ようこそエロMODが導入された教室へ 作:さんかく
7月1日。
ついに、Xデーがやってきた。
丁度月曜日にあたるその日、週末を明けて教室に入ると、つい先日とは空気が決定的に異なっているのが分かった。
クラス全体が、ざわざわと落ち着かない雰囲気に包まれている。
特に女子たちは何人かがひとところに固まり、ソワソワと不安げな様子でひそひそと話し合っていた。
その輪の中心にいるのは、櫛田だ。
つまり、彼女に相談事を持ちかけているクラスメイトたちは、まあ、そういうことだろう。
うーん、あまり分かりやすい反応はしない方がいいと思うが。
Dクラスの戦略が他クラスにバレていない限り大きな問題にはならないだろうが、少し無防備だな。
まあ、例えばDクラスの男子がポイント稼ぎのために同じクラスの女子に申請していたら、そんな事気にしても意味は無くなるが。流石にそんなイレギュラーな動きはないと思うけど。
それで言うと、ポイント稼ぎという観点なら、俺が払い戻し前提で申請しまくる手もある。
そうすれば、ギリギリのラインでポイントを準備したDクラスの経済は一瞬で破綻する。ただそれはDクラスの秩序崩壊と直結する為、あまりにも意味がなさすぎるが。
何にせよ、今日から申請が始まった。
ポイントが払えず実際に行為に及ばなくてはならない者が出てくるのは、申請から24時間が経過した明日以降だ。
こうしてパッと見る限り、Dクラスの状況は俺の予測の範囲からは出ていない。何とか凌げるだろう。
例年、この『絨毯爆撃』で最初の被害者が出るのは、ポイント管理が杜撰なDクラスと、恐怖で支配され、助け合いの精神がないCクラスが大半だ。龍園も庇護下に入り優秀な者は守るだろうが――それは全員じゃない。
今年、最初に何かが起きるとすれば――Cクラスになるだろうな。
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そして次の日。
ついに、このMODが支配する世界の真価の一部が、俺たちの目に触れることとなった。
普段より少しだけ早く準備をして登校し、教室へ向かった俺の目に飛び込んできたのは――Cクラスの教室の前に群がる、異様な人だかりだった。
「え、マジかよ…」
「ヤバ……」
俺が人だかりに近づくと、周囲の生徒たちのドン引きしたような呟きが耳に入ってくる。
それを聞いて、この人だかりの意味を確信した。
ーー来たな、初日の名物。
Cクラスの前の廊下。
そこに同級生たちがワラワラと群がり――しかし、その中心は不自然な空白ができている。
それは、そこにいる二人の男女が放つ異常な空気によるものだった。
じゅぽ、じゅるっ、という聞くに堪えない湿った音が、静まり返った廊下に響き渡る。
これだけ沢山の人間がいるのに、誰もが黙りこくっているから、音がよく聞こえる。
それは俺からすると聞き馴染みのある、空気の混じった液体音。
――フェラだ。
顔を知らない上級生の男子が、Cクラスの女子生徒に、廊下という公衆の面前で奉仕させていた。
「おい、もっとちゃんと吸えよ。下手くそだな、お前」
「んぐっ……ぐすっ……じゅぽ、んぢゅ、じゅるっ…」
上級生の荒々しい声が響く。
それに応えるように、少女はすすり泣きながらストロークの勢いを早めた。
学びの園にはあまりに似つかわしくない音が、より大きく響き渡る。
Cクラスの女子は泣きながら羞恥に顔を真っ赤にさせつつも、少しでもこの地獄の時間を早く終わらせるために、必死に頭を前後させていた。
この女子は、流石に顔は知っているが印象は薄い。原作からのネームドではなく、龍園の取り巻きでもない。
