。
「それで、もう一つ……暴力事件の件なんだけどさ」
無言で続きを待つ俺に、平田は声を潜めながら俺に言う。
「実は、目撃者が名乗り出たんだ。昨日の夜」
「……へえ、おめでとう」
「うん……ただ、実はそれで解決とはいかなくて……」
朗報である筈だが、平田はあまり「勝訴!」なんて言い出しそうな素振りは見せていない。
むしろ若干困っているようなーー元々想定していたが、それはそれで困っているというような、落ち着きのある困り方をしていた。
「だから、またで申し訳ないんだけど、斉藤君にも相談したいんだ」
「……乗り掛かった船だしいいけどさ。"俺にも"ってことは、他にいんの?」
「うん。……実はこれから、皆と一緒にこの件について打ち合わせする約束をしているんだ。良ければなんだけど、そこに参加してもらえないかな」
「えー」
平田は手を合わせて俺にお願いをする。
顔を顰めて嫌がる俺。
嫌だなあ、長くなりそうじゃん。カラオケとかで軽井沢とか含めてやるんだろ?平田から"皆で"って言葉が出た時は、大抵そうだって知ってるんだぞ。
俺はサラサラと手入れされた自分の長髪を指で弄りながら、どう断るか考えた。
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考えてたら、いつのまにか平田に連れ出されてカフェに到着していた。
しまった。
別に動きとして問題があるんじゃなく、単純に面倒臭くて参加したくなかっただけだった所為で、うまく断れないまま流されてしまった。
意思薄弱。
Dクラスはレベルが上がったが、俺は自身はまだ低レベルらしい。レベル上げしよう。
カフェの入口で立ち止まる。
ガラス越しに見える店内はそこそこ混んでいて、話し声とコーヒーマシンの音が入り混じっている。
というか、カラオケじゃないんだな。
ガラス越しに中を覗いている俺に、平田は「こっちだよ」と声を掛けて中へ入っていった。
案内されたのは奥のボックス席。そこには既に四人が座っていた。
櫛田、堀北、一之瀬、そしてーー綾小路。
綾小路だけが微妙に居心地悪そうな表情で座っている。堀北に連れて来られた口だな。じゃあ俺と同じ境遇じゃん。親近感湧いちゃうね。
「斉藤くん、おはよう!試験、どうだったかな?」
一之瀬がにこやかに俺に挨拶してくる。
「最悪だった」
「あれ?斉藤くん、成績良かったよね。それにーー昨日、Dクラスがくれたあの過去問、あれって……そういうこと、なんだよね?」
俺の仏頂面に、一之瀬は不思議そうに首を傾げる。
昨日、平田達はBクラスにも過去問を渡していた。詳細は伏せ、暴力事件解決に協力してくれた一之瀬と神崎に個人的に渡したものだったがーー仲良しBクラスのことだ。グループチャットあたりで共有はしているだろう。
だからDクラスが特別成績で突出することはない。しかし、それでもBクラスへ恩を返し、更に協力関係を保持する事の方が圧倒的に重要だ。
そうした意図は一之瀬へ伝えていないがーーどう見ても過去問と一致している中間試験の問題を見て、その意味を察せないような阿呆ではない。当然、Dクラスはしっかりとそれを用いて事前に対策した事も察した筈だ。
「そういう事の上で、一問解答ミスったかもしれないんだよ。クソ、夢に出そう」
「あ、あー……そういう事かあ」
「……へえ、あなた、見かけによらず成績を気にするのね」
ささくれのように頭にチラつく解答ミスに舌打ちすると、堀北がジッと俺を見ながら呟いた。
それに櫛田も同調する。
「うん、あんまり学校の事とか気にしないタイプかと思ってたよー」
「学校の事っていうか……」
ゲームの仕様による性というか。
満点かそうじゃないかで、得られる経験値が結構違うからな。流石にそれは1点の差ではない。
