「やれやれ・・・、全く・・・ダーリンはそのようにして、また私を困らせようとするのだな・・・ふふふ、もうその手には乗らないぞ?」
エスデスを憎む相手から庇って刃を刺されてから、タツミの心臓はもう既に止まっている・・・のではあるが、
「心臓を止める技でもあるのだろ?そして、私が諦めた後にでもおどかすつもりなのだろ?手の内はばれているぞ?」
そう言ってタツミの口にキスをするエスデス。そして、それをしながら
「ん~ん・・・いつまで・・・んん・・・我慢できる・・・んん・・・他の者達も見てるぞ?・・・んん」
普段の彼なら、その状況でなら1秒と掛からず、引き剥がしにかかるが・・・
幾らキスを重ねても一向に反応はなく、次第に彼の唇が冷えていく事をエスデスも実感せざるを得なかった。
口付けた跡が多くなった為、エスデスは手で彼の顔を拭き、数秒も間が有った後エスデスは彼を背負い、何も言わずにただ黙々と住まいへと歩いた。
エスデスは自分に母が居ない事に違和感は余り無かった、父が良く育ててくれ、同じ集団に当然女の同胞もおり、彼女らから最低限の女らしさは学んだ。それ以上は父達と共に狩りを楽しみ、生きるか死ぬかの命のやり取りも楽しんだ。
父から弱い者は死んでも仕方が無い、それが当然の事と教わり、それに従った結果、母が死んで居ない事も、同胞達の大半が死んだ事も、そして父の死にも・・・落胆するほど動ずる事はなかった・・・だが、それはある意味父の教えに忠実だったからとも言え、命の危険は有る場に身を置いていたとしても、信頼やそれなりに愛情も受けて育った。
エスデスの父も死に対して悼む人情が有る、その上で弱き者が死ぬのはその者の責任でもあり、致し方なしという諦観をもっていたが、その娘であるエスデスは父の弱肉強食に対して、致し方なしの人情含みの諦観ではなく、それが自然の摂理として受け止め、そこに情が入りこむ余地は父と比べ薄くなった。その為、今まで弱者・・・或いは弱いままの者に対し、理解は示さずに居た・・・だが、
そんな彼女の考えを揺るがしたのが、彼だった。
一見普通の青年かと思えば、時にはへりくだり、時には横柄に、豪放磊落かと思え
ば、計算されたしたたかさを発揮する。エスデスは自分よりも戦闘で勝るその彼に否応なしにでも従わざるを得なかった。
彼女の弱肉強食の考えでは弱い者が強い者に従うのも当然であり、初め彼を自分色に染めようとしたが、返り討ちに遭った形だった。
とはいえ彼も自分に対し、所々で絶対命令を下すも、それ以外は適当にしていた。
それに、自分の反論も多少は聞いていた・・・ただ、意に沿わぬ時など問答無用で張り倒される時もあったが・・・、だが、それも手加減している事も判っており、自分よりも強い相手が、弱いはずの自分に対して、多少なりとも自由意思を認めている・・・その事がエスデスに表だって・・・もしくは内面の無意識に変化を起こしていた。
(余談として、エスデスの自我に帝具が発動出来た時と封じ込まれ、出来なかった時とでは、本人も自覚していなかったが、実は多少差異が生まれていた。それは物事に対する立ち向かう闘争心・・・タツミはエスデスが、自分の影響で心に葛藤が少なからず生まれ、今までとは異なり、脆さが露呈するのも判っていた・・・その為、敢えて彼女の帝具だけ残し、自分が死んだ時にそこまで落ち込まないよう・・・。)
その為・・・。
エスデスは、彼との住まいに辿りつき、その間何も考えなかった・・・。
何を失い、何を無くしたのか・・・或いは何をしなければならないのか・・・未だはっきりと掴めなかった。
彼が目を覚ます可能性はもう0なのだと・・・次第に自覚し、床に寝かせた彼に口付ながら、ゆっくりとその体を氷付けにした。
それから丸一日、その傍で何もせず・・・ただひたすら時が経った。
二日目、何も口にせず・・・その日もその場所で過ごした。
三日目、エスデスの片目から一筋の滴が零れた。
「・・・?これは・・・?」
この時になって判った事は、かつて革命の際自分の助命嘆願で部下達の命の危機に瀕した際に流した涙では無く、自分の生き方に一つの可能性を示した・・・恩人とも言うべき彼を失った大きな喪失感だという事を。
そこからは堰を切ったように涙を流した。
そんな時、戸が放たれたが・・・その正面には誰も居ない。
涙を拭いたエスデスは、
「・・・そこに隠れているのは判っているぞ、この無粋な下衆がぁ!!」
「どうやらここがビンゴだったみたいだなぁ・・・あ~あ、エスデスお前がここに居るって事は・・・タツミと・・・まさか、そんな事・・・なぁ?」
逆光気味に現れたのはレオーネであり、おどけた口調ではあるが、内心嫉妬の怒りを燃やす。
「貴様は・・・!?ここまで何をしに来た?・・・」
「勿論、お前からタツミを取り戻す為に決まってるだろうが!!」
