ようこそエロMODが導入された教室へ 作:さんかく
「……なんだ、これ」
教室のドアを開けた綾小路が、思わずというように呟いたのが聞こえてきた。
俺はそれに呼応するように、教室の様子に目を向ける。
ーーザワザワ、ザワザワと。
週が明けたDクラスは、まるで巨大な隕石が落下したかのような衝撃と混乱に包まれていた。
その震源地は、たった一つの話題――池寛治と櫛田桔梗の交際開始だ。
そのニュースは、おそらく週末のうちには多くの者に知れ渡っていたのだろう。あの池の事だ、告白が成就して直ぐに他の男子達に自慢しまくり、立ちどころに情報が拡散されたのは想像に難くない。
ーーだが、それが本当の事だと思っていたものは、殆ど居なかったのだろう。
「まさか」と思いーーそして週が明けて登校して、櫛田がそれを認めた事で、こうして多大な混乱が生じているというわけだ。
ほぼ始業目前となった今も尚、櫛田の席の周りには、好奇心とーー事実と認めたくない男子達の絶望が入り混じったクラスメイトの群れが取り囲んでいた。
「ねえ櫛田さん、本当なの!? 池くんと付き合ってるって」
「な、なんで!? 変な要求とかされたんだよな!?」
女子も男子も、問い詰めるというよりは、この信じがたい現実を理解しようと、ただ純粋な疑問として彼女に尋ねている。
それらの疑問に櫛田は、少し困ったように眉を下げて曖昧に微笑む。
「うん、まあ……色々あって、付き合ってみようかなって。ごめんね、はっきり言えなくて」
決して本心を明かさないその姿に、平田や、聡い一部の女子たちは、何かしらのっぴきならない事情があるのだろうと察し、それ以上の追及は避けていた。
他の者達も驚きは隠せずにいるものの、櫛田が納得はしている様子である事は察している。
だが、もう一人の当事者がどうかは別の話。
このクラス二組目の公認カップルとなった池は、そんな繊細な空気などお構いなしだ。
「桔梗ちゃん! 次の休み時間、一緒に売店に行こうぜ! 俺奢るからさ!」
早速呼び方を変え、彼はデレデレとした表情で櫛田に話しかける。櫛田は完璧な笑顔を貼り付けながらも、池と同じテンションでノリノリになっている訳ではない事は明白だ。
もちろん、あの櫛田なら本心を完全に隠してバカップルのフリをすることは可能だろう。
だが、櫛田から言うことは無いとはいえ、近い内に"本当の意図"は噂として浸透するようになる。というかあまり伝わっていなかったら俺からどうにかして流布させる。
その時に変なイメージが付かないためにも、敢えて演技を完璧にはせず、困った様子は見せておくのが大事だ。嫌なのに頑張っている、という事で櫛田への評価が完成する。今の櫛田の様子は、かなり100点に近い対応と言えるだろう。
まあ単純に嫌悪感が隠し切れていないだけかもしれないが。
その後も池の調子乗りは継続した。
既に「健全な付き合い方をしよう」と櫛田から伝えられている筈だが、休み時間になる度に池は櫛田の元へ行き、デートを誘っている。なんならさりげなくーーいや全然さりげなくないが、櫛田へのボディタッチも試みていた有様だ。
結局それはやんわりと櫛田が避けていたがーー池は相当舞い上がっているな。まあ仕方ないか、初めての彼女であんな上玉なんだから。
だが、今の状態は流石に目に余ると考えたのだろう。
気を遣った平田が、『せっかくだから、皆で一緒に遊びに行かないか』と提案し、それに櫛田が賛同する事で、池と二人でのデートを自然と逸らしていた。
とは言え一時凌ぎだし、なんなら夜に電話なりを要求されるだろう。櫛田の苦労はまだ始まったばかりだ。
このままの勢いでいくと、"健全な付き合い"を維持出来る期間は短いかもな。
櫛田のこの交際への嫌悪感は相当だ、早期の破綻か完全な破綻か、どちらかに傾くだろう。少なくとも無人島の特別試験まで、何事もなく維持出来る可能性は低いかもしれない。
さて、櫛田はどうするかな?
