タツミは夜空の下、街の奥を見据えていた。架けられた十字架、死体、夜中でもここまで微かに聞こえてくる拷問による叫び声。
「どうしたんだタツミ?」
この部屋の主のエスデスが声を掛けてくる。
「夜風に当たっているのか?それとも物想いに耽っているのか?ふふふ、感傷的だな」
タツミはエスデスの住む宮殿でも地位の高い者にだけ許された上階の部屋、そのベランダから戻った。
「・・・・・・」
「タツミも湯でも浴びると良い、気持ちいいぞ♪」
エスデスは風呂上がりで薄手のシャツと下着だけの欲情的な格好をしているが、タツミは無言で湯船へ向かう。
入れ替わりにエスデスもベランダへ行き、夜風が火照った頬を撫で気持ち良く感じていた。ただタツミが感じた惨状は目に入っていない。
浴室はシャワーもあり、水の整備が整っている。お湯も出て、この階層まで届くにはこの国の文明レベルではかなりの苦労を他に強いている。冷凍技術も無い時代に山奥で冷やしている氷を夏の暑い時に人力で遠方の権力者まで届けるようなものだ。
タツミは湯船に浸かりながら、そのような事を考え手に残る湯を握りしめた。
「タツミ、まだ出ないのか?」
エスデスが顔をのぞかせ、浴室に侵入してくる。
「濡れたタツミも可愛いな、ふふふふふ」
エスデスは脱ぎ始め、服を部屋に置いてタツミが入っている湯船に入って来る。
「な・・・なんでまた入るんだ!?」
タツミの上に覆うように座り、吐息も近い。
「タツミがイケないんだぞ?私を誘うような顔をするからだ」
「どんな顔だ!」
そう言うと、エスデスの両腕がタツミの首に絡み、目を閉じ顔を近付けてくる。
咄嗟にタツミは片手でエスデスの唇を防いだ。
「ん!?・・・んんんんちゅ~~~~~」
エスデスは気にせずタツミの手を遠慮なく吸い始める。
「何してんだ、お前は!?」
堪らずタツミは手を離すと、今度はその隙にエスデスは彼の口を吸おうと迫るが辛くも避けられて頬を吸い始めた。
「ぐわーーー!!いい加減にしろ!!」
変に距離を置くと、しつこいのでタツミはいっそエスデスの顔を自身の肩に抱えて抱きしめる形となってしまった。
「素直じゃないなタツミ♪次は口にするからな、照れる所もかなり可愛いぞ」
「・・・・・・」
「タツミ、何やら下腹部辺りがかた」
言うな!と被せ気味に言い放った。
「うふふふふ、とっても嬉しいな。タツミも感じてくれたんだな、私も今とても幸せだぞ」
「・・・・・・」
「勘違いしないでくれ、私はこういう事はタツミにしかしないからな!」
「そうか・・・」
許可を得たと思ったのか、エスデスは再びタツミの口に口付けようとする。
「ちょっと待ってくれ」
その真面目な言い方に、
「ん?どうしたんだ?」
エスデスは小首を傾げ、微笑んでいる。
「なんであんたは、俺の事好きになったんだ?」
「ああ、強い上に私好み・・・はっきりは言い表せないが、恋・・・なのかこういう
気持ちになるのは初めてだからな」
「・・・罠だな」
「わな?」
「あんた、今まで何人殺してきた・・・」
「・・・そんな話しは今は良いだろう?もっとお互いの事を」
「答えられないか?」
「・・・さぁな、多くの敵兵を葬って来たが、数までは覚えていない」
「・・・記録によると約42万3千2百人・・・もっともエスデス軍が行った事や数を捏造している可能性が高いが、どう少なく見積もっても20万以上だな、お前個人では恐らく10万人って所か、非戦闘員も含めてな」
エスデスはつまらなさそうに聞いている。
「だからお前の後ろにはお前に殺された人達の恨みの念がかなりの数、蠢めいてい
る・・・」
「はぁ・・・タツミ?なぜそのような興醒めする事を言う?霊とやらでも見えるのか?」
「・・・お前の周りにそれだけの怒りの念が蠢いている、判ってないだろうな、判らないから今でも平気でいられるんだな」
エスデスはタツミを抱きしめ、
「なぁタツミ?弱者に同情するのはよせ、油断はしてたがこの私を倒すだけの力を持っているんだ、私達強者同士、仲良くしよう、な?」
「・・・そうだな、そういう話しなら強者同士で仲良くしよう、だがあんたは弱者だがな、俺からすれば」
「・・・私が・・・弱者だと?」
「お前は俺に負けたのだから、弱者だろ?」