「・・・この・・・雌猫風情がぁああ!!」
エスデスは住まいの破壊も気にせずに、無数の氷の刃をぶつけにいく。
それをすんででかわし、逃れるレオーネ。
・・・?タツミの奴、全部の帝具壊すって言ってたのに?なんであいつ帝具使えるんだ?しくじったのか、タツミは?・・・と余裕があれば、レオーネは考えただろうが、帝具無しの状態の自分と、帝具が今でもあるエスデスとでは分が悪すぎる。
室内外での闘いの中、建物も半壊する中、エスデスもこれ以上彼との想いがある家屋を壊すのは気が咎め、帝具を極力使わずに始末しようと切り替えた。
「ん?タツミ?」
「な、に!?」
その瞬間、レオーネは強烈な蹴りをエスデスに喰らわせ、ふっ飛ばす。
・・・作戦ではなく、本当にタツミが居る事に気が付いたので、言った瞬間、エスデスに隙が生まれたので、そこに付けこんだだけであった。
「くっ・・・私とした事が・・・、タツミが生き返ったと思い、油断したか・・・おのれ・・・もう許さんぞ」
レオーネも氷漬けにされたタツミに気が付き、
「タツミ!?・・・ちっ・・・まさか、エスデスにやられたのか?ちくしょう・・・、あのタツミだ、エスデスなんかにそう簡単にやられる訳はねぇ・・・そうか、お前の事だ、騙し討ちでもしたんだろ?それとも毒でも盛ったのか!」
「この醜女が・・・、貴様にタツミの何が判る・・・貴様らが居無ければ・・・そうだ、貴様らさえいなければタツミは死なずに・・・ええい、雑種が、塵となれ!!」
「本当の醜女ってのはお前の事だぁ!!大体、タツミが死んだのがあたし達のせい?寝言ほざくな!」
レオーネは首に巻いたマフラーを咄嗟に見つけた水桶に入れ、それを鞭のようにしならせ、エスデスの氷の刃に応戦する。
「!?」
「捕らえた!」
刃を絡め捕らえ、その隙に縦一回転の強烈な蹴りをエスデス顎に目掛けて放つ。
『どうだ!?・・・』
「ふん、小賢しい・・・私には通じん・・・」
エスデスは防御に片手で氷の盾を使い防いでいた。
『くっ・・・やっぱり、帝具が使えると無いとの差はあるか・・・』
「!?」
だが、その盾も割れて散る、
「ふふふ、貴様1人だけで帝具も無しにここまで持つとはな・・・、大方タツミに底上げでもして貰ったのだろう・・・くくく・・・、く、おのれ・・・、何故私にでなく、こんな奴らに・・・、何故私には何も・・・」
レオーネもこの時とばかりに舌戦する。
「はっ、お前がタツミから嫌われてるからに決まってるだろう?」
「私が嫌われているだと・・・?ふふふ、あはははは、そうか、貴様らは知らぬのだったな、良いだろう、冥土の土産に教えてやる。・・・ふふふ、私とタツミは夫婦になったのだ!」
レオーネはしばし絶句した後・・・場の支配をこちらにする為、敢えて
「イタいイタい・・・あたたたた、イタ過ぎる!」
「痛む・・・?とうとう気でも触れたか?」
「あ~あ、タツミ可哀想に・・・したくもない奴と所帯なんかもって・・・そっか、タツミは犠牲になったんだな・・・ある意味タツミらしいや・・・」
「・・・?負け猫の遠吠えか、見苦しい・・・、タツミが犠牲になっただと?ふっ、世迷言を・・・、・・・っ・・・」
エスデスは強がりを言ったが、実際、自分を庇った為と・・・そう思われる節が一応あるにはある。
「ば、馬鹿な・・・タツミは、タツミは、・・・私の事を愛していたから、あれだけ熱い日々を・・・」
「・・・嘘だな、タツミはいつだったか、『俺には愛なんて感情はない』って言ってたぞ?」
「ぬぅっ!?」
エスデスも聞いた事があったが、彼の事だ、単なる照れ隠しだろと思ったが、まさか他の者まで知っていた事に驚いた。
この時レオーネは確信した、主導権は我にありと。
「なぁエスデス、お前がタツミを殺したんじゃなきゃ一体、誰が殺したんだ?」
「ふん、私が殺した訳ではない!私を狙ったかつての負け犬が・・・、・・・くっ・・・」
「・・・なるほどな・・・、つまり、どうせお前が勝った戦争で捕虜でも惨たらしく殺したんだろ?それの生き残った奴の仇討ちで・・・それで、タツミはお前を庇って・・・それで・・・」
「黙れ!!!」
レオーネは後ろに飛びしさり、元いた場所には無数の氷の槍が刺さる。
「くっ・・・うっ・・・っ・・・」
エスデスは片手で顔を抑え、改めて自らのせいでタツミが死んだ事を自覚させられ、その罪悪感に苦しんだ。
レオーネもこれ以上ここに居ても、タツミの情報は得られそうにも無い、そして、生きて帰るのはこの時がその時だと、悟りその場から素早く立ち去った。
エスデスは追う気力も失せ、もしこの時タツミが居たなら、追撃しようとしても「放っておけ!・・・ナイトレイドを殺る時は俺が殺る」・・・と恐らくそう言うだろうとエスデスは思ったが、そう言って止めるタツミは、もういない。