いつでもこい。
構えることすらしない。身の丈もあろう大剣を握った甲冑は、ガシャリ…、不快な音を立てながら、リットリアへと距離を詰めていく。
「すぅ…はぁ…」
大きく息を吸い、吐き出して、リットリアは目を閉じる。
両手で握った聖剣を、正面へと構えた。鉄塊とも呼べる大剣を前に、細身のレイピアでは心許ないか。
問題はない。
力で打ち合ったって、どうせ私は打ち負ける。
膂力の差が、私の有利になった事はない。魔物と人間、男と女、大人と子ども。
不利なのはいつもの事。敵の前で目を閉じるなんて、自殺行為なのかもしれない。
けれど、彼女からは私に手を出さないだろう。
確信があった。私を殺す気なら とうにそうしているはずだ。
逃げるなら逃げろと、促されている。確かにそう。甘く見られている今こそが勝機なんだ。そう思うしかない。
全身全霊を掛けて…。
リットリアの想いに応えるように、聖剣が淡い光を放つ。
純白の白。清らかな光は闇を払い、触れる魔物を尽く消滅させてきた。
斬る、必要はない。人を殺すなら急所を刺せば良い。相手が魔物であるならば尚の事簡単だ。
触れるだけ…。
魔物を消滅させる。刃ではなく、権能としてこれは機能する。
ガシャリ…。
甲冑が階下に降りたその一瞬、足音を合図に、リットリアは甲冑へと踏み込んだ。
一足と、ひとっ飛びに、駆け抜ける光芒が一筋となる。振り下ろされる大剣をくぐり抜け、鎧の隙間を狙って聖剣を突き出した。
「結構。良く鍛えている。だが、気を抜くのが早すぎるな」
「なっ…きゃっ…!?」
取った。思った、思ってしまった。
今まで聖剣を受け止めた魔物なんていなかったから。当てさえすれば良い。
剣技では勝てずとも、それだけなら出来るはず。不意をついての一撃、本来なら、それだけで私は勝てる筈だったから。
「急いたか? 大人しく逃げておけば良いものを」
弾かれる。その瞬間。腹が押し潰された。
振り抜かれる拳。ガンっと、ただの一撃だ。咄嗟に後ろに飛んでいなければ、それだけで終わっていただろう。
いや、違う。
わざわざ拳で殴られた。追撃すら無い。それに、振られた大剣の剣筋だって曖昧だった。遊ばれている? どうだろう。戦いが激しくなれば、背後の少女にも危険が及ぶかも知れないから? それなら、さっさと私の首を断てば良い。この首無しにはそれが出来たはず。
崩れそうになる体を何とか耐えて、リットリアは身を持ち直す。
諦めない、諦めるもんか。
勝ち目を探して、周囲を伺い。そして、気づく。
そうか、見えなかったんだ。少女の抱えている騎士の首。階段の踊り場から見えているのは、大きな甲冑の背中だけ。
回り込む、踏み込め。
常に、甲冑の影に入るんだ。
大剣を恐れるな。間合いに入ってる私の方が早い。
常に有利を取り続けろ。どんなに相手が固くたって、必ずスキは出来るはずだから。
「押されているわね、ユーレリア?」
「他人事を。目隠しをされていればそうもなりましょう」
「ふふっ。対岸の火事ほど面白いことは無いのだもの。幾らだって油を注いでやるわ。ええ、そうよ。ユーレリア、貴女には遊びが無いわ。簡単に吹き消してしまっては、つまらないもの。あの子、きっといい子よ? 勝てるだなんて、本気で信じてる。ふふっ…はぁ、楽しみね」
あの子、あの聖女様は、一体どんな声で泣くのかしら。
たった一人、がんばって、ふんばって、それが台無しになった時の顔。
悲鳴と、嗚咽と、慟哭と…。
心が壊れるその瞬間、ステンドグラスが砕けるようにキラキラと。
ほくそ笑む。想像した光景に、雫は一人、笑みを浮かべていた。
可愛らしいだなんて とてもとても。その笑みは幼いままの無邪気さで、残酷を隠しもしない。蝶の羽を毟るように。その細い体に集るアリを眺めるように。
