ようこそエロMODが導入された教室へ 作:さんかく
あれから2日が経過した。
俺の部屋の中は、相変わらず喧騒に満ちた静けさに支配されている。
くぐもった振動音と、それに合わせて漏れ聞こえる、可憐な少女の押し殺したような声だけが、物音の無い部屋に響き渡る。
「んぅ…ぅ、ふ…っ、び、ビショップ…a3…です………っふ、う"!?」
ベッドの上。俺の腕の中で、目隠しをされた坂柳が必死に思考を巡らせている。
俺と坂柳は、再びチェス勝負を行っていた。
これは、累計で6戦目にあたる。
彼女がチェス勝負に完敗した次の日―つまり昨日。
俺は数度の絶頂で彼女の理性を再び麻痺させた後、再戦を提案した。
坂柳は当然拒絶する。だから、条件を変更して提示した。
『負ければどんな要求でも呑んでもらう』ではなく、『負けるたびに、あなたを縛る"ルール"を一つずつ追加する』と。
例えば、再戦の1戦目は「この監禁期間の出来事は、他言しないこと」という風に。
細かい制限を追加していく形で、事前に条件を設定した。
坂柳がどう考えたかはおそらくの推測にしかならない為置いておくが、結果として、彼女は再戦を受けた。
次の日は3戦。
そしてその次の日――つまり今日は、すでに1戦を終え、これが2戦目。
ここまでの全てに於いて、彼女は敗北を喫している。
負ければ負けるほど、坂柳は自身を縛る精神的な枷が増えていく。
だがそれでも、彼女は勝負を続けていた。
それはきっと、徐々にではあるが、この理不尽なゲームが"勝負"になってきているからだろう。
最初の試合はひどいものだった。快楽による妨害で、ミドルゲームの序盤で盤面すら把握できなくなっていた。
しかし昨日の試合では徐々に維持出来る時間は延びていき、再戦の3戦目では終盤まで何とか盤面を維持していた。
そして昨日からは、盤面自体は最後まで補足できるようになった。
だが、それでも勝てはしない。
度重なる疲労が彼女の思考の精度を著しく制限し、その日は最後まで勝てずに終わった。
だが、間違いなく手応えを感じていたのだろう。
それから、今日。
彼女はめげずに再戦に臨み――最初の試合は、ここまでで一番の接戦となった。
ひとつ訂正をしておくが、俺は、チェスの腕前自体はそれなりに備えている。
決してど素人というわけではない。
もともとリアルでチェスは勉強していたし、それもあってこのゲームを好んで遊んでいた面もある。坂柳の高性能AIは非常に出来が良く、ゲーム内で場を整えて何度も戦ったものだ。まあ一回も勝ったことないけど。
だが、そんな俺と坂柳は、例えるならプロとアマチュア程度の差が絶対的に存在する。
――が、大量のデバフをかければ話は別だ。
目隠しというハンデ。この1週間の誤魔化しきれない脳の疲労、そして俺の妨害に対する開発され切った肉体の反応。
加えて、彼女には知る由もないだろうが、俺だけが坂柳と何度も戦ったことがある。打ち筋を知っている――謂わば"人読み"ができるというアドバンテージ。
これだけの条件を整えれば、流石に俺の実力でも勝つ事が出来ていた。
が、こうして坂柳は徐々に食らいつき始めている。
むしろ彼女の中で手応えがあるからこそ、次々に自身を縛る枷が増えていこうとも、この勝負を継続しているのだろう。
「d4………、っん」
彼女が手を告げると、一度小さく喘ぎ声を漏らす。"その後で"俺は彼女の慎ましやかな胸の突起を、指先でクリクリと撫で回す。
「ひぅっ…!」
彼女の身体が小さく跳ね、息が漏れる。
その姿はか弱い少女でしかないが――実のところ、この試合はかなり危なかった。これまでの勝負とは異なり、勝敗は最後までほぼ読めずに進行した。
だが、結局は俺の勝利だ。
機械音声で彼女に声をかけた。
「『降参はしないのですか。もう、あなたの詰みです』」
「…っ、まだ…です…! まだ、終わって、いません…!」
