ようこそエロMODが導入された教室へ 作:さんかく
放課後。
一時的に貸し切られたDクラスの教室の後ろで、俺は壁に寄りかかりながら、目の前で繰り広げられる安っぽい人情劇を眺めていた。
壇上には、いつものように誠実な顔をした平田と、決死の覚悟を固めたような池。
観客は、俺を含むDクラスの男子全員だ。
「――だから、どうか、助けて欲しい」
平田の教科書通りな説得が終わると、教室は気まずい沈黙に包まれた。
だがその沈黙を破ったのは、同情ではなく、予測通りの反発だ。
「いや、協力してやりたいのは山々だけどよ、平田…」
「現実的に考えて無理だろ。俺たちだってポイントはカツカツだしよ」
山内と須藤が口火を切る。
他の男子たちからも「全員分なんてどうやったって集められねえよ」「焼け石に水だ」「負けイベントでござる」という、利己的だがもっともな意見が続いた。いや最後のは知らないが。
まあ、自分のポイントが減るんだ、当然の反応だろう。平田の真面目なだけの訴えでは、こいつらの財布の紐は緩まない。
だがそもそも、平田の訴えはあくまで前座に過ぎない。
「それでも、何もしないでいいのかよ!」
次に声を上げたのは、池だった。
彼は顔を真っ赤にし、拳を握りしめながら、それまで反論していた仲間たちに向かって叫んだ。
「無理かもしんねえけどさ! でも、だからって、黙って見てるだけでいいのかよ!? 桔梗ちゃんだけじゃない……女子達みんな、俺たちのクラスメイトなんだぞ!」
その魂からの、しかしあまりにも単純な感情の爆発。
斜に構えていた男子達、また論理で武装していた幸村なども、その熱量にぐっと言葉を詰まらせる。
おー。
意外と効果あるな。
俺の想定では、池の役割は櫛田の悲劇性を高めるための装置くらいの認識だったが、愚直なまでの真っ直ぐな言葉は、割と男子達の心に響いているらしい。
だが、何事も例外はいる。
池が櫛田と付き合い出した事で最も態度に変化が生じた男ーー山内だ。
「…ちぇっ。そりゃお前は女子の肩もてるよな、池。櫛田ちゃんと付き合ってて幸せいっぱいで、それに愛しの櫛田ちゃんはプロテクト分くらい持ってんだろ?安全圏から高みの見物のお前に、俺たちみてえな野郎の気持ちなんて分かんねえだろ」
その嫌味に、池は一瞬怯んだがーーすぐに何倍もの熱量で噛み付いた。
「っ、お前、そんなの関係ないだろ!それに、桔梗ちゃんは…! 桔梗ちゃんは、クラスの女子みんなのプロテクト費用が集まるまで、自分のプロテクトはしないって…! そう言ってるんだぞ!」
その一言に、教室が凍り付いた。
「…は? マジで?」
山内が、信じられないという顔で聞き返す。
「じゃあ、来月…櫛田ちゃんも、ヤられるってことか…?」
「……っはあ!?ヤ、ヤられねえよ!!変なこと考えてんじゃねえ!っつーか、その為に今頼んでんだろうが!!」
山内の呟きに、池が声を荒げて反論する。
が、男子たちの間に動揺が急速に伝播していく。
自分たちのポイントを守ることしか考えていなかった彼らの脳裏に、初めて、クラスのアイドルが無防備に危険に晒されるという具体的な未来像が浮かんだのだろう。
その光景と、その冗談のような予測が本当の危機である事を、必死な様子の池から否応にも理解していく。
「みんな、聞いて」
そこで平田が、この完璧なタイミングで切り出した。
「実は、そのことで、どうしてもみんなに直接話したいって人が来てるんだ」
ーー話を聞いてもらえないかな。
そうお願いをする平田に、敢えて反論する者は現れない。
それを確認して平田は教室の扉を開けーーそこに立っていたのは、今まさに話題の中心にいた、櫛田桔梗その人だった。
「き、桔梗ちゃん!?」
池が狼狽える。
教室が、先ほどとは違う種類のどよめきに包まれた。
櫛田は、申し訳なさそうに口を開く。
「男子だけの話し合いなのに、ごめんね。でも、どうしても伝えたいことがあるの。それを聞いてから、もう一度判断してもらえないかな……?」
動揺が静まらず、櫛田のお願いを遮る者はいない。
いよいよ俺が脚本を書いた女優の出番だ。
櫛田は一歩前に出る。
そして、話し始めた。内容はーーまあ、俺が言った通りだな。
俺が渡したデータを元に、来たる『絨毯爆撃』の恐怖を語り、クラス崩壊の未来を悲しげに示唆する。
そして男子達がざわめき始めたところで、実現可能かもしれないという打開策を提示。
そして最後に、深く頭を下げて言葉を締め括る。
「――これが、私からのお願いです。虫のいいお願いで、本当に、本当に申し訳ないんだけど、どうか……私たち、女子を助けてください」
教室は、数分前とは異なる色を持つ重い沈黙に包まれていた。
うんうん。
勝ったなこれは。後で櫛田には焼肉を奢ってやろう。
俺は勝利を確信した。
その時だった。
「…待て、櫛田さん」
その沈黙を破ったのは、幸村だった。
ーーお、何か起こるか?
