帝都よりも気温が次第に上昇している。
彼は白のロングコートを背中に担ぎ、青の長袖上着も肩まで捲っている。
襷がけの荷物入れに、腰には水筒の旅仕度で西へ向かう街道を歩いていた。
人もまばらで街も無く、自然に囲まれ場合によってはいつ、危険種や山賊が現れるか判らない。
「・・・・・・・・」
周りに人は誰も居ない中、彼は立ち止り
「・・・いい加減出て来い!」
木陰から白軍服を軽装にした女性が現れ、
「タツミ・・・全く我が夫は、妻を忘れて行くとは、かなりの物忘れだな?ふぅ・・・そんな事では先が思いやられるぞ?」
「エスデス・・・」
「む?まさか、新たな私達の居が出来るまで待ってくれと言う意味だったのか?む
ぅ、そういう事ならばつい先走ってしまって、すまないな♪」
「・・・・・・」
あの大雨の夜、エスデスの寝ている家屋へと一つの黒い影がゆらりと寝所側の大き目の窓へと立った。
殺気を察知し、目を覚ましたエスデスは
『・・・何故、即座に襲って来ない?・・・まるで待ち構えているようだな・・・ふっ、面白い』
突然その窓が勢いよく開け放たれ、エスデスは寝巻姿のまま愛用していた同じもののサーベルをその影に叩きつける・・・同時に、影は半身になりながら右手で彼女の持ち手を掴み、エスデスをしても体勢を一瞬崩させられ同時に、庭へと放る。
距離を取ったものの、直ぐ様体勢を立て直し身構える。
『何者だ・・・先の至近距離なら、私をあのまま素手で殺す事も出来たはず・・・いや考え過ぎか?』
エスデスのネグリジェは直ぐに濡れ、肌がうっすらと見えている。
二人は土砂降りの中、対峙し、その全身黒服で覆った影も腰の刀をゆっくり抜き始める。
そして影はだらんと刀を下げ隙を作る。エスデスは横薙ぎからの袈裟斬りに振り下ろすと同時に影も刀で受け止め、その刹那、片手でエスデスのサーベルをぬかるんだ地面に深ぶかと突き刺す。隙が生まれ死を意識したエスデスは、
「貴様、顔でも見せろ!」
その覆面に手を掛け、脱がすと
「タツミ!?・・・何故だ・・・」
彼は横殴りにエスデスを吹っ飛ばす。
「ぐっ・・・この雨でタツミの匂いもかき消されたか・・・」
「エスデス・・・帝具を使っても構わないぞ?」
「何故だタツミ・・・何故だ・・・」
タツミは何も言わずに、何故か僅かづつだけ距離を詰めて行く。
「まさか・・・前に言っていた全ての帝具を・・・そうか・・・デモンズエキスを体に入れている私を・・・私ごと・・・」
「俺は帝具がもう無いからな、ひょっとしたら俺を殺せるかもしれないぞ?」
「くっ・・・」
彼の言う通り、帝具を使えばエスデスにも分がある・・・が、その言葉を鵜呑みにしていいのか、実はエスデスも知らない帝具無しの奥の手をタツミは持っている可能性も・・・いや、それよりも・・・
「夫よ・・・妙だな?私を本気で殺すつもりなら、何故完全に私の不意を突かない?それに今の立ち回りで少なくとも2回は私を殺せていたぞ?・・・何故だ?」
土砂降りと暗さでタツミの表情は判らないが、
「・・・不意を突いてもお前には見抜かれたろう?・・・2回は殺せた?お前が強く
なってて殺せなかっただけだ・・・だが次は逃がさん、本気で行くぞ」
「・・・くくく・・・あははははははーははははーーー!」
エスデスは、彼は嘘をついている悟り、それが溜まらず笑い始めた。
「やはりタツミは・・・夫は私を愛しているのだな・・・ふふふ、くくく」
「き、気でも触れたか・・・」
流石に気押され気味のタツミに
「さぁいつでも構わないぞ?」
エスデスは両手を出し、目を閉じ隙だらけとなる。
「さぁ早く?待ちくたびれてしまうぞ?」
「・・・・・・・」
タツミは気付かれぬよう静かに刀を鞘に納め、そして数分後そこに居たのはエスデスだけだった。
「・・・あの時、折角拾った命を無駄に捨てに来たのか、エスデス!」
彼があの時の事を苦々しげに言うに対し、
「全く・・・何故ダーリンはそう意固地なのだ?」
「だー・・・りん?」
「前に言った事は無かったか?つまり、愛する夫と意味でだな」
「いや、そんな事じゃねぇ!前から一度言おうと思ったが、俺はお前の夫でも無い
し、大体夫婦盃も交わした事も無ぇのに、どうしてそんな話に」
「ふむ、ダーリンの居た国ではそういう習わしなのか?ならば手頃の街でその手続きでも」
