ようこそエロMODが導入された教室へ 作:さんかく
暴力事件と中間試験という二つの大きな嵐を乗り越え、Dクラスの空気は僅かながら変化していた。
かつて男女間に存在した厚い壁はいくらか融解し、当たり障りのない連絡事項や、授業に関する質問を交わす程度の交流は日常的に見られるようになっている。
一見すれば、クラスは正常化への道を歩んでいるように思えた。
しかしその実態は異なる。
一度植え付けられた不信と警戒の根は、そう簡単には抜けない。
特に女子生徒たちの多くは、男子と会話を交わす際もどこか一線を引いたような態度を崩さなかった。来たる新制度への、まだ言葉にならない不安がそうさせている。
そしてそうした女子の警戒は、ことこのクラスでは特に当然のものと言える。原作でも相当ではあったが、このクラスには、このポイント制度を嬉々として受け入れる男子生徒が居るのだから。
「なあ、あと何週間かで夏休み……つーか、来月になるよな」
「だよな。いやあ……来月からどうなるんだろうな、女子」
俺が座る席の近く、山内春樹や池寛治を中心としたグループが、だらしなく椅子に寄りかかりながらニヤニヤと下品な笑みを浮かべ、会話をしている。
彼らの関心は、机の上に置かれた教科書ではなく、来月から施行されるであろう新制度と、それが女子生徒たちに何をもたらすかに注がれているらしい。
その言葉には、クラスがどうなってしまうのかという漠然とした不安が滲んでいるが、大半は薄暗い期待に占められていた。思春期の少年特有の、不健全で粘着質な好奇心と言える。
無論、女子たちがその空気を察していないはずがない。むしろ肌で感じ取っているからこそ、彼女たちは見えない壁を築いていた。
「ねえ、またあの連中こっち見てない?」
池や山内達とは離れた席で、佐藤麻耶がうんざりしたように隣の軽井沢恵に話すのが見えた。
軽井沢は手元のコンパクトミラーで髪を整えながら、後方の男子たちを一瞥すると、興味なさそうに鼻を鳴らした。
「マジきもいよね。どうせ頭の中お花畑なんでしょ。バカみたい、ほっとこほっとこ」
「だよねー……でもなんか、最近特にって感じじゃない?」
「わかるー。前はもっと普通だったのにね」
一時期の完全な断絶状態からは大きく改善したが、それはあくまで表面上のこと。
水面下では、男子、特に一部の生徒が向ける欲望の滲む視線に対し、女子たちは明確な防衛線を張り巡らせていた。向けられる言葉に素っ気なく返したり、あからさまに視線を逸らしたりと、その態度は日増しに硬化している。
櫛田が解決策を探して奔走していること、そして男子の代表として平田がいる事で、かろうじてクラスとしての体裁は保たれているがーーその下では再び亀裂が音もなく広がっていた。
当たり前のことだが、原作よりも男女間の溝は深く、そして根強いものである。
(……お)
ふと、そんなクラスの状況を確認しながら何となく視線を向けていた先で、1人の男子生徒が立ち上がるのが見えた。
平田洋介だ。
彼はそっと席を立つと、友人たちと談笑していた櫛田の元へ歩み寄る。
櫛田に何やら話しかけ、櫛田はそれに笑顔で応える。
どうやら何かしらの話をしそうな雰囲気でありーーまあ、内容は想像つくな。
クラスの良心であり、男女双方からの信頼が厚い平田洋介は、今のクラス内の状況を誰よりも深く憂慮している筈だ。特に彼のキャラクター性からしても、間違いなく。
同じくーー少なくとも表では同様にクラスを心配している櫛田へ、何とか男女間の不信感を拭えないか相談しているのだろう。
頑張っていて偉いことだ。
そんな健気な平田を尻目に、俺の近くで山内達は下世話な話で盛り上がっている。
そしてそんな中、何やら会話がヒートアップしーー「決めた!」と一際大きな声が聞こえてきた。
「オレ決めたわ。……今週末、櫛田ちゃんに告白する!」
声の主は池だった。山内や他の男子数名に囲まれ、彼は興奮した様子でそう宣言する。
「はぁ!?正気かよ池!玉砕に決まってんだろ!」
山内がゲラゲラと笑いながら茶化すが、池は「やってみねーとわかんねーだろ!」と息巻いている。
そのやり取り自体は、まあ思春期の男子によくある愚かで微笑ましい光景ではある。だが、実際はそんな甘酸っぱい類のものではないだろう。
息巻く池に対抗したのか、山内がニヤリと口角を吊り上げた。続く言葉で、会話の質は更に下劣なものへと落ちる。下落が止まらないな。
「それで言ったらさ、実はなんだけど………オレ、佐倉に告白されたんだよな」