俺は、少しだけ壁に預けていた背中を起こす。
「君が提示した対策の合理性と、その熱意は伝わった。俺だって、このままクラスが崩壊するのは……Aクラスに上がる為にも困る。いや、それを置いておいても、協力したって良いと思ってる」
それは櫛田への肯定。
だが、言葉はそこで終わらなかった。
「だが、だからこそ、どうしても聞いておきたいことがある。……君が急に池と付き合い出したのは、こうして俺たち男子の同情を買い、協力を引き出すための、計算ずくの布石だったんじゃないのか?」
おー。
鋭い。実に鋭い指摘だ。実際本当にそう。
あまりに鋭くーー櫛田に傾きかけていた空気は再び凍り付いた。
「はぁ!?幸村お前、何言ってんだよ!」
それに池が激昂しーー他ならぬ櫛田がそれを手で制する。
彼女はゆっくりと顔を上げ、悲しそうに――しかし真っ直ぐに幸村を見つめ返した。そして隣で憤慨する池に向き直り、本当に申し訳なさそうに、深く頭を下げる。
「……ごめんね、池くん。幸村くんがそう思うのも、仕方がないと思う……」
「き、桔梗ちゃん…?」
「こうして、池くんの気持ちを利用するような形になってしまったのは、事実だから……私は池くんの優しさに甘えてる……最低だよ」
しゅん、と項垂れるその姿に、池は慌てて勢いよく首を振った。
「そ、そんなことない! 絶対ないって! 元々、本当に誠実には付き合えないかもしれないって言ってたじゃん!それでもいいから付き合おうっておれがお願いしたんだから!!桔梗ちゃんは何も悪くねえよ!」
池の弁明に、櫛田は力なく首を振る。
ーーしかし、再びクラス全員に向き直ると、涙で潤んだ瞳を男子達に向けた。
そして、「でもね」と、芯を感じさせる声色で言う。
「でも、クラスのみんなを守りたいのが、私の本心なの。どうか、それだけは信じてください」
そうして再び櫛田は頭を深く下げた。
その姿は、ただ可愛くてみんなと仲が良いだけの女の子ではなかった。
自らの評価が下がるリスクを厭わず、クラスのために全てを捧げる覚悟を持った、自己犠牲の姿。
どこか神聖さすら錯覚する姿に男子達は茫然としーーそんな沈黙を、高らかな笑い声が突き破る。
「なかなかの策士だね、櫛田ガール!」
口を開いたのは高円寺だ。
彼は今まで存在感が無かったのが嘘のように、周囲の視線を意に介さず、心底楽しそうに口を開く。
「何やら愉快なものが見れそうだと残ってみたが、実に期待以上だったね!」
何様なんだとばかりに上から目線で櫛田を称え、「ハッハッハッ!」と高笑いしながら教室を出る。
「………」
なんだ今の。
教室に、何とも言えない少し微妙な空気が流れる。
ーーが、男子たちから櫛田へ責めるような気配はもはやなかった。そしてその沈黙を破るように、山内が先陣を切って大声を上げた。
「も、もちろん俺も協力するよ、櫛田ちゃん! お前は最低なんかじゃねえ! 俺が保証する!」
うわー。
都合いいなこの男。
山内は、この1週間と比べて明らかに元気を取り戻していた。
これはおそらく、櫛田が本気で池と付き合っていた訳ではない、ということが半ば判明し安堵した為だろう。クラスのアイドルは、まだ誰のものでもなかったのだと。
まあ、あと山内には協力できるほどの貯金がなく、協力を申し出ること自体にリスクがないというのもあるだろうが。
だが、その一言が明らかに流れを変えた。
「本当!? 山内くん、ありがとう…!」
櫛田が感激したように涙ぐんで感謝を述べる。
それを見て、そして山内の様子を見て、他の男子達の雰囲気も変化する。
彼女に良いところを見せたい、あるいは単純に場の空気に流されて、次々に「俺も協力する!」「当たり前だろ!」「女子を守るのは男の役目だ!」と、堰を切ったように協力を申し出始めた。
こうなれば総崩れだ。最早、場の流れは完全に櫛田のものとなっていた。
うーん、やっぱり櫛田は演技が上手いな。文字通り年季が違う。
俺の書いた脚本を、主演女優としてアドリブで完璧に仕上げて見せた。その見事なパフォーマンスに、俺は野次馬代表として心からの拍手を送ろう。
教室の喧騒を背に、静かに席を立つ。
それじゃあ、俺は俺でやるべきことをやるか。
俺はスマホを取り出すと、いくつかの連絡先に、ポツポツとメッセージを送信した。
櫛田は上手いことやった。
これでDクラスの男女間の問題は、ひとまず軟着陸するだろう。最後に木曜日あたりにでも、櫛田のプロテクトの件で池へ声を掛ければ終了だ。
だから、今度こそ俺は俺の次の目標に専念する。
必要なのは幾つかのテコ入れと、数人の協力。今から7月に入るまでは、ひたすらその地固め作業だ。
その為の布石の幾つかは既に打っているし、今送ったメッセージで更なる種を蒔く。残りは細かいところだけ。
最後の詰めをやっていこう。
ーーそうして俺とDクラスは忙しい数日を過ごし。
来たる、7月1日を迎えた。