これは彼に見放された末端の末路――何だったら、龍園からの見せしめの可能性すらあるか。
「…こんなの……酷い……」
聞き覚えのある、掠れた小さなつぶやきを俺の耳が拾った。
僅かに視線だけそちらへ向けると、そこには顔面を蒼白にして口元を抑える一之瀬の姿があった。
博愛主義者の彼女にとって、この光景は最も避けたかったものの一つだろう。おそらくBクラスは守れたのだろうが、手の届かなかったCクラスの被害者を、こうも早期からまざまざと見せつけられてしまった。
きっと、酷く打ちのめされていることだろう。
他の者たちにも視線を巡らせる。
Dクラスのクラスメイトも、ちらほらと見かける。
女子たちは、まあ、一之瀬と似たようなものだ。恐怖と嫌悪に顔を歪めている。
他人事とは思えないこの光景は、彼女たちの脳に、避けるべき明確な未来として刻まれているのだろう。
そして逆に。
“素養”を伺わせる視線を持つ者も存在していた。
こうして同級生が衆目の前で陵辱されている姿に、動揺しながらも――その瞳の奥に、確かな情欲の光を宿している男たち。
いずれは、この大胆不敵な上級生と同じ行為をする可能性を秘めた者たちが、ちらほらとだが俺の目に留まる。
彼らは、これからの未来を担う、期待の新星となることだろう。
「うっ……ぐっ! オラ、飲め!!」
「んぶっ!?……んぐっ……う゛ぅ…」
俺が辺りを観察している内に、無事に出し物は終了したようだった。
文字通り"出し"終えた上級生は、恍惚とした顔で俺たち野次馬を見回し、これ見よがしに女子の頭を無造作に自分の股間に押し付ける。
そして口から引き抜き――隠されていたソレが衆目に晒されたことで、周囲から女子たちの小さな悲鳴が上がった。しかしそれすらも、その上級生は快感に感じているようだった。
この異常な環境で性癖を捻じ曲げられた者の中には、こうして見せつけるようにヤることで興奮する輩が現れる。
当然、それだけ申請のポイントも嵩むが――この上級生は、きっと最高の気分でフィニッシュしたことだろう。
この光景。
もし俺が介入していなければ、この役回りはほぼ確実にDクラスの女子の誰かが演じることになっていた。
ある試走においては、寝取り願望のある輩が、平田の目の前で軽井沢を犯すといったプレイをこの日にかます事もあった。
他には、ポイントの浪費が激しい試走では、大体はまず櫛田が狙われる。こうして廊下で、はたまた授業中に乗り込んできて3Pなど、特に人気の彼女は複数人から狙われる事も多々あった。
いずれにせよ、そうなればDクラスの結束は完全に崩壊する。
平田は発狂し、茶柱は匙を投げ。
あとは只管クラスポイント0で3年間を送るだけの、退屈な学校生活が待っている。
流石にそれは俺からしても困る。
俺はこのゲームを、ただ俺の好きなように遊びたいだけだ。クラスの崩壊は、あまりにもつまらない。
兎に角、Dクラスはひとまず守れたようで何よりだ。
俺は踵を返し、Dクラスの教室へ向かうことにした。
面白いものが見れた。
これから楽しい毎日になりそうだ。
「――あなたはどう思ったの?」
昼休憩。
今朝の衝撃的な事件の余波は、未だ校内の至る所に澱のように溜まっていた。
Dクラスの教室も例外ではなく、生徒たちは皆、どこか落ち着かない様子でひそひそと囁き合っている。
そんな光景を完全に他人事としてぼんやりと眺めていた俺に、話しかけてくる女がいた。
「ねえ、話しかけているのだけれど」
やや怒りを孕んだ追撃に、ようやくそちらへ視線を向ける。
やや下げていた視線の高さもあり、最初に飛び込んできたのは――白いスカートと黒いニーソックスの間に広がる、白い太ももの絶対領域。
