俺はこの露出願望女子を守りたい 作:尾籠ころち
「お前、こんなところで何してんだよ?」
真夜中に出会ったクラスメイトが泣いていて、足元に見知らぬ男が倒れている。まるでドラマか何かのワンシーンだ。
犯人、俺だけどな。はは、ウケる。
「あの、その……」
叶夜は言葉を探すように、潤んだ瞳をあちこちに彷徨わせた。グレーのパーカーワンピの裾をぎゅっと握りしめ、今にも崩れ落ちそうな表情をしている。
「この人が……いきなり、声をかけてきて……」
「あー、わかってる。それは、わかってるから」
問題はアレよ。なんでこんな時間にいたんだよって話だ。
俺が見た時には腕を掴まれて、引きずられそうになってたんだからな。反射的に、ブチのめしちまったけど。
「警察、呼んだ方がいいのかな」
「えっ、警察っ!?」
何気ないつぶやきに対し、明らかに強い抵抗感を示した叶夜。顔面蒼白になっている。
「だ、大丈夫だよ! その、何もされてないから本当に! ちょっと声をかけられただけで……」
「いや、でもよ」
言い返そうとすると、叶夜はさらに声を重ねてきた。
「お願い、警察だけは勘弁して! お母さんに知られたくないの!」
涙声で懇願されて困惑した。なんだ、この剣幕。マジ、意味わかんねえ……。
そこで俺はようやく状況に気が付いた。
「チッ」と思わず舌打ちする。すると、ビクっと叶夜の肩が跳ねた。
「ちょっと来い、ここ離れるぞ」
俺は叶夜の手首を掴み、近くの公園へと歩き出した。戸惑うような声を上げるが、なぜか抵抗はしてこなかった。
足元がおぼつかなくて、時折つまずきそうになってるから仕方なく軽く支えてやった。
倒れてる痴漢男は完全放置、どうなろうが知ったことか。
夜の公園は人気がなく、街灯だけが頼りない光を投げかけている。ブランコや滑り台が、闇にぼんやりと浮かび上がっていた。
ベンチに腰を下ろすと、叶夜は俯いたまま動かない。時折、小さく鼻をすする音が聞こえていた。
「で、お前さ。もう一回聞くけど、なんでこんなことしてんの」
「あの、ちょっと。お夜食、食べたくなっちゃって……」
「嘘つくな。そのパーカーの下さ、どうなってんの?」
指摘に、うっ、と声を詰まらせた。パーカーのフードがわずかに揺れ、茶色の髪が覗いている。沈黙が重くのしかかる。
叶夜はパーカーの生地をぎゅっと強く握りしめていた。
やがて、意を決したように、隣からか細い声が漏れ出した。
「……なにも、着てない」
やっぱりそうかよ。警察を呼ばれたくなかったのは、下着も何もつけていないからか。この間の騒動といい、こいつ、本当に危なっかしいな。
ちらっと視線をやる。パーカーがぶかぶかだから、身体のラインとかはわかんねえけど、なんか変な気分になる。
「ったく、だから、変な奴に狙われるんだろうがっ」
「――っ!」
俺がそう叱りつけると、わなわなと拳が震え始めた。
「そんなこと、きみに言われたくないもん……」
俯いたまま、蚊の鳴くような声が返って来た。
「はあ? なんだって?」
「だから……この格好のこと。桃地くん、には、関係ないじゃん。別に、心配されなくても、大丈夫だし」
「大丈夫なわけねえだろ、痴漢に襲われてたじゃねえか」
「あれは……たまたまだもん!」
たまたま、ねえ。深夜に下着もつけずにコンビニに行くのがたまたまなのかよ。それで襲われそうになって? ……こいつの思考回路は、本当に理解不能だ。
「この間も、動けなくなって困ったんだろうがっ! 変な奴に絡まれたらさっさと逃げやがれ。いざって時、逃げられないくらい委縮すんならすんなっ!」
怒鳴りつけると、叶夜は口ごもった。
「それは……ちょっと、その」
「なんで、止めたのに同じことやらかしてんだよ。……まあ、俺と深く話をしたくないなら、別にいいけどよ。ただ、同じことを繰り返すんじゃねえぞ」
俺は立ち上がってあたりを見回した。よし、静かなもんだ。
「送ってやるよ。家、どっちだ?」
驚いたのか、叶夜は顔を上げた。零れ落ちそうなくらい見開かれた瞳が、街灯の光を反射してキラキラと光っている。
