ようこそエロMODが導入された教室へ 作:さんかく
「送信っと」
龍園へのメールをポチッと。
よし、これでいいだろう。後は反応待ちだな。
今送ったのはDクラスの現状についてのリーク情報だ。混乱が生じており、赤点候補者が7人いること。その中の須藤が場を荒らしており、彼は元々喧嘩の常習犯でイラつけば直ぐ暴力を振るう性格であること。
あとはこのメールの信憑性を上げる"餌"を少々まぶして、といったところだ。
どれくらいで食い付くかな。
向こうも確認する事がある筈だし、最速で明日か?
うーん。
まあ、そろそろ現実と向き合うか。
「斉藤くん、ちょっといいかな」
聞き慣れた声が前から飛んできた。顔を上げるとーーやっぱり平田洋介だ。
二日連続で話しかけてくるなんて、正直最初の数日を除けばここに入ってから新記録だな。下手をすればあの高円寺と並ぶ“腫れ物”扱いのこの俺に、まさか連続で関わろうとしてくる奴がいるとは。快挙である。
「……なに?」
俺が面倒そうに応じると、平田はそれに気分を害する様子もなく真っ直ぐに言った。
「今度、放課後に勉強会を開くんだ。もし良ければ、斉藤くんも参加してくれないかな」
「俺が?なんで」
「勉強が不得意なクラスメイトに教える役の人がいるんだ。斉藤君、小テストで首位だったし、適してると思う」
「いや、前にも言ったろ。俺が関わると空気が悪くなるぞ」
そう返すと、平田は少しだけ眉を下げたが、諦めずに続けてきた。
「……だからこそ、なんだよ。今のクラスだからこそ、斉藤くんみたいに距離を取ってた人が協力する姿勢を見せてくれたら、それが他のみんなの安心に繋がると思うんだ」
あー。
そういう。
今まであんまりこういう腫れ物キャラでプレイすることがなかったから知らなかったが、こんな展開になる事があるのか。
断りたい。断りたいのだが、理屈は通っているからこれで断るとクラスへの貢献の意欲が無いと思われるな。
「……ま、いいよ」
仕方なさそうに承諾すると、平田はパッと表情を明るくした。
「ありがとう!助かるよ、斉藤くん」
仕方ない。
適当に座って過ごそう。
---
放課後 17:00。
普段ならさっさと帰宅している時間だが、今日はそのまま教室に残った。
勉強会は2時間だけ。スケジュール的にもそこまで支障はない。
次第にクラスメイトたちがわらわらと集まり始め、平田を中心に小さな円を作るように席に座る。
とはいえ、本格的な勉強というより雑談混じりの自習会に近い空気だ。それでも机に向かって問題を解いている者も何人かいるようだ。
俺はいつものように自席に腰を下ろし、スマホをいじって時間を潰す。特に誰かと話すわけでもなくただ静かにしていれば、気が付けば終わっているだろう。
俺のこの雰囲気、この見た目、この距離感。
誰がわざわざ、こんなんに勉強を教わろうなんて思うんだ。いないだろ。
「ここ、いいかな?」
いた。
ふわっと明るい声が俺にかけられる。目の前に座ったのは――櫛田桔梗だった。
「……お好きにどうぞ」
返事をすると、彼女は嬉しそうに教科書とノートを机に広げ出した。
何してんだこいつ。
目の前で教科書を開き、ペンを持ち、うーんうーんと唸りながら問題を解き始めた。
何してんだこいつ。
というか、ゲームでも櫛田は初日から勉強会に参加する事は少なく、大体は遊んでいる筈だが。今回の櫛田はまさか頭が悪いのか?いやそんな訳ないか。
俺は目の前の謎の生き物に触れる事はやめ、スマホ弄りを再開することにした。
しばらくして、彼女がふと俺を見た。
「あのさ、この問題……どうやって解けばいいのかな?」
「どれ?」
普通に勉強を聞いて来た。
聞かれたからには仕方がない。教科書を覗き込み、内容を確認する。
(いや、むず)
範囲内だが、参考書の応用問題に近い内容。というか参考的な例題で、難易度はかなり高め。こんなん中間試験で出ないだろ。
だが、説明できないほどではない。
「これは図にかかないと多分わからん。最初から段階に分けて整理すればいいよ」
俺が静かに解説すると、櫛田は目を丸くして「おおー!」と感心した。
「斉藤くん、勉強得意なんだね!」
「そりゃ勉強してるからな」
他の人より時間かけてるからな。
そう言って俺は再びスマホを手に取り、メールアプリを開く。ちょうど今日届いた“注文”の確認作業。場所と時間の選定、担当する従業員の調整に移る。人に見せられる作業ではないが、他にやる事ないし暇だ。
だが、目の前の櫛田はそれを知るはずもなく、にこにこと俺を見つめていた。
……にこにこと見つめられている。勉強はしていない。
しろよ。
「……なに」
俺が問いかけると、櫛田は少し申し訳なさそうに笑った。
「邪魔しちゃったかな。ごめんね。……でも、こんなに勉強できるなんて、ちょっとびっくりしちゃった」
「ああそう」
「うんっ。……斉藤くん、不良っぽく見えて本当は優しいよね」
なかなか面白いことを言うやつだ。
俺がお前に何をする予定なのか伝えても同じ事が言えるかな。
というか。
櫛田は高得点者の一人、教える側の人間だ。
わざわざ俺に勉強を聞く必要なんてない。しかも、俺に近づいたことで周囲からちらちらと視線が送られているのも見える。
見られてるのは分かってるはずだ。わざわざ俺と一緒にいるのはイメージダウンだと思うけど。
――いや、だからこそか。
俺がクラスに関わっている姿を見せるため、あえて櫛田が“座りに来た”。
平田が俺の話題でも挙げたのだろう。そして俺の情報を探りたい櫛田が名乗りを挙げたといったところか。
建前は「勉強」、本音は「接触」だ。
そう納得しかけた時、櫛田がぽつりと言った。
「そういえば……いつ遊びに行く?」
……何のこと?