負けはほぼ確定していても、あと数手は指せると抗議している。
確かにあと何手かは残っている。が、もう殆ど選択の余地のない詰め将棋のような盤面。ただプライドで粘っているだけだ。
「『もう終わりです。それはこの試合だけではありません。この数戦で、手応えを感じているのでしょうが、それは間違いです。あなたはこれから先、何度私と戦っても勝てません』」
「……そんなことは、」
「『あなたは勝負に集中し、自分の事に気が付いていない』」
俺はこの2日間の試合中も、初戦と同じように坂柳の身体へ刺激を与えていた。
だがそのやり方は、あるルールに沿っておこなうようにしていた。
チェスには6つの駒の種類が存在する。
ポーン、ナイト、ビショップ、ルーク、クイーン、そしてキング。
これらの駒にはそれぞれポイントが設定されている。それはその駒の有益さを示すものと考えてよく、それらの合計で、ざっくりと今の局面はどちらが優勢なのかを判断出来るというもの。
俺は昨日から、坂柳が駒を動かすのに応じて、その駒の点数に対応させて責める部位と強さを変化させていた。
更に、点数としては無限のキングを動かしたり、他には俺の駒を取った時やキャスリングなどの強力な手では、絶頂間際の快楽を与えた。
そうしたルールについて簡潔に坂柳へ伝えると、彼女は憤慨したように返してくる。
「そんなこと、気付いています…!だからなんですか……!」
坂柳は息を切らしながらも気丈に反論する。
そこへ、機械音声で返す。
「『この試合のあなたは、"刺激を受けるよりも先に"反応していました』」
「………は?……何を…馬鹿な」
「『時間が来ます。次の手をどうぞ』」
俺に急かされ、坂柳は不承不承次の手を告げた。
改めてだが、盤面はもう詰んでいる。
ここで彼女は俺からのチェックを回避する為、クイーンを動かして俺のナイトを取らなければならない。だがそうすると、次の手で彼女のクイーンは失われる。
しかし、そうする他に手はない。想定通り、彼女は震える声でその手を宣言した。
「…クイーン、で…あなたの、ナイトを取ります」
宣言をした次の瞬間。
「あ゛あ゛あ゛っ!? ん、ぅう゛ぅぅ…!」
彼女の身体が大きく反り返り、ビクビクと痙攣を始めた。股から、ぴゅっと少量の潮が噴き出す。
――そして、彼女の動きがピタリと止まった。
気付いたのだろう。
俺はまだ、彼女の身体に何もしていない。
パブロフの犬。
「強い駒を動かす」という行為と、「強烈な快楽が与えられる」という結果。その条件付けが、この短期間で坂柳の脳と身体に完全に刻み込まれてしまっている。
その事実に、俺自身この試合中に初めて気が付いた。一度責めるのが遅れた時、勝手に喘いでいたことで気が付けた。
最早彼女は、チェスを打つだけで脳が快楽を享受する身体になってしまったらしい。
俺は遅れて、彼女の無防備に晒された各穴へ突き刺さった玩具のスイッチを、全て起動させた。
クイーン――9ポイントという最高点で、俺の駒を取った。与えられる中での最大の快楽を与える。
玩具と共に、俺の舌と指、更にペニスを使って彼女を責め始める。
「ひゃあああぁぁぁっっ!!?」
今度こそ、本物の快楽が彼女を襲う。
彼女はより大きな悲鳴をあげて身体を反らし、股からネバついた液体を噴き散らした。
だがこれは、開発に専念していた時の最大の刺激ではない。これでもまだ、考えたり喋る余地は残している。
坂柳の乳首を捏ねたり潰していた指を止め、機械音声で語りかける。
「『あなたがそこまで変態だとは思いませんでした。よもや、何もせずともよがるとは』」
「あ"っ、ぢ、ちが……ぁ、あ"、わたっ……私は……っ!?」
俺の言葉による追い打ちに、彼女は反論しようとするが言葉になっていない。
彼女は今の今まで気づいていなかったのだ。自分は、身体に触れられずとも自ら快楽を生み出せるようにやっている事を。