惜しいな。
避けて、弾いて、それでもユーレリアの身体は削られていく。
いずれは鎧を抜けて、肌を焼かれるだろう。そうなれば、そこから更に崩される。もう一手か、二手目か、いいや三手は持たせよう。それ以上は…さて。
卑怯とは言うまい。聖剣の権能が手伝っているのもある。だが、恐怖を噛み殺し、踏み込んで、自身にダメージを与え続けているのもまた彼女なのだ。
惜しいな。
もう少し、心が伴っていれば、私を通り越し、雫の首にも届いただろうに。
一歩、一歩づつ。確かに押されている。階段の向こう側に、段差を上るたびに死角は増える一方だ。視界は自分の鎧に阻まれ見えず、音と、鎧が削られる感触を頼りに、何とか凌ぐのも難しくなってきた。
「くっ…」
ユーレリアの口から苦悶が漏れた。
切っ先が鎧をすり抜け、彼女の肌を直接焦がす。とうとうと、身持ちを崩した甲冑が、膝を付いたその刹那。
「…ごめんなさいっ」
輝く聖剣が振り上げられる。崩れた甲冑の横をすり抜けたリットリアは、その勢いのままに飛び出した。少女の首と、抱えた首と。その諸共を両断しようと迫る剣を前にして。
「はい、どうぞ?」
「へ…」
そう、ボール遊びをする子どもの様だ。
放られたボールは弧を描き、リットリアの眼前へと飛び込んでくる。
見る、見てしまった。目が合った、首無しの、その頭。何かを悟った様に瞼が落ちる。呆れか、諦めか? いいや、吐いた嘆息は哀れみの様にも見えた。
一瞬だ。瞬きする間もない僅かな時間。
飛んできた生首を前に、対処が遅れてしまう。
斬るか、弾くか、それもある。
けれど、自分を守ってくれていた騎士の首を放り投げる? その行為の意味が分からずに、なんで? どうして? と、よそ見をしてしまったのは不味かった。
「愚かな…」
ユーレリアの呟きが、リットリアの耳に届く。
そう、どうであれ、リットリアは振り抜くべきだった。聖剣の権能を押し付ける。
その勝機を逃すべきではなかったのだ。
グルっと、視界が回る。
立ち上がった甲冑の太い腕に、背中が引きずられる。あと一歩、少女に届いた筈の距離が一気に開く。踏ん張る事も許されず、足が床から引き剥がされた。
「ぐはっ!! あっ、くっ…っっ…」
背中から落ちた。受け身を取る暇もない。
強かに身を打ち、残り少なかった肺の空気を吐き出してしまう。
「はっ、はっ、あっ、くっ…すっ、はっ…あぁ…」
空っぽになった肺を埋めようと、乱暴な呼吸を繰り返す。
乱れた呼吸を正すのに必死になって、聖剣を握り直すことすら覚束ない。
とんっ、とんっ、とんっ…。
霞む視界のその端で、小さな足が床を叩いた。
ゆっくり、ゆっくり、近づいてくる。細いつま先、幼い歩幅。黒い靴の奏でる足音が、とんっ、たんっ、とんっ…、床を伝って、リットリアの耳をくすぐった。
「なぜ…ですかっ…ぁっ。どう、して…はぁっ、んくっ」
時間稼ぎは、そうだったかも知れない。けれど、単純な疑問はそのままに、リットリアは問わずにいられなかった。
「彼女はっ…貴女を、まもって…なのにっ」
「? 彼女? ユーレリアの事? なぜって? どうして? アレは私のモノよ? どう使おうが良いでしょう?」
「そんなっ…。貴女は…ユーレリアっ、それで良いのですかっ」
「ありがとう。だが、人の心配をしてる場合か? 彼女は私ほど優しくはないぞ…」
ズドンっ…。
それは、なんというべきか。
そう、大砲が直撃すれば、こうもなろうかという有り様だ。
悲鳴を上げる暇もない。咄嗟に身を躱していなければ、今頃 自分の身体がどうなっていたかも分からない。振り下ろされた大剣が、床に突き刺さる。その周囲はえぐられ、大穴が空いてしまっていた。
ガシャリ…。不快な音がする。金属が拉げる様な、耳障りな音だ。
