ようこそエロMODが導入された教室へ 作:さんかく
週末。
俺は自室で、いつも通りポイント稼ぎと授業の予習を片手間に回していた。
黙々と作業を続ける中、手元のスマホが震える。
ーー来たか?
画面に浮かび上がった通知は、俺の仕事用のメールアドレス宛ての新着メール。
画面をタップし、内容を確認する。
送り主はーー山内。
……は?
平田じゃなくて?
一瞬目を疑うも、差出人アドレスは間違いなく山内のものだった。
『一年生で起きた暴行事件について、当日18時30分頃に特別棟付近にいた人物を知っていたら連絡をください』
文章は簡潔で要点自体は押さえていたが、いかにもぎこちない。
だが、大きくは想定からズレてはいない。
発信元が山内というのが予想外なだけだ。
掲示板経由で山内が俺の“仕事”を知っており、今回平田からこの連絡先に連絡してもらうよう頼まれたってところか。
すぐには返信せず、ひとまずメールは寝かせる。
2時間後。
山内に返信した。
『本人に確認し了承が取れたため、以下に該当者の連絡先を添付します。直接そちらで連絡を取って下さい』
もちろん、“該当者”のアドレスとして添付したのは、俺が用意していたもう一つの匿名メールアドレス。
しばらくして、今度はそのアドレス宛に新たなメールが届く。
送り主はーー櫛田桔梗。
山内ではない。
多少であれ、誰が連絡を取るかで印象が変わるものだ。
恐らく、もう1人の目撃者ーーこのアドレスの持ち主は女子だと想定したのだろう。そして交友関係が広く、クラス外にも高い影響力を持つ女子の櫛田が、連絡役として出てきたわけだ。
メールを開く。
内容は、要するに「事件の詳細を教えてくれないか」「映像等の証拠はあるか」「協力してもらえないか」という丁寧な依頼だった。
予め用意していた文面を返信する。
『自分はその時間、特別棟で“別の目的”の撮影をしていた。そこに偶然、3対1の揉め事が映り込んだ。言い争いの後に、3人の方から先に手を出したのが映っている』
続けて、動画の一部分を切り取って添付。
そこには、須藤とCクラスの男子3人が言い争い、一触即発の空気を漂わせる場面が映っている。
『この映像の原本を渡してもいい。ただし、対価として20万ポイントを要求する。それに相当する支払いがなされない限り、映像の提供は行わない』
さらに一文、付け加えた。
『周囲の他の人の有無は確認し、その場にいたのは自分ともう1人のみ。この映像を除き、当現場の証拠となり得るものは存在しない』
――これが、俺から櫛田に送った“条件”だ。
スマホを机に置き、それから俺は普段通りの作業へと戻った。
その日、返信が来ることはなかった。
考えているんだろう。
20万ポイントは安くない額だ。それに、俺が提示した条件は倫理的にも、法的にもギリギリを攻めている。
けれどーーこの映像がなければ、須藤は無罪とはいかなくなる。
彼らがどう判断するか。
明日からの様子を確認しよう。
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週が明け、一週間の始まりとなる月曜日。
下足場に到着した俺を待っていたのは、困ったような顔で挨拶してくる櫛田だった。
「おはよう、斉藤くん。ちょっと今、いいかな?」
どこか遠慮がちなその呼びかけに、俺は面倒そうに眉をひそめた。
「……なに。朝から面倒ごと?」
「えーっと……ちょっと色々あって…」
苦笑いしながら櫛田が歯切れ悪く言う。
靴を履き替える俺に、櫛田は横から話を続ける。
「実は、もう1人目撃者が居るかもしれないって話……見つかったんだ」
「…へえ、よかったじゃん」
朗報じゃん、と櫛田を見やる。
しかし、櫛田はふるふると首を振った。
「そうなんだけど、そうじゃないっていうか………。その人はね、須藤くんがCクラスの男子と言い争いになって、先に向こうから殴りかかっていたのを映像に撮ってたんだって」
ふぅん、とだけ返す。
それに構わず櫛田は続けた。
「でもね……その映像の対価として提示された金額が、20万ポイントなの」
「……はあ?」
ーー知ってる。
口には出さず心の中で返事する。
当然だ、要求したの俺だし。
「正直……払えないよ。そんなポイント私達にはないし……」
「まあ無理だね。須藤は諦めよう」