このクラスで、この絶対領域を持つ者は他にいない。俺に話しかけてきたのは、間違いなく堀北鈴音だ。
どう思ったか、か。
それは勿論、今朝の"出し物"についてだろう。
まあ、ご愁傷様としか思わないがーーどちらに対しても。
ゆっくりと顔を上げて彼女の顔を見る。
堀北が、俺の机の横で腕を組みながらこちらを見下ろしていた。その表情はいつも通りの無表情に近いが、瞳の奥には氷のような冷たい怒りの色が浮かんでいる。
いや、不機嫌なだけかも。よく分からんな。
「俺に何か用?」
「別にあなたに用はないけれど、今のクラスで……この話に適した人があまり居ないのよ」
俺の問い掛けに、堀北はよく分からない返答をする。
堀北の席の方を見てみると、俺に向かって肩をすくめて見せる綾小路の姿があった。なるほど、きっと彼も似たような被害にあったんだな。
きっと堀北からの怒りのディベートを持ちかけられ、あまり有意義な話が出来なかったから俺に役が回ってきたという事か。
俺がそう推理していると、堀北は1人で話し始めた。
「今朝のあの男のことよ。人前であのような行為に及ぶなんて……下劣にも程があるわ。獣と何も変わらない」
彼女は忌々しげに吐き捨てる。だが、その怒りはすぐに冷徹な分析へと切り替わった。
「でも、同時に不可解だと思わないかしら。公衆の面前であんな事をするなんて……申請に必要なポイントは相当の筈よ。あのCクラスの生徒がプロテクトされていないことを、あの男は事前に知っていたのだと思わない?」
「思う」
俺が適当な相槌を打つと、彼女はギロリと俺を睨んできた。なんでだよ。
「つまりーーあの男の単独犯とは考えにくい。複数人で計画したか、あるいは標的の情報を共有するネットワークのようなものが、上級生の間にあると考えるのが自然だわ」
「俺もそう思う」
「真面目に聞いて」
俺が再び首肯すると、今度は机の下で俺の脛がコツンと軽く蹴られた。なんでだよ。
そもそも俺急に話しかけられてるだけなんだけど。
俺は抗議するように堀北を見たが、彼女は何も気にしていない様子で口を開いた。
「で、あなたに聞きたいのはここからよ」
やっと本題に入るらしい。
俺が視線で続きを促すと、堀北は隠しきれない苛立ちを滲ませた声で続けた。
「私たち、このままでいいと思う?」
えらく曖昧な問い掛けだな。
そう思ったが、彼女は俺の返答を待たずに言葉を続けた。
「もしプロテクトされていない生徒の情報が共有されているとしたら、私たちの対策はあまりにも一時凌ぎだとは思わない? これからも常にクラスの女子全員を守り続けるのなら、今後も毎月、今月と同じレベルでのポイント拠出が必要になるでしょう?」
そこまで言われて、ようやく彼女の言いたいことを理解する。
要は、今の対策の仕方へ不満を抱いているのだ。
「だけど、櫛田が集めた過去のデータでは、今月…7月の申請数が一年で突出して多いだけなんだろ。毎月こんな馬鹿げた『絨毯爆撃』が起きるとは思えないが」
俺がそう返すと、堀北は「甘いわ」と一蹴する。
「過去は過去よ。あくまで参考にはなっても、それを鵜呑みにして楽観視するのは愚策だわ。それに、あれは申請数の話であって――」
彼女が何かを言いかけた、その時だった。
ガラリ、と教室の扉が遠慮なく開かれ、一人の男が入ってきた。それによって堀北の言葉は中断させられる。
入ってきた男は、ウェーブのかかった髪を軽く揺らし、制服を着崩したどこか軽薄そうな、それでいて油断ならない雰囲気が漂っていた。
橋本正義。Aクラス、坂柳派の懐刀だ。
「よぉ。部外者が急に来て悪いけど、ちょっといいか?」
彼は悪びれる様子もなく教室に足を踏み入れる。そしてその場にいた全員の視線を一身に集めた。