「……は?あの地味な佐倉が?嘘つけ!」
「マジだって。まあ、オレは丁重にお断りしたけどな。『ごめんな、お前の気持ちには応えられない』ってさ。いやー、罪な男だわ、オレも」
山内は自らの妄想に酔いしれている。
周りの男子は疑いながらも、彼らの中にある佐倉のイメージは冴えないものである為、そこまで否定する事もなく会話が続いていた。
そっと視線を動かし、教室の後ろを見た。
彼らの会話の中に巻き込まれた当の佐倉愛里は、教室の隅の席で、まるで自分を世界の片隅に押し込めるかのように小さくなっていた。
その視線は山内達へちらちらと向いており、詳しい内容は聞こえていないにせよ、自分の名前が出てきた事は耳聡く察しているらしい。
そんな佐倉だが、数日前よりも明らかに周囲への怯えが強い。
まあ、あの男子たちの無遠慮な視線や会話が拍車をかけているのはある。周囲の人間はそう判断するだろうし、それも間違いではないのだがーー
それだけではないことを俺は知っている。
彼女を苛む脅威は、もっと陰湿で悪質なものだ。クラスメイトだけでなく、私生活にも手を出してくるストーカーが、現在進行形で彼女の心を蝕んでいる。
そしてそれは、原作のそれよりもエスカレートしている筈だ。
なんて言ったって、少し前に俺が匿名でストーカー野郎を焚き付けたからな。
俺の想定通りに動いてくれているなら、今頃彼はせっせと事に及ぶ準備と、気持ち悪いラブコールを続けている筈だ。
具体的に動くのも、殆ど目の前と言っていいだろう。
「でもさ、もし本当に付き合えたらさ、最高だよな。ただでさえあんな制度があるんだぜ?きっとあれやこれやしてもらえるんだろうな…」
「おい春樹!俺の櫛田ちゃんで妄想するな!」
「いやお前のではねえだろ」
気持ち悪い会話で意識が戻る。
池と山内達はギャーギャーと詮のないことを言い合い、やがて櫛田と付き合った後の甘い妄想を語り始めた。「まずはデートだろ?そんであの胸で…」などと、陳腐で自己中心的な話をしている。
それなりに大きな声だし、事実佐倉も自分の名前を聞きつけていた。少し遠くの軽井沢達も、うげーと言いたげな顔で男子グループの方を見ている。
当の櫛田は気付いていないがーーこの一件が彼女の耳に入るまで、そう時間はかからないことは誰の目にも明らかだった。
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「って訳で、池がお前に告白するらしいぞ」
「はあ……はあ……いや、ええ………」
ということで、先に俺の方から伝えておく事にした。
学校が終わり、放課後。
自室のベッドの上、俺の身体に凭れ掛かりながら息を荒げる櫛田は、唐突な俺の報告に困惑している。
やや朦朧とした様子で俺の方を見上げて、「あー…」と呟く。
「それ、もう、教えて…もらった、よ。はあ……馬鹿、丸出しだよね」
櫛田は今日も今日とて身体を限界まで酷使し、俺への奉仕をさせられていた。息は絶え絶えで全身を汗で濡らし、余裕を無くしているがーー心の底からの侮蔑が見て取れる。
その口調に、教室で見せる天使のような姿は欠片もない。
「馬鹿?」
「そりゃ、馬鹿だよ。付き合える訳、ないのに……他の人から聞こえるところで、そんな事言って」
疲れからか言葉を途切れさせながら、櫛田はヨロヨロとベッドから足を下ろした。そして池への呆れを言葉に滲ませながら、億劫そうに腰を上げてキッチンの方へ歩いて行く。彼女が乗っていたベッドのシーツはぐっしょりと濡れ、そこから離れた彼女の股と尻の間に一瞬液体のブリッジがかかった。
もう慣れたもので、櫛田は自分用に用意したコップに冷やしたお茶を汲み、ゴクゴクと良い音を鳴らして飲み干す。
よっぽど喉が渇いていたのか2杯目も飲み、口元を拭って口を開いた。
「そんな事言われたら、私が困るって分からないのかな?そもそも池くんが私と付き合える訳ないよね、釣り合わないもん」
散々な評価で池をこき下ろしながら、「それに」と櫛田は続ける。
「そもそも、今のDクラスの状況も分かってないよね。本当に迷惑だよ」
櫛田は吐き捨てるように言い放つ。
そして「お風呂借りるね」と言い、ややよろめきながら着替えを持って脱衣所へ入って行った。
そんな彼女を尻目に、俺は池と櫛田が付き合う姿を考えてみる事にした。
池が櫛田に告白する。そして櫛田がそれを受ける。