上手く池の不満を解消しながら、綱渡りのように関係を継続できるか。
逆にそれが出来ず、手を繋ぐ・デートするなどで満足出来なくなった池が、キスやそれ以上を要求するようになり、それを誤魔化しきれなくなるか。
櫛田の腕前と采配次第である。是非、クラスの為に身を粉にして欲しい。
がんばれがんばれ。
ーーなんて面白がって観察しているのも良いが、実際これは今後のクラス維持の為の施策である。
簡単に失敗してもらっては困る。
というかそもそも、この交際のみでどうこうなる話ではない。そこから繋げていく動きが重要だ。
だから実のところ、本当に試されているのは櫛田ではなくーー池、そしてクラスの男子達である。
機を見て、平田あたりにもアクションかけないとな。
ーーさて。
櫛田がストレスに耐えている影で、誰にも知られることなく、より陰湿で深刻な苦悩を深めている者がいた。
佐倉愛里だ。
彼女を苛むストーカーの被害は、俺が裏で焚き付けたこともあり、日増しにエスカレートしている。
原作のように綾小路と関わることで僅かな勇気を出すきっかけを得られなかった彼女は、じわじわと生活に侵食してくる恐怖に、ただ怯えることしかできない。
最初は、SNSでの書き込みや部屋に送られる手紙程度。それでも充分に恐怖だがーーその頻度が増え、また最近では佐倉の部屋の郵便ポストに、現像された写真が入れられているようになっていた。
それは遠くから見た佐倉の姿だったり、グラビアアイドル雫としての写真など。それを見た佐倉は驚き慌てた事だろう。万が一でも郵便ポストの中身が他の生徒に見られたらと考え、それからは毎日ポストを確認するようになったに違いない。
今や佐倉は、明らかに周囲へーー男子への怯えを見せるようになっていた。今はまだ来月への不安からとして納得は出来るが、更に進めば流石に誰かしらから心配されて声が掛けられるようになるだろう。
これ以上追い詰めれば、彼女の精神は取り返しのつかないところまで壊れてしまうかもしれない。恐怖は十分に蓄えられた筈だ。
そろそろ潮時だな。
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俺はけやきモールの一角にある公衆電話の受話器を手に取った。
ボイスチェンジャー機能のある小型の機械を口元に当て、佐倉の携帯番号をプッシュする。
数回のコールの後、呼び出し音は留守番電話サービスに切り替わった。
「突然のお電話失礼いたします。私、先日お客様がご利用されたお店の責任者をしております、田中と申します。先日、当店の従業員の持ち物から、お客様を盗撮したと思われる写真が見つかりました。その後の内部調査からも、ストーカー行為を行っていた可能性があると考えております。つきましては警察への報告も検討しておりますが、お客様のプライベートな情報も含まれるため、まずはご本人様のご意向を直接お伺いしたくご連絡差し上げました。もしよろしければ、一度お話をお聞かせ願えませんでしょうか。この電話番号は折り返し不可能の為、17時頃にケヤキモールの裏手、従業員用の通用口がある路地へお越しください。資料もございますが、何分プライベートな内容の為、あまり店内などで話す事が出来ず……。立ち話で申し訳ございませんが、私が責任を持って対応いたします」
くぐもった、それでいて落ち着いた男性の声。ボイスチェンジャーも、俺の声と多少判別させにくくするだけのものではある。だが、ストーカーの声をはっきり覚えている訳ではないだろうが、この声がストーカーのものではないとは判断されるだろう。
そして内容に不自然な箇所があったとしても、怯える彼女にとって、これは蜘蛛の糸にでも見えるはずだ。ほぼ間違いなく来るだろう。来なかったらーーまあ、また別の手段を試そう。
さて、あとはストーカーに連絡を取るだけだ。使い捨てのSNSアカウントから例のストーカーのアカウントへダイレクトメッセージを送った。
以前俺が渡した佐倉の盗撮写真によって、この男は俺を「協力者」だと一方的に信じ込んでいる。度し難いほど愚かだが、だからこそ誘導と利用はしやすい。
『今日の17時、ケヤキモールの裏の従業員用の通用口がある路地裏に彼女が一人で来る。そこでやる事は、倉庫内に置いたメモを読んで、そこにある道具を使え』
端的に入力して送信する。
こんな単純な罠に引っかかるのかと笑ってしまいそうになるが、そもそもストーカーなんてまともじゃない思考をしているこいつは従う。
一度得た蜜の味を、愚か者の頭は忘れてくれないのだ。
「じゃあ、俺の出る幕が来るまで待つか」
指定した時間に佐倉が来て、ストーカー野郎がそこで佐倉を襲う。そこを、良い感じのタイミングで助けに入って終わり。
端的に言えばこういう事だが、実際はもう少し複雑になる。
俺の描く筋書きはこうだ。
まず佐倉を監視カメラの無い場所へ誘導し、待ち合わせ場所に現れた佐倉を、ストーカーが襲う。そこまではとてもシンプル。
場所は路地裏だが、事に及ぶのは従業員用の通用口から入れる倉庫内だ。
中には年間で時々使う大きな物品が仕舞われており、殆ど誰も近寄らない。非常に都合の良い空間ではあるが、このゲームには幾つかこうした場所が存在する。
特別棟などもその一つだな。
