俺はこの露出願望女子を守りたい 作:尾籠ころち
翌日、朝の弱い俺にしては珍しく、早くに目が覚めてしまった。
いつもならサボることすら考えてしまうが、叶夜が学校に来るだろうし……という考えが頭をよぎり、珍しくきちんと準備をして家を出てしまっていた。
(まさか、たいして関わっていなかったあんな女のことで、ここまで意識するなんてな)
教室に入ると、すでに多くのクラスメイトが、よくわからん話で盛り上がっていた。
俺は自分の席に着くが、視線は、自然と教室の入り口へと向かう。
椅子に座りながら、どうしても叶夜のことが頭から離れなかった。昨日の出来事が頭の中でリフレインする。
白いワンピース、不安げな表情、そして俺のジャケットを羽織った彼女の姿……。
扉が開くたびに思考が途切れ、俺は身構えた。見慣れた顔が入ってくるたびに、深く息をついた。
(はぁぁああっ、くっそ。なんで俺がいちいち誰が入ってくるかを意識してんだ。バカバカしい)
誰が来ようが今まで気にしてなかっただろうに、なんで翻弄されてんだ、と俺は己に憤っていた。そんなことを繰り返しているうちに、とうとう担任の教師が入室してきた。
「おはようございます」
教師の声に、クラスメイトたちがまばらに挨拶を返す。
(おいおい、まだ来てないのかよ)
別に会いたいわけではないが、とむしゃくしゃした。
朝のホームルーム開始のチャイムが鳴り響き、教師が淡々と連絡事項を伝えるが、みんな適当に聞き流していた。俺も当然その一人だが、今日はなぜかいっそう教師の声が遠くに聞こえるようだった。
ホームルームが終わり、教師が「授業の準備をしてください」と一声かけると、各々が教科書やノートを取り出し始めた。だが、俺の意識はまだ扉の向こう側。
足音が聞こえる、完全に遅刻だった。ガラガラッと激しい音を立てて入ってきたのは、紛れもなく薄原叶夜。
息を切らしており、顔はほんのりと赤らんでいた。彼女は教師に小さく頭を下げる。
「ごめんなさい、寝坊しちゃいましたー!」
元気な声だった。勢いで解決しようとしてやがる。
清楚な印象の白いブラウスに、膝丈のプリーツスカート。どう見ても、どこにでもいる普通の女子高生。叶夜は少し息を切らせ、肩を上下させていた。スクールバッグを肩に掛けているだけでなく、紙袋を手にぶら下げていた。
教師は遅刻の理由を聞きながらも、特に咎める様子もなく「早く席に着きなさい」とだけ言った。叶夜は「はい!」と勢いよく返事をすると、すぐに自分の席へ駆け込んだ。
クスクスと他の生徒の笑い声が聞こえた。
――視線が、一瞬だけ俺を掠めた気がした。
叶夜の席は、俺の斜め後ろ、さらに奥にあった。
そのまま隣の席の女子と何か楽しそうに話し始め、活気に満ちた笑顔で、「ホントだってば~」とおどけた。
昨日見せた不安げな表情とは、まるで別人だった。
何も変わらず、たまに男友達と駄弁って過ごす。
昼休みが始まると、俺はざわめく教室を抜け、購買でパンを買い込み、中庭へ向かった。普段なら何の感慨も抱かないはずのこのひとときに、妙な胸騒ぎを感じずにはいられなかった。
校舎の裏手にある小さな中庭で座り込み、コロッケパンを頬張った。ソースの味が口の中に広がった。フニャフニャのコロッケと、しなしなのキャベツ。いつものコロッケパン。
ふと背後から足音が近づいた。振り返ると、そこには控えめな笑みを見せる叶夜が立っていた。朝の元気な挨拶とは打って変わり、どこか内に秘めた想いが滲むような面持ちだ。
「あのね、桃地くん。ちょっといいかな」
ふわりと甘い、いい匂いがした。思わず、口元と鼻を覆う。
「ん? どうしたの?」
「いや、なんでもねえよ。で、何の用だ」
「あはは、えっとね。これ、返したくて」
叶夜は紙袋から、丁寧に畳まれたジャケットを取り出し、差し出してきた。
「これ、ありがとう。助かったよ」
何とも言えない気分になった。助かったということは、あの格好のままだとまずかったと自覚してたってことだ。
「おう」と、俺は素っ気なく受け取った。
