ようこそエロMODが導入された教室へ 作:さんかく
いつものように朝の支度を終え、俺は自室を出てエレベーターへと向かう。
気怠い身体を無理矢理動かし、気を抜けばシャットダウンしそうな脳に喝を入れて歩く。
朝と夜、自身の肉体と脳を酷使する生活を始めて1週間が経過した。
いや、なんとか過ごせた、という方が俺の意識的には正しいかもしれない。
今日は火曜日。これでも週末の昼間にしっかりと眠った後なのだが、それでも隠せない疲労が身体に滲んでいる。
だが、肝心の坂柳の"調教"はかなり順調だ。どうせあと少しの辛抱、頑張れ俺。
なんて言いつつ、夜の調教中は俺もウキウキで事に励んでいるのだが。
軽い電子音が鳴り、エレベーターが1階に到着し、扉が開く。
ここまでは1人での登校だったが、まがりなりにもここは寮。ここからは他の学生の視線がある。
俺は欠伸を噛み殺し、普段通りに見えるように目をパチパチと瞬かせて、少しだけ気合を入れてエレベーターから出た。
やはりというか、寮の玄関先には既に幾人かの学生がいた。
ーーが、俺の耳に飛び込んできたのは、予想していたような朝の穏やかな喧騒とは明らかに質の違う、刺々しい声だった。
「――だから、お前のようなCクラスには関係ないと言ってるだろ」
「ああ? Aクラス様は、下のクラスの奴に話しかけられるのもお気に召さねえってか?」
見ると、玄関ホールの中心で、龍園がAクラスの男子生徒数名と睨み合っている。
Aクラスの連中は数で勝っていながらも、龍園一人が放つ不遜な態度を前に、やや気圧されているのが見て取れる。
が、それをおして尚、龍園と睨み合っている。その中で比較的冷静そうな男が、龍園に口を開いた。
「坂柳は元々身体は強くない。今日も、ただ体調を崩して休んでいるだけだ。貴様のような下劣な男が口を挟むな」
「くくっ、もう一週間以上だろ? 随分と長引く風邪じゃねえか。それとも、よっぽど都合の悪い病気にでもかかったのか?」
Aクラスの男の言葉に、龍園はポケットに手を突っ込んだまま彼らを煽りかえす。他の奴らは半ばキレかけているな。
なんか面白いところに遭遇したな。
俺は少し離れた場所から、その光景を野次馬の一人として観察することにした。
まあ、改めて確認することでも無いが、どうやら龍園は坂柳の病休を聞きつけ、それについてAクラスの坂柳派の数人を煽っているようだ。
わざわざAクラスが自分達の隙を晒すとも思えないが、流石に1週間も休みが続けば他クラスにも情報は回る。
が、Aクラスの奴らはそれで焦っているというより、単純に絡んでくる龍園に苛立っている感じに見える。まだ病休自体を怪しんでいる訳ではないか。
が、龍園が怪しみ出したのは確かだ。
少しこれからの俺の動きの想定を修正しーーそうこうしていると、不意に別の声が耳に入ってきた。
「――よお、龍園。うちのクラスの連中に、何か用か?」
冷静な、しかしどこか人を食ったような声が、輪の中に割って入った。
Aクラスの制服を着崩したその姿は、少し前に俺のクラスでと見たものだ。
橋本正義。彼の登場で、Aクラスの取り巻きたちの顔に少し安堵の色が浮かぶ。
あんまり評判がいい男ではないが、一目置かれているのは間違いないらしい。
「やっと少しは話せる奴が出て来たじゃねぇか。で?肝心のお前らの女王様は、まだベッドでおねんねか?」
「あいにくだが、俺から言う言葉も変わらないみたいだな。お前には関係無い、彼女はただ静養していて、それ以上でもそれ以下でもないさ」
橋本は龍園の挑発を飄々と受け流す。
「静養?葛城に負けて、あれだけ啖呵切ったこの一番大事な時期に、か?随分と悠長だとは思わねえか?」
「……っ」
が、続く龍園の言葉に、一瞬ではあるが動きを止めた。
そして、そう感じたのは俺だけじゃないらしい。
龍園もまた、その橋本の瞳の奥に隠しきれない動揺と疑念の色を正確に読み取っていた。
反面、やはり他のAクラスの生徒の様子は変わらない。
これは、橋本の元々の鋭さに加えて、他生徒と比較して持っている情報量の差だろう。より坂柳からの指示を受けていた橋本だけ、「今が異常事態だ」と察している。