因みにそこへどうやって入るのかというと、合鍵ーーなんてもの準備は出来ないので、力技での突破になる。
そう、俺自身の"ピッキングスキル"だ。
この斉藤景というキャラクターは、兎に角こうしたダーティーなスキルの取得に重点を置いている。悪さをする為のスキルオーダーだ。
まあ、まともにプレイする気が無かったからね。自然とそうなった。
閑話休題。
事前に俺が置いておいた各種アイテムーー拘束具、目隠し、猿轡で佐倉を縛り上げ、抵抗出来ない状態にする。
よっぽど抵抗されれば、用意している睡眠薬を吸入させて抵抗を奪う他ないが、まあ、佐倉相手にそこまでする事はないだろう。そもそも即効性はあるが即昏倒するようなものではないし、効果も短時間で切れる。念の為のアイテムにすぎない。
さて、こうして佐倉ーーグラビアアイドルの雫を好き放題出来るようになったストーカーだが、ここで俺は一つ助言をしている。
それは、今後の為の一手間。直ぐに事に及ぶのではなく、これから先も佐倉の抵抗を完全に奪い取る為の、脅しの道具を作るという事だ。
具体的な手段についてはーーまあ、俺がする事じゃないし一旦はいいや。
兎に角しっかりと佐倉を辱め、いざ事に及ぼうとした時ーー俺個人で設置している監視カメラでタイミングを測った俺が、満を持して登場する。ストーカーが悦に浸り、佐倉が絶望に染まるその完璧なタイミングを狙って、ヒーロー登場という展開だ。
俺はストーカーを速やかに制圧し、隠し持ったスマートフォンをかざしてこう告げる。
『今のやり取りは全て録画させてもらった。暴行未遂、薬物使用、脅迫。証拠は揃っている』
当然、スマホにあるのは俺が置いた監視カメラから転送されたデータだ。それを見せれば、俺の正体が「匿名の協力者」である事は流石にバレるーーいやこいつならワンチャンバレないかもな。
まあそれはいいとして。
怯える佐倉に、俺は正義の味方のように提案する。『こいつを警察に突き出そう』と。
そこで、計画の最後の展開となる。事前に俺が指示しておいた通り、ストーカーが切り札を切るのだ。
『待て! もし警察に言ったら、こいつがグラビアアイドルの雫だってことを、学校中に言いふらしてやるぞ!』と。
俺は『だからなんだ』と一蹴し、ストーカーを連行しようとする。
だが、それを必死に止めるのはーー他ならぬ佐倉本人だ。
ポイントもなく、友人もいない彼女にとって、今の学校で「彼女がグラビアアイドルの雫である」なんて事がバレるのは、致命傷を超えた大爆死だ。
あっという間に、性交渉の申請数ランキングのトップに躍り出るだろう。来月分のプロテクトすら怪しい彼女は、連日連夜ーーなんだったら申請のされ方によっては授業中ですら、陵辱恥辱の限りを尽くされる事になる。
『やめて…! お願いします…! それだけは言わないで…!』
佐倉がそう懇願した時点で、盤面は完成だ。
ストーカーは俺の指示通りに行動したことで"目的"を達成しかけ、そして指示通りに脅すことで"見逃された"。
俺の乱入という形で完遂はしなかったものの、匿名の指示者への信頼はかなり強固なものにはなる筈だ。
同時に、俺はいつでも奴を刑務所にぶち込める証拠も手に入れる。二重の信頼関係になる訳だ。
そして、楔を打ち込んだのはストーカー野郎だけじゃない。
口封じをしているとはいえ、俺に"佐倉が雫である"という事実を知られてしまった。助けられたのも事実ではあるがーー俺は綾小路ではない。佐倉にとって、その事実は非常に恐ろしいものとなる。
こうして俺は、両者を意のままに操るための二本のリードを手に入れる事が出来るのだ。
うーん、我ながら完璧な計画。
まああと俺がやることはそんなにない。
ある程度時間が過ぎるまで待って、乱入して助ければいいだろう。
時計を見ると、まだ16時を回った頃だった。俺はいつも通り風俗業に勤しむことにし、作業に移ることにした。
「ーーはっ!?」
俺は机に突っ伏していた状態で意識を取り戻す。
どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。机には俺の涎がベッタリとつき、乾いてしまって我ながら臭い。
「あー……待ち時間で、暇すぎて寝てたのか」
ぼやきながら身を起こす。
風俗業は割と神経は使うとはいえ、作業毎の待ち時間はかなり多い。その最中、普段は動画とか勉強で時間を潰すところを、今日は他の端末がなく暇すぎて寝てしまっていたらしい。
反省反省、と呑気に考えーースマホの画面を開いた俺は、一瞬で脳味噌の奥が冷える感覚がした。
現在時刻。
18:23。
「ヤ……ーーバッ!?」
もともと突入しようと思っていたのは大体17:30くらい。
実に1時間近く、当初の想定よりも遅れている事になる。よっぽどその前の行為に気を取られていれば別だが、それだけの時間があれば、ストーカー野郎がエスカレートし佐倉に陵辱の限りを尽くしていても不思議ではない。
俺は急いで監視カメラの映像を開き、倉庫内の佐倉の様子を確認しようとしてーー
「ーーーはい???」
目を疑った。
そこに居たのは半裸の佐倉とストーカー男。
そしてーー
ーー目隠しをされた上で上半身も拘束され、それでも尚必死に男から逃げようと身体を捩らせる、一之瀬帆波の姿だった。
なんで??