確かに、嫌な言い方をすれば、まるで釣り合わない謎の組み合わせだ。成立する訳もない。いくら櫛田が優しいからって、この池の告白を櫛田が受けるなんて想像してる奴は1人もいないだろう。
櫛田からしても、そもそも気持ちとしてあり得ない上にーー彼女の目指す「櫛田桔梗」の為には、特定の誰かと付き合っている状態なんて余程でなければデメリットしかない。
だが、前提が異なっていたらどうだろう。
女子に待ち受ける制度と、それに伴う男女間の亀裂。そしてこれから待ち受けると思われる試験。
他の者は知る由もないが、無人島での特別試験において、原作よりも悪化した男女関係は、あの極限環境下で致命的な断絶を生む事が多い。
特に下着泥棒の一件。あれが起これば、クラスは修復不可能なほど内側から崩壊する可能性は充分ある。いくつかの失敗した試走で、俺はそれを経験した事があった。
男女間の問題を何かしらで多少改善しておく事は、今後の為にも必要になる。
そして当然俺は、その為の方法も幾つか用意していた。
シャワーの音が止んだ。
扉越しではあるが、櫛田がバスルームから出てくる音が聞こえる。どうやら風呂から上がったらしい。
俺は行っていた授業の予習をキリがいいところで止め、椅子から立ち上がって脱衣所へ向かう。
そしてノックも何もせず扉を開けると、そこにはビクッと驚いて肩を振るわせ、目を丸くしてこちらを見る櫛田がいた。
濡れた髪をタオルで拭いながら、俺の少し大きなTシャツをワンピースのように着こなしたその姿は、一見すると無防備な少女そのものだ。
「……デリカシー無さすぎだよ」
少し気まずそうに悪態をつきながら、櫛田は髪を拭く動作を再開する。俺を気にしないように努め、普段通りに振る舞っているが、鏡に映る櫛田の目はチラチラと俺の様子を窺っている。
恥ずかしいーーというには彼女の痴態はあまりにも見すぎている為、これはどちらかと言うと、何か俺が嫌な事を言うと察しているのだろう。
俺はそんな彼女の姿を値踏みするように一瞥し、静かに口を開いた。
「池と付き合ってみよう」
「……え?」
意味が飲み込めず、櫛田はぽかんと口を開けた。タオルで髪を拭く手が止まる。
「えーっと、ごめん、なんて言ったの?ちょっと聞こえなくて」
「あ、そう?じゃあもっかい言おうか。池寛治と、付き合ったらいいんじゃない?」
今度は、はっきりと聞こえたはずだ。
それでも櫛田は、数秒間何も言わずに立ち尽くしていた。やがて、昼間の出来事と俺の言葉が頭の中で結びついたのだろう。
彼女の完璧に整えられた表情が、ピシリと引き攣った。
「……嘘、だよね?」
絞り出すような声で、彼女は呟く。縋るような、信じたくないという感情がその瞳に浮かんでいる。
「嘘じゃない。付き合いなよ」
俺の平坦な声で、彼女は遂に意味を理解したらしい。みるみるうちに、風呂上がりの上気した肌が青褪めるのが分かった。
今の俺と櫛田は、対等な友人関係ではない。
あれ以来、俺たちは完全な支配者と被支配者の関係にある。櫛田自身、それは誰よりも理解していた。
だからこそ、俺が今口にした言葉の上での「提案」が、拒否権の存在しない事実上の「命令」であることも当然理解している。
「……なんで」
だから無駄だと分かっているだろうが、それでも櫛田は抗議の声をあげた。
「なんで、わたしが池くんなんかと?い、意味がわからないよ!」
「意味はあるよ」
「な、無い無い絶対無い!そもそもそんなことしたら、わたしのーー」
「まあ落ち着け、当然条件がある」
必死の抗弁を遮り、俺はまるで出来の悪い生徒に教え諭す教師のように、丁寧に理由を述べる事にした。
「まず、この交際は『健全なお付き合い』とする。手を繋ぐとか、よくてキスとか、そんな子どものお付き合いだな。そして更に大事なのが、この交際は『クラスの為に櫛田が自己犠牲で成立させたもの』と、お前から公言するのでなく周囲に悟らせる」
「……えっ」
必死な剣幕だった櫛田が、またも虚をつかれたように勢いが削がれる。その隙をつくように説明を続けた。
「……ど、どういう意味…」
「利点は二つだな。第一に、男女間の融和が期待できる。下心丸出しの池と、クラスのアイドルであるお前が『健全な交際』ーー性的なあれこれがほぼ絡まない普通の交際をしていたら……まあ、女子生徒の男子への過剰な警戒心は多少和らぐだろ。この環境下で、あの組み合わせでそれが保てるならーー言い方はなんだけど、自分達は大丈夫そうって思えるでしょ」
「いや、そんなのーー」
