俺はこの露出願望女子を守りたい 作:尾籠ころち
暗い路地裏で俺の後ろを、彼女が歩く。
おそるおそるの足取りで、つかず離れず。絶妙な距離感。
足音だけが響く、沈黙の中でやがて歩みが止まった。
「この辺で……いいよ」
囁くような声だったが、しっかりと耳に届いた。
俺は振り返る。
グレーのパーカーワンピが、ふわりと揺れていた。切りそろえられた茶髪のボブショートがボーイッシュめな印象を与えている。やや童顔めの愛嬌ある顔は、いまや羞恥心でいっぱいだった。
――
「えっと、一誠くん。すこし待っててね」
告げると、暗い路地裏でそっと背中を向けた。
覚悟を決めるような息を吸う音、続いてジジジッ、という音が続きフロントファスナーを静かに開いていく。しかし、それが終わっても彼女は振り向こうとしない。背中がわずかに震えていた。
「なにしてんの? さっさと振り向けよ」
俺が急かすように声を掛けると、ビクリと肩が震えた。
「あ……う……」
小さく漏れた声は、明らかに動揺を含んでいた。
俺は黙って待つ。やがて、息を吐きだすと叶夜はゆっくりと振り返る。顔は真っ赤で、目には涙が浮かんでいるが、汚れた地面を必死に見つめている。
叶夜はパーカーワンピのフロント部分を、両腕で覆い隠して留めている。ふるふるお震えて、次第にゆっくりと腕の力が抜けていった。
「ふぁあ……」
夜の冷たい空気が直接肌に触れて、小さく身震い。
そこで、ようやく俺と目が合った。涙が零れそうなほどな瞳に、恥ずかしさと緊張とが入り混じった表情。そして、隠しきれない確かにそこにある期待感。
開かれたパーカーワンピの隙間から、ピンクの下着に包まれた肢体が見える。肉付きが良く、ブラジャーの谷間から膨らみが溢れそうになっていた。
お腹のラインは肉感的だが綺麗で、ヘソが愛らしい。健康的な美脚はむっちりとしている。
「なんか。すげえ綺麗だな、カラダ」
思わず本音を漏らすと、叶夜は恥ずかしそうに俯いてしまった。
とはいえ、せっかく見せてくれているのだから、と俺は遠慮なく眺めながら声を掛ける。
「誰も来ないよう、見張っててやるよ。それで、興奮してんの?」
「う、うん。……見られてると思うと、ドキドキしちゃうな」
言いながらもどこか嬉しそうな様子だった。そんな彼女を見ていると、こっちも変な気分になってくる。
「こんな路地裏で、同級生に下着姿見せて興奮してんの、本当にやべえな。……変態かよ」
はっきりと罵ってやると、「ひうっ」と里香は身を縮ませる。でも、身体を隠そうとはしない。はあはあ、と息を漏らした。いっそう顔が紅潮している気がする。
なるほど、こいつ、こういうことが言われたいわけか。語彙力がないから、難しいもんだな。
「で? 次はなにをしたいんだ?」
「……そうだね。その、パンツも脱ぎたいかも」
マジかよ、こいつ。おかしくもないのに、思わず笑いそうになって鼻から息が漏れた。
「じゃあ、脱いじまえよ」
「うん。……脱ぐね」
俺が促すと、叶夜がスカートの裾を掴み上げていく。桃色の布地を見せつけると、そこに手をかけ始める。ゆっくり腰をくねらせながら……。
****
俺、桃地 一誠にこんな趣味があるわけじゃない。
そもそも、この薄原 叶夜と知り合ったきっかけは、本当に偶然だった。
その日、俺は賑わう街の人混みをかき分けて、意味もなくブラついていた。
お洒落なカフェのテラス席からは、若い女たちの楽しそうな笑い声が聞こえ、行き交う人々はそれぞれの目的地へと急ぎ足で向かっている。
身体を動かすのもいいが、ただ人の流れを眺めながら、賑やかさに身を任せるのが嫌いじゃなかった。
スクランブル交差点を渡り、空気感を楽しむ。