「……なんの話してんだお前」
「えーっ、覚えてないの? この前の水泳の授業の時にさ、一緒に遊ぶって話したでしょ?」
「は?……したっけ。悪い、今は忙しい」
「そっかー。じゃあ、今日とかどうかな?」
「忙しい」
「じゃあ、暇な日でいいよ。教えてくれたら合わせるし」
「ずっと忙しい」
(……なんなんだマジで)
食い下がってくる櫛田を前に、俺は顔に出さずにため息をついた。
この女――相変わらず笑顔がよくできている。だが、その裏にある意図はそんなものでない筈だ。いつ口を滑らすか分からない俺を懐柔、或いは弱みを握ってやろうという魂胆に違いない。
その手には乗らないぞ。
そんなこんなで櫛田と一進一退の防衛戦を繰り広げ、櫛田が異様に難問に挑戦し始めた頃。
勉強会終了時刻、午後七時となった。
「うーん……疲れたぁ〜!」
目の前で櫛田がうんと伸びをする。
そして強調されるおっぱい。成る程、これが中間試験の天王山か。他の男子のクラスメイトもその険しい山頂を見て、憧れに鼻の下を伸ばしている。男たるもの目指したいよな、この山は。
馬鹿な事を考えていないで、俺も帰る支度をするか。
今日は結局、俺はほとんど何もしていない。
いや、勉強会への貢献が出来ていないのは、櫛田に張り付かれて終わったからで俺のせいではないのだが。
そもそもの話。
平田主催のこの勉強会自体、赤点候補を底上げする目的だが、それはほぼ意味を成していないと言っていい。
赤点候補者は7人いるが、その中で危機感を持ってこの勉強会へ参加している奴らは、ゲームでも大体何をやったってちゃんと赤点回避のために勉強してきちんと回避してくれる。
本当に問題なのは、須藤、山内、池の3人だ。
こいつらは勉強会に来てすらいないし、互いが互いを負に引き摺り込み合うマイナスシナジーを発揮する。なんならこいつとつるんでるだけでそいつの成績が落ちていったりもする。Dクラスのバミューダトライアングルとはこいつらの事だ。
とどのつまりこの会は、勉強会という意味では実質的な意義が薄い。本当に勉強させないといけない相手がここにいないんだから。
そういった意味では、堀北の方がよりクラスに貢献する一手を打ったと言えるな。
(…なんて)
あーだこーだ言ってるけど、俺はむしろクラスを邪魔する側だ。
悪いね、平田。
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そして翌日。
朝の教室。
予想通りと言うべきなのだろうか。龍園翔からの返信が届いていた。
『中間試験の攻略法について具体的に示せ。内容次第でお前の提案を検討してやる。最後に、お前は誰だ?』
(はやいなー)
この短い文章に、龍園らしい思考の流れが凝縮されている。
あいつの性格から察するに、既に「中間試験に攻略法がある」=「詳細な出題範囲」或いは「出題される問題」を入手する手段がある事には気付いている。そして文面からすると、おそらくは過去問の存在に何らかの手段で辿り着いていると見ていい。
俺のメールはただのヒントに過ぎなかった。だが、そのヒントが最も大きなハードルだったのだ。それを理解している龍園は、自分でも情報を集めた上で、俺の情報の「確度」を確かめようとしている。
もちろん、答えるつもりはない。
名前なんて明かす必要もないし、無意味な情報を渡すのもリスクが大きい。
先輩から入手した中間試験の過去問データだけをファイルでぽんと送り返した。
以上。
(ま、これで俺を"使える情報源"だと理解するだろ)
非常に怪しいが使える奴。
名乗らない、だがDクラスの内部に詳しい。それでいてCクラスにメリットをもたらす行動を取る謎の存在。
今のところAかBクラスの誰か、もしくは次点としてDクラスの誰かだと想定しているだろう。
(精々Cクラスの為に、きちんと俺を活用してくれ)
時は流れ。
今日の授業は静かだった。
須藤以外は、外見上は皆真面目に取り組んでいるように見える。
俺もそろそろサボるフリはやめておいた。
実際、スマホで教科書見ながらやるのも面倒くさいしな。 やっぱり、勉強は紙とペンだ。 音で聞くより、書きながら覚えるタイプの俺にとって、こっちの方が性に合ってる。
そして、数時間後――昼休み。
俺はふと横目で堀北鈴音の様子を確認した。
(……イラついてるな)
それは、ゲームで何度も見た光景。
彼女が赤点候補者達の為に独自に勉強会を開こうとしているサインだ。
そしてそのイライラの理由。
