漢転生〜漢が産まれない世界に迷い込んだ男は子孫繁栄の旅に出る〜 作:ダリンジャー
部屋の後片付けは部長に任せて、低い玄関を少し屈んで部屋を出る。もう慣れてはいるが日本は俺が住むのには何もかもが小さすぎる。アメリカにいけば怯えた目で見られたりもせずに、ストレスフリーで暮らせるのだろうか。そう考えると楽しみになってきた。英語を完璧にマスターして向こうの支部に転勤を願い出るのもいいかもしれない。
トランクをガラガラと引きながらそんなことを考えていると、後ろから元気な声が聞こえてきた。
「先輩!おざーす!今日から出張ですよねぇ!いやー先輩がオフィスにいないと、めっちゃ広く感じるんで寂しいんですよねー!てか100メートル後ろからでも先輩ってわかるのマジ先輩って先輩すよねぇ!ねぇ!?」
「おはよう。今日も元気だな紫音は」
べたべたとおれの身体中の筋肉を触りながらマシンガントークをしてくるのは、今年入ってきたばかりの後輩。
小柄な女性にしては珍しく俺にビビらなかった人間だ。大抵の人は初対面で俺を見上げる時の瞳に、恐怖や絶望を浮かべることが多い。子供の場合は泣く。もう慣れてしまって最近は気にしていなかったが、入社挨拶をする彼女の俺を見る目にはその様な感情は見て取れず、好感をもった。ただうざいくらいに元気だけど。
「いつも元気です!身長何センチでしたっけ?」
「205」
「わっは!ウケる!体重は?」
「125」
「あっはは!マジウケる!靴のサイズは?」
「37」
「ぶっふー!デッカ!おちんちんは?」
「・・・ひっかからんぞ。というかこのやりとり何回目だ」
「ちぇー!教えてくれたっていいじゃないですか!先輩が引っかかるまで、なんっ回でもやります!いいじゃないですか減るもんでもないし!それに性的に興味がある訳じゃないですから!知的好奇心ですから!」
「じゃあ胸のサイズ教えてくれ、知的好奇心だ」
胸を隠すそぶりをしながら俺を睨みつける。小動物に威嚇されても可愛いという感想しかでてこない。
「・・・社会的に死にたいんですか?セクハラビッグフットを発見しましたって、夏目部長に報告します」
「おかしいだろ!誰がUMAだ!ちなみに部長のブラはJ65だ」
「ABCD・・・・はあっ!?絶対嘘ですよね!?てかなんでそんなん知ってんですか!盗んだんですね!?その長身を活かして部長の洗濯物盗んだんですね!?この男性ホルモンマン!!」
「部長そんな低いとこ住んでないだろたぶん。冗談だよ、てきとうに言っただけだ」
まあ冗談ではなく本当にJ65なのだが。洗濯するときに見た。
「本当ですかぁ?ちょっと納得できそうなリアルな数字でしたよ。てか男性ホルモンマンで思い出したんですけど、先輩って最近上映してたアクアーマンに似てますよね!髪伸ばしてくださいよ!ヒゲも!絶対そっくりですって!モテモテですよ!」
「思い出したって、勝手にお前が罵倒してきただけだろ。若手社員がヒゲはまずいだろ流石に。でも大学でアメフトやってる時は髪長かったぞ俺。部長に写真を見せたら、なぜか髪を伸ばすなってしつこく言ってくるんだよ。社内でロン毛の先輩とか見かけるのにな」
スポーツ推薦のない国立大学に入学してラアメフト部に入ったが、あまり部活に力を入れている学校でもなかったので良い成績を残せなかった。しかし高校の時はいろんな部活を掛け持ちしていたのでラグビーと柔道で優勝したことがある。
「なにそれなにそれ!?みたいですその写真!みせて!みせて!みせて!みせて!」
「うるさい。あまり往来でべたべたるな。」
彼女は小さい子供が親にするように、全身を使ってスキンシップをしてくる。
嫌ではないが、さすがに人目がきになる。
「じゃあ見せてください!私が夏目部長みたいにサラサラロングの時の写真もみせてあげますから!」
「いや別に普通に見せるよ。はいこれ」
髪をかきあげる部長の癖を真似をしているバカにスマホの写真を見せる。全然似てないぞ。
「うわぁ・・・かっこよすぎぃ・・・おかずにほしぃ・・・・ヤバすぎるぅ・・」
いきなり静かになって、なにか呟いてる。
「え?なんて?引いてる?」
「え!?いや!これ・・・キモいですね!彼女ができるまでロンゲ禁止ですよ!彼女がOKって言えば伸ばしても良いですけど!それまでは絶対ダメですよ絶対これ!」
「そんなにか?結構評判よかったんだぞ。自慢じゃないがちょっとモテたし」
「はぁー!?どーせ外国かぶれみたいなポカホンタス女とか、クラブのステージでホットパンツ履いて踊ってるようなケバい女とか、タトゥーだらけの性病持ってそうな女とかばっかりですよねぇ!?」
「ポカホンタスが何かは知らんが、たしかにその通りすぎて何も言い返せない・・・偏見がすごいぞ・・・」
「ほら!思った通りです!この毒々アナコンダ先輩!不潔ですねぇ!あーかわいそう!私みたいな清純で小さくて華奢な女の子とは付き合えそうに無いですもんね先輩!」
「誰が毒々アナコンダだ!今はクリーンだよ!確かに紫音みたいなことは付き合ったことないな。大抵、みんな怖がって近づいてこないし。本当は紫音みたいな見た目の子がタイプなんだけどな。あと清純な子はじぶんで清純とはいわないぞ」
「な、な、なに言っちゃってんですか先輩!私みたいな・・・」
ビュウウウーー!
