※この作品はR-18です。

俺はこの露出願望女子を守りたい   作:尾籠ころち

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第10話 共犯者の夜が始まる

 俺たちは、何も変わらないようでいて、その実、見えないガラス一枚を挟んだみたいにぎこちない。

 学校の廊下ですれ違っても、叶夜は気まずそうに目を伏せる。

 

(嫌われた、かな。いや、考えすぎ……か?)

 

 俺も、どんな顔をしていいかわからず、無言で通り過ぎるだけ。だが、お互いの意識の端に、常に相手の存在があるのは確か。

 

「……少なくとも、俺はせめぎ合ってんな」

 

 どんな感じだったかな、って授業中とか、遊んでる時とか、家にいる時とか、唐突にぼうっと思い出そうとしてしまう。

 

 ――忘れてないかを、確認する無駄な時間。

 

 馬鹿だな、俺。

 あんなこと、するんじゃなかった。怯えた瞳を思い出しては、自己嫌悪に陥りながらも、その体験を己に刻もうとする行為。

 

 今までの妄想に、感触や温かさ、吐息、匂いが追加されて。濃厚になった。

 罪悪感もあるが、やはり曖昧になっていく部分も多くて。

 

 ただ、ひたすらに勿体なかった。

 寝付く前に睨みつけるのは、イーゼルに立てかけられたキャンバス。ああ、ずっと気になってる。

 これは、もう描けないからじゃなくて。

 

「でも……許されんのか?」

 

 今ある、このモヤモヤを“カタチにする行為”は――はたして悪いことなんだろうか?

 

 

 ****

 

 

 週末の夜。

 俺の思考を断ち切ったのは、枕元にあるスマホの震え。作業を中断して、覗く。

 画面に灯った名前は、やはり薄原 叶夜。

 

『今、大丈夫かな』

 

 時間は夕飯を食べて、そんなに経ってない。そんな時間に送るには、あまりに普通で、遠慮深いメッセージ。

 

「なんでもない要件なら、前置きするタイプじゃねえよな」

 

 思ったより、落ち着いている自分。

 たぶん、そう遠くないうちに連絡が来ると思ってたから、だ。無意識に。

 メッセージを送る指は、軽やかだ。

 

『メシ、食ったばかりでわりとヒマ。どうした?』

 

 いつも通りの、素っ気ないフリ。

 なるべく平常の方が良いだろうと思った。

 

 すぐに既読の印がつく。そこから、ながい沈黙。まず、10分。

 でも、予想通りだった。画面の向こう側、きっと叶夜が紡いでは消し、また別の言葉を探している、そんな葛藤が透けて見える。

 

(なんなら、最初の一行の送るのも、時間掛けてたんかな)

 

 それでも、焦れてはくる。余裕がなくてカッコ悪いが、俺は気が長くない。

 意識しないようにしようとしても無駄なのはわかってるんで、いっそ、コーヒーでも淹れて来るかな、と思った。

 

 ピコン。新たな通知が画面を揺らす。

 

『今、また、ちょっと……ダメかも……』

 

 三点リーダーに込められた躊躇と、切実さ。ここに、なんて返す?

 そこに追い打ちをかけるような、短い一文。

 

『苦しい』

 

 SNSに載せた写真の挑発的な姿。体育倉庫での怯えた顔。

 てめえが自分で望んでやってることじゃねえのかよ、とも思う。ここの機微が理解できない。

 ああ、そうか。俺は……理解したいのかもしれない。

 なら、これもやっぱり、俺の欲なんだろうなあ。ハマる納得感に、指は勝手に動く。

 

『外、出たいなら付き添うか?』

 

 ちょっと夜の散歩に行こう、くらいの気さくさ。

 

『いいの?』

 

 今度の返事は早い。驚きが先に立ったのかな、と感じて思わず吹き出しそうになった。

 待ち合わせ場所を送ろうか悩む。いや、違うな。道中も危ないか。まだ、そんなに遅くないけど。

 

『アパートの前まで行くから、待ってて。ついたら教える』

 

 有無を言わさぬ指示。聞いたら、遠慮されるかもしれないから。

 でも、たぶん。本当に嫌だったら、「それはちょっと」くらいは言えると思う。少なくとも、この間のアイツだったら。

 

 真夏の夜、生ぬるい風が肌を撫でる。

 Tシャツ一枚に履き慣れたジーンズ、財布とスマホだけをポケットに突っ込んで。昼間の熱気がまだアスファルトに残っているのか、むわりとした

 叶夜のアパートまでの道のり、迷うことがない。

 

(なんでだろう。なんで、俺はこんな……)

 

 自然と歩調が早まった。早く会いたい。

 

 着くまでの時間が長く感じた。アパートの前、街灯が届かない、程よい暗がりに身を隠す。

 『着いた』と、送る短いメッセージ。

 

 返事は、なかった。

 だが、数分と立たないうちに、アパートのドアが、ぎぃ、と開く。現れたのは、やはりあの時の姿。

 

 フードを目深にかぶった、ぶかぶかのパーカーワンピ。スニーカー。夜の闇に溶けてしまいそうな、危ういシルエット。

 

「えっと……?」

 

 階段を下りながら、きょろきょろと辺りを見回している。迷子の子猫みたいな仕草。

 ゆっくりと俺が物陰から、姿を表せば駆け寄って来た。

 

「よう」

「……一誠くん」

 

 ほっと安堵、申し訳なさそうな気まずさ、後ろ暗い負い目。混ぜこぜにされた顏。

 

「どこ行く?」

 

 掛ける言葉が思いつかなくて口にしたのは、やっぱり夜歩きの誘いめいていた。不安げに瞳がわずかに揺れて、迷いが見えた。

 

「わからない、けど」

「けど?」

「人が、誰か……いるかもしれなくて、いないところ。あんまり近所なのも……やだ」

 

 ああ、だからこの時間なのか。という納得感と。でも、なぜ? という気持ち。どちらも、言葉には出来なかったから。

 「じゃ、行くか」と告げて歩き出す。

 

 俺がほんの少し前を、叶夜がその後ろを。数歩の間隔をあけてついてくる。奇妙な距離感。

 時折すれ違う車のヘッドライトが、二人の影を長く引き伸ばしては、すぐに闇へと戻る。

 

「この辺、とか」

 

 自然と着いた場所。賑やかな大通りから、住宅街への路地を選んだ。すぐちょっと言ったところの人通りに気配を感じる。

 なるほど、遅いながらも帰り道を歩く誰かが入って来るかもしれない。

 

「離れて見てたらいいか?」

「う。あー……」

 

 叶夜は、しばらくの間、ただ俯いて、足元を見つめた。やがて、意を決したように、深く息を吸う。そして。

 

 ――ゆっくりと、パーカーのフードを脱いだ。

 茶色の髪が、夜風にさらさらと揺れる。

 

「ちょ、ちょっとだけ、ね。……離れてて、後ろから」

 

 二歩、三歩、俺より先行。

 震える手で、パーカーのファスナーに触れる。躊躇いがちに、でも決意は早く。……ジジジ、と無機質な響き。

 

 開かれた布の隙間から、夜風が、叶夜の素肌へと忍び込むのだろう。小さく、その肩が震え「んうっ」と呻いた。

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