すると、そのまま居た堪れないような様子で、もじもじとし始める叶夜がいた。まだ何か言いたいことがあるらしい。
「あのね、桃地くん……昨日のこと、本当にごめんね。迷惑かけたよね」
「迷惑っていうか、ぎょっとしたけどな」
「そうだよね。あの……なんで、あんな格好してたのか、聞きたい、よね?」
これは話したいと言うことだろうか、それは確かに気にはなった。
「あー。もし、言いにくい事情があるなら言わなくていいぜ。でも、助けてほしいなら聞いてやるけど」
すると、叶夜はぎゅっと両手を握りしめ、落ち着きなく地面に視線をさ迷わせた。
「うーん……わたし、別に誰かに助けてほしいとか、そういうわけじゃないんだ。解決してほしいということじゃなくて。ただ……ちょっといろいろなことが重なって」
ますます握るこぶしに力がこもり、視線はさらに落ち込んで、つま先へ向かった。叶夜の呼吸は荒く、上手く息を吸えていないように見えた。
「あのね……最近、家に一人でいることが多くて……お母さんは仕事で遅いし……」
そう話し始めた途端、また言葉が詰まり、声が掠れて震えた。俺は思わず立ち上がって駆け寄った。
「わかんねえけど、大丈夫だから。……変に思ったりしねえから。ゆっくり、ゆっくりでいいから」
叶夜は驚いたのか、目を丸くして俺を見た。張り詰めていた感じがふっと緩み、手のひらや肩の力が抜けたのが分かった。
「あ……」と、小さく声が漏れた。喉の奥に詰まっていたものが、多少は楽になったらしい。
深呼吸を試み、今度はさっきよりも深く息を吸えたようだった。
「うん、ありがとう」
掠れた声でそう呟き、少しだけ俺と目が合った。すぐにまた逸らしてしまったが。
「衝動的にやっちゃったんだ。自分でも上手く言えないんだけど。普段の自分とは違う、大胆なことをしたら、何か変わるんじゃないかって」
「変わったことがしたかったってこと? え、それがなんであの服装なの?」
「SNSにそういう記事があって。最初はただの刺激的な記事だと思ったんだけど、でも、何度も読んでいるうちに、なんだか心がざわざわして。やっ、やるなら人がいない時間は怖いから、昼間のうちなら大丈夫かなって!」
いや、なんで何度もそんな記事を読むんだ、とか、昼間も昼間でどうかと思うぞ……と、いろいろと思ったが、口を挟まなかった。
正直、叶夜は自分で何を話しているのか分からなくなっているのだろう。堰を切ったように言葉が止まらなくなっていた。
「……でも、いざ人目に晒されると、やっぱり怖くなったの。たくさんの視線が痛くて、すぐに後悔した」
「あそこまであの格好で歩いたのか?」
「ううん、ホント言うと、上着はあったんだ。カバンに入れてた。道中はちゃんと身体を隠してたんだよ」
じゃ、俺のやったことって意味のないお節介じゃねえか。あー、いや、でも、あれは混乱して引っ込みがつかなくなってた感じなのか。
思わず、ため息をついてしまった。すると、叶夜のやつがこの世の終わりみたいな顔をしだしたので、慌てて取り繕った。
「わりぃ、そういうんじゃなくてよ。とにかく、俺があそこに行くまでに何も起きてなくて良かったぜ」
「桃地くん……そうだね。ホントにありがとう。ふふっ、やさしーんだね。顔に似合わず」
「うっせ」
さっきまでの重苦しい空気は消え、代わりにほんの少しだけ穏やかな空気が流れているような気がした。会話もそこで切り上げると、叶夜は教室へ戻っていった。
(なんか、変な話に巻き込まれちまったな)
俺はそのまま昼飯を済ませ、時間を潰してから、いつもと変わらない午後の授業へ向かった。ただ、心の中にほんの少しだけ引っかかる何かが残っていた。
それから、特に接点もなく日が過ぎ、叶夜とはもう関わることはなかった。
「とか、思ってたのに、なんでこうなるんだよ」
目の前には、涙目でグレーのパーカーワンピを羽織る叶夜がいた。
真夜中にコンビニに出かけたら、ばったりと遭遇しちまったのだ。
「う……う……桃地くぅーん」
叶夜がめそめそと申し訳なさそうに、子犬のような鼻に掛かる声を出した。
俺の足元には、痴漢男らしきおっさんが倒れている。やったのは俺だった。