この世界だと意味は無さそうだけど、本来のゲームプレイなら満点が確定で狙えるこの試験でこのミスは割とダルいんだよな。
「……いや、別に何でもいいでしょ。さっさと本題に入りなよ」
答えに困った俺は、口を尖らせて誤魔化しながら、空いていた綾小路の隣の席に腰を下ろす。
「そうだね、始めようか」
笑いながら平田は頷き、俺の隣に座る。席に全員が揃ったところで、話が始まった。
「さて、本題なんだけど…」
平田が口火を切ると、全員の視線が彼に集まった。
「昨日の夜、目撃者から連絡があったんだ。」
その言葉に、場が一瞬静まり返る。堀北に櫛田、一之瀬は顔を引き締めて真剣に耳を傾ける。綾小路はぼんやりとしていて聞いているのか聞いていないのか分からない。俺はカフェの店員を呼んだ。
「皆も知ってる通り、目撃者がいないかの呼び掛けを掲示板に投稿していたよね」
「うん、でも特に目ぼしい情報は無かったよね」
櫛田が首を傾げると、平田は頷く。
「そうだね。だから、実は数日前から条件を少し変更したんだ。『身元を明かさなくても、目撃者としての情報を提供してくれれば3万ポイントを支払う』という内容にね」
「数日前……あっ、斉藤くんに相談した後ってことだね!」
一之瀬がパッと顔を明るくしながら俺の方に向く。櫛田達もそれに釣られて俺の方に視線が集まった。
俺は視線を無視してカフェの店員にコーヒーとチーズケーキを注文する。コーヒーはマンデリン、ケーキはフワッとしたのでなくしっかりした生地のチーズケーキだ。店員が変な顔しながら注文を受け、退出する。
バシッと堀北から頭をはたかれた。
「……は?」
「それで、連絡はあったのかしら」
俺からの抗議の視線を無視し、堀北は平田に問う。
平田は何とも言えない顔で俺と堀北を見比べ、堀北に向かって頷いた。
「うん。昨日の夜にね。『その日現場の近くにいて3対1の喧嘩を目撃した。3人の方から殴りかかり、1人の方に殴り返されていた』と」
「やった!じゃあ、須藤くんの言ったことは本当だったんだね!」
「そうだね、良かったよ」
櫛田は手を叩いて喜び、平田も口元に笑みを浮かべて頷く。
「それは結構だけれど。その目撃者が適当を言っているかもしれないわよ。……ねえ、斉藤君」
「話しかけんな、今食ってるだろ」
チーズケーキに格闘しながらおざなりに返すと、再びバシッと堀北から頭を叩かれる。なんだこいつ。
仕方なく適当に返事する。
「そーそー、そんなん言うだけで3万貰えるなら俺も言うよ」
「言い方はアレだけど、そうだよね。その人、本当にそこで見てたのかな?」
俺の発言に一之瀬が頷き、平田に問い掛ける。平田はそれに頷き返した。
「今回相談したいのはそこなんだ。その人はそれ以上の情報提供は出来ないらしい。18時半頃にいざこざを見た、というだけだね」
「……そんな情報の対価に、3万ポイントは高過ぎるわね。そう伝えて、より情報を引き出せないかしら」
「いや……無理だと思う。この情報で無理ならポイントは払わなくていい、とも言われたからね」
堀北の問いに、平田は首を振って答える。
「そっかー、困ったね……電話とかも無理な感じ?」
「うん、僕も聞いてみたんだけど断られてしまったよ」
「本当に、自分の情報は晒したくないって感じだね」
一之瀬と櫛田も困っている。
堀北は不意に綾小路に向いて、「あなたは何かないの?」と問い掛けた。
「……俺に聞かれても困るんだが」
「別にあなたに解決策を期待はしていないわ。それでも、ここに座っているのだから話し合いに参加しなさい」
「……俺、お前に無理やり連れて来られただけなんだが」
堀北からのキラーパスに、綾小路は世の理不尽を嘆く。そして相変わらずのぼんやりとした顔で考える様子を見せ、何故か俺に視線を向けた。