「あら、避けてしまったのね。久しぶりだもの、手元が狂ったかしら。でも、いいわ。でも、いいの。お陰で少しは楽しめそうよ?」
ぐーっと、手を握り、ぱーっと、手を開く。少女の手の動きに合わせて、首無しの甲冑の手も動く。ガシャリ…。嫌な金属音を響かせた甲冑は、少女の影に沈んで見えた。首を床に転がしたまま、その姿は何処にも居なくなる。
何が、起こったの? 分からない。
でも、考えるよりも先に、恐怖に当てられた体が叫んでいた。
ガシャリ…。
音が聞こえたのは背中から。振り返った瞬間、飛び込んできたのは大剣の切っ先と、自分の影から伸びてきた巨大な甲冑の腕。「っぅぅぅ!?」身を捻って、転がった。4つ足のまま何とか駆け出し、手放してしまっていた聖剣を拾い上げる。
「そう、これも避けるのね。ユーレリアが手こずる訳だわ」
少女が笑っている。ああ、ここが花畑だったなら、その笑顔は花々にも負けずに咲いていた事だろう。魔王、フィアー・ドロップ。ここにきてようやく、リットリアの瞳が正しく悪魔を映し出す。
床に転がった首になど興味も示さない。
その体を乗っ取って、オモチャの様に扱っている。
無邪気だ。幼いままだ。全てのワガママを許される、叶える力があれば、どんなに無垢な子どもでも、悪魔に育つのだろうか。
「そんな風に、人を殺してきたのですか? オモチャのように。私達を、一体なんだとっ」
「なぁに? お外の人たちの お話? あんなの私関係ないじゃない。勝手に攻めてきて、勝手に死んでいるのだわ。いい迷惑よ。人のお庭を汚してくれて。
あ、そうだわ貴女。ええ、そうよ聖女様。貴女、ちょっと片付けてきてくれない? 死体が腐るのは嫌だもの。ゾンビの群れは ばっちぃわ。その聖剣で焼き払ったりは出来ないかしら? お天道さまに返してあげるのよ?」
なにを、言っているの?
意味が、分からない。
理解を拒む。いや、分かっちゃいけない。
戦い始めてどれだけたった? あれだけ煩かった喧騒の気配は何処に消えたの?
「もう、そろそろいい頃合いだと思うのだけれど、どうかしら? そうしたら、貴女だけは、お家に帰して上げても良いのよ?」
貴女だけ? 私だけって、そう言ったの、この子は?
「ぁ、っ…」悲鳴が喉に詰まった。目元に力を入れて、零れそうになる涙を押し止める。早鐘を打つ心臓。怒りと、悲しみと、相容れない感情がバラバラに胸を叩く。その機微を感じ取った様に、聖剣の輝きが揺らめいた。
ダメだ、落ち着いて。
落ち着かなきゃ。
あんなの、ただの出任せだから。揺らしちゃいけない。今、聖剣を揺らしてしまったら、敵を討つ事すら出来なくなる。静かになったのは、だって、皆が勝っただけかもしれないじゃないか。後は私が、この子を倒せばおしまいで。
「許さない。フィアー・ドロップ。私がっ、貴女をっ…!!」
自身を奮い立たせるように、リットリアは努めて声を張り上げる。ゴチャゴチャになった感情から悲しみだけを取り除く。怒りを燃やし、力に変えると、聖剣は一層の輝きを見せた。
「頼んでもないことを。貴女こそ、誰に許されようっての? 神様は、許してなんかくれないわよ? 無関心なものなんだから」
極大の輝きを振り下ろす。乾坤一擲。目を焼くほどに、強い輝きを放った聖剣が、少女の小さな影をも飲み込んでいく。
ガシャリ…。
その間際、立ちはだかった甲冑の影が、少女の影を守るように光と消えた。
焼け焦げ、バラバラと、ガラクタの立てる不快な音が崩れ落ちていく。
「あーあ…やってくれたものね」
「そんな風に庇われてっ、守ってもらってっ。ありがとうの一つもっ、涙は、流れないのっ!」
「ありがとう? それは受け取る言葉だわ。私が上げるものじゃない。そんな事より、人の物を壊しちゃいけませんって、習わなかったの? それはいけないことだわ」