龍園はわざとらしく続ける。
「嫌なタイミングだよな。ここで動かない奴に、クラスが引っ張れるなんて俺には思えねえがな」
その言葉は、鎌をかけるというにはあまりにも直接的な物言いだった。
橋本の表情が微かに引き攣る。
おそらく橋本も、この長期離脱の原因について考え、ある種最悪の想定もしていたのだろう。
龍園の言葉は、彼の心の奥底にあったその疑念の種に、的確に水を注ぐ形となった。
橋本の視線の色が変わる。
それまでののらりくらりと観察しているものから、明確な警戒とーー値踏みするような色を帯びたものへ。
「……ずいぶん頭を突っ込んでくるじゃないか、龍園。まるでーーお前が何かを知っているような口ぶりだが」
彼はゆっくりと、しかし確実に龍園との距離を詰める。
そして目の前に立ち、龍園を目の前で睨み付けた。龍園の荒々しい空気に負けない、強い視線が龍園を突き刺す。
「さあな。だが、忠告はしておくぜ。リーダーのいねえクラスは、格好の餌食だ。せいぜいハイエナに食い荒らされねえよう、気をつけるんだな」
口の端を歪めて煽る龍園に、橋本は飄々とした空気は乱さないながら、明らかに棘を含んだ声で言い返す。
「心配はいらないさーーおっと、もしかするとこれは、自白のつもりだったか?悪かった、元気になった坂柳にも伝えておくぜ、Cクラスはハイエナをリーダーにした烏合の衆だってな」
「くくっ、言ってろ」
龍園は笑い声を漏らしながら、悠々とその場を去っていった。
残された橋本は、厳しい顔で龍園の去っていった方向を睨みつけている。
しかし橋本もその場を後にしたことで、周囲に見えていた野次馬も徐々に散らばっていく。それに追従して、俺も何事もなかったかのように朝の喧騒の中へと姿を消すことにした。
歩きながら、先程のやり取りを思い返す。
ぼちぼち、頭が回る奴らが動き出すタイミングになった。
そろそろ準備をしていこう。
坂柳の送迎会だ。
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とは言え、何はともあれまずは学校生活を送らないといけない。
ーーが、実はこれが1番辛かった。
この1週間、俺は常に"あるもの"と戦っていた。
それは、実に恐ろしい悪魔――睡魔である。
実際問題、昼は学校で夜は調教だ。
合間合間に坂柳の休憩を兼ねて仮眠を取っているが、合計しても1日当たりの夜の睡眠時間は2時間に満たない。
ほぼ毎日徹夜しているようなものだ。
今の身体、ゲーム内アバターだからなのか身体のスペックの問題なのか分からないが、疲労を誤魔化して動けるんだよな。
それもあってストーカーの時はやらかした訳だが、無理出来る範囲が広いというのは使えるメリットだ。
お陰で調教は順調に進んでいた。
まあ、そんな事を言っても眠いものは眠い。
しかし、授業中は決して居眠りしない。憤怒の形相で授業に喰らいつく。
それは学力キープの為でもありーー後々、『この時期だけ眠そうにしていた』と誰かから証言されない為であった。
そして一応、合間合間に他生徒の動向の確認もする。
まず見ておかないといけないのはAクラスの様子。
坂柳が病欠として連絡を入れて休んでいるものの、"援助"の宣言をしたにも関わらず未だに何のアクションも取らない状態は、期間が長引けば徐々に怪しまれていくことだろう。
特に神室や橋本あたりは、そうした裏役を担っていたからこそ違和感を覚える筈だ。まだ病欠だからと納得出来るだろうがーー実を言うと、既に"援助"の要請は一件来ている。
「Cクラスの女子だからどうせ龍園にバレて機能しない」と、坂柳のフリをして断ったが、まあ普通に考えて納得出来る理屈では無い。それならそもそもCクラスに宣言しておかなければいい話だし、連絡を取ってきた橋本は確実に疑問を抱いた筈だ。
これが続けば、返信をしているのが坂柳ではないと気付かれるだろう。
ただ、そもそもの話だが、バレること自体は問題じゃない。
肝心なのはその落とし所だ。
原作での噂話の一件からも分かる通り、こうしたアクションのタイムリミットは"学校側が動く"段階。