「質問の横流しになるが、斉藤は何か思いついていないか」
「あ?」
ケーキの最後の一口にフォークを突き刺した瞬間だった俺は、突然振られた事で素っ頓狂な声を上げる。
綾小路以外からの視線も俺に集まる。そして気の所為でなければ、特に平田から期待の色を感じる。
仕方なく、完全にチーズケーキの口になっていた口を話すために開く事にした。
「……身元を明かさなくていいって条件なら、ポイントを渡した後でこっちから勝手に明かしてやるのは違反じゃないんじゃない?」
俺の言葉に、場の空気が僅かに固まる。
ややあって、櫛田がおずおずと俺に聞いてくる。
「……えーっと…それ、いいの?」
「いいかは知らんけど、駄目だって言う奴は居ないし」
「屁理屈だねー…でも、確かにそう……なのかな?」
一之瀬は歯切れ悪く呟く。だが一理は認めているようで、言葉の内容自体は肯定するものだった。
そこへ、堀北が言う。
「いや、検討する価値はあるかもしれないわ。確かに道徳的には疑問が残るけれどーー今の私達に、手段を選ぶ余裕は無いもの」
平田は黙って話を聞いていたが、堀北の言葉を受けて俺に視線を向けた。
「匿名の相手とはいえ、信頼関係は崩れるかもしれない。それでも、君はやった方がいいと考える?」
「まあ、普通に。そもそも、そいつを白日の下に晒し上げる訳でもないし」
俺の即答に、平田は暫し目を瞑る。
少し間を置いてから、ゆっくりと言葉を選びながら口を開いた。
「……ひとまず、考えてみようか。何か、手掛かりが掴めるかもしれない」
その鶴の一言に、一同は再び考え込む。
最初に口火を切ったのは一之瀬だ。
「まず、簡単に整理してみよっか。その人は身元を明かさないという条件を重要視しているんだよね。あとは、上級生ってこと。……他に何かあるかな」
一之瀬からの問い掛けに、櫛田がうーんと口元に指を当てながら答える。
「その人は、その情報で駄目ならポイントを貰わなくてもいいって言ってるんだよね?なら、あまりポイントには困ってないのかな?」
「……いや、それは違うと思うぞ」
櫛田の言葉に、珍しく綾小路が口を開いて否定する。そこへ堀北も同調した。
「ええ、あまり価値が無い事を悟った上で、それでも貰える可能性を信じて連絡を取った事からは、むしろポイントへの必死さを感じるわね。そして、他に交渉材料すら用意していないのは……少し、短絡的かしら」
「じゃ、DかCだな。それか素行の悪いBあたり、クラスの外れものとかな」
「……その目撃者も、何か事情があったのかもしれないな」
綾小路がぽつりと呟く。堀北が彼に視線を向ける。
「どういうことかしら」
「いや、ちょっとそう思っただけだ。気にしないでくれ。」
綾小路は淡々と手を振る。ただその言葉に何か引っかかるものを感じたのか、櫛田がぽつりと呟く。
「そっか。そこに居たのを知られたくなかったんだ」
全員の視線が櫛田に集まった。
「どういうことかな?」
一之瀬が興味深そうに尋ねる。櫛田はそこで皆の視線が自分に集中している事に気が付き、慌てて誤魔化すようにパタパタと手を振った。
「あっごめんね!ただ、えーっと……その人がその時間にそこに居たのは、何かその人にとって"後ろ暗いこと"をしてたからなのかなー、って」
ーーお前は心当たりあるような事してるもんな。
なんて、心の中で櫛田にツッコミを入れていたら、偶然か必然か櫛田と視線が合った。
素知らぬフリをしてコーヒーを口にする。ぬるい。仕方なく助け舟を出す事にした。
「例えば、そいつがその場にいた理由が、何かしらの規則違反や秘密の行動だったとしたら、目撃者として名乗り出ることで自分の立場が危うくなる。だから、自分の身元については黙ってるんじゃないか……ってこと?」
「うんっ、そうなんじゃないかなって!」
