ようこそエロMODが導入された教室へ 作:さんかく
ピロン、と音が鳴る。
録画を開始した合図だ。
照明の落ちた室内、画面の中には、無機質なとある一室が映し出されていた。それは見覚えのあるーーあの騒動のあった場所、特別棟の一室だ。
画面にまず現れたのは、明るい茶髪のショートカットに、黒いマスクを着けた女子。
服装は制服だったが、その上からサイズの合っていない黒のパーカーを羽織っており、フードをすっぽりと被っていたせいで、顔はほとんど分からなかった。
長い睫毛と黒い瞳のみが髪とマスクの隙間に覗いており、それがこちらをーースマホのカメラを見つめ、そしてそれが映し出す部屋の角度を見つめる。
彼女は部屋の中央にある小さな机の上にスマホを立てかける。
レンズの向きは少し斜め、しかし部屋のドアとその奥にある窓が視界に収まるよう調整されていた。
そしてスマホをセットし終えた彼女は、黒いアイマスクを取り出し、それを自身の目にかけて座り込んだ。
制服のスカートを整え、膝を揃えてじっと待機するその姿は、妙に整然としていてーー少し歪な印象を受けた。いや、より直接的に言うなら、"アンモラル"と言えばいいか。
やがて、カメラに映る教室の扉ーーそこに映る廊下の向こうから、1人の人影が近づいてくる。
ガラリと扉を開けて入ってきたのは、1人の男子学生だった。いや、正確にはその人物の顔は見えないようにカメラの向きは調整されているのだが、服装がこの学校の男子の制服だった為、それが男だと推測できた。
ーーまあ、それが仮に女子の制服でも結論は変わらないが。
なぜなら、"彼"がこの部屋に入って次にしたことは、自身のズボンを脱ぎーーその男茎を露出させた事なのだから。
"それ"は既に勃ち上がっており、勢いよく外に出てくる。"男"は"女"の正面に立ち、"女"は座っていた為に、自然と"それ"が女の顔の前にやってくる事になる。
そして、女はマスクを口元だけズラし、そしてーー
「ーーー!」
行為の最中。
ドアの向こう側、廊下の先から騒がしい声が聞こえてきた。
その声は徐々に近づき、やがて画面内ーー部屋の扉のガラス越しに複数の男が映り込む。
須藤、そしてCクラスの男子3人だ。
あまり会話の内容ははっきりと聞こえないものの、4人は言い争いをしているようであり、その空気はすぐに緊迫したものへと変わっていった。
怒号と罵声。
それは次第に高まっていき、遂に一線を越える。
そしてーー先に手を出したのは、Cクラスの男子のひとりだった。
彼の拳が須藤に向かって飛ぶ。
須藤はそれを避け、反撃。
返す刀で繰り出された拳が、相手の顔を正確に捉える。殴られた男子が派手に転倒し、声を上げた。
それを見て他の二人も躊躇し、起き上がった男子と共に捨て台詞のようなものを言いながら廊下の先へと消えていく。
須藤は「ケッ」と唾を吐くように呟き、その場を後にした。
そして、映像は静かに終わった。
「……本当に、この学校って…」
スマホを握る手が震える。
思わず溢れた独り言は、最後まで言い切る前に立ち消えた。
これまで何度も女子達の間で話題に出され、それでいて言及も追及も避けていたこと。
そして今回この映像を得るに至った経緯から、"そういう行為"がーーしかも女子から進んで行う事があるのは知っていたが、それでもどこか現実感は無かった。
それが、こうしてまつろわない真実として目の前に出てきた事で、目を背けていた現実と認識してしまう。
自身の置かれている現状、その為に何をしなくてはいけないのか。
そして、もう一つ浮上した疑惑。
櫛田は眉間を揉み、一つの決意をした。
---
次の日の朝。
HRが始まる前の教室の廊下、俺は櫛田に声をかけられて呼び止められた。
「斉藤くん、ごめんね。ちょっとだけいい?」
俺が怪訝そうに顔を向けると、近くには平田と堀北、それに綾小路の姿もあった。どうやら俺だけじゃないらしい。いつメンだ。
「ちょっと、ここだと人が多いから…」
と、櫛田は俺達を廊下の隅の方へ引き連れる。喧騒から離れ、周囲に人がいない空間へ落ち着く。
そこで彼女は、手にしていたスマホをそっと掲げた。
「例の……映像の件なんだけど、今朝受け取ったの。それで、他の人にも見てほしくて……」
櫛田はどこか気まずそうにしながら、スマホの画面を見せてくる。
それは一つの映像の再生画面であり、俺にとっても見覚えのある画面だった。
当然だ、それは俺が昨日提供したものなのだから。