その目安がおよそ2週間となる。
その落とし所を俺から仕掛けるか、他の奴らの動きを利用するかはーーあと数日様子を見てから決める事になる。
そんな感じで情報を集めつつ、隙を見て怪しまれない程度に睡眠を確保しーー何やら途中で知り合いに声を掛けられたような気もするが、それは兎も角、やる事と眠気で充実した学生生活を謳歌する。
そして今日の昼休憩もまた、俺は人気のない中庭のベンチで、完全に意識を飛ばしていた。
どれくらい眠っていたのか。ふと、誰かの視線のような妙な気配を感じて、俺は重い瞼をこじ開けた。
すると目の前には、ドアップで、心配そうに俺の顔を覗き込む美少女の顔があった。
「………」
意味が分からず一瞬思考にラグができる。
「にゃあっ!?」
至近距離で目が合ったことに驚いたのか、彼女は猫のような奇妙な声を上げて飛びのいた。
その声と、少し離れたことでピントが合ったその姿を見て、寝ぼけた脳がようやく彼女を認識した。
「……なんだ、一之瀬か……。なに……?」
俺を覗き込んでいたのは、Bクラスの一之瀬帆波のようだった。
なんか久しぶりに見た気がするな。
まだ半分眠っている頭で、俺は気だるく尋ねる。
「ご、ごめん! 起こしちゃったよね? あの、えっと…」
一之瀬は焦ったように手をパタパタと振る。そして、慌てて言い訳をするように続けた。
「実はね、うちのクラスの子から聞いたんだ、斉藤くんがここで休んでたって。その子が昨日ここに来た時に、斉藤くんが寝てるの見てびっくりしたって教えてくれてね。それで、ちょっと気になって……」
なんだそりゃ。
Bクラスのネームドじゃないキャラの出現条件まで把握してない。基本無人のベストスポットだと思ってたんだけど。
まあいいか。明日から場所を変えよう。
俺は億劫そうに身体を起こし、ベンチの空いたスペースを示した。
すると一之瀬は「あ、ありがとう」と少し遠慮がちにそこへ腰を下ろす。
「…で? なんか用?」
俺がそう尋ねると、「え?」と、一之瀬は意外そうな顔をした。
なんだ。明確な用事があって来たわけじゃないのか。
いや、流石にそれはないか。わざわざ俺を尋ねてきたんだから、何かしら用件はありそうだが。
そう思ったが、彼女は「あー」と言いながら、少し困ったように笑い、頬を指でかいた。
「う、うん、実はそこまで具体的な用事があったわけじゃないんだよね。通りかかったら、斉藤くんがすごく疲れた顔で寝てたから、つい……ごめんね? お邪魔しちゃって」
その言葉に、俺は「いや、別にいいよ」と返す。
いや、良くないけどな。
実際、貴重な睡眠時間を削られてキツいから邪魔ではある。要件があるなら手短にして欲しい。無いならサクッと寝たい。
一之瀬はそれを知ってか知らずか、俺の顔をチラリと覗き込み、「やっぱり、君も疲れてるんだね」と呟いた。
ぽろりと溢したような感想。だが、そこには無視できない、どこか共感を求めるような響きがある。
これは触れていいのだろうか。
少し悩んだが、無視するのも気が引けて口を開いた。
「お前の方こそ、よっぽど疲れた顔してるけど」
その言葉に、一之瀬は虚をつかれたように、「えっ」と目を見開いた。
「わ、私は大丈夫だよ! いつも通り元気だから!」
一之瀬は慌てて笑ってみせるが、その顔には隠しきれない疲労の色と、普段の太陽のような明るさがなりを潜め、浮かない雰囲気が漂っている。
明らかに何か大きな問題を抱えています、という顔だ。
「いや、どう見ても様子がおかしいぞ、お前」
「………そう、かな?」
「? そりゃまあ」
普通にゲームをプレイしていた時の感覚からも、この異変を無視する方が難しい。
気にしてくださいと言わんばかりの疲労感。というか気にして欲しくて、そんなにわかりやすくしてるんじゃないのかーーと、そこまで考えて、改めて自身の考えが違うと考え直した。
軽井沢とかならまだしも、一之瀬のキャラクター的に、そうした構ってちゃんムーブはしないか。
単純に疲れているだけだろう。
そうなると、何に悩んでいるんだという疑問に行き着くが。
まあ、そこまで俺から突っ込むのは変か。
