マキノス帝国の落日 ~スラム街の片隅、ワケあり王女との同居生活~ 作:松木ユキ
「お前を捕まえれば、一億ギルデン……」
「ちょっ、何言ってんだよ」
「そんだけありゃあ、なんだって出来るよな。……なあ、ヒロ?」
「まさか俺を売ろうってんじゃねえだろうな?」
「……」
エリクはじっとこちらを見たまま、何も答えない。コイツとは腐れ縁のようなものだが、それでも十年以上の付き合いがあるんだ。一億ギルデン……はたしかに大金だが、俺たちの仲を切り裂くようなものじゃ――
「観念しろっ!!」
「うわあああっ!?」
だが無情にも、エリクは強引に俺の首根っこを掴もうと飛び掛かってきた。俺がなんとか避けると、エリクは勢いのままに道端に転んでしまった。その隙を見て、俺は一気に走り出す。
「待てっ、ヒロっ!!」
エリクも必死に身を起こして追いかけてきた。ちくしょう、こうもあっさり裏切るとは逆に潔いな!
「邪魔だっ、どけっ!」
俺は集まっていた連中を突き飛ばすようにして、遠く遠くへ駆けていく。幸いにして、エリク以外には人相書に描かれているのが俺の顔だとは気づかれていないみたいだ。
「誰かー、そいつを捕まえてくれーっ!! 泥棒だーっ!!」
「何だと!?」
「おいっ、待てっ!」
「なっ!?」
エリクがそう叫ぶと、周辺にいた数人も俺のことを追いかけ始めた。なるほどな、「賞金首だ」と言えば懸賞金を他の奴らに持っていかれるかもしれんからな。アイツにこんな賢い面があったとは思わなかったな……って、今はそんな場合じゃないっ!
「待てーっ、ヒローっ!」
後ろからの声に追い立てられながら、商店街を駆け抜けていく。このまま人ごみに紛れてやり過ごす、という手も考えられるが、相手は盗みを生業とするエリク。アイツは大人数の中でも必ず標的を見つけ出すだろうし、だとすればあまり得策ではない。……ひたすら逃げるしかない、というわけか。
「ヒロっ、そっちは行き止まりだぞっ! 大人しく止まれっ!」
緩やかな円形の道に沿って、どんどん南へ南へと逃げていく。エリクの嘘には騙されない。この円形のマキノス帝国において行き止まりなど存在しないのだっ!
「はあっ、はあっ……うん?」
と、その時だった。俺は帝国の真南、船着き場の方にまでたどり着いたようだが――様子がおかしい。多くの人間が集まっているうえに、その視線の先には立派な服に身を包んだ人間がたくさんいて、道を横切るように列を形成している。その行く先は塔へとつながる橋のようだ。……そうか、「行き止まり」とはこのことだったのか。
「ええいっ、ベルタリオ王国の特使様のお通りだぞっ! 控えろ!」
露払いが大きな声を出して、野次馬をどかしている。ベルタリオ王国、とは帝国の支配している中で一番力のある国だ。両国間の取引は多いがいざこざも多く、外交的には常に緊張状態にある。そんなことを考えていると、見物人たちから歓声が上がった。
「あれは……」
人ごみの先に、ひときわ視線を集める一人の人物がいた。美しくたなびく金髪、見る者全てを引きつけてしまいそうな碧眼、気高い雰囲気をまとったドレス。このマキノス帝国を支配する皇帝、その第二王女。……ルシール・ド・マキノスだ。
「ようこそ、マキノス帝国へ」
王女様は特使の前に歩み寄り、挨拶をした。やはりベルタリオ王国の人間は王女がじきじきに相手をするというわけか。
「ふん、第二王女しか出さんとは。我々も舐められたものだ」
「我々は貴国との関係を重視しております。決してそのようなことはございません」
不満そうな顔を見せる特使と、笑顔を絶やさぬ王女様。ピリピリしているのがこちらまで伝わってくるようだ。たまたま地上に来てみたが、まさか王女様を見られるとは思わなかったな――
「覚悟しろっ、ヒローっ!」
再びエリクの声が轟く。そうだ、自分の立場をすっかり忘れていた! 俺は慌てて駆け出そうとするが、人に囲まれて思うように身動きが取れない。こんな状況で俺のことを見つけ出すとは、さすがエリクだな……。
「捕まえたぞっ!」
「うわっ!?」
次の瞬間、俺は胴体をつかまれていた。集団の中から引きずり出されるようにして、エリクともみあいになってしまう。
「やめっ、やめろエリク!」
「うっせえ! お前さえ捕まればこっちのもんだ!」
「ダチを売って恥ずかしくねえのかよ!?」
「貧乏人のお前なんかより一億ギルデンの方がよっぽど重要だ!」
お前なんか、か。エリクとは随分と苦楽を共にしてきたと思っていたが、向こうはそう思っていなかったようだな。ああ、残念だ。残念だよエリク……。
「そこの人間、何してるかーっ!!」
「やべえ!」
その時、騒ぎを聞きつけた役人が一斉にこちらに駆け寄ってきた。まずい、俺は仮にも賞金首。アイツらに見つかればどのみち捕まってしまう!
「はっ!」
「あっ、待てよヒロ!」
エリクが一瞬動揺したのを見逃さず、素早くエリクの腕から脱出する。だが役人どもの方は逃がしてくれないようで、少し走ったところで捕まってしまった。
「貴様っ、何を騒いでいた!?」
「いやっ、何も……」
「よく見れば賞金首と同じ顔ではないか! 王女様を狙っていたのか!?」
「そ、そんなわけねえだろ!」
「浮浪者のくせに生意気な奴め!」
「浮浪者なのはお前ら役人のせいだ!」
訳の分からぬまま再びもみくちゃになる。俺は逃れようと必死に抵抗していたが、だんだん道の際まで追い込まれてしまった。この塀を越えてしまえば谷底に真っ逆さまだ。
「いいから大人しくしろっ!」
「な、何の権利があってお前らなんかに……!」
「抵抗するなっ! 貴様ぁ、王女様を狙うとは何事だ!」
「だから俺は何もしてねえって言ってんだろ!」
しかし次の瞬間、役人が俺の腕を掴もうと身を乗り出してきた。なんとかそれをかわそうと背中をのけぞらせたのだが、その弾みで塀に身を打ち付けてしまう。まずいっ、このままだと――
「さっさと捕まれっ!」
「うわっ!?」
バランスを崩した時に、さらに役人がこちらの身体を掴もうとしてきた。慌てて避けたのだが、時すでに遅し。俺の身体は塀を越え、重力に従って落下し始める。
「うわああああああっ!!!?」
そのまま、俺は――帝国の底辺に墜ちていったのだった。