だがこうして通告され、直後に自身の身体でその事実に直面した事で、否応なしに理解させられた。
プライドの高い彼女にとっては、俺から想像は出来ないくらいショックを受けている可能性はある。
それでも彼女は、震える声で詰みまでの数手をただ機械のように指し続けた。
その度に彼女の身体は、意思に反してびくびくと快感に反応し、喘ぎ声を漏らす。駒を進めるたびに敗北が目の前にやって来て、彼女は自身の変貌を分からせられる。
そして、ついに。
「『――チェックメイト』」
機械音声が、6度目の坂柳の敗北を告げた。
初戦の時と同じように――いや、それよりも更に、打ちひしがれたように沈黙し坂柳は俯く。
今回の敗北は、殊更堪えたらしい。
そんな彼女を腕に抱きながら、先程の試合を少し振り返る。そして早々に結論付けた。
――次に勝負すれば、多分俺は負ける。
げに恐ろしきは坂柳の執念か。
この試合、結局勝ちはしたが――薄氷の上を渡るような、危うげな勝利だった。
僅か5試合で彼女は俺の傾向を掴み始め、この責め苦の中で最善手を選び始めている。もう2度と俺には勝てないと言いはしたが、そんな事はない。今回が、俺が勝利を飾れる最後のチャンスだったということだ。
ちらりと時計を確認する。
この試合、俺は負けても別に良かった。それは――結局、坂柳はこれから解放するからだ。
俺にとっては完全な余興。だがそのお陰で、こんな面白い副産物も得られた。
「……ぐすっ」
そんな事を考えていた俺の腕の中で、すっぽりと収まっている彼女の身体が、小刻みに震え始めた。
そして連動するように、すん、すん、と鼻を啜る音が聞こえ始める。
――え。
俺は内心でギョッとし、身体を傾けて坂柳の顔を覗き込む。
俯く彼女の顔は目隠しで隠されてはいるものの、その下の頬には透明な液体がとめどなく流れ落ちていた。
口元はきゅっと固く結ばれ、鼻を啜っている。
――泣いている。あの坂柳が。
このゲームを何度も遊んできたが、彼女が泣いている姿を見るのは、これが初めてだ。
よっぽど心が折れたのか。
坂柳はぐすぐすと鼻を啜りながら、俺の身体に背を預け、猫のように小さく縮こまっている。
……もう一回くらいヤっておこうかと思っていたが、なんか、そんな感じでもなくなったな。
困った。泣き止む気配がない。
俺は、意味がないとは思いつつも、彼女の頭を何となく撫でる事にした。
そうして困りながら彼女を抱きかかえて撫で続けていると、不意に坂柳からぽつりと言葉が発せられた。
「――――」
その声は、いつものような棘や知性が抜け落ちた、ただの年相応の少女の声だった。
俺は、その場にそぐわない発言に、思わずぽかんと口を開ける。
そして俺は、彼女の頭を撫でる手を止めないままゆっくりと考え、そして結論付けた。
――そうして数時間が経ち、約束の時間が来た。
---
じっとりとした生温い空気が、肌にまとわりつく。
既に初夏の香りが漂い、日はとうに落ちているにも拘らず、不快な湿った暑さが漂っている。
街灯の頼りない光だけが光源の、人気のない中庭のベンチ。龍園翔は、そのベンチの一つにふんぞり返るように座り、静かに息を潜めていた。
彼が考えているのは、昨日、彼の元に届いた一つのメールについてだ。
送り主は、数ヶ月前に学校のシステムの穴やDクラスの内情を暴露してきた、あの正体不明の協力者。龍園が、仮に「X」と呼んでいる存在。
その「X」が、このタイミングで再び意味不明な連絡を送ってきたのだ。
『退屈しているお前に、新しいオモチャをくれてやる。受け取る意思があるなら、指定する日時に待っていろ』
当然、龍園は『オモチャとは何だ』『お前の正体を明かせ』と返信を送ったが、答えは返ってこなかった。
代わりに来たのは、『お前自身のためにも必ず一人で受け取るように』という一方的な警告と、今日の深夜の2時という連絡だけ。
このふざけた連絡を、完全に無視することもできた。