それに、俺が言わなくても彼女の周りの人間が気づくだろう。この様子だと特に突っ込まれてはいないようだが、いずれ周りも一之瀬の不調に気がつく筈だ。
そう考え直し、話を打ち切って昼寝を再開する事にした。
そして適当に話題を切ろうと口をひらこうとしーー隣から言葉が聞こえてきた事で口を噤む。
「……そっか、わかっちゃうんだね。………あのさ、もし良かったらなんだけど……少し、相談してもいい、かな?」
逆に、一之瀬側から相談が持ちかけられてしまった。
俺の昼寝再開プランはどうやらお預けらしい。
眠気マックスの頭が絶望を叫びながらも、流石にこの切り出し方をぶったぎれないので話を聞く事にする。
「……実は、少しクラスに居づらくって、ここに来たのもあるんだ」
「あ、勿論皆が悪いとかじゃなくてね」、と一之瀬は訂正する。
俺が黙って頷いて聞く姿勢を保つと、彼女は
そこからぽつぽつと話し始めた。
「ポイントのことなんだけどね」
「ああ」
「前にも話したことあったよね。あれから考え直して、少し方針を変えたんだ。やっぱり全員を守るのは難しい……というか、多分それが出来ないようにプロテクトの値段設定がされてるんだと、思う」
彼女は、苦しそうにそう言った。
理想主義者の彼女にとって、それは断腸の思いだったのだろう。
「正しい判断だと思うけど」
「うん、現実的にはね。でも、この前の……Cクラスの子の件を見て、それだけじゃダメだってやっぱり思ったんだ。あんな思いは、誰にもさせちゃいけないって……!」
眉に皺を寄せて、手をスカートの上でぎゅっと握る。
「あれからあそこまでのことは起きてないし、プロテクトのおかげでうちのクラスも今のところ被害はないけど……でも…」
そこで一之瀬は言い淀む。
まあ、言葉にされなくても何となく分かる。俺も伊達に試走をしてないからな。
きっと今頃、プロテクトされてると悟った上級生達が、個人的な交渉を持ちかけているのだろう。
まだそれに実際に乗っかる奴は出ていないのだろうが、これから更に困窮していけば話は変わる。
いずれは、性に触れない生活の方が難しくなる。それを避ける為にはポイントが必要であり、その困難さも皆理解している。
だからこその欲に塗れた男達の"援助"に価値があるし、更にタイムリーな話題もある。
そう、坂柳からの"援助"だ。
「坂柳さんの提案は、クラスのためにはもちろん受け入れられない話なんだけど……でもね、正直、ポイントが足りなくて追い詰められてる女の子からしたら……本当に、救いの手に思えちゃうんだよ。私には、あんな風にポンって大金を出してあげることはできない。いや、クラスの為にはむしろ……」
一之瀬は表情を暗くしながら言葉を綴る。
クラスのリーダーとしての責任と、出来るだけ多くの人を助けたいという彼女自身の願いとの摩擦。
具体的なロスとなる以上、Bクラスの為には過剰な博愛の精神は、クラスメイトにも相談し辛い内容なのだろう。そしてその苦悩をさらに深める、坂柳という名の甘い毒。
一之瀬がこの問題に悩む姿勢を見せる事が、今後"やむを得ず坂柳の手を取るクラスメイトに更なる罪悪感を植え付ける"という可能性も想定しているのかもしれない。
「どうすればいいのかなあ」
一之瀬は眉を困ったようにハの字にして呟いている。
優しいやつだなあ。
俺とは大違いだ。
俺は一度一之瀬の爪の垢でも飲んだ方がいい。それでようやく普通のカスくらいになるだろう。
しかし、雪崩のように悩みを吐き出されたお陰で、彼女が頭を悩ませ気持ちが晴れない理由は理解できた。
またこれにより、何となくだがBクラス内の様子も把握出来る。
Bクラスはかなり纏まった能力と協調性を強みとするクラスだ。だからこそやや突出したカリスマの一之瀬が顔役として重要となっている。
その彼女がこの様子だと、原作程の結束力はまだ機能していないな。かなり浮き足立っていそうだ。
ーーん?いや、ちょっと待て。
なんか変じゃね。
そこまで考えて、一つの疑問が浮かんだ。
かなり今更の、前提からの疑問。
ーーそもそも俺は、なんでここまで赤裸々に悩みを打ち明けられているんだ?