「クラスの男子人気トップはお前だからな、まず間違いないと思うよ」
俺の半ば断言した物言いに、櫛田は口を噤む。
男子人気トップ。一番モテる女。
つまり裏を返せば、一番「こいつとヤリたい」と思われてる女って事になる。
実のところ、池は別に良いやつではあるがーー今のクラスの女子の認識において、池とそんな女が付き合って何事も無いなら、多少警戒も薄れるという流れだ。
「第二に、お前の価値は下がるどころか上がるよ。今はアイドルだけど、こうする事で『クラスのために身を捧げる聖女』へと昇華されるんだ。あの池とでさえ、クラスのためなら付き合ってみせる。その自己犠牲の物語は、お前をより崇拝すべき存在へと押し上げるだろう。そして男子どもは、お前に相応しい男になろうとーーまあ更に言えば、池でいけるならワンチャン付き合えるんじゃないかと、競って紳士的に振る舞うようになる訳だ。結果として、クラスの秩序が安定する」
俺の説明に、櫛田は瞳を揺らして視線を逸らす。
その意義は、やった事ない机上の空論とは言え納得できてしまったのだろう。だが感情が、それを頑なに拒絶しているようだ。
「嫌……嫌だよそれ…」
「何が不満だ?」
「ふ、不満に決まってるでしょ!?健全とか言っても、そもそも手を繋ぐだけでもーーましてやキスなんて死んでもしたくない!それに……あの池くんが、そんなことで我慢できるはずないよ!」
まあそうだよな。男子高校生の性欲は、そんなおままごとで満たせるほど小さくはない。
俺は、そんな彼女の最後の訴えを、さらに冷酷な提案で切り捨てた。
「なら、関係が破綻しそうになれば、少しくらいは『仕方ない』って、性処理でもしてやればいい」
「―――っ!」
櫛田が息を呑む音が、静かな部屋に響いた。その顔は恐怖と絶望で蒼白になっている。
「他の男子たちにとってのお前の魅力を、さらに高めるためのスパイスだ。聖女の、ほんの少しの『慈悲』だよ。お前と付き合えた時の魅力が更に上がるからね。それに、そもそもお前はクラスのためにその役目を引き受けたと周囲が認識しているんだから、どっかで関係が破綻してもお前を責める奴なんていない。お前は自分を犠牲にすればするだけ評価は上がる」
櫛田は、ただ唇を強くかみしめて俯いた。
肩は小さく震えていて、俺の提案へ感じている嫌悪感が窺える。
「……それ、本当に必要なの?」
「まあ、やればクラスは多少安定する。価値はあるね」
「本当に……クラスの為の犠牲でしかないよ、それ」
「"櫛田"にはうってつけじゃない?」
「……あんたは、私が池に汚されても、いいの」
「ん?だから、汚されないように維持するんだよ。それが大事なんだから。まあその塩梅は任せるけどさ」
櫛田はポツポツと、反抗とも言えない質問をする。哀れみを誘う様子ではあるがーーこと櫛田について、見かけの様子は当てにならない。
そして仮に櫛田がどれだけ拒絶しても、別に譲る気はない。これは、実際に俺が試走で確立したクラス崩壊の予防為の一つだからだ。
クラスが崩壊しようが別に俺としては気にする事ではないが、そうするとクラスポイントは増やせないわ、変なフラグ引いてラスボス化した綾小路が出現する事があるわで、碌な事にならない。
防ぐ手立ては他にもあるが、敢えて今回の池の告白を利用しない意味もない。この方法はデメリットはほぼ無いしーー強いて言えば、"櫛田を使う"時間が少し減るくらいか。
ーーまあ、逆に言い訳の為に櫛田から求めてくるかもしれないが。
長い沈黙の後、やがて彼女は顔を上げた。
その瞳からは、先ほどまでの抵抗の光が消え失せ、代わりにどこか自暴自棄になったような昏い光が宿っていた。
「……わかった」
乾いた声で、不貞腐れたように櫛田は言う。
「やればいいんでしょ。付き合えば、いいんでしょ……池と」
今にも舌打ちをしそうな表情の櫛田を見て、俺は思わず彼女の頬を掴んで唇を重ねた。
「ん"っ!?もっ……ちゅ、ぷぁ……っ」
にゅるにゅると舌を絡ませて刺激し、指で櫛田の耳を撫でる。
それだけで櫛田のくぐもった声に色気が混じり、甘い吐息が漏れ出した。そして櫛田の膝から力が抜け始めたあたりで唇を離す。
どろりと櫛田の口から唾液が溢れ、俺の視界に息を荒げる美少女の姿が映るようになった。
口と耳を愛撫されただけで腰砕けとなっている櫛田へ、俺はにっこりと微笑みかける。
「おめでとう、クラス二組目のカップルに乾杯だ」
櫛田は何も言わず、俺を睨みつけた。
そして俺の脛に蹴りを入れた。