「た、確かに一度は敗れたがあれは・・・」
「俺があの時、殺してたらあんたはもう此処には居ない・・・あんたの考えじゃ弱者は強者に従うんだったか?」
「うぐ・・・ぐっ・・・ぐ・・・良いだろうタツミ、今度は本気でいくぞ、タツミに私が強者だと認めさせてやろう」
「そうか・・・油断していたのを言い訳に出来るのか、凄いな強者は。まぁ別に話が終わった後なら再戦を受けるがな」
タツミはそう言って、湯船から出て体を拭き着替える。エスデスも後に続き、部屋に戻る。
エスデスはベッドに座るがタツミは距離を取って、椅子に座る。小首を傾げ手でベッドを叩き、こっちに来るように促すがタツミは無視していると、エスデスの方からタツミの足の上に相対して座る。
「さっきから距離が近過ぎるぞ!」
「何を言う?私達の心の距離はもっと離れているぞ。少しでも近付くにはこれ位の距離で話さないとな、ふふふ」
タツミは溜息を吐きながら、どこまで話したか訊ねると、
「私達の将来についてだな」
「違うだろ!……あんたは自分一人で今の強さになったと思っているだろうが、本当にそうだと思っているのか?」
「……………」
実際にそう思ってはいたが、改めて問われると少しは他人のおかげもあるだろうかと思案していた。
「五体満足で心も……異常な所もあるが、とりあえずは普通に話せて他人とも普通に意思疎通が出来る、それを全部一から自分で出来るようになったと、本当に思っているのか!?」
エスデス自身それはほぼほぼ自分のおかげと思っていたが、タツミの凄みに素直にそれを口に出来ないでいた。
「自分の心ノ臓止めてみろ、それを自力で動かせたら少しは強いと認めよう」
「………ほう、自らの心臓を止めて動かせば良いのだな?」
エスデスは気合を入れて、止めようとするが当然それだけで止まる訳もなく、
「………どうやって止めれば良い?」
「…さぁな」
「む!あれか!」
何かを思いつき、エスデスは思い切り両掌で自身の心臓部辺りの胸を強打する。
そのまま意識を失い、倒れるのをタツミは少し感心ながら支えた。
「………このまま放っておいたら死ぬな」
タツミはエスデスの胸を難易度のかなり高い方法で刺激を与え、蘇生させた。
「む!?」
「起きたか」
「タ…タツミ」
「?」
顔を紅くし何故か照れているエスデスに問いかけると、
「私を人工呼吸とやらで蘇生させたのだな?くふふ」
「いや、してないぞ?」
「照れなくても良いぞ、では次は私がする番だな…ん〜〜」
「だからしてねぇ!!」
タツミはエスデスの顔を押し退け、結局自身の力で蘇生出来なかった事を認めさせる。
「これで少しは自分が生かされている事が分かったか?」
「………………」
「お前の遠い先祖からずっと受け継がれている心の臓の鼓動だ、あんたは強いが、先祖から受け継がれた生命のその鼓動、その肉体が無ければここまで強くならなかったぞ」
「そ…それは確かにそうだが、タツミの言う生かされているのは強者も弱者もその点では同じ。この世は強い者が生き延び、弱い者は淘汰されるそれがこの世界の掟だろう…」
「お前は誰にも支配される気は無いと思っていながら、この世界の掟に支配される事を受け入れるのだな、都合の良い理屈だな」
そう言われると、言い返せない自分がいる・・・。
「その世界…自然、獣達は自分が先祖…代々続く親達の努力のおかげで強くなれたという自覚など無い、長い生命の継なぎの中では本人の努力はそこまで大した割合じゃない。全く自覚していない生き物もいれば少しは分かっている者もいるがな。巨大な力を持つワニが弱い小鳥を食べずに歯の掃除をさせている、そのワニは自分の力では歯を掃除出来ず、虫歯の菌によって歯をボロボロにさせられる。この場面、最強はその菌か、それとも小鳥か?」
エスデスは俯いたまま聞いている。
「お前は世界の掟などと言うが、全ての世界、自然を見たのか?…自分の見たい都合の良い一面しか見ていないのだろう?お前がそういう環境で育ったからな」
「………ん?タツミは私の過去を知っているのか」
タツミはその事には答えず、
「………エスデス、さっきも言ったがお前には多くの恨みが取り憑いている、このまま更に罪を重ねれば大変な事になるぞ…最も今のままでもな…このまま変わらずに生きれば……おおよその未来を話してやろう…」