「危ない!!!!!」
突然強い風が吹いたそのとき。紫音の頭上のビルから看板が落下してくる。声を上げたときにはすでに体は動いていた。間に合え・・・!
バゴン!!ガシャン!
「嫌っ・・・ぱい!ぜんぱい!大丈夫ですか!せんぱい!死んじゃいやあああ!!!」
「死んでない!大丈夫だ、ちょっと肩が痛いだけだ。思ったより軽い看板だったな」
直撃する瞬間に紫音の小さな体を包み込むように抱きしめた。看板は俺の肩に当たってひしゃげている。角だったら骨折していたかもしれない。
「うぇっ・・こわがったよぉ〜」
「泣くな泣くな!ほらこの通り全然大丈夫だろ?それより早く行かないと飛行機乗り遅れるから!警察への連絡と説明よろしく!」
「何言ってるんですか!病院いってください!後でなにかあったらどうするんですか!」
「大丈夫だって。こんなの片手で持ち上がるくらい軽いぞ」
「いや絶対普通の人は片手で持ち上がらないやつですよ!助けてもらってなんですけど、ちょっと引いてますよ!」
「じゃ後は頼んだ」
後ろから紫音が叫んでいるが、マジで飛行機に乗り遅れそうなので急いでオフィスに向かう。
必死な書類を鞄に詰め込んで、他の社員に挨拶を済ませると、急いで予約していたタクシーに乗り込んだ。
「空港までお願いします。ちょっと急いでるんでお願いします」
「お客さんデカいですねー!?承知しましたー!安全運転で参ります!」
最低限の安全でいい、急いでくれ。
俺が焦ってもどうすることもできないので、黙って大人しく座る。結構ギリギリだな。部長のせいだ。
高速道路の上、空港への有料道路に合流する時。それは起こった。
かなり近い距離に迫るトラックを無視して前に割り込むように合流する運転手。トラックはスピードを落としきれていない。ぶつかるぞ!
「オッサン!!アクセル吹かせ!!」
「え・・・?うわっ!!!!」
「ガッ・・・・」
頭を前のシートに強く打ち付けて、視界がぼやけて耳鳴りがする。
身体が大きく回転する感覚、ガラスが割れる音。こんな日に限ってなんな————
————瞬意識が飛んだ。状況を確認する。タクシーが逆さまにひっくり返っている。
「おい!しっかりしろ!オッサン!!生きてるか!?」
ここは高速道路。このままでは危険かもしれない。ひしゃげたドアに蹴りを入れると、更にひしゃげて脱出口が開いた。
慌てて駆け寄ってくるトラックの運転手。
「大丈夫ですか!!?」
「俺は大丈夫だ!運転手がヤバい!!救急車を呼べ!」
「は、は、はい!どうしよう、どうしよう、あっ、あっ」
完全にパニクっている。運転席のドアも開きそうにない。頭から血を流す運転手のおっさん。ガソリンの匂いもしてきた。ヤバいぞ。
俺は割れた窓ガラスの残った部分を足で取り払うと、両手で掴んで引っ張る。イケる。ありったけの力を込めて、勢いよく引っ張った。
「フンッッッッ!!!!!」
ドアが外れた。思ったより軽いんだな車のドアって・・・と、そんな呑気な事を言っていられない!