だが、俺はそれを“初めて見る体”で、他の三人と並んで映像を見守る。
櫛田が少し躊躇いながらもそっと再生ボタンを押した。
そして、俺達の前で映像は流れ。
全て再生し終わると、全員が黙り込んだ。
ーー気まずい。
そうとしか言えない沈黙が場を支配する。
櫛田は元々映像を確認していたのか落ち着いていたが、堀北は珍しく動揺を隠せず口を手で覆っている。色々と思う事があるのだろう。
沈黙を破ったのは平田だった。
「……これは、決定的だね。証拠として文句のつけようがないよ」
綾小路は腕を組み、短く「……そうだな」と呟いた。珍しく、言葉少なに内容を肯定する。
櫛田もホッとしたように頷いた。
「うん……これで、須藤くんを助けられる……かな」
「………そうね、それは……間違いないわ」
目を瞑って何かを考えるようにしながら、堀北は櫛田の言葉を肯定する。
この映像が決定打になること。
各々感じた事はあるだろうが、それだけは誰もが一致した見解だった。
櫛田はスマホを閉じると、ふと呟くように言った。
「……一之瀬さんにも、これで勝てそうだって連絡しておくね」
「うん、ありがとう」
櫛田はスマホをポチポチと弄り、平田はそんな彼女へ感謝を述べる。
そしてそのまま、その場は解散となった。
ーー別に違和感を抱くような事ではない。
用件が終わったから場を離れただけ。だが、これまで何週間も解決に奔走し、それが結実したというにはあまりにも場が冷えていた。
仕方がない。
男女で一緒に、人の情事を見せられたのだ。
しかも互いの合意の上で、"商売"として行なっているものをーー年齢が殆ど変わらない先輩が行なっている行為を、見せつけられたのだから。
否が応でもこれまでの男女間に亀裂が入った原因を想起させられ、特に女性陣は自身の身に起こりうる未来として考えざるを得なかった筈だ。
無邪気に事件の解決を喜べるような状況ではまるでなかった。
男子達も気まずかった筈だ。
平田や綾小路も、単純にそういう映像を女子と見るのは気まずいし、目の前の彼女らが自身の事を"潜在的な加害者"と考える可能性は否定出来ず、接し方を一時的に見失ったかもしれない。
そもそも彼らが今後"そういう行為"に手を染めないとは言い切れない。仕方がない、彼らもまた思春期の男子なのだから。
因みに俺は、別の意味での気まずさを感じていた。
言うならば羞恥プレイ。
仕方ないとはいえ、こうして人前に晒されるとなかなかくるものがあるな。
そう、あの映像で"女"としてせっせと男のナニのお世話をしていたのは、紛れもなく女装した俺だった。
仕方ない。
俺は可能性のある日から毎日、須藤の服に盗聴器を仕込んで怪しい気配がないかを探っていたのだがーーいざそれが来たとして、客の準備は出来ても、そのタイミングにピンポイントで女側を合わせるなんて不可能だった。
ゲームの周回知識から、このタイミングでの暴力事件の場として特別棟が選ばれるのはほぼ確定していたが、それが何時かはざっくり部活後としか言えない。少なくとも1時間程度は特別棟に張り込んで、同じあの部屋へ順番に客を呼び込んでは、せっせと証拠となり得る映像を確保し続ける必要がある。
そんな行為をーーそもそもの俺の"サービス"の大前提となる"匿名性"を損ねる仕事内容を、従業員に頼む訳にはいかない。だからこそーー化粧さえすればかなり美人になり得る女顔の俺が、俺自身で用意した"顔の見えないサービス"で女としてその役目を全うしなくてはいけなかった。
もちろん最悪の気分だった。
が、意外とーーゲームプレイで「俺自身が女役となる」という案を発生させる為のフラグとして、"そういう経験をした過去"をキャラクリの段階で挟んでいた為に、こうしてこのキャラの中に入った俺自身も大きな忌避感は無かった。
まあ、結果として想定通りの成果を得る事が出来た。
各種事件を解決した上で、"性交渉"の制度を、本来学校が想定する「入学後のプロテクトが切れる1週間前」より早く暴露し、男女間の友好の阻害とクラス内不和を誘発させた。
そして龍園に俺の有用性を認めさせた。
更に、平田達は隠すだろうがーーアレを証拠として使用する以上、俺の"商売"は必ず生徒達に影ながら広がる事になる。つまりは広告だ。
悪くない。
元々はポイント稼ぎももっと効率良くできるつもりだったが、そこはゲームと現実の差としか言えない。
まあ、そもそもRTAみたいにガチガチなチャートを組んでるわけでもない。臨機応変にやろう。