「……その、"後ろ暗いこと"ってなんだ?」
ぽつりとつぶやいた綾小路の一言が、テーブルの上に静かに響いた。
カフェの喧騒と裏腹に、俺たちのテーブルが沈黙に包まれる。皆がそれぞれ思考の渦に沈んでいるようだ。
一之瀬が口を開いた。
「少し話は変わるんだけど、いいかな?」
「うん、気付いたことがあれば何でも言って欲しい」
平田の促しに頷いて、一之瀬は続きを口にする。
「仮に"バレたくない"何かをそこでしてたとして……その人がそこにいただけだったら、何とでも誤魔化せると思うんだ。偶々そこに居たんだーって主張したところで、誰もそれ以上の追及なんて出来ないんじゃないかな」
「だったら……この人は、その時そこにいたことを知られるだけで、その“何か”がバレてしまう、ってことになるね」
一之瀬の発言に、櫛田がうんうんと相槌を打つ。
「……でも、そこにいたってだけで誤魔化せないって、どんな状況なのかしら」
堀北が小首を傾げる。
一之瀬は、自分自身の考えを整理するようにゆっくりと口にする。
「例えば……他にも目撃者がそこにいた、とか」
平田が目を見開き、納得した様子でスマホを見る。そこの文面を見て、矛盾がない事を確認したのだろう。
「なるほど……他人の証言で自分がそこにいたことがバレるから、言い訳できないってことだね」
「あとは、そこには他の人が居なかったとしても、誰かの実行役とかで、そこに居た事を誰にも言わないように他の人から指示されてる、とかも有り得るわね」
一之瀬の案を受けて、堀北は更に論を展開する。その内容に、ふと俺は最近聞いた単語を思い出し、ついそれが口をついて出てきた。
「緘口令ってことね」
「………えっ!?このメール送ってくれた人って、もしかしてCクラス男子の1人かもしれないってこと!?」
「あ、いや、悪い。流石にそれはないと思う」
俺の不用意な発言に櫛田が大声をあげて驚く。周囲からの視線を浴びて恥ずかしそうにする彼女に、短く謝った。
再び場が沈黙する。
堀北は考え込み、一之瀬も下を向いて目を伏せる。その沈黙が気になり、俺はあえて流れを変えるために話題を飛ばす事にした。
「なあ、特別棟の須藤が喧嘩したって言ってた場所あったよな?あれって実際、そんなに複数人が隠れられるようなスペースあるのか?」
「……いいえ。確認したけど、精々、近くの小部屋の中に入っていないと“目撃”は出来ないわ。廊下側からは見通しが悪いし」
それに平田が疑問を呈する。
「そんなところに複数人でいたってのも、それ自体少し怪しいね……何をやってたんだろう」
皆が考え込む。
堀北、一之瀬、平田、櫛田。それぞれの思考が行き詰まりーーいや、その表現は違うな。
自分の中で何かしらの考えに達していないのは、おそらく平田と堀北だけのようだった。
一之瀬は僅かに顔を赤らめ、櫛田は視線を横に逸らしている。綾小路は……俺に目配せしてきた。なんだよ。
綾小路は置いておいて、こいつら、多分同じ事に思い当たったな。
この空気を崩すために、俺は意図的に軽く呟く。
「……まあ、いずれにせよ、あの空間で複数人でやる“後ろ暗いこと”って、結構限られてるよな。それ調べれば色々辿れんじゃない?」
「そうね。……とにかく、明日以降、この線で探ってみましょう。校則ギリギリな行為をやってそうな上級生を洗ってみる必要もあるわね」
「そうだね、そうしようか」
堀北が締めの言葉を口にしたことで、議論は一旦終わりを迎える。
それぞれが席を立ち上がり、会計に移る事にした。
その時、チラリともう一度それぞれの顔を盗み見る。そして確信した。やっぱり、平田と堀北以外は、"後ろ暗い行為"の大凡は何となく察しているんだろうな、と。
この事件、明日で終わりそうだな。
だからそろそろ、俺の出番だ。