※この作品はR-18です。

きゅーとあぐれっしょん   作:霧里

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雫ちゃん


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ユーレリア




少女とデュラハン

 

とんっ、とんっ、とんっ…。

 

長い廊下を少女が歩く。

 

差し込む月明かり。陰る黒髪は尚暗い。

少女の足取りは軽やかに。白いスカートの端を遊ばせながら、黒い靴底が床を叩く。

 

とんっ、たんっ、とんっ…。

 

否。

 

知るものが聞けば、その足音には不満が満ちていただろう。

軽い足取りは、単に彼女の体重に拠るものだ。

女として、成長の始まったばかりの体。大人とも、子どもとも言い切れない少女は、その顔に不満を隠さない。

 

むすっと、膨らませた頬は あどけないままに。

ぎゅっと、ぬいぐるみを抱いた腕は幼いままに。

 

とんっ、とんっ、とんっ…。

 

長い廊下を少女が歩く。

 

深い黒髪と、真白い衣装(ワンピース)を揺らしながら、少女は廊下を歩いていた。

 

「ユーレリアーっ。ユーレリアったら…もうっ!」

 

呼ぶ。ただ名前を呼び続ける。寂しいと、その声音で訴える。膨らませた頬が作る輪郭は、見た目以上に少女を幼く見せた。

 

「もうっ! 何処に行ったっていうの。呼んだらにすぐに来てって、そんな事っ。あのバカデュラハン。ええ、そうよ。筋肉を付ける前にもっと頭をさ…」

 

ぶつくさと、呟いていた声がふと止まる。

 

不貞腐れていた顔を一転させて、クスリ…と、なにかに気づいたように少女は微笑んだ。

 

「あはっ♪ そうねっ、そうだわっ、それはそう。だって鍛える頭が無いじゃない。でも困ったわ。こんなに呼んでも来ないなんて、ユーレリアったら、一体どこに頭を忘れてきたのかしら?」

 

ガシャリ…。

 

首を傾げた少女は、その細い指で唇を撫でる。同時に、響く足音。

とんっと、転がる少女の何倍も、何十倍にしたって物足りない。薄い金属を踏にじるような、それを足音と言うには余りに重たく、不快な響きだ。

 

重厚、威圧。少女の背後に立つ彼女。その存在感はあまりに大きい。

あるいは、少女の存在の方こそが、薄っぺらいのだと錯覚するには十分に過ぎた。

 

「こらっ」

「あいたっ!」

 

叱責か。その偉丈夫から、どれほどの怒声が鳴るものかと思えば、声音は優しい。親から子へ、姉から妹へと向かうような慈愛があった。頭を小突く指先にさえも、愛情が通って見える。

 

「いけませんよ、雫。私の事を どう詰ろうと構いませんが、淑女(れでぃ)が その様な言葉遣いをするものではありません」

「なによ? 貴女が淑女を語るっていうの? ふふっ…可笑しいのだわ、すっかりと退屈も晴れてしまいそうよ?」

 

当然だ。その愛情こそを当然だと少女も受け入れる。

叱られた事など意にも返さない。振り返り、見上げる偉丈夫を前にしても、怯えるどころか、反省の色さえ浮かべてはいなかった。

 

「私とて、夢を見た こともあります」

「白馬に乗った王子様?」

「ええ。誰も敵いはしませんでしたが。結局、私の首を取ったのは貴女だ」

 

鎧の擦れる音がする。

 

おもむろに、彼女は自らの首に手を掛けた。それはまるで、兜を脱ぐようだ。

首が取れる。音もなく。ユーレリアと呼ばれた女性。首無しの騎士。デュラハン。

残された偉丈夫、その鎧姿は、一般的な男性と比べても尚逞しい。それこそ、男性の体に、女性の頭を括り付けたような不気味さがある。

 

自身の頭を抱え下ろしたユーレリアは、その偉丈夫を屈めることもなく、少女と視線を合わせてみせた。

 

「それで? 貴女の騎士に何のようか?」

「いいえ、ユーレリア。呼んだけよ? イケないこと?」

「いいえ、雫。けれど、そうではないでしょう?」

 

ぽとり…。

 

少女の、雫の抱えていた ぬいぐるみが床へと落ちた。

一度と弾んだ ぬいぐるみは、しかし、二度とは見向きもされない。

 

差し出されたユーレリアの首。

 

それを両手で受け取った雫は、捨てた ぬいぐるみの代わりに、ぎゅぅと抱きしめた。

 

「そんな事はないわ? 暇だった、退屈だっただけ。それに、なんだか騒がしくって。貴女の方こそよ? ユーレリア。あれだけ呼んだっていうのに、一体何処で何をしていたの?」

「何? とは困りましたね…」

 

ユーレリアの首を抱えた雫を、残された偉丈夫が抱え上げる。

恭しく抱え上げられた雫もまた、自然と腕に擦り寄うと、ブランコに跨る子どものように足を遊ばせた。

 

抱え上げられた雫の視線が、ぐっと、高くなる。

窓の下、ギリギリ外が見えるかどうかだった視界は広がって、天辺から、窓辺に広がる眼下へ移り変わっていく。

 

「あれは、なに?」

 

窓の外。広がる夜の森に、その火はよく見えた。

火の手、喧騒、ぶつかり合う金属音。悲鳴と怨嗟の声。正義を叫んで殉死する人の声は、静かな夜の森には、あんまりにも耳障りだ。

 

「人、ですね? どうやら攻められているようですよ、我々は」

「まぁ、大変。こんな所で油を売っていて良いのかしら? ユーレリア?」

「呼びつけたのは貴女でしょう? 雫」

 

肩を落とす偉丈夫は呆れたように。けれど、その声音に非難の色はない。

 

「そうだったかしら? ふふっ…。いいえ、そうだったわね」

 

からかうような雫の吐息が、ユーレリアの耳をくすぐった。

叶うならば、肩を揺すって身を捩りたいものではあったが、甘んじてそれを受け入れる。少女を抱えている手前、変に身動きも取れなければ、ただの首にはどうする事も出来なかった。

 

「ここまで、来るかしら?」

「二人…。いいえ、一人はそうでしょう」

「そう。じゃあ、行きましょう。ええ、そうしましょう」

 

ガシャリ…。

 

肩を竦めた偉丈夫は、音を立てて歩き出す。

その腕には少女と生首。なんともアンバランスな彼女たちは、廊下の奥、その暗がりへと消えていった。

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