その闖入者に、クラスの代表として一歩前に出たのはーーやはり平田だ。
「橋本くんだね。どうしたんだい、僕たちのクラスに何か用かな?」
平田の爽やかな問いかけに、橋本は芝居がかったように、悲しげな表情を作って見せた。
「ああ。用件の前に、まずは同情を伝えに来たんだ。今朝のCクラスの件……本当に酷い話だよな。あんなことがこれからも起きるかもしれないと思うと、胸が苦しくなるよ」
胡散臭。
俺が内心で呆れていると、橋本はわざとらしく続けた。
「だから、助けたいんだ。いやーーAクラスとして、学年をリードする者として、助けるべきだと思ってる」
その言葉に教室がざわめく。
橋本はその反応を楽しむかのように、ゆっくりと言葉を続けた。
「これは俺たちのリーダー、坂柳有栖からの伝言だ。『もし、Dクラスの皆さんがポイントに困り、助けを求めるのなら、私には融資する用意があります』、とね」
融資、という言葉に何人かの女子が息を呑む。
「もちろんポイントに限りはあるし、完全にタダでというわけにはいかない。でも、これは何より坂柳の"善意"なんだ。同じ一年生として、一緒にこの苦難を乗り越えよう、ってな」
そう言って、橋本は人の好さそうな笑みを浮かべた。
その言葉に、クラスの空気が揺れる。
池などは「え、マジかよ…助けてくれるのか?」と素直に期待の声を上げていた。そして他の何人かの女子も、藁にもすがるような表情を浮かべている。
しかし、その甘い空気を切り裂くように冷たい声が響いた。
「その対価は、あなたたちAクラスに"協力"しろ、というものではないのかしら」
声を上げたのは堀北だ。
彼女は橋本を真っ直ぐに睨みつけている。
その指摘に橋本は、その軽薄な笑みを変えずに飄々と肩をすくめる。
「手厳しいな。まあ、"協力"っていうのは色々な形があるだろ? これは、友好関係を築くための未来への投資ってやつさ」
彼はそう言って曖昧にはぐらかす。
堀北は俺のすぐ横で姿勢を乗り出し、更に橋本を問い詰めようとするがーー橋本はそれより先に、「じゃ、そういうことで」と、用件は済んだとばかりにひらひらと手を振って教室を去っていった。
残されたDクラスの教室は、困惑と、僅かな希望と、そして拭いきれない疑念が入り混じった、複雑な空気で満たされる。
俺が隣を見ると、堀北は悔しそうに唇を噛み締めていた。
「丁度話してた解決策だな」
俺がそう言うと、堀北は吐き捨てるように返す。
「ええ、そうね。願わくば、うちのクラスからあんな手に乗る愚か者が出ないことを祈るわ」
堀北は先程よりも苛々している。
橋本の、ひいては坂柳の提案には、明らかな強者の余裕があった。俺たちがようやくクラス一丸となってひねり出した苦し紛れの凌ぎとは違う、この流れそのものを自身の有利な盤面に取り込もうとする、上位者の仕掛け。
それを理解したからこそ、堀北はその明らかな"格"の違いに苛立ちを覚えているのだろう。
彼女はわなわなと拳を震わせながら、絞り出すように呟いた。
「…屈辱だわ。敵からの施しに揺らぐしかない……こんなことで、上にいくなんて……」
その呟きは、Aクラスへの憤慨と、そしてその提案に揺らぎかねない自分たちのクラスの脆さに対する、深い苛立ちに満ちている。
堀北も堀北で、今はAクラスに上がる為に苦悩をしているのだろう。特にこの制度もあって下位クラス程逆境にある為、よりストレスでも溜めているのかもしれない。
まあ、大丈夫だと思うけどね。
心の中で、隣で悔しがる堀北に語りかける。決して口にはしないが、彼女の嘆きへの返答を。
Aクラスの首位は揺るがないだろうが、その勢いは削ぐ事ができるだろう。
俺が坂柳を潰すからだ。