「そんなことって…。そんなのって…」
その傲慢が、リットリアの怒りを更に燃やす。
今も戦ってる仲間の事を思うと、死んでいった仲間の事を思うと、腹の底で煮えたぎる感情がある。飲み込みきれなかった怒りは、暗く、淀んで、もう一度でも彼女の頬を殴りつけないと、収まりが付きそうにもない。
こんなのの為に私達が、どれだけ…。
聖剣の輝きは更に勢いを増し、噴出する。振りかぶり、構えて、今度こそ。
魔王の影を飲み込まんと叩き込んだ。
「貴女はっ、もういいっ。貴女だけはっ! フィアー・ドロップっ。貴方みたいなのがいるからっ!!」
光芒が走る。少女の影はそれに飲まれ。
ガシャリ…。
焼け焦げ、バラバラと、ガラクタの立てる不快な音が、少女の代わりに崩れ落ちた。
「へ、なんで…」
倒したはず、首無しは、だって、甲冑の残骸はまだ残ってて。
じゃあ、今のは何? どうしてもう一つ、残骸が増えているの?
どうして、首無しの甲冑が目の前に立っているの?
「もう良いわ。そうでしょう? ユーレリア」
その瞬間、甲冑の構えた大剣が黒く輝いた。
光は聖剣の白をも飲み込んで、リットリアの体を弾き飛ばす。
負けない、負けられない。
歯を食いしばって耐える。前のめりだ。地面に足を突き刺すつもりで、つま先に力を込める。もう一度と聖剣を輝かせ、黒い光を押し返した。
リットリアが耐えた事で、力の均衡が僅かに戻る。
けれど、それも一瞬。ああ、彼女は見てしまった。振り返ってしまった。
自分を覆う影。巨大な甲冑。首のない騎士に見下される。
なんで? どうして? また影から出てきたの?
そうだったら、どれだけ良かったか。
目の前の甲冑は、確かに聖剣を受け止めたまま。
黒と白。拮抗した輝きはそのままに、いや、僅かにこちらの手応えの方が大きい。
強引に振り抜け。魔王の体ごと押し切れば、それで終いだ。
けど、ダメ。
予感も何も無い。
だって、背後に立った首無しが、既に大剣を振り上げている。
黒く輝く大剣。魔剣の如きは光はすぐそこに。そんなもの、直接受ければどうなるか。
動けない。
足は床に縫い付けられたまま、強引に踏み込んだって間に合わない。
剣を手放して横に飛ぶか? でもその瞬間に、黒い輝きが私を飲み込むだろう。
背後から直接斬りかかられるよりは、多少はマシになるかどうか。
動けっ、動けっ。
迫りくる魔剣の黒を前にして、リットリアは咄嗟に身を捻った。
火事場の馬鹿力。もう一度やれと言われても、出来やしない。受け止めていた魔剣の輝きを天井へと弾く。返す刃で、背後の首無し諸共を巻き込み、勢いに任せて聖剣の力を解き放つ。
ガシャリ…。
焼け焦げ、バラバラと、ガラクタの立てる不快な音と共に、リットリアはその場へと崩れ落ちた。
「はぁっ、はぁっ、あっ、くはっ…!!」
「きゃっ!?」と、聞こえる少女の悲鳴。尻もちを付く幼い姿を見ながらも、リットリアは動けない。目の前がクラクラする。呼吸が定まらない。すぐに立ち上がって、剣を握り直すんだ。今なら甲冑の影もない。今が、魔王の首を取る絶好の機会なのに。震える指は、聖剣を握るだけでやっと。
立って、立って私。動かなきゃ、今動かないと…。
「あ…」
自身の漏らした声を、リットリアは何処か遠くに聞いていた。
一つ、二つ、床に伏した自分の身体を、大きな影が見下ろしている。首無しの甲冑。たった一体でも、ようやくだった相手が、三つに、四つと増えていく。
立ちはだかる甲冑たちの向こうで、尻もちを付いていた少女が、優しく抱え上げられているのが見えた。
「あ、あはっ、あはははははっ…」
笑った。笑うしか無い。
いけるって、出来るだなんて、どうして思ってしまったんだろう?