一之瀬帆波というキャラクターは善人だ。
が、決して単純な博愛主義者ではない。裏表は無くとも、純粋に卓越した洞察力と対応力を備えた高性能ユニットだ。
それが、"ここまで弱っている姿"を、ただの顔見知り程度の他クラスの生徒に見せるか?
いやいや。
様々な条件が重なって、俺に相談しやすい環境が揃った。
それは分かる。だがそれは、致命的なラインではないとはいえ、Bクラスの内情ーーそれもリーダー自身の弱音まで、ここまで詳細に打ち明けるほどの信頼関係には繋がらない。
原作、および元のゲームでもそうだった。
ある程度好感度を稼いでも、他クラスであれば肝心なところでの線引きはしっかりとする。そういう冷静な判断は出来るキャラクターだ。
それにそもそも彼女は基本的に、悩みをとことん自分で抱え込むタイプだ。特にこういう答えのない問題は、相談するだけ相手に負担をかけると判断して、口を閉ざす傾向にある。
それこそ原作の綾小路のように根負けして話すとか、よっぽど心を許して信頼を寄せるなりしないと、こうした相談はしない。
そして当然ながら、俺は一之瀬からそこまでの信頼を獲得していない。むしろストーカー被害の一件で、どちらかと言えば"避けたい"人間となっている可能性の方が高いと思われる。
有り得ない状況ではない。
が、今の状況、何かイメージとズレるな。
俺がその違和感の正体を探ろうと思考を巡らせていると、一之瀬がふと思い出したように質問を口にした。
「あ、そうだ。そういえば斉藤くん、前の時に……須藤くんの件で、すごくたくさんのポイントを払ってくれたよね。もしかしてなんだけど……何か、ポイントを安全に手に入れる方法とか、知ってたりするのかな?」
――ああ、そういうことか。
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で警鐘が鳴り響いた。
疑問自体は当然のものだ。
俺がポイントを持っているという事実は、意図的に公開した情報である。いつか誰かが、その出所に興味を持つことは想定していた。それをベイトしていた節もある。
が、今の状況となれば少し意味合いが変わる。
Bクラスのリーダーが、特に用もなく俺に会いに来た。
それから自らの弱点をこれでもかと開示した直後に、俺へややプライベートな質問をする。しかも、わざわざ俺しかいない、この人気のない場所を選んで。
明らかに、俺に対して何らかの疑念を抱き、情報を引き出そうとしている。
謂わばブービートラップだ。
そう考えれば納得出来る。
要は、俺が櫛田に仕掛けたのと一緒の話だ。
弱みを見せて油断させ、こちらがそこに付け込もうとした瞬間を狙ってカウンターを仕掛ける。
まあ、彼女自身がそこまで深く考えているかは微妙だがーー無意識の警戒心が、結果的にこういう形になったと見ても矛盾はしない。
危なかった。
眠気でぼんやりした頭で、迂闊に弱みに付け込もうとしたら痛い目を見たことだろう。俺は内心で安堵のため息をつく。
俺自身がやった手口なだけに、気付くことが出来た。一之瀬らしくない罠の掛け方だから想定出来なかった。
セーフ。
俺は彼女の素朴な疑問――に見せかけた罠を受け流すことにした。
「……まああるね。でも悪いんだけど、俺の方法はあまり参考にならないと思うぞ。たまたま運が良かっただけだし」
俺は、以前綾小路に使った嘘を、少しだけアレンジして話した。
「へえ…そうなんだ。確かに、ちょっと私には難しそうだね」
一之瀬は特に疑う様子もなく、頷いてそう呟いた。
特に、更に掘り下げてくる様子はない。
俺からこれ以上情報を得ることは出来ないと判断したかーーそもそも本命の質問が違うのか。
まあどちらでもいいか。
取り敢えず話をさっさと纏めて終わらせておこう。
「悪いね、力になれそうにない」
「ううん。むしろごめんね、変なこと聞いちゃって」
