マキノス帝国の落日 ~スラム街の片隅、ワケあり王女との同居生活~ 作:松木ユキ
俺たちが出たのは、マキノス帝国でも特に華やかな繁華街。綺麗に整備された石畳の道に沿って、活気あふれる商店がたくさん立ち並んでいる。普段住んでいるスラム街よりずっと上、都市の表層部分と言ってもいいだろう。
「あちゃー、上まで来ちまったか……」
「仕方ねえよ、エリク」
エリクも穴の中から姿を現し、ぽりぽりと頭をかいていた。通行人たちは奇怪な目で俺たちをじろじろと見ている。そりゃこんなみすぼらしい格好でここら辺を歩いていたら目立つか。
「どうする、ヒロ?」
「どうするも何も、帰るしかないだろ。金もないしな」
「ちぇー。せっかくだし、せめて
「まあ、それくらいなら……」
たしかに、あまりこのあたりに来ることもないからな。たまには景色を楽しむのも悪くないだろう。俺はエリクと共に歩いていき、建物の間にある階段を目指した。
「なんだか知らねえ言葉を話す連中が多いな」
「下の国から来た貿易商だろ。ここは船着き場が近いからな」
エリクの言う通り、周囲には外国語を話す人間も多く歩いているが、その大半が恰幅の良い男たちだ。きっと帝国との取引で私腹を肥やしている連中だろう。富める者はますます富み――とはよく言ったものだな。
間もなく階段に着いたので、一段一段踏みしめるようにして登っていく。ここマキノス帝国はすり鉢状の都市だ。その辺縁にへばりつくように街が形成されており、一方で中心部には皇帝たちが住む城の塔が屹立している。東西南北の四方向に橋があり、街と塔はそれによって結ばれているのであった。
「一度はこんな上層部に住んでみてえもんだなー」
「夢物語だよ。俺たちは一生地の底だ」
「相変わらずヒロはペシミスティックだよな」
「お前がペシミスティックなんて言葉を知っていることにビックリだよ」
もちろん、上層であればあるほど家の値段は高い。貴族や商人の事情はよく知らないが、中央の塔がよく見える場所ほど価値があるとされているそうだ。家なんて住めればどこも同じだと思うんだがな。地位だの名声だのにこだわる人間の気持ちはよくわからん。
「はあっ、はあっ……」
「意外と高いな……」
俺たちは息を切らしながら、さらに階段を登る。普段は空気の悪いスラムで暮らしているから、肺なんかとっくに弱っちまっているのかもしれないな。それでもひたすら登り続ける。
「ヒロ、見えてきたぞ!」
「おお……」
そして、俺たちは最上層にたどり着いた。都市の辺縁を取り囲むように城壁が築かれているので、その隙間から外の景色をそっと窺う。すると、見えてきたのは――
「すっげえな……」
「ああ……!」
果てしなく広がる雲海と、その下に散在する国々であった。美しい緑の田園風景と、人々の暮らしを思わせるいくつもの街。そう、このマキノスは天空都市。空から地上を支配して、広大な版図を我が物としているのだ。
「やっぱりいつ来てもいいもんだなあ……」
エリクはしみじみと絶景に見とれていた。貧乏人だろうが何だろうが、この景色だけは平等に受け取ることが出来る。たかだか一国の塔なんかより、こっちを見ていた方がよっぽど気持ちがいい。帝国内で背比べばかりしている連中には理解されないだろうがな。
俺はこのマキノス帝国から出たことはない。親に捨てられてからというもの、ずっと底辺で暮らしてきた。こんな生活に希望も未来も見えやしない。叶わぬ夢だとは思っているが、いつかは。いつかはこの国から出て、外の世界を存分に味わってみたいものだな。
「帰ろう、エリク。もういいだろ」
「あーあ、腹減ったなあ。そこらでいっちょ」
「やめておけ。ここは一九番地じゃないんだ」
「うるさいな、分かってるよ。けど、これじゃ今日は飯抜きだぜ」
「運が悪かったな。いいから帰るぞ」
「やっぱりヒロはペシミスティックだなあ」
ペシミスティックというより、色々なものを諦めているだけだ。……っと、少し下層の広場が騒がしいな。なんだか人だかりがある。
「エリク、あいつらはなんだ?」
「さあ。祭りでもあるのかも」
「こんな時期に? とにかく行ってみるか」
俺とエリクが階段を下りて広場に向かうと、人だかりの正体が分かった。どうやら掲示板に集まっているらしい。
「うわー、すげえ人だな」
「こりゃあ掲示なんか見えないぜ」
俺たちは必死に背伸びをして、掲示板の方を見ようとする。何やら貼り紙の内容について盛り上がっているらしいな。あれは……人の顔? 人相書か何かか?
「ヒロ、あれって……お前の顔じゃないか?」
「はっ?」
エリクが怪訝そうな顔をしているので、改めて貼り紙の中身を確認してみる。言われてみれば俺と似ている顔だ。いや――似ているどころではない。まさしく俺の顔じゃないか……?
「おい、なんて書いてあるか代わりに読んでくれよ」
「えーっと……」
コイツは文字が読めないのだ。俺はうんと背伸びをして、顔の下に書かれた文字を読み上げる。
「『この人物を生け捕りにした者には一億ギルデンの懸賞金を与える』……だと?」
文章を読み上げてから、ハッと気がついた。俺は恐る恐る隣に顔を向ける。そこにあったのは――文字通りに「目の色を変えた」エリクの姿だった。