「その呼び方止めろ!あと、そういう話がしたい訳じゃねぇ!お前はもう自由だ、何故俺の後を着いて来る?」
「・・・ならば、こちらからも聞きたいぞ?ナイトレイドの残党共を何故あのまま放置している?流石に利用価値があるから生かしている等と言うのは通じんぞ?」
「・・・だったらエスデス、お前がナイトレイド達を蹂躙しに行ったらどうだ?」
「む?」
エスデスも一瞬真意を量りかね、
「なぁ、エスデス・・・帝具を持っているのは後はお前だけだ・・・、ナイトレイドの連中もお前らに殺されたのも居るが、その逆もだ。お互い様なのは置いておいて、お前が仇討ちする絶好の機会だぞ?最も俺もお前の部下を殺した事があったが
な・・・」
「タツミが私の部下を・・・?スタイリッシュの他にもか?」
「ああ・・・」
「誰だそいつは?」
「・・・誰にしろ、俺はお前の部下を殺した事には変わりは無い・・・」
エスデスと彼の間に沈黙が流れ、
「どうする?仇討ちをするか?・・・だが、俺も受けて立つ、そいつを俺が殺したのも訳があるからな・・・」
かつてエスデスは死んだとある部下の墓前で、
「全く情けない奴らだ・・・お前らは負けた。つまり弱かったという事・・・仕方のない部下共め・・・仕方ないから、私が仇をとってやろう・・・」
その事を述懐した。
エスデスは目を閉じ唇を噛みしめる。
「どうしたエスデス?さっさと決めろ!」
「・・・この世は弱肉強食・・・死んだ部下の仇討ちをしようにも、無駄死にで終わるな・・・ふふ」
エスデスは諦めの微笑を浮かべ、
「・・・お前は例え死んでも無駄死にだろうと貫こうと思う事はないのか?」
「・・・私を今まで何度も殺せたのに、それでも生かした者の台詞ではないな?ふふふ」
「なら帝都にいるナイトレイドの奴らはどうだ?今ならまだ帝都に居る・・・大暴れしてきたらどうだ?帝具なんて無い、今ならお前に敵う奴は居ないだろう?」
「・・・・・・」
「どうだエスデス?俺はお前が今まで手足となって働いてくれた褒美に、奴らを蹂躙する許可を出したんだ・・・、もうお前の残虐さ、戦闘欲を阻害する奴なんていない・・・思うさまに自分の欲望を満たせば良い・・・ふふふはは」
その彼の言葉はまるで悪魔の囁き・・・エスデスの心にも迷いが生じる。
何故だ・・・何故タツミは、今になって逆の事を言い始めた?以前は私の有り様を否定し、今になって肯定する・・・?
「ふふ、そうだな・・・」
「ああ、そうだ・・・」
彼は悪魔な笑みを浮かべるが、エスデスは別の笑みを浮かべている。
「この世は弱肉強食だ・・・その強い者がタツミで良かった・・・」
「ん?」
「私が・・・踵を返して帝都で暴れたら・・・きっと、タツミはその時こそ本当に、狂言抜きに私を殺すのだろう?」
「・・・、無理に決まっているだろう?俺だってもう帝具は無いんだ・・・だから、お前に敵う奴はこの星はもういない」
嘘だ・・・
「全く我が夫は・・・一体何度私を試せば気が済むんだ・・・?」
「・・・何の事かな?」
「ふぅ・・・もうダーリンとは短くは無い付き合いだぞ?好い加減私でも判るぞ?」
二人とも少しの間何も言わずにいたあと、
「なぁ、タツミ・・・改めて尋ねたい。これより先もずっと私を試し続けて欲しい・・・」
「俺と共に・・・?物好きな奴だな?今まで通り遠慮なく罵声が飛ぶぞ?」
「うむ♪」
「お前はいつからエムデスになったんだ?名が泣くぞ」
「ああ!但し、夫限定だがな!」
「・・・これから俺と共に居て、お前は必ず後悔する事になるぞ、それでも良いの
か?」
「ふふふっ、何を今更だな?私が夫と共に居られないくらいなら死んだ方がましだ
ぞ?」
「・・・判った・・・、妻の罪も共に背負うのも夫の務めだ・・・面倒な重荷を背負う事になったな・・・全くよォ・・・」
「う~~~~~ん・・・マイダーリン~~~♡」
そう言ってエスデスは彼に抱きつき、キスの雨嵐を降らせ、その後強引に彼から引き剥がされ、
「離れろお前!」「断るぞ、ダーリン!」
の応酬を何度もした後、妥協案で彼の腕にエスデスが絡みつくという条件で、街道を歩いた。
エスデスにとってはこの頃が一番幸せだったのかもしれない・・・彼の言葉通り後々後悔する事となる・・・自らのせいで。