「タツミは占い師か?ふ、未来も私が変えてくれる!」
「……信じるかどうかは聞いてから好きにしてくれ、とりあえずあんたはこのままいくと、大勢と戦い、やがてその内の一人に討ち取られる。部下には慕われているだろうが、俺から見たらあんたの人生は大量殺人を行っただけの虚しい人生だ…」
「……ふ、タツミ、面白い!そんな未来など今ここで聞いた以上、必ず変えてみせるぞ」
「例えそこを生き延びたとしても、いずれ死ぬ時が来る。死んだら無に成れたら良いな…だがお前の場合それは許されない。”この世界を作った者の掟”により因果応報、お前は次の世ではただただ人間に喰われる家畜として生まれる確率が高い、惨たらしく殺されてな…それを何度繰り返すかは知らないが、かなり苦しい目には遭うだろう。そして、今度は人間に生まれる時もあるが、理不尽な人生が待っている…自分は何も悪いことをしていないのに、過酷な目が待っている」
そこで一呼吸置いた後、
「今の内に精算した方が幾らかマシだぞ?次の世で理由も分からず、理不尽な目に遭うのは辛いものだからな……」
エスデスはそれを受け、笑い出す。
「くくく、この世界を作った者の掟?タツミ、それは神とやらか?タツミは神にでも会ったのか?どこぞの地域で宗教があるが、神に頼る、弱い者がすがる者だ、くくく。」
「………ああ、信じるか信じないかはお前次第だ、俺は神に従えと言っている訳じゃない。……あのじいさんも人使いが荒……」
「ん?」
「いや、こっちの話だ。とにかく、お前がこの世界の掟と言うから、俺はこの世界のお前の知らない掟を語ったまでだ。それを信じるどうかは後はあんた次第だ…じゃあ、俺は用事があるから、あばよ」
「ん?ま、待てタツミ?何処に行く?」
「俺はこれ以上あんたと話す気が無いからな、次に俺の前に現れたら、容赦無く斬る……嫌ならもう二度と俺の前に現れるな…」
「タツミ……」
エスデスはブドーの近衛兵が宮殿内を巡回している、怪しい者は始末されるぞと警告しようとしたが、その気迫に圧され言葉を呑んだ。それにタツミが一体何をするのか気にもなった。
エスデスはいつもの軍服に着替えて、タツミを尾行し始めた。途中、近衛兵が歩いていたがタツミは軽く会釈し、彼らもそれに返した。その殺気がなくも厳かな軽く触れにくい雰囲気を纏っていた為、彼らも勝手に大臣か将軍の知り合いだろうと好意的な解釈してしまい、それは他の者達も同様だった。
エスデスはそれを後ろで観察し、驚愕していた。
『殺気とも違う、あれは一体……?』
やがてタツミは、オネスト大臣の部屋付近まで来ると布で顔を隠し、周り警護の者達や羅刹四鬼でその場いた彼らを全員気絶させた。
エスデスは尚も驚き、その様子を見守っている。
『……………!?』
「ふ〜む、次はどうやって搾取するか…、何か適当な名前の税金名、空気税…悪く無い…くくく」
オネストがダイヤや札束を弄り、肉を貪り食べる中、タツミが顔隠さず現れる。
「だ、誰だお前は!?け、警備…羅刹は何をしている…く、だ、誰か……!?」
オネストは誰も来ない事に焦り、懐の拳銃をタツミに向ける。
だが、タツミの目を見ている内に遠い昔の事が脳裏をよぎる。
この国を良くしようと…苦労して政務を行っても報われない…民衆は私の苦労を何も分かっていない…であれば………皇帝を暗殺し…
「ち……違う、悪いのは私ではない、悪いのは私を理解しない帝国民………本当は私は………こんな事をしたかった訳ではな………うわあああああああああ」
現在の自分とかつてのまだ良心があった頃の自分とのはざまで揺れ動き、オネストは銃口を自身に向け、絶叫する。
脳裏では今の己の所業とかつての自分の心とが交互に交錯し、やがて……。
タツミはその場を去って行った後、
エスデスは部屋に入るとそこには、自身のこめかみを一撃ちし絶命したオネストの姿があった。
「……あの大臣が自殺……?あり得ん……催眠術か?」
タツミの服のポケットにはオネストが持っていた指輪型の帝具が納められており、
何事も無かったかのようにそのまま宮殿を後にした。
その後ろ姿をエスデスは呆然と離れた場所から見送った。