いくつか理由はあるが、イライラしている堀北の横で綾小路が須藤たちにアプローチせず大人しく座っている事から推察するに、「櫛田が赤点候補者達を呼び込んだ」ルートを歩んでいるのだろう。
つまり原作通りの流れである。
そしてそれは、ここから俺の第一のフィーバータイムが始まる事も同時に意味していた。
(よし、仕掛けるか)
俺はスマホを取り出し、先輩へ連絡を入れた。指定した場所と時間で、事前に伝えていたように動くよう伝える。
数分後に了承の返信が来た。
俺はポイントを前払いし、受け取りのタイミングを確認する。
完璧だ。
あとは、時間が過ぎるのを待つだけだな。
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時間が過ぎるのを待つだけ。
のはずだったのだが。
「ねえねえ、斉藤く〜ん。これ、どう解くの〜?」
「ちょっと待って、それ私も分かんない!一緒に教えて〜」
現在、俺は平田の周囲の女子グループに囲まれていた。
俺の周りでキャッキャと盛り上がる軽井沢や佐藤、その友人たち。勉強を“教えている”というより、"雑に質問されて答えているだけ"の状態だ。
うーん、どうしてこうなった。
いや、理由は一つか。
昨日の櫛田とのやり取りが、意外と多くのクラスメイトの関心を買っていたという事だ。
「見た目怖いけど、斉藤君って意外と話せるんだね〜」
「うん。この前もクラスの為に案を出してくれたんだ」
「えーそうなの!?はぁー、須藤とは大違いだね」
(……なんかフラグミスったか?)
見た目も雰囲気も“完全に腫れ物”ポジだった俺が、今やギャルズのおもちゃ枠へシフトし始めている。
いや、分からんでもない。
このキャラクリ、女顔とはいえかなり整ってるしな。
それに、長髪にピアスをしていて装飾過多とチャラく見えるが、それも“喋れる不良”として見れば、確かに人気枠にはなり得る。不良はモテる、自然界の三大原則だ。
もともとは高円寺のように、“自分の世界を持ってる系イケメン”枠だった為、"かっこいいが話しかけられない"キャラだった。その壁が無くなるとこうなるらしい。
(害がないと分かれば、そりゃそうなるか)
加えて言うと、今のところ俺は須藤みたいな露骨な粗暴さは見せていない。それに、平田というクラスの中心人物が俺を“協力的な存在”として見せてくれれば、そりゃ印象は良くなるってもんだ。
ひとまず教えてくれと話しかけられた問題には淡々と答える事にした。他の関係ない話題には、むすっとしたまま生返事だ。
すると彼女たちはそれを“反応してくれるスイッチ”だと理解したらしく、会話をそこに絡めてくるようになった。要らない学習能力だ。
「…おい、話聞いてる?今の説明でわかった?」
「うーん、なるほど……?斉藤くんって頭いいんだね!普段放課後何してんの?」
「なんも。………もっかい説明するぞ」
「ごめーん!でもこれ難しいよー」
クラスに受け入れられ協力的なポジションを得るのは、俺の目標にもプラスに働く。
ただし、関わりすぎると自由が利かなくなるという問題がある。
更に、櫛田のように表と裏の顔を使い分けるタイプにはもう一つのデメリットがある。それは、その評価がプラスになればなるほど、裏側がバレた際にその落差が致命的になる可能性があることだ。
(困ったな)
そもそも俺は、今の俺のような不良系キャラで遊ぶことはあまり無かった。基本的に、普通にクラス交流ルートでプレイしていたのだ。
だからこそ、今のような“距離を取る不良ロール”には、やや不自然さが残る。
いざやってみると、孤高でぶっきらぼうな振る舞いって意外と難しい。
でも、やるしかないんだけど。
自分の本来の性格とキャラの言動のギャップを、誤魔化し誤魔化しで過ごすしかない。
女子の「帰りに遊びに行かない」的なノリを躱しつつ、そう改めて決意する。
そしてスマホに通知が来たのを皮切りに、俺は席を立った。平田に声をかける。
「じゃ、抜けるわ」
「え〜、もう?」
「もっといてよ〜!」
少し騒ぎ出す女子たちに対し、平田が穏やかに間に入る。
「斉藤くん、ありがとう。助かったよ。もしよければ、また来てくれると嬉しいな」
「行けたら行くわ」
短く答え、俺は鞄を肩にかけて教室を出た。
そして少し廊下を歩き、人がいないエリアに入ったところでスマホを取り出す。
メールアプリを開き、事前に話を通しておいた例の先輩へ連絡を入れる。
『撮り逃すなよ』
送信ボタンを押し、深呼吸をひとつ。
さて、なんか一悶着あったがそれは置いといて。
これからが今日の本番だ。