俺が謝ると、一之瀬はくすりと笑いながら首を振る。
ふむ。
一之瀬の様子もそこまで敵対的なものではないようには見えるが。
いや、分からないか。今このタイミングで俺へ何かしらの疑いを持つとしたら、ほぼ間違いなくストーカー被害の一件だ。何かしらの作為的なものを感じ取った可能性がある。
うーん、敵ではないとアピールしておいて、少し彼女から距離を取る必要はありそうだ。
少し考えて、口を開いた。
「まあ、取り敢えず少しは休んだ方がいいと思うけどな。明らかに疲れてるぞ」
「でも……」
「それに幸い、制度については来月はひとまず少し落ち着いて考えられるみたいだしな」
「え?」
「来月から夏休みだろ。完全にとは言わないが、申請システムはあんまり機能しないらしいぞ」
話題の打ち切りと一之瀬へのフォロー。
二つを兼ねた情報開示に、一之瀬は「そ、そうなの!?」と、目を丸くして驚く。
「な、なんで知ってるの!?」
「情報源までは言えないけど、櫛田とか平田に聞けば、何か知ってるかもな。ほら、前の須藤の件で、お前には世話になったし」
今の情報量からは予測にしかならないが、過去の申請数は明らかに休み期間減少している。
MODの仕様からもそれは説明出来る話だ。申請は無制限に出来る訳ではなく、物理的に実現不可能な申請は学校側で却下される。
クルーズ船でバカンスとなれば、そこで成立し得るのは同級生同士だけという訳だ。
だから、櫛田や一之瀬といったマストプロテクトの面子以外は、期待値としては来たら却下するという程度の対応でどうにかなる。
まあ、Dクラスの得た情報だから、そこまでの詳細は他クラスの一之瀬に簡単に教えられないけど。このくらいの予測は、俺個人の考えに過ぎないから良いだろう。
というかそもそも過去の申請数データ得たの俺だし。名義は櫛田にしたけどさ。
「そっか、そうなんだ……じゃあ、少し落ち着いて考えられるね」
一之瀬の顔に、ぱっと明るさが戻る。
少し表情から険をとり、俺に笑みを向けた。
「ありがとう、斉藤くん。やっぱり相談してよかったよ」
感謝してくる一之瀬に、「別に大したこと言ってない」と適当に答える。
謙遜ではなく、本当に大したこと言ってないし。
この情報開示をしたから具体的に行動が変わるのか、という話だ。それを変えるには、申請数データなどの確証が要る。
まあ、平田や櫛田にコンタクトを取り、ポイントとの引き換えになるにしてもクラス間の結束強化に充てられると考えると、価値のある"助言"ではあるか。
「あっ、私ばっかり相談しちゃってごめんね……そうだ、斉藤くんも疲れてるよね。何か悩みとかないのかな? ……私でよければ、いつでも相談に乗るよ?」
「いや…」
上目遣いで聞いてくる一之瀬。
可愛い。が、ブービートラップ再び、といったところか。
ここで相談なんてすれば、情報開示もいいところだ。
というか俺が疲れてるのは、夜な夜な坂柳を調教してるからだ。疑われているとか以前に、そうでなくてもそんなこと、こんな無垢な善人代表みたいなやつに相談できるわけがないだろ。
俺が答えないのを見て一之瀬は誤魔化すように笑った。
「なんてね。違うクラスの子に、いきなり相談してって言われても困るよね」
その顔は、少しだけ寂しそうに見える。
なんだその顔。
というか全体的にだが、今日の彼女は俺の中の一之瀬像と微妙にズレるな。
何というか、思ったよりも素の部分が見えている感じだ。この時期だともっと凛としているイメージだが。
まあ、あれだけイレギュラーな事件に巻き込まれたのだ、無理もないか。
そう納得していると、「あのさ…」と、ぽつりと呟くような声が聞こえてきた。
それに反応して一之瀬の方へ視線を向けようとしーー続いた言葉があまりにも脈絡のないものだった為に、身体の動きが止まった。
「斉藤くんって、今、お付き合いしてる人とか、いる、かな?」
「………」
え、ナンパ?