だって、誰も教えてくれなかったじゃない。魔王がこんなに強いだなんて、誰も…。私なら出来るって、皆言ってくれたじゃない。ああ、違う。ダメだと、団長は止めてくれていた。聞かなかったのは私の方で…。
「いや、だめ…。そうだっ、団長…皆っ」
戻らないと。
私が巻き込んだ。戻って、皆を助けてっ、それからっ…。
こんな化け物、相手にしてられない。魔王の言葉が出任せだなんて、もう思えなかった。怒りが萎む、悲しみが膨れ上がる。それは恐怖に変わって、リットリアの心を震わせた。
甲冑の太い腕が伸びてくる。それを払うように聖剣を振るい、リットリアは震える足で立ち上がった。構える聖剣の輝きは鈍い。マッチの穂先のような頼りなさだ。
その辺のナマクラよりはマシか。もはや、そんな事だってどうでもいい。
「退いてっ、退いてよっ。戻らなきゃっ、戻らなきゃいけないのっ。皆を助けないと、だからっ!」
「助けるって、誰を?」
「黙ってっ!」
振り下ろした聖剣が弾かれる。鈍った輝きでは甲冑に傷を入れることさえ出来なかった。鎧の篭手に受け止められ、軽く弾かれる。歯を食いしばり、踏み込んで、ようやく刃が薄く食い込む程度。
蹴られたのか、斬られたのか、背中に強い衝撃が走って、そのまま前につんのめる。
留め具の壊れた鎧を散らかしながら、無様に床を転がった。でも、それでいい。
道が開く。エントランスの扉は口を開けたままだった。差し込む月明かりに、静まり返った森が見える。
手と、足で、地面を叩き、四つん這いのまま、リットリアは駆け出した。
出口に向かって藻掻く、手を伸ばす。「犬みたいだわ」と、笑う声が聞こえるがそれも無視。
走り出したリットリアの横腹が蹴り上げられた。
「きゃっ…」と、上げる悲鳴は、確かに犬の様だと思う。
床に爪を立て、転がる身体を繋ぎ止めた。あと少し、もう少し。外の冷えた空気が、頬に感じられる。出口はすぐそこに、万全だったなら、一息で飛べるような距離なのに、随分と遠くに感じてしまう。
膝をつき、立ち上がろうとして、ズルっと、足が引きずられた。
「いやっ!」心が冷たくなる。開いた扉を目の前に、私だけが遠ざかる。赤い絨毯の毛先を毟り、なんとか抵抗しようとしても無駄だった。
「あぐっ!? はな、せっ。離してっ! 見逃すって、言ったでしょうっ!!
死体なら、全部持って帰るからっ。焼けっていうならそうするからっ、もう二度とっ、来ないからっ! だからっ…」
立ち上がろうとして、腕が踏みつけにされる。
踏み躙られた手首が折れそうだ。
だんだんと、血が回らなくなった指先から力が抜けて、聖剣が手の平から零れてしまう。
カラン、コロン、カラン…。
終わりの音はあっけない。
無造作に蹴り飛ばされた聖剣が床を転がっていく。
甲冑の足を殴りつけ、何度も、何度も、殴りつけて。また、横から体を蹴られた。
床を滑って、転がって、ようやく開放された腕が鈍く痛む。
もう、立ち上がる体力もない。体を振るい立たせる気力も尽きた。
床を這う。外に、外に…。
どうせ、死ぬなら…せめて、皆と一緒に…
もう、良い。楽になりたい。
最後に団長の顔が見たい。
痛みも感じなくなった。背中を踏みつけにされ「ぐぇ…」と、変な声が出る。
それと同時に、ミシリ…、踏みつけにされた聖剣から嫌な音が聞こえた瞬間。
パラパラと、あっけない。崩れた刀身は光と消えて、リットリアにはもう、何も残ってはいなかった。