そんな喧騒の中、ふと目に留まったのが、一人佇む叶夜の姿だった。この時の関係は、特にかかわりのないクラスメイト。
普段はどっちかっていうと明るい奴で、威勢が良いタイプの女子だった。
その叶夜が、地下鉄前で不安げな表情で落ち着きなく周囲を見回していた。
ようするに、この姿がやけに俺の心を惹いた。
普段なら見過ごしてしまうような場面だったかもしれない。だが、その時の俺は、ほんの少しの好奇心と、醸し出すどこか儚げな雰囲気に、庇護欲がそそられたのだろう。いわゆる、ギャップというやつだ。
それに格好が……かなりヤバかった。
だから、深い考えがあったわけじゃないんだ。本当に、ただの軽い気持ちだった。困ってるなら、助けてやろうと。
「薄原さん? なにしてんの」
今思えば、この一声がまさかあんなことに繋がるとは夢にも思わなかった。
「えっ!? あ、あのっ、そのっ……」
突然の問いかけに、叶夜は明らかに動揺した様子を見せた。
肩をびくりと震わせ、瞳は大きく見開かれている。頬はほんのり赤く染まり、言葉を探すように口元が小さく開閉している。
「なんか迷子の子犬みてえだな」と思いながらも、一瞬、声をかけたことを後悔した。俺はけっこうな強面だ、かえって怖がらせるならするべきじゃなかった。
しかし、そこで叶夜はスーハ―と深呼吸をして、気持ちを落ち着かせようとした。強張っていた表情を和らげ、はにかんだような笑顔を浮かべて答えた。
「あ、えっと、友達と待ち合わせしてるんです! もうすぐ来る、はずなんですけど……」
そう口にしながら、叶夜は心細そうにスマートフォンを握りしめた。
俺はさりげなく周囲を見渡すふりをしながらも、実は、彼女の服装に目が釘付けになっていた。
その日の叶夜は、白いワンピース姿だった。ただし、丈が膝の少し上で、動くたびに太腿のほとんどが露わになっている。胸元も大胆に開いているせいで、繊細な鎖骨が覗いている有様だ。
そして、何よりも俺の目を引いたのは、下着をつけていないと思われる浮かび上がった胸のラインだった。薄手の生地から、くっきりと乳首の形が見える。
これはどう見ても誘っているとしか思えない格好だ。
「……あのさ、その恰好、危ないと思うぞ」
思わず本音が出てしまった。だが無理もないだろう。
こんな格好で外を出歩くなんて、正気の沙汰とは思えないからだ。
しかも、ここは、昼間から多くの人が行き交う繁華街だ。酔っ払いもいれば、悪意を持った人間もいるかもしれない。
そんな場所で、肌を露わにした格好をしている彼女が、無事に過ごせるのだろうか。余計なお世話かもしれないが、どうしてもそう考えてしまった。
「あ、あはは。そう、かな。そうかも。……そうだよね」
歯切れが悪い。叶夜は身を隠すように、自らを抱きしめた。
見られたくないなら、なんで、そんな格好してるんだよ。
「ったく」
小さく舌打ちをした後、俺は着ていた薄手のジャケットを脱ぎ、叶夜の肩にそっとかけた。少しでも肌の露出を減らせれば、いくらかはマシになるだろう。
「え、ちょ、ちょっと……!」
戸惑う叶夜。俺は、これ以上ここに留まるのは気まずかったから、その場を離れようとした。無視して歩き出すと、叶夜も慌ててついてきた。
「いや、あのさ。なんか知らないけど、俺に関わってほしくないんだろ。でも、俺はその恰好だと心配だからさ。上着は都合のいいときにでも返してくれよ」
シッシッと手で払いながら俺は言い残し、人混みの中に足早に紛れ込む。振り返ることはなかった。
叶夜がどんな表情をしているのか、想像もできなかった。ただ、この行動が、彼女にとって迷惑でなければいいとだけそっと願った。