だが龍園は、結局こうして真正面から受けてやることにした。
どんな思惑があるにせよ、それを最終的に自分の利益に変えるだけの自信が彼にはあった。
そしてそのプライドに加え、今の絶妙なタイミングでの連絡に、彼自身まさかとは思いながらも、ある種の予測と好奇心を抱いていたからだ。
時刻は既に日付を跨ぎ、夜の2時。
生徒はもちろん、教師ですらこの時間に起きている者はいないだろう。
彼は、指定された時刻の2時間以上も前からここに座っていた。
ここからは、各学年の寮が視界に入る。
玄関がはっきり見えるわけではないが、少なくとも2年生と1年生の寮の出入りはなんとなく監視できる位置だ。
龍園は「X」の正体を、上級生――その中でも2年生だと当たりをつけていた。だからこそ指定される前からここに張り込み、その動きを捉えようとしていた。
だが――いまだに、誰一人として寮から出てくる様子はない。
既に行動を起こしているのか、まだ動いてないだけか。いや、むしろ――。
龍園が舌打ちした、その瞬間。
ポケットのスマートフォンが短く震えた。
画面に表示されたのは、「X」からの新たなメッセージだった。
『部屋に戻れ』
『パスワードは「0810」だ』
その短い文面を見て、龍園はサッと周囲を見回した。
彼は再び忌々しげに舌打ちをして立ち上がる。
やはり、ここに張り込んでいることはバレていたらしい。
「X」の正体を絞り込もうという、この2時間の努力は無駄に終わった。龍園の場所が分かるのなら、ここから見えない死角を使って出入りすることは造作もないだろう。
そして、この文面から察するに――"オモチャ"は、すでに送り込まれた後ということか。
龍園は思考を巡らせながら、一年生寮へと戻る。
エレベーターで自室のある階に移動し、扉が開く。
そしてそこから廊下へ踏み出し――その先に広がっていた光景に、龍園は思わず足を止めた。
彼の部屋の、すぐ目の前。
不気味なほど静かに、一台の大型キャリーケースが置かれていた。
「…やっぱりな」
龍園は低く呟き、警戒しながらも、ゆっくりとそこへ近づく。
周囲を視線と聴覚で探るが、人の気配は感じない。ついさっき置いた、という訳ではない。エレベーターも最上階で止まっていた。何の参考にもならないだろう。
そもそも、「X」がそんな痕跡を残すような奴にも思えない。今そんな事を探る労力を割くより――やはり、この"オモチャ"とやらを確認する方が先だ。
かなり、大きなキャリーケースだ。
彼はその取っ手を掴み、少し持ち上げようとして――その予想外の重さに驚いた。持ち上げられないほどではない。だが、単なる荷物にしては、妙に重い。
ゴン、ゴン、と指で小突いてみる。
何かがギッシリと詰まっているというよりは、何か一つの、重い塊が中に入っているような鈍い響き方だ。
キャリーケースの外見を確認しても、特に見慣れない物が付いているという訳ではない。
――何れにせよ、開ければ分かることだ。
現時点で取れる情報にこれ以上の価値は無い。龍園はそう判断し、キャリーケースを引きずるようにして自室に持ち入った。
そしてそれを床に横たえると、メールにあった四桁の数字をダイヤルロックに入力し、鍵を外した。
ジッパーを引き、ゆっくりと蓋を開き――
「……おいおい…」
今度こそ、龍園は自身の口の端が引き攣るのがわかった。
この重い荷物――「X」の言葉を借りるなら、新しい"オモチャ"とやらの正体は、ある種、龍園が予想していたものに近く――それでいて、あまりにも悪趣味で、致命的な代物だったからだ。
背中まで届く、艶やかな銀色の髪。病的なまでに白い肌。そして、人形のように整った美貌。
現在、長期の病欠中であるはずのAクラスのリーダー――坂柳有栖が、静かな寝息を立て、そのキャリーケースの中に収まっていた。
「…ふざけた真似ェ……してくれやがったな、X……ッ!」