俺はこの露出願望女子を守りたい 作:尾籠ころち
車の通り過ぎる音が、聞こえてくる路地で。
数歩離れた位置から、ただ息を殺し、叶夜の背中を見つめる。
パーカーワンピの前が完全に開かれても、俺からは見えないままだ。
きっと、夜闇の下から浮かび上がったのは、真っ白な肌に下着、なめらかな腹のライン、蒸れた汗に反射する仄かな照り。
想像する。数歩、踏み出せば全貌が見える。手を伸ばせば、触れることだって出来るだろう。
だが、俺は動けない。叶夜との、約束は守ってやることで。求められたのは、離れてて欲しいってことだから。
路地を吹き抜ける生ぬるい風が、叶夜の髪を揺らし、パーカーの裾を弄べば、熱い吐息が漏れた。
「……ふぅっ。は、ぁっ」
俺の喉が、ごくりと鳴った。
――見たい。
覗き込みたい。
叶夜が何を思い、どんな顔をしているのか。興奮しているのか、それとも怯えているのか。
いや、それだけじゃない。もっと直接的に、あの肌のきめ細かさを、柔らかな膨らみを、この目に焼き付けたい。呼吸の一つ、肌の震え一つを。
だが、この数歩が、途方もなく遠い。喉がカラカラに乾く。
きっと、叶夜が求めてるのは、俺の視線じゃなくて。俺が守っているという事実だけだ。これは俺のためのショーじゃない。
そんな理性が、獣じみた欲望の首筋にかろうじて噛みついている。
すると、夜風に煽られたのか、叶夜のパーカーの肩が滑り落ちる。
「あっ……」と、湿った声が消えていく。
ボーイッシュなショートヘア、うなじと肩甲骨のなめらかな起伏が姿を現した。背中は象牙のようで、おぼろげな街灯を吸い込む。
華奢な肩が露わに。ブラジャーの肩紐が、頼りなくかかる。たぶん、淡いピンクだった。
しかし、叶夜はなぜか、はだけたパーカーを直すことなく。
さらけ出したまま。
やがて、震える手が、じりじりと背中へと回された。
細い指先が、自身の肌をなぞるように、ブラジャーのホックを探り当てる。
「え? アイツ、なにしてんだ」
思わず声が出た。
カチャ。
静寂に不似合いに鳴る、乾いた音。
心臓が、鷲掴みにされたように軋む。一瞬、外す気なのかと思ったが。
カチャ、カチャ……。
違った。幼子が悪戯するように、金具を弄ぶ。
(あれ、まさか……挑発されてる? この仕草は俺に向けられてる?)
混乱した。俺が一步でも踏み出せば、この均衡は崩れる。踏み出して触れてしまえば、その時点で。戸惑いが先に立った。
(なんで、こんなことしてんだ? 叶夜の奴……?)
誘われてるのだろうか、と思った頃に、ホックから、指が離れる。
そのまま、腰まで下ろしたパーカーの生地を掴んだ。
「はぁ……はぁ……、ううっ、んっ」
ゆっくりと引き剥がされていく、布地。ずるずると擦れていく。
名残を惜しむような、堪えるようなゆったりとした速度。夜闇に食まれることを怖がるように、あるいは待ち望むように。
「うううっ……ふぅふぅ、いやぁっ……」
やがて、パーカーワンピは重力に従い、足元に、くしゃりと抜け殻のように崩れ落ちた。
――そこにあったのは、ただ夜の中に立つ、少女の後姿。
上半身はブラ、下半身はショーツ一枚。丸い尻のふくらみがあらわになり、むっちりとした太腿の付け根を、完全に見せつけていた。
輪郭をぼんやりと縁取る灯り、汗だろうか、それとも夜気か。
溜まった雫が、きらりと光った気がした。まるで、こぼれた星のかけらのように。
太腿の裏側を、意地悪く撫でる。
思わず、一歩を踏み出せば、鳥肌が立っていた。
「ああっ、ちがう。ちがうよぉ……ううっ」
叶夜の呼吸が、だんだんと浅く、速くなっていくのが伝わってくる。
はっ、はっ、と、苦し気な喘ぎ。明らかに、なにか臨界点を超えようとしていた。小刻みな震えが強くなっている。
恐怖からか、それとも背徳感からか。
華奢なカラダが、浅い呼吸に合わせて上下する。助けを求めているようにすら思った。
(もう、やめろ。……ツラいなら、もう、十分じゃないのか?)
衝動のままに、駆け寄り掛けた。
その時だ。
「――ひぃっ!?」
はっとして、路地の入り口に意識を向ける。確かに、複数の男女の話し声と、足音が聞こえた。酔っているのか、声が大きい。
「チッ!」
もう咄嗟に動いていた。
数歩の距離を一気に詰める。俺は背後から、きつく抱きしめた。そのまま、パーカーを手に、覆い隠すように壁際に身を寄せる。
「んぅあっ!? やめっ!!?」
驚きと恐怖がないまぜになったような悲鳴が、腕の中でくぐもる。
びくりと大きく跳ねて、もがく。柔らかく、熱い感触。シャツ越しに、心臓の鼓動が、どく、どくと伝わってくるようだ。
「俺だっ! 大丈夫だ、そうじゃない……」
耳元で、できるだけ落ち着いた声で囁く。
汗、シャンプーの匂い。鼻腔をくすぐるその香り。頭の芯が痺れるような感覚に陥りそうになる。腕の中の熱は、俺の理性を焼きそうだ。
「ちが……っ、はな、して……!」
「いいから。落ち着け、大丈夫だから」
叶夜が、もがく。だが、抵抗はひどく弱い。あまりにも。
構わず、パーカーを一方的に被せる。フードも深く、深く被せて、顔を隠してやる。
大切な宝物を、誰の目にも触れぬよう、そっと仕舞うように。
「わからないから。これで、誰にもわからないからっ!」
近付いて来た、酔っ払いのグループ。
だが、影に隠れた俺たちに気づくことなく、楽しげに笑いながら路地を通り過ぎていった。
やがて、足音も遠のき、再び静寂が戻る。
俺たちは、しばらくそのまま動けなかった。
「ほら、もう行ったぞ。な?」
腕の中に、すっぽりと収まった叶夜の震えが、少しだけ、収まったような気がした。
「なんで……?」
「なんでって。なんだよ、それ。いいから、ゆっくり呼吸しろよ」
俺が言うと、こくり、と頷く気配がした。
名残惜しい気持ちを押し殺し、俺がゆっくりと身体を離せば。
すぅ、と大きく息を吸う。それを何度も繰り返す姿をただ見守った。
(……本当に壊れそうな女だな)
ただ、この壊れそうな温もり。なんだか、ずっと腕の中に閉じ込めておきたくなった。
そんな、どうしようもなく身勝手な欲望だけが、俺に溢れていた。