マキノス帝国の落日 ~スラム街の片隅、ワケあり王女との同居生活~ 作:松木ユキ
大人しく後についていくと、雇い主は細道に曲がった。そこは配管の張り巡らされた通路で、とても人が通れるような道だとは思えない。俺が仕事をするのはこんな場所ばかりだ。
「さっさと歩け!」
「……」
雇い主は声を荒げる。俺もこのスラムに住んでそれなりに経つが、ここの道を通るのは初めてだな。きっと普段は閉ざされている通路なのだろう。この先にあるのは、やはりワケありの代物ということか。
少し歩いていくと、開けた場所に出た。工具やぼろ布なんかが散乱していて、数人の労働者たちが座って休んでいる。
「ようし、これで全員だ。お前らに仕事内容を説明する!」
雇い主の元気な声に対し、俺たちは気だるげに耳を傾けた。まさに負の空気。ただでさえ澱んだ空気が荒んだ男たちに吸い込まれ、重苦しくなって吐き出されている。ここにいたら肺をやられてしまいそうだ。
「今からそれぞれに場所を割り振る。行けばやることは分かる」
こういう現場にありがちだが、説明が極めて雑だ。こんな仕事しか出来ない自分を恨むしかないが、今更どうしようもない。
「一九番地のお前! そこの坊主と一緒だ」
雇い主が指し示す方向を見てみると、そこにいたのは金髪をまとった若い男。……って、アイツはエリクじゃないか。
「よお、ヒロ! お前もいるとは思わなかったぜ!」
「なんだ、お前と一緒か。給料が心配になってきたよ」
「なっ……ヒロから盗ったりなんかしねえよ!」
エリクは不満そうな表情を見せた。コイツとは一九番地のスラム街で一緒に育ってきた十年来の仲だ。手癖が悪く、盗みで生活費を賄っていることも多い。だがこんな貧乏な街に暮らしていて、いったい誰がそのことを咎めることが出来ようか。
「お前らには向こうの配管を掃除してもらう。蓋は開けてあるからな」
「ういっす!」
「はいはい」
俺とエリクは狭い通路を歩きだした。埃っぽいうえに、煤に塗れていて咳が出てしまう。
「ごほっ、ごほっ……」
「おいおいヒロ、代わりに給料を貰っといてやろうか?」
「大したことじゃねえ。俺の晩飯代を奪うなよ」
咳き込んでも咳き込んでも、喉の奥に粉のような感触が残っている。ちくしょう、上の街じゃ金持ちの連中が優雅に暮らしているってのに。俺たちは貧乏に生まれただけでこの仕打ちか。
「おっ、あそこっぽいぜ」
「あれか……」
エリクの指さす先には、通路の床に空いた穴があった。ここから入れというわけだ。……少し違和感がある。
「おーいヒロ、早く……何やってんだ?」
「なあエリク、この配管ってどこに繋がってるんだ?」
「さあ? んなことよりさっさと終わらせて帰ろうぜ」
何も気にせず、穴の中に入っていくエリク。やはり何かがおかしい。この配管、方角的には一九番地の方に繋がっているようだが……そんなことをして何になるというのだろう。
形状からして魔力の伝導管のようだが、俺たちのスラム街にそんなものが必要だとは思えない。魔力を使いこなせるような高貴なお方がこんな底辺に住んでいるわけはないからな。
「ヒロ、何やってんだー?」
「うっせえ、今行くよ」
急かされるまま、穴の中に入っていった。
***
「ふー。思ったより大仕事だぜこりゃ」
「ったく、給料を弾んでもらわなきゃ話にならんな……」
俺たちはひたすら配管の中を掃除しながら、少しずつ進んでいった。男が入れるくらいのどでかい管。しかし継ぎ目なんかを見ていると、使い古された物を繋ぎ合わせて作られたようにも見える。やっぱり正式な配管ではなさそうだ。
「エリク、変だと思わないか? こんな大魔力、一九番地に必要だとは思えないんだが」
「そうやって難しく考えるの、お前の悪い癖だぜ。俺たちが役人の真似事したって仕方ねえだろ?」
「どうも気になるんだ。お前だって気にならないのか?」
「物好きな学者様でも引っ越してくるんじゃないか? 頭の良い連中には変人も多いらしいからな」
その可能性も考えられなくはないが……。仮にそうだとすれば、正式な手続きをとって魔力管を引いてもらえばいいだけだ。こんな非合法なやり方でクロノヴァルクから魔力を泥棒するなど、怪しいにもほどがある。
「ヒロ、いいからお前も掃除してくれよ。早く金貰って帰りてえんだ」
「どうせ女に使うんだろ? 貧乏なんだから娼館通いはやめたほうがいい」
「べ、別にいいじゃねえか!? かわい子ちゃんと遊ぶのが俺の生きがい――」
などとエリクが弁明しようとした瞬間、奥の方から音がすることに気がついた。毒々しい紫色の何かがこちらに迫ってくる。あれは――
「エリク、魔力だ!」
「何だと!?」
「あのバカが時間を間違えたんだ! 飲み込まれるぞ!」
「ちょっ、どうすんだよ!?」
「逃げるしかねえよ、行くぞ!」
俺とエリクは掃除道具を投げ捨て、逆方向に走り出した。恐らくあの雇い主が何かの間違いで魔力を流してしまったのだろう。クッソ、何でこんな目に……!
「やべえよヒロ、追い付かれる!」
「あそこだ、あそこに出口がある! 上に出るぞ、急げ!」
必死に逃げ惑っていると、配管の上に蓋があることに気が付いた。俺は強引に取っ手を掴んでこじ開け、素早く上の縦穴に登った。
「エリク、早く入れ!」
「あ、ああ!」
すんでのところでエリクも配管から上がり、難を逃れた。だがもう下には戻れないし、ここの梯子を登るしかないな。
「仕方ない、上に行くぞエリク」
「あーあ、給料はどうなるんだよ」
「普段から女遊びばかりしているから、罰が当たったんだろ」
やいのやいのと言い合いながら、俺たちはひたすら縦穴を登っていく。途中で横穴に出たり、開けた場所を見つけたりしたが、出口は見当たらなかった。あの配管、結構大掛かりな工事だったみたいだな。それを役人にバレずに遂行するとは――単なる不届き者の仕業ってわけじゃなさそうだな。
「なあ、どこまで登るんだよー?」
「仕方ねえだろ、出口がないんだから」
文句を言うエリクを宥めつつ、穴の一番上の部分に達した。そこを塞いでいる鉄板に手を掛け、外してやる。
「よっしゃ、開いたぞ」
俺は地面に手をかけ、一気に身体を持ち上げた。そこに広がっていたのは、一九番地のスラムとは真逆の――華やかに着飾った人間たちが行き交う、繁華街だった。