「オッサン!起きろ!ダメか・・・フンッ!」
シートベルトを外して引き摺り出す。軽く挟まっていたが難なく救出できた。
オッサンの胸が上下している。良かった、息はあるようだ。
渋滞の奥から聞こえるサイレンの音。青い顔の運転手がこちらに駆け寄る。
「大丈夫、あんたは悪くないよ。このオッさんが無理な割り込みをしたんだ」
「いや!それより!あなた大丈夫なんですか!?頭から血がっ・・・」
「……!?おい!スーツについてないか!?これからアメリカに出張なんだ!!クソっ…良かった付いてない。誰かヒッチハイクして、乗せていってくれないだろうか……」
「な、なにを言ってるんですか!?車が三回転もしたんですよ!?救急車がもう来ます!乗って下さい!」
「………」
救急車が来て、オッサンを乗せて走り去っていく。俺も乗ったが、高速を降りてすぐに停めてもらう。
精密検査をしろと、引き留める救急隊員を宥めて、会社に連絡する。タクシーでおかまを掘られたと・・・
自分の身体の事は自分がよくわかっている、昔から失神したことも数えきれないほどあるが、今回は意識も失っていないし、どこも痛くない。額も縫うほどではないからな。
額の処置をして、またタクシーを拾って空港へ向かった。なんとか次の便のチケットが取れたのだ。
夕焼けに染まる東京を見下ろしてため息を吐く。厄日だな今日は。2度もこんな事が起きると、少し飛行機に乗るのが臆病になったが・・・ 俺はスピリチュアルなものも信じないし、神だって信じていない。今までそんなものに縋っても報われた事はない。全て自分の実力で生き抜いてきたんだ。
俺はこのアメリカ出張で、誰も成し遂げたことのないような成果を出して、必ず出世してやる。
やる気がみなぎってくるが・・・少し眠るか・・・今日は疲れた・・・
「なんだ!?」
突然のけたたましい警報音と激しい揺れに飛び起きる。
今はもう夜のはずだが、窓の外が少し明るい。エンジンから炎が上がっている。
焦りが見える機内アナウンス。添乗員も顔を真っ青にさせている。
「クソッ!クソクソッ!!」
どうなっているんだ!ありえない!死神か?神は存在したのか?俺の命を執着に狙って来やがる・・・これはもうどうにもならない。
もう泣き叫びたい。気が狂いそうだ。涙が溢れて、奥歯がカタカタとなる。
阿鼻叫喚の機内。俺はベルトを外して立ち上がると、バランスを崩しながらギャレーに向かう。俺に向かって叫ぶ添乗員の声が聞こえるがどうでもいい。
目当てのウイスキーがあった。念の為に持って来た睡眠薬を取り出すと、全てウイスキーで流し込む。
カッと熱くなる食道。早く効けとばかりガブガブと飲みながら、地獄のような機内を眺める。
前方の座席から煙が見える。これはエンジンからの煙ではない。俺はウイスキーの瓶を両手に持って煙の元へ向かう。
「俺にもくれ、コレあんたも飲め」
「はははっ!いいじゃないか!あははっ!ありがとう!乾杯だぁ!!!」
すっかりおかしくなってタバコを吸うオッサンにウイスキーの瓶を渡すと、引き換えにタバコとライターを貰う。
瓶同士をカツンと合わせて、タバコに火をつけた。何年も前に辞めたタバコ。死ぬほどまずい。俺の体が浮くほどの激しい揺れと、フラフラの頭。床に倒れ込む。
仰向けになって、タバコを吸いながら、ウイスキーを煽る。
こんな時に部長の最後の顔を、思い出してウイスキーを吹き出した。
泣き叫ぶ乗客達に負けないように、大声で話しかける。
「おっちゃん!!…俺今朝!!最高の女を抱いてきたんだ!!ほんとに最高の女なんだ!!!」
「良かったな!!死ぬ前にちゃんと抱けて!!俺は女房を何年も抱いてないままだ!!!後悔してないけど!!ばっはっはああ!」
「あぁ!!俺の巨根でヒィヒィ言わして来たよ…」
「デカそうだもんな!!見せてみろ!!!鑑定してやる!!!俺もなかなかデカいぞぉ!!」
「いいぞ!!間違いなく俺の勝ちだ!!!」
俺ばベルトを、外して機内のど真ん中でイチモツを曝け出す。
「ははっ!とんでもねぇ!!負けた!!お前に敵う奴は日本にいねぇ!!!!あっぱれ!!!!!デカマラ万歳!!万歳!!!ばんざああああああ————」
あぁ、紫音の忠告を聞いて病院に行っておけば良かったな・・・部長は大丈夫だと思うけど、あいつは心配だ・・・可愛い奴だった・・・抱いておけば良かったなぁ————
「んんっ……夢か……っ!?ここは……どこだ?」
辺りはうっそうとした木々が立ち並ぶ。眩しい木漏れ日と蒸し暑さで目が覚めた。そうだ俺は飛行機に乗っていて・・・それで・・・
体は動くし傷もない。それどころかスーツが破れたりもしていない。
手には飲みかけのウイスキーの瓶。夢じゃない・・・いや、まだ夢を見ているのか・・・一体どうなってる・・・
「どうなったんだ俺は......あの世ってことはないよな......」