---
そしてーー裁判の日。
俺はその場にはいなかった。
その為に詳しい内容は知らないがーーおそらく平田か櫛田あたりから、事後報告がされる筈だった。
メッセージアプリを少し気にしながら過ごす事数時間。
夜。
外での作業を終え、自室で勉強をしている最中、ブルブルとスマホが震えた。
ディスプレイに映っているのは、櫛田桔梗の名前だ。
「はい、斉藤です」
「あ、もしもし。今大丈夫?」
「大丈夫だけど……結果は?」
どうせ結果の報告だろう。
前置きは置いておいてさっさと聞く。
「勝ったよ。平田くんが提出した映像で、Cクラスの方が先に手を出したって認定されたんだ。須藤くんも無罪、石崎くん達は停学処分になったよ」
ふうん、と相槌を打つ。
特にその他動きはなく、順当にいったか。
納得して頷く俺に、櫛田は電話越しに言う。
「……斉藤くん、なんか淡白だね」
「ん?映像見れば分かるでしょ。あれで負けるわけないって」
「……ふふっ、確かに。あれは決定的だったもんね」
俺の返しに、櫛田はクスッと笑う。
そして数秒の沈黙が流れた後、櫛田は少し間を取ってから口を開いた。
「……でも、なんか、あっけなかったなあ。色々あったのに、最後はあれ一つでぱっと決まっちゃって」
「そんなもんでしょ。ジグソーパズルだって、ピース一つ一つはほぼおんなじ。それを嵌める為にどれだけ苦労するかが、各ピース毎に違うだけ」
「……うん、そうかも。でも、私はちょっとだけ寂しいかな。なんかさ、最近はずっと事件の事とか、試験の事とかで走り回ってたから……急に全部終わると、変な感じ」
櫛田の声がほんの僅かだけ落ち着いたトーンになる。いつもの明るいクラスのアイドルとは少し異なる印象だ。
「落ち着いたのはいい事じゃん。あとは平和に遊んで暮らせる」
「そうだね、そう……だよね」
ふと、櫛田の声に含まれる何かに気づく。これはーー電話の用件は裁判の報告だけじゃないな。
「それにしても……斉藤くんって、ほんとに不思議な人だよね」
「なに急に。褒めてる?」
「褒めてるよ?うん、たぶん」
くすりと笑った後、櫛田は少し声を潜めるようにして言葉を重ねる。
「だってさ……どうしてあの時、あんなに大きな額をぽんって出せたの? 正直、びっくりしちゃった」
「なんでって……ポイント持ってたし」
「それでも須藤くんの……クラスの為に、出す理由にはならないよ。それに……普通、あんなに持ってる?」
普通は持ってないな。
最初に支給されたのは10万ポイント。そしてその次の月に支給は無し。つまり、俺が一切ポイントを使っていないーーなんて事はありえない為、何かしらでポイントを稼いだとしか考えられない。そんな事は猿でもわかる。
「こう見えて家計上手なんだよ」
「もうっ、はぐらかしてばっかり」
それ以上突っ込んではこない。けれど、やはり確信を得るようなトーンだった。
「ま、いいけどね。助かったのは本当だし」
櫛田の声が少しだけ柔らかくなった気がした。
そして少しだけ日常的な話、他愛ないクラスの様子や、今日の授業のこと、最近の女子同士の話題なんかをぽつぽつと語ってきた。
内容はどうでも良すぎて何回か通話を切りかけるも、その後の彼女の"用件"が気になり、そのまま話し続ける。
ベッドの上に寝転び、スマホ片手に天井を見つめることにした。
しばらく話していた後、不意に櫛田が声を整えるような空気を見せて切り出す。
「ねぇ、前に言ってた話……覚えてるかな?」
「……どの話?」
「遊びに行こうって話」
唐突な話題の転換だった。
俺は一瞬だけ考えて、適当に誤魔化そうとしてみる。
「あー……今ちょっと予定が」
だが、その言い訳を遮るように、櫛田は少しだけ強い調子で言った。
「明日、デートしようよ」
一瞬言葉が詰まる。
からかってるわけでも、冗談でもない。真剣な声で、意志を感じる口調で言っている。
俺は少し黙った後で、短く返した。
「いいよ」
「ほんと? じゃあ、明日。放課後、校門前で待ってるね」
「うい」
それだけ返すと、櫛田は満足そうに小さく笑った。
「うん、それじゃあ。おやすみ、斉藤くん」
通話が切れる。
静まり返った部屋。
俺はしばらくスマホを見つめた後、ぽつりと呟く。
「……そういうことか?」
結構はやかったな。来月とかかと思ってたけど。
俺はベッドから身を起こし、机の上に散らばった資料の山を漁り始める。
デートは段取りが命と言うからな。しっかりと準備していこう。