「え……いいよ。一人で帰れるから」
「こんな時間に、その格好でか? また同じ目に遭っても知らねえぞ」
さすがにこれで何かあったら、目覚めが悪い。叶夜は小さく唇を噛んだ。
「……お願い。家まで送って」
観念したように、小さな声でそう言った。
仕方なく、叶夜の歩調に合わせて公園を出た。夜風が冷たく、パーカー、一枚だけでは心もとないだろう。ちらりと横を見ると、叶夜は両腕をさすりながら、寒そうに身を縮めている。
「寒いのか?」
問いかけると、小さく頷いた。
「……うん」
自分の着ている薄手のジャケットをどうしようか迷ったが、以前貸した時に気まずい雰囲気になったのを思い出す。
俺は深々とため息をついた。もう、仕方ねえんだよな。
「ほらよ」
俺は着ていた薄手のジャケットを脱ぎ、少し強引に叶夜の肩にかけた。以前と同じ光景だ。
「え……でも、桃地くんが寒くなっちゃうよ」
「俺は平気だよ。お前こそ、風邪引いたらどうすんだ」
遠慮がちに叶夜はそう言ったが、今回は素直に受け取った。ぶかぶかのパーカーの上からさらにジャケットを羽織ったせいで、シルエットがさらに丸みを帯びて、なんだか子供みたいに見える。
叶夜の歩くペースに合わせてゆっくりと歩き出す。夜の静けさの中、二人の足音だけが響く。時折、遠くで車の走る音が聞こえるくらいだった。
しばらく歩いていると、叶夜がぽつりと呟いた。
「ありがとう……」
小さな声だったが、確かに聞こえた。
「別に。そんな格好してるお前が悪いんだからな」
素直に感謝の言葉を受け止めるのは、すげー照れくさかった。つい、いつものように突き放すような言い方をしてしまう。
「うん……そうだね」
叶夜は反論することもなく、小さく頷いた。そこに、どこか諦めのようなものが混じっていた気がした。
しばらくすると変哲もないアパートが見えてきた。そこが叶夜の家らしい。
「あ、あの……ここで大丈夫」
「そうか」
俺も立ち止まる。
「今日は、本当にありがとう。助かったよ」
今度は、さっきよりもはっきりと言った。顔を上げ、きちんと俺の目を見てくる。少しだけ涙の跡があるが、さっきまでの怯えた表情は消えていた。
「別に、礼を言われるほどじゃねえよ。二度とあんな危ない真似すんな」
言い残して、俺は背を向けようとした。
「あの!」
焦ったような声に振り返ると、叶夜は俺に駆け寄ってきて、羽織っている俺のジャケットを脱いで差し出した。
「これ、返すね。ありがとう」
「いや、もうちょっと先あるだろ。……別に明日でいいよ」
「ううん、今日返す。ありがとうね、本当に」
ジャケットを俺の手に押し付けてきた。すげー小さな手だ。
「わかったよ、確かにな。学校で俺と噂されたら困るもんな?」
あえて、意地悪に言ってやると悔しそうに口元を結ぶ。へえ、こいつこんな顔も出来るんだな。
目を伏せて、なにかを堪えている幼い顔を見つめて、俺はきっとこれっきりになるだろうな、と予感した。
「スマホ出せよ」
「……えっ?」
「もし、お前が困って連絡よこしたら駆けつけてやるから、連絡先やるって言ってんの。どうする?」
気まぐれ混じりの予防線だった。これで断られたら、今後なにが起きても、もう俺の責任じゃないと割り切れる。2回偶然が続いても、きっと3回目の偶然はねえから。
何度も目を泳がせて迷う、叶夜。
俺は答えが出るまで、いくらでも待つつもりだった。どうせ断られる。
だが、予想に反して帰ってきた答えは――。
「――お願い、します」
壊れてしまいそうなくらい、弱々しい同意だった。
……帰り道、自分のジャケットを抱きしめると、まだ微かに叶夜の匂いが残っているような気がした。なんだか、そわそわして落ち着かない。
「……コンビニ、行き損ねたな」
今夜は、なんだか寝付けそうにないかもしれない。
翌日、学校で叶夜と顔を合わせるのが、少しだけ気まずかった。
意外と読んでくださる方いるので、更新します。
(公募の合間なので、頻度は遅めです)