「それは……諦めたくないよ、大事なクラスメイトだもん」
本当か?須藤と20万ポイントどっちを取るかって聞かれたら、Dクラスの奴らの大半は須藤を捨てるぞ。
「どうすればいいのかな…」
「他の証拠探すしかないね」
「……ある、かな?」
無いと思うよ。
なんて事は、お優しい櫛田には言わないでおこう。俺は何も言わず、小さく肩を竦めるだけに留めておいた。
その後、放課後になってから最近恒例の平田からの呼び止めにあい、そして堀北を含めた3人での話し合いに参加させられたーーが。
結局その日の話し合いでは、状況はほとんど進展しなかった。
堀北は一貫して「不当な取引には応じるべきでない」と主張し、平田も実際の資金繰りの難しさから頭を抱えているようだった。
そもそも、取引どうのこうの以前に20万ポイントなんて準備出来るわけない。その一点によって、取引自体への対応は「応じない」という一択に絞られている。
あとはこれまで通り何か他の対策手段を探すしかないがーーまあ、そんなもんない。
時間が経てば綾小路が原作みたいな対策をしてくるかもしれないが、もしそうなったら龍園に情報をリークしておいてやろう。
抜け道は潰す。この事件の解決策は、映像のみに絞り込む。
状況は翌朝に大きく動いた。
「これより、中間試験の結果を発表する」
教室に入った茶柱先生が静かに言い放つ。
静まり返る教室。息を呑むような緊張が走る。
「正直、感心している。半分以上が満点……総合の成績としても、うちが学年で1番だ。当然、赤点もいない」
一瞬の沈黙、そして。
「っしゃ!!!」
須藤の雄叫びを皮切りに、教室は歓喜の渦に包まれた。
歓声、拍手、互いに肩を叩き合いながら喜びを分かち合う生徒たち。例の“海峡”も今はなく、男子と女子が自然に言葉を交わしていた。
そこへ更に火に油を注ぐようにーーいや、この表現だと真逆か。とにかく、茶柱先生は朗報を付け加える。
「そして、一つ予め連絡しておくことがある。今回の中間試験の結果を踏まえ、Dクラスにはクラスポイントが94加算される予定だ」
突然の報告に、ぽかんとクラスの生徒達は惚ける。しかし、直ぐにその位置を理解しーー再び歓声が沸き起こった。
「よっしゃあああああっ!!!」
「まじ!?俺らプラスになったってこと!?」
喜び合うクラスメイト達。
たった94とはいえ、収入0だった事を踏まえるとプラスであるだけで充分に喜ばしい。いや、この年代で毎月9400円貰えるのは貰いすぎか。
兎に角、振ってわいた朗報に彼らは無邪気に喜んだ。
ーー本来それが"有り得ない報告"である事を知る者は、俺しかいない。
何故なら、このタイミングで来月のクラスポイントの"予測"を部分的に発表するよう、俺が茶柱先生に頼んだのだから。
まあそんな事はどうでもよくて。
とにかくクラスは狂喜乱舞しーーそんな空気に水を差すかのように、茶柱先生は淡々と続けた。
「ただし――暴力事件の件が解決しなければ、この成果も無意味になる」
言葉の刃が、生徒たちの歓喜を斬り裂いた。
さっきまでの騒がしさはどこへやら。再び沈黙が訪れる。
「ど、どういう事っすか?」
疑問を呈する池に、茶柱先生は感情を込めずに返答する。
「暴力事件の処分如何によっては、今回のクラスポイント94も帳消しになる可能性がある、という意味だ。――念頭に置いておくことだな」
そう言い残し、茶柱は教室を後にした。
教室は嫌な沈黙に包まれる。直前までのお祭り騒ぎが嘘だったかのように、冷水を浴びせられたように熱が冷めていた。
そして当然、現況とも言える須藤へと視線がーーそれも決して好ましいとは言えない視線が向けられていく。
須藤はそれに「んだよ」と悪態をつくが、流石に悪いのは自分だと理解しており、舌打ちをして教室を出ていった。
まあ、そんなのはどうでもいい。
気になるのは、先程のーーポイントを払ってまでこのタイミングに伝えさせた情報の意味を、"彼ら"がどう解釈するかだ。
俺は視線を横に向ける。丁度そのタイミングで、神妙な面持ちをした平田が席を立ち、堀北の下へ歩いていくのが見えた。
堀北も険しい顔をしている。
「いいね」
そうだな。そうなるよな。
20万を払うだけの理由が出来てしまったよな。
あの理不尽な"取引"に、応じるだけの価値が生じてしまったと気がついたのだろう。
良い返事を期待してるぞ。